- 未来へ -
そして、1年が経過した。
あの日からしばらく駆逐艦暮らしが続いた。が、宇宙港が建設されることになって、私は一旦地上に戻った。
しばらくして大久伝川上流に宇宙港が作られ、そこに街も建設された。その街にできた一軒家をビットブルガーがもらったというので、私は2ヶ月ぶりにビットブルガーと会い、そのままビットブルガーと入籍して、一緒に暮らすことになった。
ビットブルガーはここで、軍事教練所の教官となるそうだ。暗号解読および識別信号の解読が彼の専門だ。その一方で駐留艦隊の一員として、駆逐艦5137号艦にも在籍。教官およびパトロール任務、ところによって海賊との戦闘、という日々を過ごしている。
私は宇宙でたくさんの人脈を作っていたため、商社に帰ってからむしろ忙しくなった。この星の人達を、地球399の人々と引き合わせるという仲介役を行うためだ。
核融合炉や重力子エンジン、各種ロボットを作る地球399のメーカーは、この星でのライセンス生産できる相手先を探している。一方、この星のメーカーも、われ先にと彼らの技術を提携したがっている。
その両者をつなげる役が私というわけである。あの戦艦内での立食パーティーで得られた人脈が、こんなところで役に立った。こちらの星の人も、とりあえず私に聞けば誰かと繋げてくれる。そう思う人々が私のところに連絡してくるため、私の所にはたくさんのメーカーの人がメールを送ってくる。
で、ほぼ毎日、私はこの星の誰かを、地球399の人に紹介している。最初は家電や重機械関連ばかりだったが、最近はその範囲が農業や鉱業にまで広がり、益々忙しくなってきた。
うちの会社も私のこの仲介業のリベートや、新たな市場開拓を行うことで、売り上げが急速に伸びていった。この間、社長に会った時などは、売り上げの半分が私由来のものだといっていた。
そこで、うちの会社も宇宙港の街のそばに支社を作って、私やシホ、リョウコやシンジなど、地球399に関わる者達を含む社員がそこに異動となった。なにせ宇宙からの仕事が膨大に増えつつある。宇宙港に近い方が効率がいい。ますます私の仲介する人の数が増えていった。
しかし、売り上げの伸びに貢献してる割には、給料が伸びない。待遇は平社員のままでただ忙しいだけの日々が続く。朝早くに出勤し、夜遅くに帰る。土日も出勤することが増えてきた。これじゃあ、何のためにビットブルガーと一緒に暮らしているのかわからない。おまけに、この会社は交通費が出ない。だから夜遅くても、タクシーを使うわけにはいかない。そんなもの使ったら、給料が続かない。
が、やはりというか、そんな現状を見たある会社が、私の人脈を狙って早速ヘッドハンティングをかけてきた。その条件というのが、朝夕のお迎え付きに、5倍の給料。現状と比べたら破格の待遇だ。さすがの私も、この話にはぐらっときた。
それを知って焦ったのはうちの社長。そこで私は本社に呼び出されるのだが、どういうわけか社長直々に怒られた。あの駆逐艦の駐在員として働くことを認めたからこそ得られた今の身分、その恩を忘れて他の会社に行こうとするなんて、なんという恩知らずなやつだ、と言ってきたのだ。
これには私もカチンときた。社長の前で私は、こう言い放った。
「分かりました! じゃあこの恩知らずの社員を、今すぐクビにして下さい!」
あれだけ売り上げに貢献してて、係長よりも安い給料で我慢してるって言うのに、恫喝するとはいい度胸だ。こんな会社、今すぐ辞めてやる。そう思って、その日はそのままうちに帰った。
「大変だねえ、サオリも。いいじゃない、サオリの価値も分からない会社なんて辞めちゃえば」
