第一節 落ちこぼれと天才
電撃大賞に投稿する新作です。締め切りがまずいので爆速で書き上げていきます。
「……と、言う訳で。今日から貴方の面倒を見ることになった、イデア・マグナ・スタンフィールドよ」
夕陽が綺麗な放課後。マグナ王国立魔法学園の、それはそれはだだっ広い校舎にある、教室の一角。
沈みゆく太陽よりも美しい姫君が、野良犬の様な少年と向かい合っていた。
「……王女様が、なぜ」
「貴方と私は同じクラスよ。何か問題があるかしら」
「いや、ないが」
「だったら、理由なんて聞かなくてもよいのではなくて?」
それとこれとは話が違う、と言う言葉を、野良犬――ノーヴァは渋々ながら呑み込んだ。多分というか、恐らくだが、この話は早急にやめたほうが良いと、彼の直感が告げている。
「……そう、だな」
「えぇ、そうよ」
イデアの凛とした視線が、ノーヴァを射抜く。
水晶細工のような眼だ。どこまでも冷たく、きめ細やかな美しさ。見る者を魅了する魔力が、彼女の眼には宿っている。
ノーヴァにとって、今の状況は理解不能のものだ。授業が終わるなり王女から呼び出しを喰らい、何かと思えば『今日から貴方の面倒を見ます』などと言われたら、誰だって困惑するだろう。
「時間を無駄にしたわ。……それで、あなたは具体的に、何ができないのかしら?」
「座学と、実技全般」
「全部じゃない。貴方一体、今まで何を学んでいたの?」
「……すまない」
そも、こんなことになったのはノーヴァの成績不振が原因である。
国立の魔法学園としては、ノーヴァの様な落第生は即刻退学にすべきだ。――しかしながら、ノーヴァには少々特殊な事情があり、つまみ出すにもつまみ出せないというのが実情である。
「仮にも、特異魔法の使い手でしょう? 天才中の天才であるはずなのに、なぜ基礎的なことができないのかしら」
「返す言葉もない。努力はしているつもりだが、どうにもうまくいかないんだ」
――特異魔法。
選ばれたものしか使えない、一般的な魔法とはかけ離れた、強力な魔法。
数十年前から使い手が現れ始めたこの技術体系は、まだまだ研究が進んでいない。使い手も世界に殆どおらず、その強力さ故に、各国のパワーバランスをも覆しかねない存在だ。
マグナ王国に所属する特異魔法使いは、ノーヴァを含めて九人。彼らの存在は最高機密として、国に手厚く保護――もとい、管理されている。
「……まったく。失踪した貴方の師匠は、何を教えていたのかしら」
「師匠は感覚で物を言う人だったんだ。理論的なことは殆ど教えてくれなかった」
「それ、師匠としては最悪ね」
同感だ、と頷くノーヴァ。イデアはその様子を見て、溜息をつく。
「拾ってくれただけでも感謝している。それに、俺をこの学園に入れてくれたのは師匠だ」
「出来損ないを寄越されたところで、困るだけなのよ。それに、特異魔法なんて言うオマケ付き。私が動くことになった意味が、貴方にはわかるかしら?」
彼女の言葉を受けて、ノーヴァは目を閉じ、思考の渦へと潜行する。
――イデア・ノベル・スタンフィールド。
強力な魔法使いとして産まれることの多い歴代の王族をして『最高』と言わしめる、正真正銘の天才。
彼女の才能は魔法だけに留まらず、文学、武術共に類稀なる能力を発揮する。現国王の末娘、第三王女として産まれた彼女は、国中から今後の活躍を期待されていた。
そんな傑物が、なぜ自分の教育役を買って出たのか。
その理由など、ただ一つに決まっており――
「この国にとって、特異魔法使いはそれほどまでに重要と言う事か」
「正解。貴方には優秀になって――いえ、強くなってもらわなければならないの」
ノーヴァもまた、王国への貢献を期待される人間の一人であったのだ。
その事実を噛み締める。何か口に含んでいるわけでもないのに、苦い味がした。
