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- 地球へ -

「両舷前進微速、大気圏降下開始まで、あと20分」


 地球(アース)805に向かう駆逐艦5137号艦。その途中、月の真横を通過しているところだ。窓の外には大きな月が見える。これほど近くで月を見るのは初めてだが、表面はクレーターでゴツゴツして、いつも見上げている月とは大きく印象が異なる。


 私は今、また艦橋にいる。今度は大気圏突入して、あの河川敷に帰還する。地球を発って5日、私は再びこの星に戻ってきた。


 もっとも、宇宙に出たという実感がない。この宇宙でやったことといえば、戦闘を経験し、他の星の政府や企業のお偉いさんと出会い、戦艦内部にある街に立ち寄り、ビットブルガーとヘレス、両者とキスをしたことくらい。ここに宇宙らしい要素は、あの戦闘くらいだろうか。


 で、そのキスの相手の一人は、私の左隣でニコニコしながら立っている。もう一人は私の斜め前で、レーダーサイトとにらめっこしている。


「大気圏突入前の再点検を行う。前回のようなことがあっちゃ困るからな。機関部、および各種センサーは特に念入りにチェックせよ」


 前回というのは、私の目の前に落っこちてきた、あの時のことだ。さすがに二度と不時着するわけにはいかないから、皆真剣に点検している。でも、あの時私は失恋し、この船が落っこちてきてくれたおかげで、私は今こうしてビットブルガーやヘレスと出会い、宇宙にたどり着いた。人間、何がきっかけで運命が転ずるか、分かったものではない。


「機関科より報告、核融合炉および重力子エンジンの出力正常、各部異常なし。各種レーダー、センサー共に異常なし」

「了解。では、これより本艦は大気圏に突入する。両舷減速、俯角10度、バリア展開!」

「両舷減速、俯角10度! ヨーソロー!」


 いよいよ大気圏に突入した。窓の外を見ると、明るい白とオレンジ色の光が見える。バリアによって押し出された空気がプラズマ化して放つ光だという。


 強力なバーナーに火をつけた時のような、ゴォーっという音が鳴り響いていたが、大気圏離脱時のあのけたたましい音はなく、思ったよりも静かだ。それも1、2分ほどで音が鳴り止み、青い地球の表面が見えてくる。真下はほぼ快晴のようで、雲がほとんど見当たらない。真っ青な海が、眼下一面に広がっている。


 ああ、やっと私は自分の星に帰ってきたんだ。生きた心地がしなかったあの戦闘や、宇宙を思わせない戦艦の街を巡ったことは、私にとってはとても良い経験だったけれど、やっぱり私にはここでの日常がいい。


 会社のそばに広がるあの古臭い商店街へ、今すぐにでも行きたい気分だ。地上に降りたら、ビットブルガーとヘレスを連れて、アイスを食べながらまたあのマニアなお店に行こう。


「この星の航空管制から連絡、『着陸を許可する。ただし、場所はあの河川敷ではなく、その近くの工場跡地に変更されたし。大型投光器を数十機使い目印に、それをめがけて着陸されたし』とのことです」

「了解した。ではその目印に向かって艦を進める。両舷前進微速」

「両舷前進微速、ヨーソロー!」


 その後の通信で、この宇宙に行っている間に雨が降って大久伝川が増水し、あの河川敷は水没してしまったようだ。このため、政府はこの船の着陸場所の変更を指示してきた。


 工場跡地かぁ……多分、あそこだよねぇ。思い当たる場所が、私にはある。でも、ちょっとあの商店街からは遠くなるなあ。ただ、あの工場跡地の辺りはオフィス街であり、どちらかといえば会社からは近い場所だ。


 地上に、光で四角く囲われた場所が見えた。あれが指定された工場跡地だ。上からでもわかるよう、大きな照明機器をたくさん使って目印にしている。


 この工場跡地には近々、大きなショッピングモールが建てられる予定だが、そこを一時的に間借りしたようだ。その工場跡地の光の枠の中心めがけて、駆逐艦5137号艦は降下を続ける。


 周囲にはヘリが何機か飛んでいる。宇宙船の着陸というイベントはこの星ではまだ数える程しかないため、今回の着陸もテレビ中継されているようだ。


 ヘリはいいのだが、地上には人だかりができている。プラカードを持ち、ぐるりとこの工場跡地を囲んでいるところを見ると、どうやらデモをしているようだ。プラカードの文字を見る限りは、宇宙進出への反対運動のようだ。


 やはり宇宙人というだけで、まだ拒絶反応があるようだ。もしかしたら、宇宙で戦闘が行われたことも伝わってるかもしれない。急に余計な争いごとに巻き込まれたと感じる人々が出て当然だ。


