- 接触 -
「ごめん、君とは付き合えない」
私は今、会社近くの川の堤防の下にいる。今から30分ほど前に、憧れの先輩にお茶場でばったり鉢合わせたので、これをチャンスと私は勇気を出して告白したのだが、短い言葉でけんもほろろにふられてしまった。それから私は、どうやってここまでたどり着いたのか、まったく覚えていない。
沈む夕陽を眺め、私は呆然としていた。言いようのない息苦しさと虚しさ、胸の痛みが私を襲う。
私の名はサオリ。首都郊外に本社のある、とある中小の商社に勤める入社2年目の会社員。歳は24歳。つい先ほど失恋し、そのショックで、会社の近所の河原の脇で呆然と立ち尽くしているところだ。
ネガティブなことばかりが頭をよぎる。ああもあっさりとふられてしまっては、自分に自信など持てるはずがない。あの先輩のいる職場、いや、会社になんかしばらく行きたくもない。仕事したくないなぁ……そんな気分だ。
ああ、いっそのこと、このまま目の前の川の中に飛び込んで、死んでしまおうか……
そんなことばかりを考えて、ただ流れる川を眺めている。そうこうしているうちに、夕陽は向こうのビル群の陰に隠れて、見えなくなってしまった。
スマホのバイブが鳴っている。おそらく一緒に帰るつもりだったシホが、私がいないので電話かメッセージを送ってきたのだろう。だが、今はそれに応える気にもならない。
ショックのあまり、周りの音がぼんやりとしか聞こえてこない。おまけに、耳鳴りまでし始めた。ゴゴゴという重苦しい音が、頭のてっぺん辺りからしている。
……いや、これは耳鳴りじゃない。明らかに、外の音だ。堤防を歩いている人達もその異変に気付いたようで、立ち止まって周りを見てしている。
まるで地響きのような音だが、地面は揺れていない。その音は空から聞こえてくる。
「なんだ、あれ!?」
堤防の上の辺りで誰かが叫ぶ。その人が指差す方向を、私は見た。
そこにいたのは、巨大な灰色の物体だ。大型の旅客機どころの大きさではない、まるで高層ビルを横倒ししたような巨大で細長い空飛ぶ物体が、私のいるこの河原に迫ってきていた。
すぐそばにある橋をぎりぎりかすめて、その巨大物体は私の目の前の河原へと降りてくる。その物体は、先は細いが後ろの方は末広がりの形をしており、底面はやや張り出した部分がある。
その下部の出っ張り部が、河原に着地する。
だが、かなり強引な着陸だ。着陸というより、衝突と言った方が正確かもしれない。ズシンという音とともに、粉塵が舞い上がる。私の立つ地面は激しく揺れて、その衝撃で私はその場に座り込む。そこに舞い上げられた粉塵が遅れて私に襲いかかる。
「ゲホゲホ……なによ、あれは!?」
悪態をつく私。全身土まみれだ。一体何が起きたのか、さっぱり分からない。
空からやってきたおかしな物体によって、土まみれにされてしまった私。しかしこいつのおかげで、さっきまでの落ち込んでいた気分が怒りに変わるのを感じた。まったく、今日はなんて日なの!?
