- 外出 -
『ふははは! 残念だったな。あれは、お前を騙すために装った姿。もはやお前は、ここからは出られない。さて、どうしてくれようか……』
『えっ!? どういうこと!? 昨日までの話は、あれは嘘だったの!? 私を一体、どうするつもりなの……騙したのね! いやぁー!』
朝起きて、テレビをつけたらこんなドラマをやっていた。その番組に出てくるのはどこかの金持ちな男性と、お金につられてやってきたお嬢さん。宇宙人でも、こういうドラマ見るんだ。しかし、なんだかあまり人ごとではない話だ。
こっちの宇宙人も、もしかしたら豹変して、私を人体実験の材料にするつもりじゃなかろうか? 昨日までの話やあの不器用そうな性格は、擬態ではないと言い切れないからだ。
そう考えると、私はなんでこの船に寝泊まりしてしまったのだろうか? あまりにも無防備すぎる。これではいいカモだ。
ところで、今は一体何時頃なのだろう? 窓もないため、今が昼なのか夜なのかすら分からない。
スマホを見るが、電池が切れて画面が映らない。充電しないとダメだ。こういう時、昨日見せてもらったビットブルガーさんのスマホがうらやましい。
私はそおっと扉を開ける。通路には誰もいない。静まりかえった通路が、余計に私を不安にさせる。
「サオリ殿ではないですか。どうしたんです?」
と、急に後ろから声をかけられた。私はビクッとして振り向く。そこには、ヘレスさんが立っていた。
「あ、ヘレスさん……」
「いかがしました? サオリ殿」
「いや、昨日私、夜遅くて帰れなくなったから、ここに泊まったの。でも今が何時頃なのか、分からなくて……」
「艦隊標準時では、今は午後10時38分ですね。地上の時間は分かりかねます」
この人、相変わらず機械的だ。だが、少なくとも豹変することはなさそうだな。安心していいところなのか、どうなのか……
「ちょっといいですか?」
「はい?」
と、ヘレスさんが突然、私の部屋に入ってきた。一瞬、私は身構える。
何をするのかと思いきや、ヘレスさんはテレビをつけてチャンネルを変えはじめた。
そこには、どこかで見たことのある風景が見えた。映っているのは堤防と河原。つまりこれは、外の様子だ。
「このチャンネルで、外の様子が見えるんです。今は昼間のようですね」
太陽の位置から推測するに、朝の10時といったところだろうか。地上は、ヘレスさんが言ってる「標準時」というやつからは12時間ずれのようだ。
「わあ、これで外の様子が見えるんだ。ありがとう、ヘレスさん」
「いえ、別に私が作ったチャンネルではありませんから」
この人の反応は毎度のことながら硬い。でも、お礼を言われて、顔の表情はちょっぴり嬉しそう。へレスさんは透き通るような白い肌をしているが、顔の頬の色が露骨に赤くなった。案外、可愛いかもしれない、この人。
「今起きられたということは、朝食はまだですか?」
「はい、そうですね。まだです」
「よろしければ、私がご一緒いたしますが、いかがですか」
「あ、はい、お願いします」
ついつい同行を頼んでしまった。昨日のお風呂場のように、また緊張状態の中会話する羽目になるのだろうか? でも、この中を1人で歩く勇気が私にはない。
というわけで、私はヘレスさんと一緒に食堂に向かう。エレベーターで一つ下の階に降り、洗濯機の横を通って……あ、そうだ。
「あの、そういえば昨日の私の服、あれ、どうなったんでしょう?」
「そういえば私が洗濯機に送ったため、私の部屋に届いてました。食後にお渡しします」
ああ、そうなんだ。そういえば、私の洗濯物だって、機械には分かるわけないよね。でも送った人のところに勝手に届く仕組みなんだ。無駄にすごいね、この船の洗濯機。
そんなことに感心しながら、食堂に着く。中は、昨日よりも人が多い。
で、注文用のあの大きなディスプレイの前に立つ。私が昨日頼んだステーキがトップに表示されている。その横には似たようなメニューが出ている。字が読めないけど、なんとなく前回食べたものから機械が選んだおすすめメニューが表示されているらしい。
でも朝から肉類は嫌だよね……私は写真を頼りに、お茶漬けのセットらしきものを選ぶ。
ヘレスさんは、昨日ビットブルガーさんが食べていたあの硬そうな黒いパンとソーセージのセットを頼んでいた。なんなのだろう、あれ。この船に乗る人達のソウルフードなんだろうか?