「でもさ、あの会社、居心地はいいんだよねぇ。シホのように気軽に話せる友人も多いし、いくら給料が高くても、また一から人脈作らないといけないなんて、やってられないよ」
「何言ってんの、うちの駆逐艦にいた時も、たったの10日でほとんどの人と仲良くなったじゃないの。サオリならどこでもやっていけるさ」
「駆逐艦5137号艦の連中だって、おおらかな人ばっかりだったから上手くいっただけよ。今オファーが来てるのは大手の商社、間違いなくあそこは上流階級な連中ばかりよ。もう私とは全然人種が違うんだって」
「よく言うよ。宇宙から来た我々の方がもっと人種が違うっていうのに、上手くやってたじゃないか。サオリは心配性すぎるんだよ」
「うーん、そうかな。でも、どのみち私は社長に怒鳴りつけちゃったから、あの会社には戻れないよね。やっぱり大手に行くしかないのかな……いや、これを機に、仕事辞めて専業主婦になろうかな。あんたさ、私を養ってよ」
「いいけど、サオリが専業主婦っていうのも、なんだか変な感じだなあ」
「いいじゃないの。これであんたと過ごせる時間も増えるし、心置きなく新婚旅行もいけるしさ」
「そうだけどさ。でもなんか、ちょっと違うなあ……」
その日の夜、ビットブルガーとこんな話をしていたのだが、突然玄関の呼び鈴が鳴った。なんだ、こんな夜分に。そう思って玄関先を見ると、やって来たのはうちの会社の役員と、あのセクハラ部長だった。何の用かと思えば、私を引き留めにきたのだという。
「いや、今サオリ君に辞められたら、せっかく軌道に乗った宇宙事業が全てご破算になってしまう。おまけに、ライバル社にサオリ君が行ってしまったら、あちらに顧客の多くが移ってしまうことになる。そうなったらうちのような中小の商社など、ひとたまりもない」
会社の事情ばかりを並べる役員。だが、正直言って、私にはどうでもいいことだ。
「会社を守りたいって気持ちはわかりますが、社長に怒鳴りつけちゃいましたからね、私。もうさすがに戻れないでしょう」
「いや、それなんだが、役員会ではあの社長を解任しようと考えているんだ。臨時の株主総会を開いて、新たな社長を選任する。それなら、サオリ君も心置きなく会社にいられるだろう」
「ええっ! 私を引き留めるために、社長をクビにしちゃうんですか!? それはいくらなんでも、やりすぎじゃないです?」
すると、役員の影にいた部長が、話し始める。
「いや、サオリ君。今や社長よりも、君の方が我が社には必要なんだよ。その新しい社長に、君を推す声だってあるくらいだ」
「ちょ…ちょっと待って。私が社長!?」
「驚くことはないだろう。今や、それほどの力を持ってるんだよ、君は」
「ええっ!? 私はただ地球399の人との人脈があるだけですよ!? それだけで社長だなんて、いくらなんでも無理ですって!」
「その人脈が、この星の人々にとっては宝の山なんだよ。だから我が社が今、急成長できてるんだよ。だからさ、何とか戻ってきてはくれないか? そのためには部長以上の皆は、社長だってクビにしてやる覚悟なのさ」
とまあ、こんな調子で説得されて、私は結局その会社に残ることになった。
とりあえず、社長の解任はなしにしてもらう。いくら何でも、社長解任はやり過ぎだ。でも私の給料はライバル社が提示してきた5倍に上げられ、朝晩はお迎えの車が来る。まるで役員待遇だ。
しかし私が残れば会社が潰れる心配はなくなり、シホやリョウコ、それにシンジも食いっぱぐれなくなる。やっと軌道に乗った彼ら、彼女らの生活も守られるというわけだ。そこまで考えて、私は会社に残った。
そうだ、その彼ら、彼女らの生活だが、そちらは極めて順調だ。
まずはシホ。あのチャラ男のシュパーテンさんと結婚して、私同様、この宇宙港に隣接する街で暮らしている。