巨大な物体は、まるでやじろべえのように揺れている。が、だんだんとその揺れはおさまり、やがて水平になった。
すると、地面に接する下部の出っ張り部分が突然、ハッチのように開き始める。下側に開いたハッチがスロープのようになり、出入り口の中から誰かが顔を出す。
紺色の制服のような服を着た人物が、出入り口付近で周りをきょろきょろと見回している。そして恐る恐る、スロープを降りてくる。
不気味な巨大飛行物体と、そこから顔を出す人物。そんな得体の知れないものに近づくなど、普通はありえないのだが、私はなぜかこいつに一言文句を言いたくなってきた。そしてそのまま立ち上がり、その物体の出入り口から出てきた人物の方に向かって歩く。
「おい、お嬢さん! 危ないから近づくんじゃない!」
堤防の上から誰かが私を引き止めようと声をかけてきたが、私はその忠告を無視してずんずんと歩く。
おそらく失恋などしていなければ、私もあんな得体の知れないこんな物体に近づいたりはしないだろう。ただこの時は破れかぶれになっており、失恋と服を汚されたことに対する怒りをぶつける相手が欲しいという感情を、優先させてしまった。
私は、スロープを降りてきたその人物に向かって怒鳴りつける。
「ちょっと! そこのあんた! なんて事してくれるのよ!! 服が泥だらけになったじゃないのよ!」
その人物は、我々よりも白い肌をした、北方民族の人物のように見える。その人物はこちらを見て応える。
「あ、いや、すいません! ごめんなさい!」
「ごめんじゃないわよ! どうしてくれるのよ、私の服! しかも何よこの馬鹿でかいビルのような塊は! なんでこんなもの、こんなところに持って来たのよ!?」
「あのですね、実は大気圏突入直後に突然、核融合炉が一基停止して、揚力を保てなくなったんです。そのまま降下していたら真下にビル群が見えたので、慌てて不時着場所を探して、なんとか人気のなさそうなここに降りたんですよ」
何言ってるんだ、こいつ?核融合炉がどうとか言っている。そんなものが実用化したという話は、聞いたことがない。それにこいつは大気圏突入したと言っている。つまり大気圏外、すなわち宇宙から来たということになる。まさかとは思うが、こいつは宇宙人なのか?
「あんた……まさか、宇宙人なの!?」
「はい、そうですよ。昨日、地球399という星からやって来た者です」
「てことはあんた、この地球を攻めてきた悪い奴なのね! 何考えてんのよ、そういうの迷惑なの! さっさと帰りなさいよ!」
冷静に考えれば、もし彼らが本当にこの星に攻めてきた連中だったら、私はこの時、すぐさま殺されていたか、拉致されていたことだろう。でもこの宇宙人、失恋と土まみれにされた腹いせで憂さ晴らしをしている小娘相手に、真面目に応え続ける。
「いや、そうも行かなくてですね。なにせこの艦は今、飛び立つことができないんですよ」
「じゃあ、どうすんのよ! ずーっとこのまま、ここに居座る気!?」
「そうもいかないので、早く修理して飛び立つつもりです。ですが、故障の原因がまだ分からなくて……」
「そんなこと言ったって、一体どうするつもりよ! 見なさいよ、あの堤防の上! あんなに人が集まってきちゃったじゃない、もうこの街は大騒ぎよ!」
「うわぁ……ほんとだ。あんなにたくさん……どうしよう」
こんなバカでかい物体を空に飛ばすほどの、とてつもないテクノロジーを持つであろう宇宙人が、たかが人混みにビビっている。あまりに真面目に、しかもオドオドと対応するものだから、私もつい意地悪なことを言いたくなる。
「あんた、逮捕されるわよ」
「ええっ!? そうなんですか?」
「当たり前じゃないの! 勝手にこの星にやってきて、おまけにこんな馬鹿でかい粗大ゴミを河川敷に投棄した上に、あれだけの混乱を起こしてるのよ! 不法侵入罪、不法投棄、騒乱罪! どう考えても、無事で済むわけないでしょう!」
「いや、これ、粗大ゴミじゃないですよ、100人が乗る、我が遠征艦隊所属の航宙駆逐艦ですよ」
この男、さらりととんでもないことを言ってのける。この中に、宇宙人が100人もいると言うのだ。