 だが、あの戦闘を通して、私は悟った。もはやこの星は引き返せない。もし彼ら地球(アース)399の人々がこの星を出て行ったところで、今度は連盟の人達がやってくるだけだ。事ここに至っては、どちらかの陣営につかなくてはならない。反対運動なんてしたところで、もう元には戻れないのだ。


 それを地球(アース)805側の人間として人々に説くのが、私の役目となりそうだ。地上にいるデモ隊を見て、私はそう感じた。


「高度100、着陸予定地真上に到達!」

「両舷停止、微速下降!」

「両舷停止、微速下降、ギアダウン! 高度80…60…40…20…着地!」

「着陸、船体固定!」


 地上に着いた。5日半ぶりに帰ってきた。船体を支えるギリギリまでエンジンの出力は落とされ、艦橋内は静かになる。


 さて、到着してからも私には仕事がある。この船には今、交渉官と呼ばれる人が同乗している。その名の通り、我々の政府との交渉を担当する人物。交渉官と外交官とをつなぐのが、私の地上に降りてから最初の仕事だ。だから私は早速、外交官にこっちのスマホで電話をかける。エノキダ外交官は、すぐにこちらに駆けつけることになった。


「いやあ、帰って早々すみませんね、サオリ殿」

「あ、いえ、これが私の役目ですから」


 この交渉官、あの外交官とは違って物腰の柔らかい人だ。ここにくるまでに何度か話をしたが、のんびりとした言葉遣いで、とても和む。


 デモ隊の間を抜けて、外交官はやってきた。駆逐艦の中に入ってきた外交官は、私の手を握ってきた。


「いやあ、聞いたよ。宇宙の戦闘に巻き込まれたんだって?」

「はい。でもこうして無事、戻ることができました」

「だが、あの巨砲の撃ち合いを体験したのだろう? 怖くはなかったか?」

「そりゃあ怖かったですよ。雷のような砲撃音に、敵の砲撃をバリアで跳ね返す時のあの不快な音といったら、もう恐ろしいのなんのって……」

「災難だったな。でも、その戦闘のおかげで、世論が大きく動いたんだ」

「やっぱり、反対者が増えたんですか? それで表ではデモ隊が」

「いいや、逆だ。むしろ宇宙人と協力して、外の勢力に対抗しようという人が7割ほどになった」

「えっ? じゃあ、賛成派の方が多いんですか。じゃあなんだってこんなにたくさん反対者が集まっているんです?」

「少数派になった反対者達が、なんとか流れを変えようと行動に出ただけだよ。しかし、今さら外宇宙との関わりを排除しようとしたところで、もう元には戻らないのだがね」


 外交官も、私と同じことを言う。そりゃそうだ。もう我々は、新たな世界に乗り出してしまった。


 ということで、交渉官と外交官は同盟関係を結ぶ前提での交渉を開始する。我が国の外務省は対宇宙政策で共同歩調を取るべく、すでに他国との連携を開始している。惑星内外同時の外交戦を繰り広げる我が国の政府。それだけ、政府には危機感があるということだ。


 さて、外交官と交渉官を引き合わせた後は、しばらく自由時間だ。ちょうど昼時だし、食堂にでも行こうか。


「ああ、サオリ。これから食事かい?」

「はい、今ちょうど手が空いたもので」

「ビットブルガーのやつが、さっき食堂に向かったよ。今から行けば、間に合うんじゃないかな?」

「ありがとう、行ってみます」


 この駆逐艦の人達とは、随分と仲が良くなった。もうビットブルガーとの関係はすでにばればれだし、茶化されたのをいいことに開き直って周りと接していたら、いつのまにか気軽に話しかけてくれる人が増えてきた。


 もうすっかりこの船は、私の住処となった。最初はおっかなびっくり艦内を歩いていたが、今では1人で食堂にもお風呂にも行ける。そんな駆逐艦内の私のお気に入りの場所は、左右後方にある展望室。そこは、艦橋以外で窓がある唯一の場所。宇宙にいるときも、ここから外を眺めて星空を見ていたものだ。


 さて、食堂に着いた。さっきすれ違った大尉殿が言う通り、ビットブルガーがそこにいた。私はビットブルガーに声をかける。


「またバター漬けブレートヒェンを食べてるの!? あんたも好きねぇ」

「やあ、サオリ。交渉官殿の相手は終わったのかい?」

「今はエノキダ外交官と話してる頃よ。その間に私は食事をしておこうかと思ってね」


 私が今日の昼食に選んだのは「つけ麺」だった。鶏がらと昆布で出汁を取った私好みのつけ麺が、まさかここで食べられるとは思わなかったので、メニューで見つけた時に思わず選んでしまった。本当にメニューが多様過ぎる食堂だな、ここは。


