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第二節 わからない

「……まぁ、『火球』というのはこんな感じかしら」


 目の前で燃え盛る、深紅の宝玉。非常に整った球形をしている火球は、『球』というよりも『玉』と言った方が適切に見えるほど、美しいものだった。


「凄いな。そこまで形状を安定させられるなんて」

「熱分布を安定させることができれば、これくらい簡単よ」

「その、熱分布の安定が難しいんだ」

「文句を言わずにやってみなさい」


 イデアは有無を言わさず、ノーヴァに魔法を発動させる。

 彼が言われるがままに創り出した火の球は、イデアのそれとは段違いの、でこぼこしたものだった。


「中心に向かうにつれ、より熱くするの。球の様な層を何重にも重ねるイメージよ」

「そこまで頭が回らん。もっと簡単なイメージはないか」

「……だったら、凹凸のない宝玉をイメージしなさい。内部はどうだっていいわ」

「わかった、やってみる」


何の装飾もない部屋で、二つの火球が灼熱する。

彼らは学園の第一訓練室で、火球の制御の練習をしていた。生徒はノーヴァで、先生はイデア。同じクラスに通う生徒だと言うのに、実力差は歴然であった。


「少しだけ良くなったわね」

「……内側から膨れ上がるせいで、うまく球形が維持できない」

「当たり前よ。だからこそ、熱分布を安定させる必要があるの」

「理屈はわかった。……でも、難しいな」

「実戦であればこんなに精密に作る必要は無いのだけど、かと言ってずさんに作っていいわけでもないわ。平時から精密に作っておけば、いざという時適当に術式を組み立てても、ある程度の制度を確保できるというものよ」


イデアの講義が始まる。その中にあった実戦という言葉に、ノーヴァはピクリと反応した。


「実戦か。正直なところ、この距離だったら斬ったほうが早いな」

「斬る? それは、近接格闘のことかしら」

「そうだ。魔法が出来るまで1秒以上かかるんだったら、剣で斬った方が早いと思う」

「1秒で移動できる距離ではないと思うけど」


ノーヴァと的の間には、少なくとも大人の身長四人分の距離が開いている。イデアであれば全力で走っても1秒以上はかかるだろう。


「1秒あるんだぞ。この位なら行けるだろう、普通」

「1秒しかないのなら、走り出しから加速まで間に合わないわ。風魔法を使えば、可能かもしれないけど」


ありえない、と言う表情で反論されたノーヴァは、どうしたものかと頭を悩ませる。彼の常識で行けば可能、彼女の常識で言えば不可能。いったいどちらが正しいのだろうかと、彼は途方にくれる。


「……」

「そんな事はどうでもいいわ。ともかく、貴方はもう少し詳細にイメージしてから魔法を使うことね」

「……そう、だな」


散々悩んだ結果、ノーヴァはこの件に関して思考を放棄した。うやむやにしてしまうのがベストだと、そう判断したのだ。


「集中できないのは、イメージが定まらないから。自分がどんな魔法を創り上げようとしているのか、自分自身がわからないからよ」


ぴしゃりと、イデアは言い放った。

その指摘は、十分に納得できるものだった。成る程な、とノーヴァは理解した様子を見せる。


「確かに、そうかもしれない」

「これでは、先に理論の方を教えた方が良さそうね」


そう言って、イデアは出口に向かう。


「片付けておきなさい」

「おい、待て。どこへ行くんだ」

「理論の方を教える必要がありそうだから、その準備よ。掃除が終わったら先ほどの教室へ来なさい」


返事を待たず、イデアは部屋から去っていった。呆然とするノーヴァだが、気を取り直して掃除にかかる。部屋に備え付けてあった箒や塵取りを使って、砕け散って黒焦げになった木片を集めて行く。