「はあ、100人も? なんでそんなにたくさん宇宙人がいるの!? それだけ乗ってて、なんであんた1人しか出てこないのよ!?」
「いやあ、今艦内は混乱しててですね。故障の原因を探してたり、不時着の衝撃で艦内のものがひっくり返ってたりしてるので、後片付けしてるんですよ。それに、急にたくさんの乗員が降りてきても、あなた方も困るでしょう。ここで宇宙人がたくさん現れたら、ますます混乱すると思いますよ。だからとりあえず、私1人だけ出てきたんです」
至極真っ当なことを言ってくる。確かに今、100人もの人がこんなものから降りてきたら、堤防の上はますます大騒ぎになるだろう。
にしても、1人だけよこすなら、もうちょっとマシなやつを送り込めなかったのか?なんだかこの男は頼りない。
「……ちょっと待って。そういえばあんた今、この物体のことを『艦』って言わなかった?」
「はい、言いました」
「てことは何? これって宇宙戦艦ってやつなの!?」
「いえ、これは戦艦ではなく、駆逐艦でして……」
「どっちでもいいわよ! 要はこれ、軍艦ってことでしょう!? なによ、殺る気満々じゃない!」
「いや、大丈夫ですよ。我々は別にこの星に攻めてきたわけではないですから」
「だったら、なんだって軍艦なんか連れてくるのよ! おかしいじゃない! それに軍艦ってことは、武器持ってるんでしょ、これ!」
「はい、先端に高エネルギー粒子砲というのが付いててですね……」
「なにその破壊力抜群そうな武器は!? そんなもの、ここで撃ったらどうなるのよ!?」
「そうですねぇ……一発であの街を消滅させられるくらいの威力はありますかね」
私もなんでこんなことを聞いたのか分からない。が、この男、さらっととんでもないことを応える。さっきから思うのだがこの男、嘘をついたり、遠まわしなもの言いをするのが苦手なようだ。あまりに馬鹿正直すぎる。強烈な武器を持っていると明かされて、今度は私が動揺する。
「ななななんてもの持ってきたのよ!? やっぱりあんた達、私達を攻める気満々じゃないの!!」
「いや、あなた方を攻めるつもりはなくてですね! 宇宙には強敵がいるんですよ。この武器はそのための備えであって、大気圏内でこれを使うことはないです! だから、あなた方を襲ったりしないですから、そこは安心して下さい!」
こんな馬鹿でかい軍艦を連れてきて、おまけに一発で街を消滅させるほどの武器を持ってると宣言した相手から安心しろと言われも、普通できるわけがない。が、もしこの男が我々をだます気ならば、強烈な武器を持っているなんて最初に言うだろうか?この男はただ、馬鹿正直に事実を言っているに過ぎないのではないか?ということは、我々を襲わないという言葉も、本当のことではないのか?
散々、この男相手に怒りをまき散らしたら、少し冷静になってきた。そこでようやく論理的な思考に切り替える私。ここでこの軍人一人を責めても、何も始まらない。とりあえずは彼の言を信じて、この場を何とかしてみよう。私はそう考えた。
「まあ、いいわ……とりあえずあんたの言ってることを信用しましょう。それよりも、今を何とかしなきゃ……ちょっと待ってて」
周りを見渡すと、堤防の上にパトカーがいるのが見える。誰かが警察を呼んだらしい。が、途方もない相手を前に、手を出せないで立ち尽くしている。
おまけに、空にはヘリまでやってきた。多分あれは報道機関のヘリだ。この辺りだけじゃない、この事実はもう全国、いや全世界に知れ渡ることは間違いない。
「ちょっとあんた」
「はい」
「あんた、なんていうの?」
「私は、地球399、遠征艦隊、駆逐艦5137号艦所属の……」
「名前よ名前! なんて呼べばいいのよ!?」
「はい、ビットブルガーって言います」
「……長ったらしい名前ね。まあいいわ。ビットブルガーさん、ちょっとついてきて」
「あの、どちらへ?」
「一緒に、あそこにいる警察のところに行くのよ」
「ええ〜っ!? もしかして、私を警察に差し出すんですか?」
「そんなことしないわよ! 事情を話して、なんとかしてもらうのよ。行くわよ」
私はビットブルガーさんの手を引いて、堤防の上に向かう。階段を上って、そのすぐそばにあるパトカーに向かった。