だがこの2人、一度破局の危機を迎えたことがあった。チャラ男の浮気が原因だ。それでシホのやつ、私の家にやってきて、シュパーテンの悪口を散々並べ立ててきた。
「もう信じられない! 結婚しようって言ってたのに、その数日後には浮気だよ!? 何考えてんのよ、あいつは!」
「あーあ、だからあんなチャラ男、辞めとけって言ったのに。いい機会だからさ、別れちゃいなよ」
「そうするわ。もう宇宙人なんて、信用しない! これからはこの星の男で探すわ!」
ビットブルガーの前でかなりの問題発言をするシホだったが、その後シュパーテンが全力で謝りに来たらしく、再びよりを戻すことにしたシホ。その後、あのチャラ男の浮気は再発していない。
シンジとヘレスは上手くやっている。というかこの2人、これまでの人生がうまく行かなさすぎていたので、それを取り戻すべく2人で一緒に幸せ探しをしているといった風に見える。いつも手をつないで歩いているのが印象的だ。
この2人、点在する歴史遺産を見て回るのが楽しいようだ。先日もあるお城を訪れていた。本当にこの2人、そういうのが好きだよなあ。
だがヘレスは、私と時々お風呂に入りたがる。そこでこの街のショッピングモールの中にある公衆浴場に、ヘレスと一緒に行くことが多い。最近ではシホやリョウコ、それにアルトさんも加わって、風呂で女子会を開いている。
リョウコはピルスナーさんと結婚して、やはり同じ街に住んでいる。側から見れば、相変わらずセレブな2人だ。アルトさんも、ユウキと近々結婚することになっている。最近2人はよく蒸気機関車のイベントに参加したり、火力発電所を見学しにいったりしてる。相変わらず、大型機械で盛り上がっているようだ。
ところで、私をふったあの先輩は……相変わらず独り身だと、風の噂で聞いた。私も積極的には関わっていないから、それ以上のことは知らない。別に、知りたくもない。
そして私は今、地球399に向かっているところだ。
やっとビットブルガーとの新婚旅行に行くことになった。といっても、うちの会社から頼まれた地球399の視察も兼ねての旅行。おかげで旅行費用は会社持ちだ。
ただし、乗っているのは駆逐艦5137号艦。チーム10隻と共に地球399へ一時帰星するところを、便乗させてもらったのだ。
乗り心地は民間船の方がいいだろうけど、乗り馴れたこの船の方が、私とビットブルガーにはちょうどいい。だが、新婚旅行が会社持ち費用で、しかも乗るのは駆逐艦。これを新婚旅行といっていいのだろうか?
ビットブルガーが以前話していた星雲のそばも通った。艦橋の窓から見たその星雲。緑と白のガスが目の前いっぱいに広がっていた。漆黒の闇に覆われた宇宙にあって、ここはまるで別世界。ここは太陽の数百倍はあった恒星が大爆発を起こしてできた星雲で、いずれここから新たな恒星が生まれるのだと言う。この星雲の横を通り過ぎる間、私はじーっとその美しさに見入っていた。
そうそう、この旅にはシンジ、ヘレス夫妻も同行している。ヘレスはシンジに、地球399にあるお城を見せたいのだという。初めて宇宙に出たシンジは、展望室でヘレスと一緒にあの星雲を眺めていたようだ。
地球805を発って、4日の行程をかけてようやく地球399に着いた。あと20分で大気圏突入、私とビットブルガーは、部屋のテレビモニターでその様子を見ていた。
地球399という星は、我々から見ると少し変わった星だ。なにせ月が2つある。地球399から40万キロと80万キロの軌道上にある大小2つの月。地上から見ると、どう見えるのだろうか? 楽しみである。
ゆっくりと降下する駆逐艦5137号艦。しばらくすると大気圏突入を開始し、モニターからは駆逐艦を覆うあの白とオレンジ色の光が見えた。1、2分ほどで光はなくなり、地上の様子がが見えてくる。