トレイを持って、食べ物が出てくるのを待っていると、見知らぬ男の人から声をかけられる。
「あれ? ヘレス少尉、誰、この人。新しく女性士官が配属されたの?」
嬉しそうな顔で話しかけるこの男。どこか少し、チャラい感じがする人だ。
そういえば私は今、ここの軍服を着てるんだった。側から見れば、同じ軍人に見えるのだろう。
「シュパーテン中尉、こちらはこの星の方。大事な客人ゆえ、粗相のないようお願いします」
「えっ!? そうなの? いやあ、美人な人だから、友達になりたいなあって思ってたんだけど……あ、いや、失礼いたしました、客人殿」
「あ、いえ、いいですよ。こちらの服を借りてるものですから、紛らわしいですよね」
このシュパーテンさんという人に敬礼されたので、私も適当に微笑みながら応えた。
見た感じもそうだが、言動からもやっぱりこのシュパーテンという人はどこか浮ついた感じがする。でも、なんのためらいもなく私のことを美人だと評してくれたのは、悪い気はしない。
「あの男、すぐに女性をたぶらかそうとするので、注意してください」
食べ物を受け取り、椅子に座る際にヘレスさんから忠告された。なんとなくだけど、ヘレスさんとは相性悪そうだよね、あの人。
ヘレスさんもあのパンにバターをたっぷりとつけている。このパン、やっぱりこういう食べ方なのだろうか? 私がじーっとパンを見ているので、ヘレスさんが気になったようだ。
「サオリ殿、もしかしてこのブレートヒェンが欲しいのですか?」
「えっ!? ぶ、ブレート……」
「この小型の黒いライ麦パンのことです」
「ああ、ええと、とても硬そうなパンだなあと思って見てただけなので、気にしなくていいですよ……」
あれで小型のパンなんだ。手のひらより大きいけど、これで小型? やっぱりちょっと食の感覚が違うらしい。
そういえば周りもこの黒パンを食べる人が多い気がする。やっぱりこの船の人達のソウルフードのようだ。
そんな中で、私はお茶漬けを食べる。この船に、お茶漬けがあること自体がかなり奇跡じゃないかと思える。この食文化の船で、よくお茶なんてものがあったものだ。
当然、周りの注目を集める。私の食べ物はやっぱり珍しいらしい。
「サオリ殿は随分と珍しいものを食べますね」
「えっ、そう? 私のところじゃ普通だよ。これ」
「ライスに緑色の液体、その中にフリーズドドライのサーモンを無残に砕いたものをかけて食べるのが、こちらでは一般的なのですか?」
なにそれ……まるでゾンビの食べ物のようだ。やはりこちらの人が見ると、これは異様な食べ物に見えるらしい。でもこれ、あなたのところの船のメニューにあったやつでしょう。てことは、今までに誰か食べた人がいたんでしょう? なんで私、こんなに注目を集める羽目になるのやら……
「あ、いたいた。ここにいらしたんですね。部屋にいなかったので心配しましたよ」
ビットブルガーさんが現れた。ああ、そうだ。そういえば、起きたらこの人のところに来てって言われてたの忘れてた。
「部屋の出口のところでお会いしたので、私がお誘いしたのです」
「ああ、そういえばヘレス少尉の部屋はすぐ隣だったよね。やはりお二人は気が合うのですか?」
そのように見えますか? 私は全然そうは思えませんが。
「待っててください。私も食事、取って来ます」
そう言って出入り口に走るビットブルガーさん。しばらくして、ヘレスさんと似たようなものを持ってきた。
で、こちらも硬そうな黒パンにバターを塗っている。ただし、こちらはバターの量が多い。滴るほどバターを塗りつけたそのパンを食べるビットブルガーさん。
「ビットブルガー中尉、ちょっとバターをつけ過ぎではありませんか?」
「いやあ、これくらいつけないと硬いでしょう、このブレートヒェン」
硬いパンを選択しておいて、パンが硬いからバターを塗りたくる。なにこの矛盾した言い分は。
「そうだ。サオリさんを探していたのは、用事があったからでした」
「え? 用事?」
「はい。サオリさんのおかげで、この国の外交官殿と艦長が昨日の夜、接触したのですが、その外交官殿がサオリさんに会いたいと言っておりまして」
「はあ、そうなんですか」
「今日の正午、艦隊標準時で0時にここを訪れるので、そのとき会議室にお連れするよう言われております」
「はい、分かりました。ではその時間に参ります」
外交官が私に用事? こんな商社2年目の弱小社員と会ってどうするつもりだろうか?