突然、下から人がやってきたので、堤防の上は騒然となった。が、私は構わず警官のいる場所に向かう。
「あの、おまわりさん」
「は、はい、なんでしょう!?」
「今降りてきたあの軍艦の人を一人、連れてきたの。なんとかしてやってちょうだい!」
「あの……ところであなたは一体、誰ですか?」
「私はこの向こうのビルにある、タナカ商事に勤めているサオリって言います。堤防の下にいたら、急にあのでっかいのが降りてきて、そこから出てきたこの人に会ってですね」
「はあ……」
「で、困ってる様子だったから、私がこうやって引っ張って来たんです」
「はあ、さようで。で、こちらの方は……」
「私は、地球399、遠征艦隊、駆逐艦5137号艦の通信士官、ビットブルガー中尉って言います」
「えっ!? 遠征艦隊? 駆逐艦? 軍人さんなの?」
「そうです。我々の駆逐艦5137号艦が故障しちゃってですね……」
「おまわりさん、この人、どうやら宇宙人なんですよ」
「ええっ!? う、宇宙人!?」
「はい、ついさっき大気圏に突入してきたところです。直後に核融合炉が一基、停止してしまいまして……」
「いや、それ以前に、宇宙人ってのは本当なの?」
「うーん、そう言われると、言葉も通じるし、いまいち私達と変わらないし、どうなんでしょうか?」
確かに、宇宙人と言われても、あまりに普通すぎてそうは見えない。私も自信がなくなってきた。
「ちょっとあんた! 本当に宇宙人なの!? 警官相手に適当なこと言ったらダメだよ!」
「いや、適当じゃなくて本当のことですよ。うーん、そうですねぇ……」
彼は少し考えて、あの駆逐艦を指さして応える。
「この星には、ああいう巨大な宇宙船を、空中に浮かせる技術ってあります?」
「……ないわね。大型の飛行機ならあるけど、羽根がなきゃ飛ばせないわ」
「それなら、我々が宇宙人だと認めてくれますよね」
「そうね。認めざるを得ないわ」
そういえば、あんな化け物のような軍艦があるんだった。宇宙人でもなければ、あんなものは作れない。
「というわけで、やっぱりこの人、宇宙人のようです、この人。なんとかしてくれます?」
「そう言われても、宇宙人は我々の管轄外でして……」
「はぁ!? じゃあ、どこに頼めばいいのよ!」
「そんなことを言われても……」
「そんなことをやるのが、あんたらの仕事でしょう! 私の税金で働いてるんだから、その分は働いて見せなさいよ!」
とうとう私は、警官相手に怒鳴り散らしてしまった。こんなことして、よく逮捕されなかったものだ。
警官が言うには、相手は宇宙人の軍隊だから、こっちも軍隊を呼ぶのがいいだろうということになった。そこで警官はツテを辿って、軍関係者を呼び出してくれた。
しばらくして、軍用ヘリが飛んでくる。この軍艦の前あたりに着陸したので、私とビットブルガーさん、それに警官の1人がそのヘリへと向かう。
中から何人か出てくる。迷彩服に身を包んだ軍人が、我々の方に向かって走ってくる。
「首都防衛隊の者です! 宇宙戦艦と聞いて来たんですが、一体なにが起こったんですか!?」
「いや、この人によると、あの船が故障して不時着したらしいです。で、なんとかしなきゃってことで、いろいろな人に相談してるんですが……」
と、軍人さんに言ったところで、何かが解決するわけがない。結局、その場でどうしようと言うことになってしまった。
日はすっかり暮れた。堤防の上の混乱は、駆けつけた警察官達が整理する。一方で、この艦の周辺部は軍が立ち入り禁止区域にして、見張りをつけることになる。
が、当たり前だが、宇宙人をどうにかするという件は、何も解決していない。ここの警官と軍人では、あの軍艦の直し方なんて分かるわけがない。いや、この地上にいる者で、この船の修復方法が分かる者など、いるはずがない。
こうして解決策が見出せないまま、時間だけが過ぎていく。
困ったのは私だ。全身は土まみれのまま、おまけに飲まず食わずで付き合ってて、お腹が空いた。だが、この場にいる誰もが、私に気遣ってはくれない。
そうこうしているうちに、あの軍艦からもう1人出てきた。ビットブルガーさんよりはやや年上の人物が、我々のところにやってくる。