我々の星よりも、明らかに緑が多い。ここは中世からいきなり宇宙進出を果たした星。乱獲や伐採を経験することなく今に至ったのがよく分かる。
でも、さすがに都市部は凄まじいほど発展している。今飛んでいるのは、ドルツ王国の王都ベルリアル。そこには300メートル以上の超高層ビルが立ち並んでいた。
王都に近づき、その姿がモニターからもわかる。たくさんのビル群を見て、私はビットブルガーに聞いた。
「ねえ、ビットブルガーの家って、どこら辺にあるの?」
「うちはあのビルの谷間にある地域だよ。ほら、あそこだけビルがないだろう? 王宮や貴族の屋敷のエリアだけが、高層化を逃れて今でもああやって昔の面影を残してるんだ」
本当だ。ある一角だけ、ビルが全くない。そこにあるのは、緑に覆われた低層の建物ばかりだ。その中にひときわ大きくて目立つ建物が見える。あれは王宮だそうだ。この国には、まだ国王陛下がいらっしゃるとのこと。
「でね、ここをずっと南に行ったところに、うちの領地とお城があるんだ。といっても、私のものじゃなくて、兄貴のものだけどね」
「貴族って理不尽ね。次男だからというだけで軍に入らされてさ。それでよく不満が出ないわね」
「いやあ、昔はもっと酷かったようだよ。長男がいる限りは、次男には出番がない。部屋住みで過ごせればいい方で、中には家を追い出されて、農奴階級にされた人もいたらしい。貴族からいきなり自分の力で生きろと言われても、大抵は無理だからね。かなりたくさん死んだらしい。稀に芸術で名を馳せる人もいたらしいけど、そんな才能がなければ、一生陽の目を見ることなく終わる次男、三男ばかりだったんだ。それが宇宙艦隊ができて、そんな次男、三男でも活躍できる場が与えられた。私にとっても、この艦隊は天国だよ」
そんな悲惨な歴史があったんだ。貴族だからといって、全てが華やかとはいかなかったのね。
宇宙港が見えた。何隻もの駆逐艦が並んでいる。奥に空いたドックめがけて、ゆっくりと向かう駆逐艦5137号艦。
どんどん高度を下げ、やがてガシャンという音と振動が響く。ドックに船体を固定するロックがかかったようだ。やがて、艦内放送が入る。
「達する。艦長のラーデベルガーだ。王都ベルリアルの宇宙港に到着した。これより当艦は1週間滞在する。各員、出発日時には留意しつつ、下艦せよ。以上だ」
この艦長の艦内放送が合図で、皆は下艦する。私とビットブルガーも宇宙港のロビーを通って外に出た。
この宇宙港のあたりは、最も高層化が進んでいる場所だ。横の街にも高いマンションがいくつも立ち並び、場所によってはビル同士を空中に道路でつなぎ、その道路上に建物が立ち、2層、3層構造の街となっているところもある。
これが、我々の星にもできた宇宙港に隣接する街の最終形態のようだ。オフィスビルらしき建物もたくさんある。私はこの街の様子を、スマホのカメラで撮影する。
「では、サオリ。また1週間後に」
「気をつけてね、ヘレス」
ここでシンジ、ヘレス夫婦と別れた。彼らはこれから、この星の「城巡り」をするそうだ。相変わらず好きだねえ、そういうものが。
自動運転のタクシーを呼ぶビットブルガー。そのタクシーに乗り、高層ビルの間をすり抜ける。
一見すると、我々の星の都市部にそっくりだ。だが、ビルがふた周りほど高く、走っている車の多くは自動運転車だ。飲食店が立ち並ぶが、おそらくどのお店でもあのロボットの腕が働いているのだろう。
ところで、一つ妙なことに気づく。私のいた星では、今の季節は夏に変わるところだった。ところがここはまだ冬の真っ只中。季節が半年ではなく、4ヶ月という微妙なずれ方をしている。