「ところで、サオリさん」
「なんです?」
「ちょっと気になっていたんですけど、なぜ我が艦が河川敷に不時着した時、あそこにサオリさんがいたんですか?」
急に変なことを聞いてきたビットブルガーさん。私の脳裏に、昨日の嫌な記憶が蘇る。
「いや、ただあそこに立ってただけで……」
「何にもないところですよ、あそこ。あんな場所に用事があるとは思えないし、どうしてサオリさんがあの場にいたのかなあと思いまして」
意外と鋭いな、この男。困った。下手な言い訳は効かないな、これは。
「……ふられたの」
「はい?」
「ふられたのよ! あの日」
「ふられたって……」
「好きだって告白して、断られたってことよ! ふられたって言葉、あんたのとこにはないの!?」
「いや、通じますよ、それ。でも本当ですか? サオリさんがふられたなんて。こんなに美人なのに、勿体ない」
この男はやはり馬鹿正直だ。最後の一言の、前半はありがたいが、後半はなんだかモノ扱いされてるようで、気分が悪い。
「どうやってあそこにたどり着いたのか分かんないけど、会社飛び出して、気がついたら堤防の下にいたの……するとこの船が突然落っこちてきて……」
「そうだったんですか。でも、サオリさんがふられたおかげで、我々は外交官と接触できたわけですし、気を落とさないで下さい」
「そうですよ、サオリ殿。男なんてものはケダモノのような存在。ましてやサオリ殿の良さがわからないクズな男。そんな男のことなど、さっさと忘れましょう」
この2人、涙目になった私を慰めてくれているのだろうが、それにしても、もうちょっと言葉のかけ方があるのではないかと思う。
私も、ふられたその日に宇宙人と遭遇して、そのまま宇宙船に寝泊まりし、その宇宙人からこうして慰められるなどとは思いもよらなかった。
「へえ、ふられたんなら、私がかわりにお付き合いいたしましょうか?」
声をかけてきたのは、先ほど出会ったチャラ男のシュパーテンさん。すかさずヘレスさんが反応する。
「シュパーテン中尉。サオリ殿があなたを選ぶことなどあり得ませんから、お引き取り下さい」
この2人、過去に何かあったのだろうか? ヘレスさんのシュパーテンさんへの風当たりは強い。単に相性が悪いだけではなさそうだ。
それにしても、離れて座っていたシュパーテンさんがこういう反応をしたということは、私がふられたという今の話は、どうやらこの食堂中の人に知れ渡ってしまったようだ。ここにいるのは大体20人ほど。しまった。もう少し場所を考えて話すべきだった。
それにしても、ビットブルガーさんのいう通り、失恋の勢いで国の外交官まで動かしてしまった私。よく考えたら、かなりとんでもないことをしでかしたのではないか?
どうしよう。明後日、会社に行ったら、ただでさえ告白してふった相手がいて気まずいというのに、その勢いで外交官まで動かしたと知れたら、もう会社にはいられない。
やばい。どう考えてもやばい。この上、外交官から呼び出しって、一体何を言われるのだろう? 多分、ろくなことではない気がする。
これならいっそ、宇宙人に拉致された方がマシかも知れない。しかし、ビットブルガーさんもヘレスさんも豹変する気配がない。あのチャラ男ならうまくいけば豹変してくれそうだが、おそらく私が期待する方向とは違うことになりそうだ。単なる下心しか感じられない。
ただでさえ悶々として気分が悪いというのに、ビットブルガーさんのバターたっぷりパンがそれを助長する。あんなくどいもの、よく平気で食べられるな、この人。
そうこうしているうちに、外交官が来るという正午になってしまった。
私は綺麗になったスーツをヘレスさんから受け取り、私は着替える。
食堂の下の階にある会議室に行き、私は外交官が来るのを待つ。その前に私はここの艦長に会った。
「艦長のラーデベルガーです。昨日は我々の艦のために奔走していただいたそうで、ありがとうございます」
艦長をやるほどの人物だと、言葉が落ち着いている。実に丁寧で、貫禄がある。
艦長との会話のすぐあとに、外交官が入ってきた。てっきりもっと歳をとった人だと思っていたが、想像以上に若い。30代後半から40代前半ほどだろうか。
「あなたがサオリさんですね。私は政府より派遣された外交担当のエノキダと言います。よろしくお願いします」
「はい、よろしくお願いいたします」
「昨日はサオリさんがこの艦と我々政府との接触に、大変尽力されたと伺っております。まずはお礼申しあげたい」
「はあ、たまたま近くにいたものですから手伝っただけでして、尽力だなんて……」
「昨日の夜、こちらの艦の状況、および同盟交渉について伺いました。艦の修理のために、別の駆逐艦の派遣の了承、その事前準備として報道関係者への事実公表については妥結し、今夜にも彼らのことを報道する予定です。駆逐艦の派遣はその際に公表して、3日後に実施する予定と決まりました。さらに交渉官の派遣、それに続く政府高官の派遣を受け入れるため、修理後もこの艦にはこのまま滞在していただくこととなったのです。ついては……」