「わかった。それでは、申し訳ないがよろしく頼む、王女様」
「イデアで良いわ。『王女様』という呼び方は、あまり好きではないから」
流石にそれは畏れ多い、とノーヴァが反論する。しかしイデアは、『命令が聞けないのかしら』とでも言いたげな目線と、怖い程に整った笑顔を送るのみ。最終的に折れたのは、彼の方だった。
「そうと決まれば、早速特訓に移りましょう。――と言っても、まずは貴方の実力を測るところからね」
夕日はまだ、沈んでいない。しかし、二人の影は時計の針のように動いていた。
座っていた椅子から立ち上がり、イデアはポン、と一回、手を叩く。続けて立ち上がったノーヴァが、何を測るんだ、と問いかけた。
「威力とか射程とか、そういうものか?」
「そうね……。それよりもまずは、魔法の制御力かしら」
そう言いながら、イデアは教室の出口へと向かってゆく。ノーヴァはどこへ行く、と言いながら、彼女を追いかけた。
「おい、待ってくれ」
「待たないわ。第一訓練室を貸し切ったから、今日はそこで測定をしましょう」
「第一訓練室? 計器とか的とかいろいろある、あの部屋のことか」
生徒の大部分は、既に下校している。夕方の廊下を歩きながら、二人は話を途切れさせなかった。
若干、速足だ。イデアの時間を無駄にしたくないという性格故か、殆ど小走りになっている。
「そうよ。今回の測定は、貴方の実力を詳細に図らなければならないの。そうでないと、具体的にどうすればいいのかという改善策を立てにくくなるでしょう」
「確かにそうだな」
「貴方の師匠がどうやっていたのかは知らないけど、私が教える以上、私の方針に従ってもらうわ」
「わかっている。反抗はしないつもりだ」
「ならば良し。……さて、そろそろ着くわね」
スタスタと早めに進んでいたので、移動時間はそれほどかからなかった。第一訓練室と表札が立っている部屋のドアを開けて、二人は中へ入る。密室で二人きりだという状況は、二人とも気にならない様だ。
「今、計器を準備するわ。貴方はそれまで、練習でもしていなさい」
「わかった。計器の起動は手伝わなくていいか」
「一人でできるよう設計されているから、大丈夫よ」
「そうか。それなら良い」
訓練室には、発動スペース――その名の通り魔法を発動するスペースと、観測スペース――それを計測したり、見学するスペースがある。この二つのスペースは壁で仕切られており、見学者や測定者は備え付けられた窓から魔法を見ることができる。
発動スペースは、部屋の全体の7割ほどを占めている。窓がある壁の反対側には的を立てる空間があり、術者はそこに向かって魔法を放つ、という作りになっていた。
当然ながら、このような部屋に装飾などは存在しない。外と比べれば桁違いの華やかさだ。しかしノーヴァにとってはこの方が落ち着くらしく、彼は若干リラックスした様子で、自分に流れる魔力の波長を確認していた。
「――準備完了よ。それではノーヴァ君。火属性の『火球』を発動してもらえるかしら」
「『火球』だな、わかった」
観測スペースから、凛とした声が響く。
イデアの指示に従って、ノーヴァが魔法の発動態勢に入った。
現時点で分かっていることとして、魔法の発動にはいくつかの順序がある。
まず初めに、魔法使いが持つ魔力回路を起動させる。回路は駆動しているだけで魔力を消費するので、平時には休止させるておくのが魔法使いのセオリーだ。
次に、魔力回路から魔力を汲み上げる。魔力とは文字通り、魔法を発動するためのエネルギーだ。この世界に生まれる人間は大抵、強弱はあれど魔力を持っている。
その次に、魔法術式を構築する。空中に実体のない幾何学文様――魔法の設計図を投影する。
さらに、この術式に魔力を注ぎ込む。これにより実体のなかった魔法術式が意味を持ち、現実を書き換える力を得る。