北半球、南半球という違いどころではない。考えてみれば、星が違うのだ。こういうずれ方は当然あるだろう。
そのビル群を抜けると、急に低層な建物が並ぶ場所に出た。ここは貴族のお屋敷エリアのようだ。おかげで、急に時代が未来から中世に飛んだようだ。
もちろん、道路には車が走り、歩く人々は中世とは大きく異なる今どきの服装をしている。ただ、街並みだけが時代から取り残されている。ここはそういう場所だ。
タクシーが、あるお屋敷の前で止まった。この辺りでもひときわ大きなこの屋敷。それを見上げるビットブルガーが私に言った。
「着いた。ほら、ここがうちの屋敷だよ」
ビットブルガーが指差す方を見ると、そこには以前見せてもらった、獅子が描かれた盾に剣と槍がクロスするあの紋章が描かれていた。ああ、ここは本当にビットブルガーの実家なんだ。
私は緊張する。こんなに大きなお屋敷に住む貴族だとは思わなかった。それならそうと予め教えて欲しかった。
「どどどどうしよう! なにこの大きなお屋敷、緊張してきたじゃない!」
「そんなに構えることないって。貴族といっても、ごく普通の家族だよ」
いや、都心部にこんな大きなお屋敷、ごく普通の家族が住む家ではない。うちなんてド田舎で、もっと狭い2階建の一軒家に住んでるんだよ。
門の前でビットブルガーが呼び鈴を鳴らす。すると、奥から初老のご婦人が出てきた。
「母上、ただいま」
「あら、ビット。おかえりなさい。待ってたのよ。こちらがサオリさんね」
「は、初めまして! サオリです!」
「ビットのメールにあった通り、可愛らしい人ね。さ、入ってちょうだい」
やはりあの方はビットブルガーの母親だった。いかにも貴族のご婦人という風格が感じられる。ところで、ビットブルガーはこのうちでは「ビット」と呼ばれてるのか。この呼び名は便利だ。私も使おう。
その母上に連れられて、中庭を通って屋敷に向かう。あの戦艦ビスマルクの街中にあった、あの花園にそっくりな場所だ。ただし今は冬。花はほとんど咲いていない。椿が少し咲いている程度だった。
その花園を超えると、いかにもずっと昔に建てられた3階建の大きなお屋敷が見えてきた。ここが我々の星をもはるかに凌駕する星だとは思えないほど、古風な建物だ。
中に入ると、ビットブルガーとほぼ同じくらいの年齢の人物が現れた。察するに、こちらが長男か?
「兄貴、久しぶり!」
「おお、ビット! 待ってたぞ! はるばる200光年の旅、ご苦労だったな!」
なぜか、ビットブルガーよりもやや威厳のある話し方をするこの長男。同じくらいの年齢の兄弟なのに、随分と雰囲気が違う。
「こちらがサオリさんですか。いや、わざわざここまでお越しいただき、さぞやお疲れでしょう。どうぞ、ごゆっくりしていって下さい」
「は、はい! よろしくお願いします」
「申し遅れましたが、わしがドゥンケル子爵家の当主、エルディンガー・フォン・ドゥンケルです」
「私はサオリです。この度はお招きいただきまして、ありがとうございます」
「はっはっは、招くといっても、大したものはございませぬぞ。そうだ、おい、エール!」
エルディンガーさんは、屋敷の奥に向かって叫ぶ。奥から、ヘレスさんのように透き通った肌をした女性が現れた。
「なんです? エルディンガー」
「ビットブルガーの奥さんのサオリさんが、はるばる地球805よりいらしたのだ。ご挨拶を」
「あら、いらっしゃい。私はエルディンガーの妻のエールです」
「サオリです。よろしくお願いします」
「ビットブルガーのメールの通り、可愛らしい方ですね。どうぞ、お座り下さい」
いやあ、ここの家、皆スペック高すぎだろう。美男美女の館じゃないか。どうなってるんだ、この家は!?