硬い話が続くが、正直、そんな決定事項を聞かされたって、私のような入社2年目の末端の社会人にはあまり意味があるとは思えない。
「……ということで、政府よりあなたにお願いがあるんです」
「えっ!? あ、はい。何でしょうか?」
外交官から唐突に「お願い」という言葉が出てきた。何だろうか、こんな小娘にお願いって。
「あなたには、このままこの艦に常駐していただきたいのです。我々政府からの駐在員として、この船の乗員と我々の国との仲介役をお願いしたい」
「は? 仲介役!? あの、仲介役とおっしゃっても、一体何をすれば…」
「彼らのテクノロジーに関する知識習得、および周囲の街での乗員の案内と現地住人との接触を支援していただきたい」
「でも、私は会社員ですよ。そのためには会社を休まなくてはなりません。うちの会社には何といえばよろしいのですか?」
「すでにあなたの会社のタナカ商事の社長、役員には協力要請を行い、受諾されました。仲介役を務めていただいてる間は、我々政府から特別報酬を出します。それでもだめですか?」
いかがも何も、いつの間にそこまで調べていたのだ? たった一晩で私の会社のことまで探るなんて、宇宙人よりもこの国の政府の方がはるかに怖い。その会社の社長にまで協力要請したということは、すでに退路は塞がれているじゃないか。いやだと行ったら私、会社をクビになるだろう。
いや、待てよ? これは願ったり叶ったりな状況ではないか。失恋相手に当分顔を合わせずに済むし、これだけの騒ぎに巻き込まれたことを会社で噂されても、ここにいる限り肩身がせまい思いをしなくて済む。宇宙人に拉致られる方がマシだと思っていたほどだ。しかもここに残れば、政府からも感謝されるし、給料も出る。一石二鳥、エビでタイを釣る、まさに理想的な状況だ。
「……分かりました。この国のため、この星のため、微力を尽くします」
「ありがとうございます。では早速、手続きを取らせていただきます」
このエノキダという外交官、私の回答に満足したようだ。たまたま利害が一致したからよかったものの、もし私が嫌だと言ったら、どうするつもりだったのだろうか? それはともかく、その後艦長と少し事務的な話をして、外交官は戻ることになった。この時私は一緒に艦の外に出て見送るよう頼まれる。私と外交官だけになった河原の上で、外交官は私に言った。
「あなたに大役を押し付けてしまい、申し訳ない。だが、この軍艦でのあなたへの信頼度は高い。だから、あなたにお願いするしかなかったのだ」
「はあ……」
信頼度は高いのか? 私自身はあまりそういう自覚はない。しかも宇宙人に接触したのは失恋の勢いで、現場で宇宙人を怒鳴り散らしていたなどとは、この外交官には口が裂けても言えない。
「彼らは思いの外、紳士的だ。あれだけの武器を持ちながら我々を脅すどころか、むしろ対等交渉を行うと言ってきてる。昨日からの接触で、彼らは宇宙人という我々が抱くイメージとは大きく異なる存在だということが分かった」
そうですよね。私も、パンに胸やけがするほどバターをたっぷりつけて食べる宇宙人がいるとは思いませんでした。
「だが、まだ我々は彼らのことをほとんど知らない。彼らが何を考えどう行動するのか、我々は見極める必要がある。そのために、我が国、いや我が星でもっとも彼らに近い位置にいるあなたを駐在員として派遣するのだ。サオリさん、あなたの仲介役としての成果に期待する」
「はい、頑張らせていただきます……」
社会人2年目の平社員の肩に、急に惑星レベルの期待がかけられてしまった。こんな小娘に、そんな期待をかけて大丈夫なのか、この国は。
「そうだ。あなたにはこれをお渡ししておこう」
「はあ。これは……」
「電子マネーだ。100万エンある」
「は!? ひゃ……100万エン!?」
金額を聞いて驚いた。これは車が一台買えるほどの金額の電子マネーだ。
「これを使い、なるべく彼らの本音、本性を探って欲しい。彼らを街に連れ出し、彼らの反応を探るのだ。異文化の人間の本性を知るには、こういうやり方が一番いい。彼らの思想や好み、本音、そういうものをできる限り探り出すのだ。どんな些細なことでもいい。それが宇宙外交で役立つかもしれないから、出来るだけ詳細に記録して欲しい」
「あの、そう言われても、何をすればいいんですか?」
「その辺は任せる。もしお金が足りなくなったら、また連絡するように。では、健闘を期待する」
そう言って、外交官は帰っていった。
私はその電子マネーを眺めて思う。なにそれ? 丸投げじゃないの。お金だけでなんとかしろっていうの。どうやって宇宙人の本性なんか探るのよ。
だいたい、街に出たくらいで本性を現す人間なんかいるわけないでしょう。せめて酒でも飲ませて、馬鹿騒ぎでもさせない限りは無理じゃないか?