「掃除をしないあたり、王女様は偉い人なんだな」


一瞬だけ手を止め、皮肉ともなんとも言えない言葉を呟く。そしてノーヴァは、すぐに掃除を再開した。


************************


掃除を終えて教室に戻ると、そこには待ちくたびれた様子のイデアがいた。彼女が座る椅子の前には、机の上に置かれた一つの紙束と、ペンにインクがある。


「掃除は終わったのかしら」

「綺麗にしておいた」

「なら良いわ。……さて、分かりきってはいるけれど、貴方がどこまで魔法を理解しているか、簡単なペーパーテストで試させてもらうわ」


イデアの目の前の席に座ったノーヴァに、テスト用紙が渡される。そこには魔法に関する基礎的な知識を問う問題が、数十問に渡って羅列されていた。


「……」

「わかったかしら?」

「わかった。……そして、もう終わった」


ノーヴァは名前を記入して、ペンをペン立てに戻した。終わったと言う宣言に、イデアは溜息をつく。


「1問くらい解けないのかしら」

「解けないように作ってあるだろう」

「基礎的なものしか聞いてないわよ」

「俺が試験で間違えた所だけを纏めているようだが」

「……わかっているのなら、何故解けないの?」


わかってないな、という表情で、ノーヴァが質問に答える。


「数回やったら解ける問題は、試験でも正解している。間違える問題というのは、何度やっても分からないから間違えるんだ」

「3度ほど繰り返せば、内容を暗記することができるはずよ。それはただ単に、努力不足であるだけではないかしら」

「しっかりと復習はしたつもりだったが、どうにも理解できない」

「理解する必要はないわ。ただ、そういうものかと記憶するだけで良いの」

「……記憶?」


思いがけない言葉に、ノーヴァは不思議そうな目を向けた。


「先生は履修した内容はしっかりと理解しなければならない、と言っていたが」

「貴方には無理よ。確かにそれが出来れば最高なのだけれど、誰だってどうしても理解できないこと、納得できないことがあるの」


わかるでしょう、とイデアが問いかける。


「そう言うことに対しては、私たちはただ『そう言うものか』と記憶することしかできない。理解も納得もできないなら、その形のまま覚える他にないの」

「それで良いのか?」

「良いのよ。神様でもないのに全てを理解しようなんて、それこそ傲慢だわ」

「神様?」


なんだそれは、とノーヴァが聞き返す。


「何でもないわ。ともかく、人間が全てを理解しようだなんて傲慢なのよ」

「……そうか」


何故か誤魔化そうとしたイデアを見て、ノーヴァは不審感を抱いた。しかし、その問いを口に出す前に、時間が来てしまう。


「……日没ね。 馬車が待っているでしょうから、今日はここで終わりよ」

「そうか」

「宿題として、その問題の答えを覚えてきなさい。理解はしなくて良いから」

「……やってみよう」


ノーヴァの言葉を聞いて、イデアが立ち上がる。そして、すっかり暗くなってしまった教室のドアへ向かっていった。


「……ノーヴァ君」


ドアを開けたところでふと、イデアが振り返る。


「なんだ?」

「外はもう暗いわ。馬車まで送ってくれないかしら」

「……そんなことをして良いのか」

「良いのよ。と言うか、私に散々面倒をかけさせたのだから、そのくらいはやりなさい」


だったらやめれば良いだろ、とはやはり言えない。

彼は渋々ながらも、彼女の隣に並ぶことを選んだ。


************************


「帰ったぞ」


返答はない。

優しい声で答えてくれた師匠は、彼の魔法学院入学とともに姿を消していた。


「まだ、帰ってないのか」


沢山のことを学んで、沢山のことをした気がする。

……しかし、それを話す相手がいない。

寂しさが、ノーヴァの心を締め付けた。


「どこで何をやってるんだか」


二人で住んでいた家は、数ヶ月前から彼一人だけの家になっている。師匠が住んでいた部屋には物がなくなっていて、残ったのは思い出と少しの技術、そして簡単に解ける封印だけだった。


「飯は……。作るのが面倒くさい、食堂に行くか」


訂正。あと一つ残ったものとして、相当量の貯蓄がある。ノーヴァがこの先数十年生きていくに渡って苦労しない程度の財貨が、彼のもとに残されていた。

学園の制服のまま、夜の王都に出る。街灯に照らされた街並みは、幻想的な雰囲気を醸し出していた。

幻想的と言っても、街灯は本当の幻想で光っている。暗くなると光る鉱石を、土魔法と光魔法で創り出したものであるらしい。

この世界の魔法には、火水土風雷光闇命という、8つの属性がある。魔法使いは基本的にこれらのうち何か一つに適性を持ち、適性を持った属性の魔法を使うようになる。適性を持たない属性は使えないと言うわけではないが、よほどの理由がない限り使う必要はないだろう。

ノーヴァの適性は火魔法、そして風魔法。彼は魔法使いの中でも希少な、複数の属性に適性を持つ人間であった。しかしながら魔法の才には秀でていないと言う、なんとも残念な存在でもある。

大きな通りを歩いて行けば、目的の店にたどり着く。この時刻になればかなりの客が押し寄せる、人気の大衆食堂だ。

酒の匂いがする。彼は酒を好まないが、飲めないと言うわけでも、愉しめないと言うわけでもない。


「おっ、坊主。また来たのか」

「あのバカ食い姉ちゃんはどうした。最近姿を見ねえが、具合でも悪いのか?」


常連客のうち、知り合いの二人がノーヴァに話しかけてきた。


「……いや、師匠はどっか行っちまった。今頃どこにいるのか、俺にもわからん」

「あれま。そりゃぁ寂しい話だな」

「まぁ食え。酒の一杯くらいは奢ってやる」

「いや、だから酒はいらんて」

「そんなこと言わずに飲めって。辛いことなんか忘れちまえ」


いつの間にか注文されていた酒が、ノーヴァに押し付けられる。


「……はぁ。帰ったら宿題があるんだがな」


朝やれば良いか、と良からぬ判断をして、彼は酒に口をつけた。この国では、ノーヴァの年齢くらいになれば酒を飲んで良いことになっている。


「いつものくれ」

「あいよー」


食堂の店番をする少女が、ノーヴァの注文を聞きつける。数年前から通っているこの食堂は、彼にとって馴染みの深い場所だった。

酒を飲み、飯を食いながら、酒場の知り合いと他愛のない話をする。そんな日常が、延々と続いて行く。

変わったのは、放課後に王女様が特訓をしてくれるようになったこと。それでも大した変化はない。それは十分、彼にとって日常と言えるものだった。


ーー彼の日常が崩れ始めるのは、もう少しだけ先の話だ。



















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