「サオリはいつも不思議なものを食べるね。なんだってわざわざスープが分離したラーメンを食べてるの?」

「これはつけ麺ていうのよ。ていうか、この駆逐艦のメニューにあったやつよ、これ。てことは、今までに誰か食べたことがあるんじゃないの?」

「うーん、知らないなあ。私は初めて見るよ。でもそのスープ、濃厚そうで美味しそうだな。ねえ、ちょっとそのスープ、分けてもらってもいい?」

「えっ? いいわよ」


 そう言うとビットブルガーのやつ、小さな皿に私のつけ麺のスープを少し入れる。


「スープだけもらってどうするの?」

「こうするんだよ」


 そう言ってビットブルガーは、手に持っていたあの黒パンをスープの中に突っ込んだ。


 うげぇ……よりによってバターをたっぷりつけた黒パンを、さらにそのつけ麺のスープに突っ込んだものだから、茶色いスープの表面にじわっとバターの脂分が広がる。バターとつけ麺のスープが染み込んだその黒パンを食べるビットブルガー。


「美味い美味い、やっぱりブレートヒェンにぴったりだ、このスープ」


 どういう味覚してんのよ、こいつは。つけ麺ならぬ「つけパン」を食べて満足気なビットブルガー。それにしても私は、あの口とキスをしたのか? もし今、ビットブルガーからキスを迫られても、拒否したい気分だ。


 とんだ昼食を過ごした私は、部屋に帰ってこっちのスマホを取り出して、シホに電話をする。まだ昼休み中だったので、シホは電話に出た。


「もしもし、私、サオリだよ」

『ちょっとあんた、今、あの宇宙船に乗ってるの!?』

「そうだよ、さっき地球に帰ってきたばかりだよ。それよりもシホ、元気してる?」

『元気してるじゃないわよ! あんたの宇宙船の周り、大変なことになってるのよ! デモ隊がぐるりと囲んでるじゃない!』

「いや、私の方がびっくりだよ。ほんと、どうなってるのよ!?」

『さあ、ニュースじゃ賛成派が多いって言ってたのに、本当なのかしらね? そりゃそうとあんたさ、宇宙で戦闘に巻き込まれたって話、本当?』

「ええ、本当よ。いやあほんと、すごかったわ~あれは。生きた心地がしない、なんてものじゃないわよ。いくらただっ広い宇宙とはいえ、この街が一撃で吹き飛ぶくらいの強烈な砲火を撃ち合うんだよ!? 当たる度にもうダメかと思ったよ。でも無事勝利して、なんとか生きて帰ってこられたわ」

『ふうん、サオリも大変だったんだね。そのころ、私なんて告白されてたからね』

「えっ! シホが告白された!? 誰に」

『あんたをふった、あの先輩よ』


 なんだあの先輩、シホのことが好きだったんだ。それで私はふられたのか。これはこれで、あの戦闘並みの衝撃的な事実だ。


「で、あんた、OKしたの?」

『するわけないじゃん! 親友をふった相手だよ!? それに、私にはもう宇宙人の恋人がいるから、あんたなんてお断りだって、そいつに言ってやったのよ』

「あちゃー、大丈夫なの? そんなこと言って」

『大丈夫よ。もうこれからは宇宙大航海時代よ。これからは星の大海原へも、近所のコンビニに行く感覚でいける時代、宇宙人の彼氏の1人や2人、いて当然でしょう』


 うーん、私が心配してるのは、あのシュパーテンを彼氏にしても大丈夫かってことなんだけど。いいのかな、あんなチャラ男で。


 それにしても私をふった相手は、宇宙人に負けたことになる。皮肉にも、以前ふったその相手も宇宙人とお付き合い中だ。高々100人乗りの宇宙船一隻の出現に、私のオフィスの恋愛事情は大いに揺れていることになる。


 結局、デモ隊は夕方には解散する。主催者発表で3万人、警察発表では700人のデモは、特に大きな混乱もなく終わった。


 さて、私と一緒に来た交渉官だが、彼はこのまま地上にとどまり、さらなる交渉を継続することになった。一方で、他国の外交官も我が国にて宇宙外交に参加することになったようで、交渉官は彼らとも接触する予定だ。反対派の思惑とは逆に、世界は宇宙への進出に舵を切り始めた。