いや、待てよ。それなら酒を飲ませて、馬鹿騒ぎすればいいんじゃないか? 飲み会と称して会社仲間も巻き込んで騒げば、案外簡単に外交官の言う「本性」を現してくれそうな気がする。
これだけのマネーがあれば、10人規模の飲み会でも数回は開ける。国家公認の宴会、ただし、宇宙人付き。
私はこう見えても宴会好きだ。会社での飲み会は積極的に参加し、会社の同僚のシホと共に「アフター17時の姫」と呼ばれるほどだ。
宇宙人だって酒くらいは飲むだろう。酔わせた方が本性とやらは引き出せそうだし、こちらも楽しく騒げる。まさか、国家と私の利害が一致するとは思わなかった。
いやあ、引き受けてよかったわ、駐在員。こうなったら、とことん飲み……いや、宇宙人の生態を探らせて頂こう。
さて、駐在員になったといっても、まずは荷物を取りに行かないといけない。当面あの船に住まなきゃいけないので、着替えとスマホの充電器、それに宇宙人用の「観察ノート」も要る。このまま1人で部屋まで戻ってもいいが、せっかく電子マネーもあることだし、どうせなら誰かを連れ出して行こうか。
ということで、私は「駐在員」としての行動を開始する。
すでに駐在員の話は、艦長は了承済み。いやむしろ艦長から駐在員の依頼があったようだ。さらに街に乗員を連れ出してほしいという要請も艦長からだという。ということで、その艦長のところに行って、荷物を取りに帰ると伝えた上で、私は同行者を求めた。
「せっかくなので、どなたか私に付き添いつつ、街を見ていただくのもよろしいかと思いまして」
「そうですね、では、あなたの世話係であるビットブルガー中尉をつけましょう。でも、できればなんですが……」
「はい」
「ヘレス少尉も連れて行ってもらえないだろうか?」
「はい、よろしいですけど、なんでまた?」
「うん……彼女はあの通り、少し人との接触がなさ過ぎてね。任務以外の時はずっと引きこもり気味なんだ。せっかく地上に出る機会があるなら、気分転換も兼ねて外に触れさせてやりたいんだ」
「分かりました。では、ビットブルガーさん、ヘレスさんと共に、一旦自宅へと参ります」
いつのまにか、ビットブルガーさんが私の世話係ということになっていた。それはともかく、ヘレスさんのことを、艦長も気にかけているのか。でも、心配になる気持ちも分かる。
艦長命令……とまでは行かないが、艦長進言により、ビットブルガーさんとヘレスさんが、私の同行人となった。3人は艦を出て、堤防の上に登る。
上には我が国の軍人が見張りをしている。この一帯は立ち入り禁止となっているため、許可なく立ち入らないよう見張っているのだ。
その見張りの兵士のところに行って、外に通してもらった。帰りの際はスムーズに入れるよう、出入り許可証のようなものをその兵士からもらう。
久しぶりの堤防の外……というほど久しぶりでもなく、せいぜい昨日の夜以来だが、この短時間にいろいろとあり過ぎて、地上とは随分とご無沙汰しているように感じる。
堤防を越えると、すぐ下には古い街が広がっている。
ここは50年ほど前に作られた商店街。当時は人口が急増し、こんな川のそばまで市街地が広がったのだ。それまでこの辺りは森と平原が広がり、小さな村しかない場所だったらしい。
ただ、この辺りは300年前に何度も合戦があった場所として知られる。川を挟んで2つの国がにらみ合う場所で、事あるごとにぶつかっていたらしい。だが、8度目の大きな合戦で決着し、それがきっかけで一方の国が滅んでしまったらしい。その名残で、当時の城址や、合戦による戦死者を祀る寺社といった名所がいくつか存在する。
「サオリ殿! あれは何ですか!?」
その名残の一つに、ヘレスさんが食いついた。そこは大将の首塚があるとされる場所だ。そういえば、ヘレスさんは軍事史の本を読んでいると言っていた。こういうものに興味があるのだろうか?