「あの……どちら様で」
「すみません。ビットブルガー中尉に任せきりで、申し訳ありません。私は彼の上官で、レーベンブロイ大尉と申します」
「はあ、そうですか……ところで、この軍艦をどうすればいいのかって話をしてるんですが……」
「はい、ようやく解決策が見つかったので、こちらの方々にご相談に伺った次第です」
解決策。この混沌とした状況に、何という魅力的な言葉。やっと物事が収拾する方に動き出した。
「あの! 解決策って、どうすればいいんです!?」
「簡単です。我々の船をもう一隻、ここに呼び寄せればいいのです。核融合炉の部品の一部が疲労破壊したのが原因だと判明したので、要はその部品を取り寄せ、交換すれば直ります」
「そうなんですか! じゃあ、早速……」
「ですが、この大きさの駆逐艦がもう一隻来るとなると、当然のことながら、さらなる混乱と不安を与えることになりかねません。我々としては、まずこの国の外交関係者と接触して、我々の目的と今後のことを説明した上で、もう一隻の船の派遣を許可していただきたい。それが、我々からの提案です」
ビットブルガーさんとは違い、整然と話すレーベンブロイさん。さすがは上官だ。
となると、こちら側は外交官の派遣を要請するしかない。直ちに防衛隊の軍人さんが上官を通じて、外交官の派遣を依頼してくれた。
で、警官はこの周辺の混乱の収拾するため、堤防の上に戻る。途中、何度かこちらに戻ってきてはレーベンブロイさんに相談していた。
「あのですね、マスコミがあなた方と接触したいというのですが……」
「そうですか。ですが外交官との接触後に、艦長が出向いて会見を行うことになると思います。それまでお待ちいただくよう、お話ししていただけますか?」
この調子で、さばさばと物事を解決していく。いやあ、できる男だ。こういう人、うちの会社にも1人欲しい。
「ほんと、すいません。サオリさんでしたっけ?こんな長時間付き合ってもらって、本当に申し訳ない」
一方で、あんまりできる男とは思えないこのビットブルガーという宇宙人も、まだこの場にいた。
「はあ……これで本当に終わりね。じゃあ私、帰るわ」
「はい、お疲れ様です。でも、サオリさん。ちょっといいです?」
「なによ!」
「……その格好のまま、お帰りになるんです?」
そうだ、私は今、結構酷いことになっている。髪の毛はボサボサ、服は泥々。この格好で電車に乗ったら、さすがにまずい。
「どうしよう……こんな格好じゃ、電車に乗れない。家にも帰れない。それにお腹空いた……」
泣き顔で私は呟く。ふと気づけば、今日は失恋はするわ、服は汚されるわ、不器用な宇宙人に散々付き合わされるわ、まったく、最悪の日だ。
「あの、よろしければうちの艦のお風呂、使います?」
「えっ!? この軍艦、お風呂があるの?」
「ええ、100人がここで生活してますから、食堂やお風呂くらいはありますよ。お手数をおかけしたので、お風呂と食事くらいはお出ししないと申し訳ないですよ」
「はい、お風呂、入ります! ご飯も食べたい! この格好じゃ帰れないし!」
「分かりました。じゃあ、すぐに手配しますね」
そう言ってビットブルガーさんはポケットから何かを取り出す。誰かに電話してるようだ。
どう見ても、それはスマホだった。デザイン的には我々とあまり変わらない。さっきから思うのだが、この宇宙人、姿格好に話す言葉、そしてスマホ、この軍艦以外は私達とほとんど変わらない。
「艦内立ち入りの許可をもらえました。ついてきてください」
私はビットブルガーさんの後についていく。地面に接触したところにある出入り口から艦内に入る。
軍艦というから、もっと配管だらけの無骨な内装だと思っていたが、思ったよりは綺麗な壁だ。奥にはエレベーターが見える。
エレベーターに乗った。ビットブルガーさんがどこかの階のボタンを押した。
さすがに文字は違うようだ。エレベーターの内側に書かれている字が読めない。やっぱり彼らは、本当に宇宙人なんだ。
……だがここで私はふと気づく。あれ、この状況、よく考えると私は、宇宙人に捕まったってことじゃないの?