 その日はヘレスと一緒にお風呂に入る。今日のヘレスの様子は、なんだかちょっと寂しそうだったから、私から誘ってみた。私もバタバタしてて相手できなかったこともあるが、それにしても以前は1人でいることを好んでいたヘレスが、人恋しくて寂しがるなど、彼女にとっては大いなる進歩だろう。


「ねえ、サオリ」

「なに? ヘレス」

「……シンジに会いたい。明日は会えるだろうか?」

「どうだろうね……あのデモが起こらなきゃいいけど。でも大丈夫だよ。シホに電話したら、シンジも元気してるって言ってたよ」

「そ……そう、そうなんだ。でも、私が駆逐艦を降りたいなんて思うとは、自分でも変な気分だな」

「いやあ、それが普通だよ。別に変じゃないって」


 変な言い方だが、だんだんと「普通」になっていくヘレスを見るのは、友人としては嬉しいことだ。私としても、早く彼女をシンジに会わせてあげたい。


 翌日は土曜日。地上は休日だ。この日はデモもなく、おだやかな日だ。


 ……だったはずなのだが、この日、どういうわけか私は、とある報道関係者と会うことになった。


 この船にやってくるあるテレビ局の取材に応じることになったのだが、なんだって私がテレビに出なきゃいけないの? 


「すいませーん、サオリさんですね。キョクジツテレビのエンドウと言います。よろしくお願いします」


 わりと朗らかなアナウンサーが挨拶に現れた。その後のスタッフとの話で、私ともう一人、地球(アース)399の人に同席してほしいと頼まれる。で、結局、テレビ局の取材には私とビットブルガーの2人で応じることになった。早速、宇宙での戦いの話を聞かれたので、私は淡々とその時のことを語る。


「そういえば、今度の戦闘では、あの「大久伝(オオクテ)流し」に(なら)った作戦が行われたとお聞きしましたが」

「はい、ある女性士官の立案で、その作戦が実行されたんです。結果的にはその作戦のおかげで、短時間で戦闘を終わらせることができましたね」

「あなたの発案ではないのですか? どうして、この星の方ではない方が、あの大久伝(オオクテ)流しのことを知っていたのです?」

「ああ、それは私がこの近くの商店街にある、あの合戦の資料館に連れて行ったからなんですよ」

「ということは、地球(アース)399の星の人があの合戦に興味を持たれたということなのですか?」


 そこで、ビットブルガーにマイクが振られる。


「はい、私もその資料館に一緒に行きました。とても興味深かったですね」

「はあ。でも、失礼ながら我々はあなた方よりも遅れた技術、遅れた文明です。どうしてその星の昔の出来事に興味を持たれたのでしょうか?」


 随分と合戦の話にこだわるな。そろそろ別の話題に移ってもらえないのだろうか。だが、ビットブルガーは応えた。


「この星の歴史の深さを感じられたからですよ。我々の星はおよそ100年前に、剣や槍で戦争をやるような文化レベル2から、一気に文化レベル5へ移行してしまった。そのため、その100年前の時点に歴史の大いなる断絶があるんです。ですがこの星の歴史は緩やかな坂のように連続した奥深い歴史を持っていらっしゃる。そこに我々は、興味を抱くのです。誇るべき歴史を持つ星ですよ、ここは」


 彼は、とにかく馬鹿正直だ。これも本心から出た回答なのだが、我々よりもずっと進んだ文明・技術を持つ宇宙人から、ここが「誇るべき歴史を持つ星」だと言われてしまった。想定外の答えだったようで、その後「文化レベル」という用語について、ビットブルガーに聞いていた。


 そんな調子でインタビューが続く、このアナウンサーさん、突然こんな話題を振り始めた。


「ところでサオリさん。あなたはこの星で最初に彼らと接触した人物と聞いています。ですが、彼らが『宇宙人』と知ったとき、正直、怖くはなかったのですか?」

「ああ、そうですね……実は正直言って、怖いと思ったときもありましたよ。でもだんだんと彼らのことを知り、恐怖というものは全く感じなくなりましたね」


 想定された質問だったから、私は予め考えておいた無難な答えをしておいた。だがここで、思わずビットブルガーの本領が出てしまう。


「なーんだ、やっぱり怖かったんだ。どおりで最初にここのエレベーターに乗ったときに、サオリの様子が変だったんだね」


 テレビカメラを前に、何を馬鹿正直に反応しているんだ、こいつは。これを聞いて、私は思わずカッとなってしまった。


「何よ! あんた、そう思ってたんならさ、大丈夫ですよとか、怖くないですよとか、声をかけられなかったの!?」

「そうだね、そういう声かけはしなかったなぁ。でもさ、その時点で信用できない宇宙人から『全然怖くないですよ』って言われて、あの時の君は、はいそうですかと、すぐに信用してくれたかい?」