「ああ、そこは大合戦で負けた人の首塚があるところらしいよ」
「首塚? なんでしょう、首塚って」
「よく分からないけど、今から300年前には、戦争で負けると首を切られてたらしいよ。それを祀る場所を首塚って言うんだって」
「ここは昔、そんな出来事があった場所なんですか?」
「……いやあ、私はここの人じゃないからよく知らないけど、教科書にはそう書いてあるの。『大久伝川の合戦』って言う、この国じゃ結構有名な合戦だよ」
「サオリ殿! それ、詳しく聞きたいです!」
「面白そうですね、私も知りたいです」
最近、この国でも歴史好きの女子が多くなったと聞くけど、なんと宇宙の果てからもそういう女子がやってきてしまった。まあどうせ暇だし、ヘレスさんだけでなくビットブルガーさんも乗り気だし、近くにある合戦資料館に行ってみることになった。
古びた商店街の入り口付近に、その資料館はあった。すぐ脇には大久伝川の合戦グッズを売る店がある。
資料館に入ると、意外なことに女性の方が多い。最近の歴史女子ブームのおかげだろうか? 皆、熱心に資料を読む。
「サオリ殿! ここにはなんと書かれているのですか?」
どう見てもヘレスさんは興奮している。顔は冷静さを装ってはいるが、頬の色がかなり赤い。この人は、どうやら頬の色に感情が現れるようだ。
ヘレスさんの指差す方には、最後の8度目の大合戦を再現したジオラマがあった。この8度目の合戦のことを特に「大久伝川の大合戦」と呼ぶ。
その大合戦で、川の西にいたナガスギ公が、東のタケガワ公を攻める戦いだったと書かれている。結果は、タケガワ公の勝利。このときナガスギ公は捕らえられ、川のたもとで首をはねられた。その首を祀る場所が、さっきヘレスさんが見つけた首塚である。当主が殺されたナガスギ家は嫡男を当主に立てて御家を存続させるも、勢いに乗ったタケガワ家によって攻め滅ぼされてしまう。
その大合戦の概要はこうだ。川を挟んで向かい合った両軍。兵力はそれぞれ2万で互角。先に動いたのはナガスギ軍だった。
一見無防備な状態だが、ここでナガスギ軍が取った陣形は「盾槍陣形」と呼ばれている。
前面に長槍隊を揃えて、木の板でその槍隊を守るという陣形で、弓矢も効かず、長槍のおかげで接近も叶わないこの陣形に、これまでタケガワ軍は何度か苦戦させられたらしい。
そこでタケガワ軍が取った作戦は、「大久伝流し」と言われるものだ。
ナガスギ軍が渡河を始めたタイミングで、川の上流からたくさんの丸太を流したのだ。
正面からの攻撃に備えていたナガスギ軍は、側面から来るこの丸太によって大混乱に陥る。混乱したナガスギ軍に向けて、弓矢と鉄砲で一斉攻撃を加えるタケガワ軍。
ただでさえ川という場所は足場が悪いのに、横からは丸太、正面からは矢と鉄砲で、次々と倒されるナガスギ軍。
敵が対岸に向けて撤退を始めたところを見計らって一斉突撃を加えるタケガワ軍。混乱状態の軍が勝てるわけもなく、タケガワ軍の完全勝利。一方のナガスギ軍は当主を失うという大きな痛手を負った。
この合戦のおかげで、この国では慎重すぎる人や組織のことを「ナガスギ」と言い、チャンスをものにした人のことを「タケガワ」と呼ぶようになった。「あいつは『ナガスギ』だなあ」とか、「あの会社はまさに『タケガワ』のようだ」といった具合である。
その話をじっと聞いていたヘレスさんとビットブルガーさん。
「へえ、すごい戦いがあったんですね。まさに知恵と知恵のぶつかり合い。でもナガスギ軍は同じ策に頼りすぎたのがいけなかったですね。いつかは破られると考えて、次の一手を生み出しべきでしたよね」
「しかしタケガワ軍にしても、一つタイミングを間違えていたら、失敗したかもしれない策ですよね。1発で成功したからこそ、歴史に残ったのです。こういう話は、どこにでもあるものですね」
ビットブルガーさんもヘレスさんも軍人だ。こういう話には少なからず関心があるようで、興味深く合戦の話を聞く。
ただ、ヘレスさんの頬の紅潮振りが尋常ではなくなってきた。相当興奮しているらしい。大丈夫だろうか、この人。そのうち鼻血を出して倒れるんじゃないか?
ということで、横のお店で合戦グッズを買う。合戦の様子を描いた屏風絵が描かれたポスターだの、大久伝流しの丸太を模した木材風の鉛筆など、観光地ではありがちな品が並べられている。
で、ビットブルガーさんは地図と陣形図が描かれたハンカチを、ヘレスさんはナガスギ公のフィギュアを買う。しかしヘレスさんよ、なぜタケガワ公ではなく、ナガスギ公の方を買う?