少し前にとあるテレビ番組でやっていた。我々そっくりに化けた宇宙人が、言葉巧みに誘い、宇宙船に乗ったところで正体を現す。捕まった人間は、宇宙人の人体実験に使われる……
彼らの正体は、緑色のどろどろとした液状に覆われた体をしているという。自分の星が滅んでしまったため、宇宙をさまよってこの地球にたどり着いたのだという。だから彼らの目的は、この星に適応した人間の体を調べて自分の体を改造し、最終的にこの星を侵略し乗っ取ることだという。
さーっと血の気が引くのを感じた。まさに私は今、言葉巧みに誘い出され、宇宙船に乗ってしまった。
思えばビットブルガーというこの宇宙人、不器用さを装って私を油断させただけなのかもしれない。まんまと乗せられてしまったようだ。
「あの、サオリさん」
「は、はい!」
来た。ついにこの宇宙人、私に正体を現すつもりだ。胸はドキドキし、緊張で身体が硬直するのが分かる。
「……あの、もう着きましたよ」
「えっ!? あ、はい」
よく見たら、エレベーターのドアが開いていた。私はすごすごと降りる。
「先ずはお風呂に行った方がいいですよね。でも、お風呂に私が案内するわけにはいかないので、女性士官にお願いしてあります。ちょっと待っててください……ああ、来た来た」
正面から、紺色の服を着た女性が現れた。
「艦長の命により、ヘレス少尉、参上しました」
「少尉、この人をお風呂場まで案内して欲しい。あと、着替えも一着準備して欲しい」
「はっ! 了解致しました!」
このヘレスさんという人、私と同じくらいの年齢の女性のようだ。顔は美人で、透き通った肌の持ち主だ。が、どこか冷たい雰囲気を感じる。
「浴場まで、ヘレスが案内いたします。ついてきてください」
私は言われるがままについていく。通路には、いくつもの扉が見える。私はヘレスさんに聞いた。
「あのー、ここって一体、どういう場所なんですか?」
「ここは居住区、1人部屋が並んでます」
とだけ答えて、それ以上話すことはなかった。やっぱり、なんだか冷たい感じの女性だ。
しばらく歩くと、大きな出入り口が見えてきた。
「浴場です。中にお入りください」
そう言われて、私は中に入る。ここは女性用の浴場のようで、我々の公衆浴場と同じで、脱衣所になっていた。
「着替えは手配しました。お風呂に入っているうちに来るでしょう。ではお風呂場に入ります」
というとこの人、服を脱ぎ始める。
「あの……服脱ぐんですか?」
「あなた方の星では、服を着たままお風呂に入るんですか?」
「い、いえ! もちろん脱ぎます!」
「では、こちらでも同様に脱いで入ってください」
いそいそと服を脱ぐ私。その脱いだ服をカゴに入れる。
「この服、かなり汚れてますね。洗濯に出しておきます」
そういうとヘレスさんは、カゴに下にあるボタンを押す。すると、カゴが奥に引っ込んだ。
「あれ!? 服が……」
「艦内にある自動洗濯機に送られただけです。3時間もあれば、綺麗になって帰ってきます」
ああ、服を奪われてしまった……もう、ここから逃げられない。ここが人体実験場だとしても、私はもう素っ裸。この先には一体、何が待っているの?
「では、お風呂に入ります。ついてきてください」
そう言われて、私は浴場に向かう。
目の前には大きな湯船が見える。そこは我々のものと同じだが、普通シャワーがあると思われる場所には、仕切り壁が並んでいるのが見えるだけだ。
「まずは身体を洗います。艦内では節水のため、自動機で洗うよう決められています」
そういうとヘレスさん、私をその仕切りの一つに連れて行く。そして、目の前にあるボタンを押した。
するとロボットの手が何本も出てきた。まずい、ついに人体実験をされるのか?緊張が走る。
が、そのロボットの手にはスポンジがついているだけで、そのスポンジで頭と身体を一斉に洗い始めた。一通りスポンジで磨かれたのち、今度は腕の先から出るシャワーでさっと洗い流される。洗い終えると、ロボットアームは引っ込んでいった。
隣にはヘレスさんが同様に身体を洗っていた。私に少し遅れて、仕切りから出てきた。
そのまま彼女は浴槽に向かう。私も彼女について、浴槽に入る。
女同士で風呂に入ったら普通何か喋りかけると思うのだが、このヘレスさんという人は、黙ったまま、ただ浴槽に浸かっているだけだ。
「あの、ヘレスさん。この宇宙船での暮らしって、どうなんですか?」
「地上と変わらない生活です」
「……あなた方の星って、こんなお風呂なの? いつも機械に洗ってもらうの?」
「いえ、地上では自分で洗います」
なんだ、地上と同じじゃないじゃん。わりと適当だな、ヘレスさん。
「あの……普段は、どうしてるんです?」
「私は長距離レーダー担当なので、100万から2千万キロ範囲内の索敵を担当しています」
「いや、そうじゃなくて、仕事じゃないときには、どうしてるのかなあって」
「スマホで、書籍を読んでます」
「えっ!? ここにもスマホってあるの」
「あります」
「それで、何を読んでるの?」
「私は、歴史書をよく読みます。軍事史、宇宙開拓史、そして文明史ですね」
いちいち会話が短くて硬いな。本当にこの人、私と同じ女性なんだろうか?