「……いや、余計に怪しんだかも……」

「じゃあ、私のあのときに対応はあれで良かったんじゃないかな。おかげでこうして今、付き合える仲にまでなったんだからさ」

「まあ、そりゃそうだけどさ……」


 うーん、なんだか釈然としないが、ビットブルガーの言う通りだ。あのときに彼が変な声かけをしていたら、かえって私は怪しんでいたかもしれない。


 だが今の会話を聞いたアナウンサーが、反応した。


「あの~、つかぬ事をお伺いしますが、もしかしてお2人は今、付き合っていらっしゃるんですか?」


 しまった。ビットブルガーのやつ、よりによってテレビカメラの前で「付き合い仲」であることをばらしてしまった。まずい、なんとかしてこの件はオフレコにしてもらわないと。


 だが、ビットブルガーのやつはこの質問に即答しやがった。


「はい、そうですよ。だってこの通り、ただでさえ可愛らしい姿をしているのに、故障して不時着した我が艦のために走り回ってくれたんです。惚れないわけがないじゃないですか。だから私からお付き合いしないかって申し出てしまいまして……」


 ああーっ、もう、引き返せなくなったじゃないの。どうしてくれるのよ、この無神経男。このインタビュー、全国に流れちゃうんだよ? 


 当然、私にもマイクが向けられる。アナウンサーがこう質問してきた。


「サオリさんは、こちらのビットブルガー中尉さんのどの辺りが気に入って付き合おうと思ったんですか?」

「は、はい、そうですね。この通りの馬鹿正直なところでしょうかね。分かりやすくて、いいでしょう? この人」


 もう破れかぶれだ。半分本音、半分皮肉を込めて私は応えておいた。


 しばらく2人のことを根掘り葉掘り聞かれる。そこで、ビットブルガーが貴族の次男であることも明かされ、そこから地球(アース)399の貴族制度の話に移って、インタビューは終了した。


 ああ、あのやり取りは、どういうふうに編集されるのだろうか? 後悔先にも後にも立たずという教訓を、私は思い知らされる羽目になる。


 その夜、あのインタビューが放送された。私もビットブルガーも、ヘレスも、その他の乗員も、テレビに釘付けだ。


 以前の私ならば部屋にこもって1人で見ていたいところだが、もう破れかぶれな私は、皆と一緒に食堂のモニターで見ることにした。


 結論から言うと、あのテレビ局、インタビューをほぼそのまま流した。ほぼノーカット、無編集。どういう意図でそのまま流したのだろうか? テレビ局の意図が分からない。


 それにしても私、こうして客観的に見ると、随分とデレてるな。ヘレスのように、私の頬もあそこまで赤くなるんだ。


 私とビットブルガーの仲を全国放送に流してしまった翌日、早速シホから電話がかかってくる。


『ちょっとサオリ! 観たわよ、昨日のテレビ。なんだってあの場でビットブルガーさんとのことバラしちゃってるのよ!?』

「知らないわよ、私だって想定外の事態だったんだから! ああいう流れじゃ、しょうがないでしょう!」

『でもさ、見てて思ったんだけど、あれを見て宇宙人に恐怖を抱く人って、いるかな? むしろ、賛成派を増やすきっかけになると思うよ、私は。ビットブルガーさんもしゃきっとしてて、かっこよかったし』


 ビットブルガーがかっこいいかどうかは別としても、こんな私でさえあそこまで身体張ったんだから、せめてあれが何かの役には立って欲しいと願いたい。


 で、シホとの電話で、その晩に久しぶりにみんなで飲まないかということになり、いつもの商店街の居酒屋に集合することになった。


 ビットブルガーにヘレス、ピルスナーさんにシュパーテンさん、前回参加出来なかったアルトさんやその他5、6人を加えて、居酒屋に向かう。


 一方のシホ側はというと、いつものメンバーに加えて、なんと私の部署の人間のほぼ全員、20人ほどを連れてきた。皆、テレビを見て私に会いたくなったらしく、集ったようだ。恥ずかしいやら、心強いやら。


「やあ、サオリ君、社外にいる方が活躍しとるじゃないか! 戻ってきても、その調子で頼むよ!」


 よりによって、宴会ではセクハラぎりぎりを攻めることで有名な部長までやってきちゃった。部長は私の肩をポンと叩く。私は、適当に笑顔を振りまいてやり過ごす。


「会いたかった、シンジ! やっと会えた!」


 ヘレスに言い寄られるシンジ。シンジもよほど会いたかったようで、2人で手を握り合っていた。その場にいた、彼の普段の姿を知っている他の人々は、予想外のこの出来事に面食らっていた。新しい時代はすでに始まっているのだ、シンジとヘレスのこのカップルの姿は、そう感じさせるのに十分なインパクトがあった。