「負けた側にこそ、教訓とするべきことがあるのです」
これがナガスギ公のフィギュアを買った理由らしい。正直、ヘレスさんの思考はよく分からない。
「それにしても、いいんですか? お土産物代を出してもらって……」
「大丈夫ですよ。駐在費用として、多少いただいているんです。それに食堂や洗濯までやっていただいたから、そのお返しですよ」
まあ、外交官からもらったのは「多少」どころではないのだけれど。
で、そのお土産を抱えたまま近くの駅に向かう。
私はここから5駅ほど先にあるワンルームマンションに住んでいる。私は地方出身で、社会人になったら都会に出ようって考えていたので、首都郊外に本社がある商社に就職し、今は一人暮らしをしている。
2人分の切符をあの高額電子マネーで購入する。料金は3人分で9エン30セン。100万エンから見たら微々たる金額だ。
しかしすごいなあ、この電子マネー。30人程度の宴会でかかるのは大体1万5千エン程度だから、うちの部署の宴会を60回はできる金額だ。半分は宇宙人で埋めたとしても、こっちの星の人間が15人は参加できる。それが60回。週一でやっても1年以上は宴会づくしが可能だ。
そんなことを考えながら、電車が来るのを待つ。そこでビットブルガーさんが思わぬことを言う。
「ここはまるで、戦艦の中のようですね」
は? 戦艦の中? 何言ってるんだ、この人。
「あの、この駅のどこらへんが『戦艦』ですか?」
「ああ、我々の戦艦の中には街があってですね、補給のため寄港するたびにその街へ行くんですが、その移動手段として鉄道が使われてるんですよ」
戦艦に寄港して鉄道に乗る、彼はそう言っているが、今の私には何を言っているのかわからない。
統一語とはいえ、やはりところどころ言葉が違うのだろうか? 時々意味が通じないことを口走る。まあ、そのうちその意味をちゃんと聞いてみようと思う。
電車が来て乗り込む。土曜日の真っ昼間だから、人は少なめ。すんなりと席に座れた。
揺れる電車の中では、周りの人の会話が聞こえる。
「ねえ、見た? 昨日のニュース」
「ああ、あの空から落っこちて来たっていう宇宙船のこと?」
「そうそう、さっきの大久伝川駅から近いところに今もいるんだって! 見にいけばよかったかな」
「やめときなって。全身緑色のどろどろ宇宙人に出くわしたらどうするのよ!?」
やはりあの宇宙船は話題の種になっているようだ。だがその宇宙人が、大久伝川の大合戦グッズを抱えて、すぐ目の前に座っていることを、彼らは知らない。
目的の駅に着いた。改札を出て、駅をの南口から徒歩5分のところに、私の住まいがある。
私と宇宙人の2人は、マンションのエレベーターに乗る。ここの7階にある私の部屋に向かった。
「うわぁ、なかなかいい眺めですね」
窓から外を見てはしゃぐビットブルガーさん。ここは少し高台にあるため、眺めはいい。私がこの部屋を選んだ理由でもある。
だが、2年もするとその眺めはすっかり飽きてしまった。今はほとんど窓から風景を見ることはない。
一方のヘレスさんは、私の部屋の中を見ている。外には全く関心がなさそう。なんだか気味が悪い。
「……これが女子の部屋か」
意味深な台詞を吐いて、部屋で立ち尽くすヘレスさん。頬も紅潮している。うーん、大丈夫かな、この人。
荷物はまとめたのだが、スマホがある程度充電できるまで少し待つことになった。
「紅茶でも入れましょうか」
「あ、はい、頂きます」
私は紅茶を入れる。といってもペットボトル入りの安い紅茶だ。3人分のコップをテーブルに置く。
「サオリ殿はずっとここで暮らしているのですか?」
「いやあ、2年くらいだよ。地方に暮らしてて、ずっと便利な都会暮らしにあこがれててね、やっとそれがかなったのは社会人になってから。でも、正直言って仕事はつらいし、周りは知り合い少ないし、おまけにふられるし、結構大変だよ」
「うーん、でも地上で暮らせるんでしょう? 幸せだと思うんですけどねぇ」
地上。そうか、この人たち、地上でないところで暮らしているんだった。
「ビットブルガーさんは、あの船で暮らすようになってどれくらい経つんです?」
「ええ、かれこれ5年ですかね」
「5年間も、ずっと軍艦暮らしなの?」
「たまに地上に降りますが、ほとんど宇宙暮らしです。遠征艦隊ってのは、そういうものです」
「ふうん……じゃあ、地上に降りない限り、お買い物や散歩もできないんですか?」
「いえ、戦艦という場所があってですね。そこで買い物したり映画を見たり、息抜きしたりするんです」
「そういえば、さっきも言ってたわね。なに、その戦艦ってのは」