最後に、力を持った魔法術式を起動する。弾を込めた銃の、引き金を引くイメージだ。魔法術式は構築段階では待機状態にあるため、起動させることで初めて、実際に現実が書き換わる。
ノーヴァの魔法も、この手順に則った形で発動された。
魔力回路が起動し、魔力が術式を放出する、左手に集束してゆく。実体のない、半透明な術式が組み上がり、そこに魔力が注がれ、術式が赤い光を放つ。
「――はぁっ!」
咆哮と共に、術式から火球が飛び出した。真っ直ぐに飛翔する火球は木製の的に激突し、大きな音を立てて爆発する。発生した煙は、扇風機の様な装置によって吸い込まれていった。
魔法の発動は成功のようだ。しかしながら二人は、その様子を見て渋い表情をしている。
「――魔力の収束が遅い、術式はノイズ混じり、魔力供給は不十分で、発動した火球は熱分布が不安定。
成程、先生が匙を投げるのも頷けるわ」
観測スペースから出てきたイデアが、呆れた表情でノーヴァのもとに近づいて来る。
「これでもうまくいった方だ。普通は術式が組み上がらない」
「計器のデータが、上級生のジャミング訓練時に取れるものと酷似しているわ。――貴方、余程集中力がないのね」
「ジャミング訓練? なぜイデアが、上級生の訓練データのことを知っているんだ」
「理由なんてどうでも良いでしょう」
彼女の発するオーラのようなものに気圧されたのだろうか。ノーヴァは良くない、と言う言葉はまたしても口に出せなかった。そしてそのまま、イデアによって話が進められてゆく。
「この様子からすれば、座学で点数が取れないのも納得ね」
「授業の内容が頭に入ってこないんだ。基本的に魔法は、感覚で発動している」
「……術理を理解しているわけではないの?」
イデアが目を見張った。彼女からすれば、魔法は術理――どのような仕組みでその魔法が発動するのかをしっかりと理解したうえで、適切な術式を組み立てなければならないものである。
「そうだな。感覚ではどうしようもない場合、隣の魔法を見て模倣するしかない」
「隣の魔法? ここの生徒だと、術式が存在する時間って一秒に満たない筈だけど」
「それだけあれば十分だ」
「……貴方、よくわからない才能を持っているのね」
なんだ、それは。
予想外の方法で魔法を組み立てていたノーヴァに、イデアは困惑する。
「師匠から教わった――というか、仕込まれた技術だ」
「呆れた。貴方の師匠、完全な感覚派だったのね」
「おかげさまでこうなっている」
「……」
「……イデア?」
返答はない。
イデアは目を閉じたまま、微動だにしない。
氷のように固まった彼女。しかし、彼女の脳だけは高速で稼働していた。
「深く考えることもなかったわ。要は、集中力を強化すればいいのよ」
「あ、あぁ。そうだな」
目を開いたかと思えば、いきなり解決策を話し始めた。
何だこいつ、とノーヴァが思うのは不自然ではあるまい。話が数段飛ばされたというか、前後の話に繋がりがない感じ。さらに怖いとすら感じる、静と動のギャップ。
「……そうね。まずは、魔法の過程を詳細にイメージするところから始めましょう」
「すまん、ちょっと落ち着かせてくれ」
「……? どうしたの、ノーヴァ君」
天才という奴は、この会話のおかしさに気づかないのか、とノーヴァは思った。
会話を圧縮されては、凡人であるノーヴァには理解が追い付かない。言っていることの意味が分かっても、結論だけでは頭に入ってこないのだ。
「どうして、集中力を強化するという話になったんだ」
「理由なんてどうでも良いでしょう」
「いや、良くないんだ。一体どうしてその結論に至ったのか、その過程を聞かせてくれないか」
ノーヴァがそう言うと、イデアは露骨に面倒臭そうな顔をする。
そして、苛立ちと共に告げられた言葉は――
「察しなさい」
たった一言の、無茶振りだった。