この屋敷には、ケルファさんという使用人もいる。20代後半の女性で、姿格好はメイドそのもの。こんなに広いお屋敷で、使用人がたった1人で務まるのかと思ったのだが、調理も洗濯も掃除もロボット任せ。それ以外の人の手が必要なものを、このケルファさんがやっている。例えば、中庭の花園の手入れなどである。
ところで、ビットブルガーの父上の姿が見当たらない。どこにいらっしゃるのだろうか? 私はそっと小声でビットブルガーに聞いてみる。
「ねえ」
「なに?」
「あんたの父上って、どこにいらっしゃるの!?」
「ああ、父上ね。もう亡くなったよ」
「ええっ!? 亡くなった!? なんでよ?」
「いや、病にかかってね。ちょうど私が軍に入った5年前に、天国へ旅立たれたよ」
知らなかった。そんなことになってたんだ。だから、長男のエルディンガーさんが今の当主なんだ。私は理解した。しかし、そういう大事なことは事前にちゃんと話しておいて欲しい。
エルディンガー夫妻や、母上とも話をする。エールさんは今妊娠中で、あと4ヶ月ほどで生まれるそうだ。待望の男の子が生まれる予定。名前は亡くなられた父上の名を引き継いで「ヴァイスビア2世」となることが決まっている。
で、皆で夕食を食べる。ここで分かったことは、ビットブルガーが普段やってることが、この家の日常だということだった。あの黒パンに滴るほどのバターを塗りつけたり、生ハムで鶏肉やサラダを巻いて食べるなど、皆がそれぞれ「創作料理」をしている。皆さん、一体どういう味覚をしていらっしゃるのだろうか?
夕食も終わり、部屋に入り外を眺める私。空には、2つの月が見える。一つは、我々の星にもある大きさの月だが、もう一つ、3分の1くらいの月が後からついてきている。
日によってはどちらか一方しか見えなかったり、あるいは重なったりすることもあるらしい。この大小2つの月は、私にとっては不思議な月だが、この星の人々にとっては昔から続くごく当たり前の光景だという。
その2つの月を眺めてると、ビットブルガーが声をかけてくる。
「ねえ。明日はいよいよ、お城に行くよ」
「ね、そのお城って、どれくらい離れてるの?」
「そうだな、プライベート機で20分くらいってとこかな」
プライベート機って、そんなものがあるの? この屋敷。やっぱりこのうちは、普通じゃない。
翌朝、私とビットブルガーが朝食を食べ終えて部屋に戻っていると、メイドのケルファさんが呼びに来てくれた。プライベート機の準備ができたらしい。
私とビットブルガーは中庭に行く。そこには、プライベート機が着陸していた。
この機体、どこかで見たことがある。ビットブルガーに聞くと、河川敷で駆逐艦5137号艦に部品を運んでいた哨戒機という機体、あれにそっくりだった。聞けば、中身が民間用に簡素化されているだけで、外観は哨戒機と同じだそうだ。私とビットブルガーはプライベート機に乗る。
誰がパイロットをしているのかと思い見てみると、操縦席にいたのはなんとケルファさん。彼女は航空機を飛ばす資格を持っている。何このメイド、最強すぎる。
ヒィーンという甲高い音と共に上昇するプライベート機。そのままゆっくりと水平飛行に移行する。この星ではヘリコプターというものはなく、全てこの重力子エンジンという仕組みを使ってまるで飛行船のように飛ぶのだという。私の星もいずれ、そうなるのだろう。
ビル群を抜けると、緑の森が広がる地域に出た。ところどころ、村のような集落が見える。それにしてもこの星は、都市部と外縁部の差が大きすぎる気がする。
小高い丘が見えてきた。そのてっぺんに、石造りのお城が見える。あれがビットブルガーの言っていたドゥンケル家のお城、ブリュートヒェン城だ。
お城のすぐそばに着陸するプライベート機。私とビットブルガーはハッチから外に出て、寒い丘の上に出る。
「うー、寒い!」
「大丈夫?」