 さて、この居酒屋で200光年もの距離を超えた人々が集うのは、これで2回目だ。しかも今回は比較的大人数。居酒屋の店主も驚いた様子だ。


「ねえ、サオリ。あんたが乾杯の音頭やってよ」

「ええっ!? 私が!? こういうことは、部長がやるもんでしょう!」

「なに言ってんのよ。今じゃあんたは有名人だし、どう考えてもこの場はあんたとビットブルガーさんが主役だよ」

「分かったわよ。やればいいんでしょ、やれば」


 総勢約30人の前に、私は立った。なぜか、拍手が起こる。


「えー、昨日のテレビ番組で、とんでもないことを口走ったこのバカップルのためにお集まりいただきまして、誠にありがとうございます。僭越ながら、私、サオリが乾杯の音頭をとらせていただきます」


 今日はいつになく盛り上がっているなあ。「17時からの居酒屋姫」の異名で呼ばれた私でさえ、これほど盛り上がった飲み会は久しぶりだ。


「先日、私は宇宙に行ってまいりました。まだ我々の星の人間が行ったこともない遠くの宇宙で、私は戦闘を経験し、大きな宇宙船内にある街に行き、いろいろな人と出会ってまいりました。まさか自分がこんな経験をするだなんて、ついひと月前までは思ってもいませんでした。だから、きっと皆さんにも、これから予想外の出来事や出会いがあると思います。では皆さん、乾杯しますよ! グラスの用意はいいですか!?」


 皆、グラスを片手に立ち上がった。


「それでは、新たな宇宙時代の到来と、我が社の給料アップを願って、乾杯~!」

「乾杯~!」

「プロージット!」


 そこから先はもう飲み会モード。みんな好き勝手に喋り始めた。私はビットブルガーの横の席に戻る。


「ねえ、宇宙ってさ、どんなとこ!? やっぱり無重力でふわふわ浮いちゃうの?」

「いや、それがさあ、重力を作ることができる仕組みがあるおかげで、そういうのを経験していないんだわ。でもさ、どんどん小さくなるこの青い星が見えたり、月のすぐ横を通ったりした時は、ああ、私は今、宇宙の只中にいるんだなあって感じたものだよ」

「なにそれ、すごいじゃないの! てことはあんた、この地球で一番遠くまで行った人間てことになるんじゃない?」

「そうだけど、そんなことにあんまり意味はないなあ。宇宙なんていずれ、誰だっていけちゃうんだよ。そのうち、新婚旅行で火星や隣の星雲まで行っちゃう人だって出るだろうね」

「あはは、いいわそれ! 私が結婚したら、どこか他の星に行ってみようかな?」

「ねえ、サオリは新婚旅行はどこに行くつもり?」

「えっ!? 私!?」

「どう考えても、この星で最初に宇宙へ新婚旅行に行くカップルだよ、あんたとビットブルガーさん。どこか行き先、考えてるの?」

「ええと、さすがにそこまでは……」


 するとビットブルガーが、すかさず答えた。


「ああ、それなら考えてあるよ」

「えっ!? 本当!? どこ?」

「うちの実家だよ。地球(アース)399のドルツ王国にある、我がドゥンケル子爵家にご招待するんだよ」

「ああ、そうじゃん、ビットブルガーさんって貴族だったわね。いいなあ、子爵様が彼氏だなんて、羨まし過ぎるわ」


 その台詞は、あの胸焼けするほどバター漬けした黒パンを食べる姿を見てから言って欲しい。あれを見た後に、彼に愛を感じられるかどうか。


「屋敷だけじゃなくて、お城にも連れて行ってあげるよ。うちのブリュートヒェン城から見た風景はまた格別でさ、サオリにも一度見せてあげたいよ」

「なにその黒パンのような名前のお城は!? ていうか、あんたの実家、お城も持ってるの!?」

「あれ、言ってなかったっけ? あるよ、お城。小さいけど、小高い山の上に立ってるから、眺めは最高だよ」


 呆れるほどすごい貴族じゃないか。城まであるなんて、子爵様ってのはそんなに偉いの? 