「はい、文字通り大型の戦闘艦なんですが、とても大きいので中に街があるんですよ」
「ええっ!? 宇宙船に街があるの!?」
「といっても、さっき巡った商店街くらいの広さの空間に、4層重ねで作られた小さな街ですけどね。2、3週間に一度、補給のため駆逐艦はその戦艦に寄港するんです。その補給中に、我々乗員は街に繰り出すことができるというわけなんですよ」
「じゃあ、さっき言ってた戦艦の中の鉄道って……」
「駆逐艦を繋留するドックと艦内の街の間を結ぶ鉄道が戦艦の中にあってですね。さっきの電車は、あれとそっくりだなぁっと思ったんですよ」
かなり衝撃的な話だ。街や鉄道を持つ宇宙船。それって、相当でかい船に違いない。そういえば私がこれから常駐するあの巨大な軍艦のことを「駆逐艦」と言っていたが、普通駆逐艦というのは軍艦でも比較的小さめの船を指している。彼らにとっては、本当にあれで小さな船なんだ。
「その戦艦ってのは、何隻くらいあるんです?」
「ここにいるのは30隻ほどです。駆逐艦約300隻に1隻いますね」
「はあ、30隻……って、ちょっと待って! 駆逐艦が300隻で戦艦1隻!? それが30隻って……9千隻もいるの!? 駆逐艦って!」
「もうちょっと多くて、ちょうど1万隻です。宇宙では1万隻で一個艦隊ですからね」
またまた途方もない数字が出てきた。あんなバカでかい船がなんと1万隻もいる。しかも、この地球の近くに、だ。昨日落っこちてきたあれは、そのうちの一隻に過ぎない。
その一隻のもつ武器が、ビットブルガーさん曰く一撃で街を吹き飛ばせるほどの威力を持つという。そんなものが1万隻もいて、なんで彼らは攻めてこないのだろう? つくづく宇宙人という存在は不思議だ。
「いやあ、おいしいですね、この紅茶」
呑気にペットボトルの紅茶をうまそうに飲む宇宙人。人畜無害そうに見えるが、途方もない威力を持つ軍艦で働く危ない存在なのだ。私は、改めて思った。
「サオリ殿、このベッドの枕元にぬいぐるみが置いてあるが、なぜこのようなものを置くのだ?」
「へ? いや、普通じゃない? 可愛いし」
「か、可愛い……これが『可愛い』なのか……」
へレスさんって、一体どういう環境で育ったのだろうか? 宇宙人の女性って、こういう人ばかりなのだろうか? 気になるところだ。
そうこうしているうちにスマホの充電も終わり、駆逐艦に戻るため再び駅に向かって歩く。なお、へレスさんが駅前の売店で売っていたぬいぐるみに興味津々だったため、一つ買ってあげることになった。
駅の電光掲示板に、今夜あの駆逐艦の艦長と外務省が緊急記者会見をすることが掲示されていた。周りも宇宙人話で持ちきりだ。
「宇宙人が記者会見に出るの? どんなのが出てくるんだろう?」
「きっとあれだよ、全身緑色のどろどろのやつ」
などと話しているが、彼らが考える宇宙人はちょっと、いや、かなり違う。むしろ姿格好は我々と同じ。今、私の横で、ひよこの形をしたぬいぐるみを抱えて、緑色どころか頬を紅潮させているこの女性こそが、何を隠そう宇宙人だ。しかしここで彼らが宇宙人だと話したところで、たぶん誰も信じまい。
駆逐艦に着くころには、すっかり夕方になってしまった。あれからちょうど1日経ったことになる。駆逐艦が不時着し、なぜか私が悪戦苦闘してから、まだ1日しか経っていないのだ。
このわずか1日の間に起こった数々のこと。私も24年間の短い人生でいろいろな出来事を経験したが、その生涯でもっとも出来事の多い一日であったことは間違いない。
宇宙人と遭遇し、外交官を呼び出し、一緒にお風呂と食事を過ごして、おまけに合戦場跡を巡った。
その宇宙人達は、途中のお店で買ったアイスクリームを美味しそうに食べている。こういう甘いものは、艦内の食堂では手に入らないそうだ。
駆逐艦内に戻り、私は部屋に荷物を置く。すると、呼び鈴の音がした。私は扉を開ける。
へレスさんだ。何の用事だろうか?
「サオリ殿、よろしければ一緒に食事はいかがだろうか? そのあと、お風呂もご一緒したいのだが」
「ええ、いいですよ。じゃあ、まず食事に行こうか」
この不思議な宇宙人に、私はどうやら気に入られてしまったようだ。だが、たった一日の付き合いで、へレスさんという人がだんだんとわかってきた。
しかし宇宙人の文化や技術、思想の多くはまだわからない。一見すると我々より上の存在だが、昔の合戦跡を熱心に見るなど、好奇心も旺盛なようだ。他にどんな新しい発見があるのだろうか? あの2人以外にも、街に連れ出して反応を見てみよう。へレスさんの赤い頬を見ながら、私はふとそんなことを考えた。
こうして、私の「駐在員」生活が始まった。