「うん、慣れれば多分、大丈夫」
お城の方に向かう2人。お城をよく見ると、ドゥンケル家のあの紋章が付いている。そのお城はそれほど高いわけではなく、せいぜい高さ10メートルといったところ。丘の上の草地にぽつんと立っているだけの、寂しいお城だ。
そのお城の入り口から入って上に登る。円筒形のお城の壁には、螺旋階段が作られている。そこを登りきると、お城のてっぺんに出る。
私は、そのお城のてっぺんから見る光景に、思わず息を飲んだ。
ずっと続く平原。森が点在し、ところどころ池がある。その向こう側には、高層ビル群がある。どこかの都市だろうか? 手つかずの大自然の只中にぽつんとある大都市。私の星では見られない光景だ。
「ここはドルツ王国の南の端で、隣国からの侵攻に備えた城なんだって。この通り見晴らしがいいから、隣が攻めてきたら、すぐに分かるんだ。あそこにある都市は、その隣国の首都だよ」
つい100年前までは、あの都市のあたりにある国と争っていたらしい。ドゥンケル家は代々、王国防衛を任された家柄で、このお城を拠点に400年もの間、他民族の侵略から王国を守り続けたそうだ。
今は攻める国もなく、このお城は戦国時代の名残としてぽつんと残されたモニュメントとなっている。空には巨大な宇宙船が何隻も浮かび、あの都市に向かってゆっくりと飛んでいる。
大自然と大都市と大型の宇宙船。この3つのアンマッチな要素が日常に存在する、この地球399という星を一望できるこの場所。私は寒さを忘れて、その光景に見入っていた。
見入っていたのだが、突然この男は妙なことを言い出した。
「ねえ、サオリ。ここでキスしない」
壮大な光景から急に引き戻された私は、思わず怒鳴る。
「はあ!? な、何言ってんの!」
「いいじゃない。この壮大な風景を見ていたら、急にしたくなってさ」
「いや、どうして急にキスしようなんて……」
「大丈夫、だれも見ていないよ。ケルファもプライベート機の中にいるし、こんな王国の端の大自然の真っただ中、見ている人なんていないさ」
「いや、そうじゃないでしょ。あんたねえ、せめてこういう時は『サオリ、綺麗だよ、キスしよう』くらいの気の利いたこと、言えないの!?」
「そんなありきたりなこと言ってもしょうがないよ。それに、サオリは『綺麗』というよりは『可愛い』だもんね」
そんなことを馬鹿正直に答えてくれてもしょうがないのだが。しかしビットブルガーのやつ、もうやる気満々で、私の肩を持って抱き寄せてくる。
「じゃあサオリ、キスしよう。我々の、未来のために」
なぜキスをすることがこの夫婦の未来のためなのか分からないが、ビットブルガーのその謎の勢いに押された私は、そのまま顔を近づける。そして、そのまま口づけをした。
なんて強引で、適当なやつなんだろうか……一瞬、風の音が鳴り止んだ気がする。全身を、妙な感覚が走る。馬鹿正直で味覚異常なやつだけど、この包容力というか、適当さというか、そういうものに私は惹かれていることを、改めて再認識させられる。変な奴だけど、このまま彼についていくんだろうな……その時、私はそう思った。
「サオリ!」
が、この静寂を破るかのように、突然私の名を叫ぶ声が聞こえた。私とビットブルガーは我にかえり、声のする方を見た。
それを見て、私は全身が凍りつくような衝動を感じる。
そこにいたのは、ヘレスだった。シンジも一緒だ。城の真下の草地の上で、2人でこちらを眺めている。そういえばこの2人、城巡りをすると言ってたっけ。でもなぜ、この城に、よりのよってこのタイミングで現れるのか?
「私もそこに、ご一緒していいか!?」
私達夫婦に御構い無しに、城に入れろと言ってくるヘレス。彼女は、私の前では自分の欲求に正直だ。
私が最初に出会った宇宙人達。この先の未来、私はこの2人と共に歩むのだろう。この先、何年も、何十年も。
【完】