「でね、地球(アース)399に行く途中に、綺麗な星雲のそばを通るんだよ」

「ええ!? そうなの? 本当に星雲があるんだ」

「この星よりも大きな緑と白の雲が広がっててね、これがとても壮大な眺めでさ」

「うわぁ、いいなあ、サオリ。私も宇宙人の彼氏、作ろうかなぁ……」

「いいよ、まだその辺に数人売れ残ってるから、選んでってちょうだい。あ、あそこのピルスナーさんと、そこのシュパーテンさんはもう予約済みだから」


 まるでレンタルビデオでもさばく店員のように、宇宙人を紹介する私。早速この女子どもは、まだ相手がいない地球(アース)399の男性陣に声をかけに向かった。


 遠くに目をやると、アルトさんが見えた。ふわっとした雰囲気のアルトさんは、早速うちの社の男どもに囲まれている。


「へえ、アルトさんって、機関担当なんだ。でも女性で機関なんて、大変じゃない?」

「そんなことないですよ~。やりがいのある職場で、私は気に入ってるんですよ」


 まさか彼女が巨大な機械(メカ)好きだとは知らないだろう。蒸気機関車の前で絶叫する彼女を見て、それでも愛が貫ける男性のみが、彼女との付き合いを許されるのだ。


「ねえ、あの駆逐艦の機関ってさ、テレビで出てたあのとても大きい核融合炉や重力子エンジンのことだよね? 羨ましいなあ。僕も見てみたいよ」

「そう? じゃあ、是非一度いらしてください。あの機関を前にするとですね、その巨大で力強い姿とエネルギーに圧倒されちゃって、こう全身がビビッとくるんですよ! くぅーっ! これがまたたまらなくてですね、なにせ、出力400万キロワットの融合炉ですよ! これがなんと2基もついててですね!」

「ええっ!? そんなにパワーがあるんだ! そりゃすごい、是非一度見せて下さい!」


 ありゃ、絶叫モードのアルトさんに同調する奴が出てきたぞ。周りの男子どもはドン引きしてるのに、1人だけついていってるやつがいる。


 あれは、となりの係のユウキだ。そういえばあいつ、ロボットアニメが大好きなやつだった。彼の中にある何かが、アルトさんと同調してしまったようだ。


 機械好きな2人が盛り上がりを見せる中、その向こうではシンジとヘレスが話し込んでいる。久しぶりに顔を合わせた2人。ヘレスの顔はどことなくにこやか。シンジの話をじーっと聞いている様子のヘレスの頬は、相変わらずとても紅潮している。


 リョウコとピルスナーさんもいいムードだ。普段はきついイメージのリョウコがあそこまでデレるのも、ピルスナーさんの上流階級なオーラがなせる技だろう。周りはビールやカクテルを頼んでいるというのに、あそこだけ風流なワイングラスで2人語り合っている。


 一方で同じ貴族であるこちらの馬鹿正直な子爵様からは、相変わらずそういう上品なオーラを感じない。ビットブルガーは今、バターロールの腹を開いていて、そこに焼きそばと粉チーズを突っ込んで食べようとしてるところだった。


「うげぇ……あんた、どういう味覚してるのよ。焼きそばにチーズって……」

「いや、絶対美味いって、サオリも食べてごらんよ」


 そういうので、渋々私も食べてみた。なるほど、妙に濃厚で、見た目のわりにはなかなかどうして悪くない。しかしなぜこれを組み合わせようと思ったのか? その感性が、私には謎だ。


 そういえば、さっきから薄々気づいているのだが、あの先輩も来ている。私をふった、あの男だ。


 今は我が社の庶務の女性と喋っているが、しかし私がいると分かっていて、しかも彼をふったシホもいるというのに、なぜここに来ようと思ったのだろうか? 


 このまま話すこともなく終わってくれればいいのだが……などと気を揉んでる私の横には、ビール片手に創作料理に励むビットブルガーがいる。


「あ、ちょっと、あんた! 生ハムにそんなもの巻きつけて……うげぇ、それを食べるの!?」

「いや、これが美味しいんだって。サオリもどう?」

「味の問題じゃないってば、見た目がちょっと悪すぎてダメね、アウト!」


 なんでこんな味覚センスが崩壊したやつを、私は好きになったのだろう? 思えば思うほど、不思議な組み合わせだ。


 なお、向こう側では部長は相変わらずセクハラぎりぎりの発言を繰り返している。が、不思議とそんな部長に同調する女子の多いこと。あの雰囲気が許されるのも、一つの才能なのだろうか。これはこれで不思議だ。


 こうして、30人もの宇宙大宴会はお開きになった。最後は部長が締めてくれた。こういう時には、さすが部長という雰囲気のお言葉でうまく締めてくれる。


 支払いは当然、私のあの高額電子マネー。この人数でも、まだあと数回はできるぞ、この宴会。改めて、国家権力の恐ろしさを痛感する。


 居酒屋の前では、まだ宴会の余韻を引きずった人々が残っている。ヘレスとシンジは手を握ってじーっと顔を見合わせてるし、リョウコもピルスナーさんとの別れが名残惜しそうだ。一方でシュパーテンさんとシホは、次にどこで会うかを話していた。アルトさんとユウキも、なんだかまだテンションが高そうだ。


「サオリ、ちょっとこの男、借りるわよ」

「はあ? 私の彼氏に何するのよ!?」

「いいじゃない、ちょっとそこで写真撮影するだけよ。あんたはこのあとも一緒なんでしょ? じゃあ、そういうことで」


 ビットブルガーは、我が社の女子集団に拉致られてしまった。向こうでは4、5人の女子が、ビットブルガーとのツーショット写真を順番に撮っている。仕方ない、しばらく貸してやるか。


 私はポケットから、ビットブルガーからもらった酔い止めの薬を取り出す。艦内は基本的に飲酒禁止だから、酔いを醒ますためこの薬を飲まないと艦内に入れてもらえない。私はこの合間に、その薬を飲んだ。


 そこに、誰かが近づいて来た。私は振り向く。そこにいたのは、あの先輩だった。


「やあ、元気そうだね」

「ええ、おかげ様で」


 あまり話したくはなかったので、私は短く応える。だがその先輩はその直後、意外なことを切り出してきた。


「もし君がまだ僕のことを好いてくれているなら、やり直してもいいと思ってるんだけど」


 なんとこの男、自分から私のことふっておいて、いまさらよりを戻そうと言ってきたのだ。私はついカッとなる。


「だ、誰があんたなんかと……」


 私が先輩に突っかかろうとしたその時、誰かが背後から私の肩を抱き寄せてくる。


 ビットブルガーだ。彼は私の身体を自分の体に引き寄せて、その先輩に向かってこう言った。


「申し訳ない、サオリはもう、私と共に同じ未来を歩むことになってるんだ。だから、あなたもサオリ以外に、自分と共に歩んでくれる人を探してくれないか」


 頼りなげな話し口調はそのままだが、しかし力強さを感じる言葉で相手を圧殺するビットブルガー。ビットブルガーのこの言葉を聞いて、先輩は引き下がって帰っていった。


「さ、帰ろうか、サオリ」

「う、うん」


 馬鹿正直で、信じられない味覚を持つこの男は、一方で街を焼きつくせるほどの高エネルギービームですらはじき返しそうなほどの力強さを感じさせてくれることがある。だが、決して威圧的ではなく、見えない殻で包み込んでくれるような安心感を与えてくれる、そういう強さだ。


 まだ酔いが冷めていない私は、ビットブルガーに寄り添って歩く。あの河川敷にいた時よりも遠くなった駆逐艦への帰り道で、私はビットブルガーに聞いてみた。


「ねえ、いいの? 私、あの男に告白したことがあるんだよ」

「いいよ、別に。だって結局、やつとは何もなかったんだろう? もし私が彼よりも先に出会っていたら、サオリはきっと最初から私の方を選んでいたさ。それだけのことだよ」


 単に適当なのか、それとも度量が大きいのか。時々分からなくなる。だが、この曖昧な人格が、かえって私にはしっくりくるのだろう。


「ところでさ、私はまだ聞いてないな」

「えっ? 何を?」

「私が結婚して家族を作ろうって言った時の、サオリの返事」


 ああ、そういえば戦艦ビスマルクの中の街で、そういう台詞を言われてたわ。あのときは思わずごまかしてしまったのだけれど、やはり返事が欲しかったようだ。


「あんたねえ、返事が欲しいなら、結婚して下さいとか、一緒に住もうとか、もっと分かりやすく聞けないの!?」

「あはは、そうだよね。あれに返事をしてくれと言っても、無理か」


 そういうと、急に立ち止まるビットブルガー。くるりと振り向いて、私と向かい合う。


「サオリ、君のこと大好きだから、私と結婚して」


 なんだこの緊張感のない、欲望丸出しな馬鹿正直な台詞は。しかし私は、即答した。


「いいわよ。こうなったら一生、ついていってやるわ」


 折しもそこは、私の会社のビルの前だった。私はここで失恋し、そして今、ここで求婚された。


 その日の晩、私はビットブルガーの部屋に押しかけたのは、いうまでもない。


 さてその翌日。テレビでは、宇宙進出に関するアンケートの結果を放送していた。結果は、賛成が9割近くまで上昇。もはや多くの人々からは「宇宙人」に対する恐怖はなくなり、共に未来を歩もうと考え始めていた。


 そのきっかけが、あのインタビューだったと私は信じたい。

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