ビットブルガーさんやレーベンブロイさんは、我々の男性と比べて違いを感じなかった。が、宇宙人の女性はもしかしたら皆こういう人たちばかりなのだろうか? なんだか不安を感じてしまう。
はあ……それにしても私、一体何してるんだろう。失恋して、現れた宇宙人のためになぜか奔走させられて、挙句の果てにこのヘレスさんという、つかみどころのない女性の相手をする羽目になっている。
しばらく、私がたわいもない話を振り、彼女が短く応えるというやりとりが続く。しばらく続いたあと、突然彼女が立ち上がる。
「そろそろ時間です。上がります」
やっと彼女とのやりとりが終わった。せっかく風呂に入ったというのに、なんだろうか、この疲労感は。
脱衣所には、服が一組届いていた。ヘレスさんがきているのと同じ軍服。そうだよね、ここにはこんな服しかないよね。私はその服を着る。
風呂場を出た。入り口にはビットブルガーさんが待っていた。
ああ、さっきのやりとりを思えば、ビットブルガーさんの方がましだ。彼の姿を見て、なぜか私は安心する。
「サオリ殿」
「はい!」
これでようやくお別れだと思っていたヘレスさんから、突然話しかけられる。
「風呂場では楽しい時間を過ごさせていただいた……また、一緒に入ることがあれば、ぜひ」
少し頬を紅潮させて、私とビットブルガーさんに敬礼する。そしてそのまま彼女は立ち去っていった。
えー……あれ、楽しかったの?いや、きっと社交辞令的に言っただけだ。私が一方的に話しかける会話が、楽しいはずがない。
「へぇ~、珍しいですね。あのヘレス少尉がお礼を言うなんて」
ビットブルガーさんが言った。そうなの?あの人、あまりお礼を言わないの?てことはまさか、さっきのあれが、本当に楽しかったというの?
「ちょっと彼女は変わり者なんで、本当は別の人に任せたかったんですが、あいにく手が空いている女性士官は彼女だけだったんです。でも、よかったですね。サオリさんとは気があったみたいで」
良くはない。こっちは緊張しっぱなしだった。しかし、宇宙人基準でもあの人はやはり変わり者なようだ。それが分かっただけでも、なぜか私は安心する。
「今度は食堂に参ります。たいしたものはありませんが、お好きなものを食べていってください」
そう言って、再びエレベーターに乗る。一つ下の階に移動して下りる。
ここはどうやら生活関係のものが集まる場所らしい。エレベーターのすぐ前の部屋には大きな洗濯機がいくつも並んでいる。その洗濯機の前にはロボットの腕が並んでいる。せっせと洗濯物をたたんでいるようだ。
その横の部屋には四角い箱のようなものがたくさんある。ビットブルガーさん曰く、あれは自動掃除機らしい。
その奥に食堂があった。中は我々の社員食堂のような場所だが、入り口に大きなディスプレイがある。
「ここで食べたいものを選ぶんです。どんなものがよろしいですか?」
どんなものと言っても、宇宙食では選びようがないのでは……と思っていたが、そこに現れる写真を見る限りでは、結構たくさん種類があるようだ。
ほとんどが見たことのある料理だ。それにしても種類がとても豊富。社員食堂だってこんなに種類はない。
私はステーキを選んだ。おろしショウガ味というソースがあったので、それを選ぶ。まさか宇宙船内でショウガとステーキの組み合わせを食べることになるとは思わなかった。
そのままトレイを持って奥に行く。この辺は社員食堂のまんまだが、奥からステーキが出てくるあたりは社員食堂とは違う。
奥を覗くと、そこにはロボットの腕が動いている。どうやらあれが調理しているらしい。お風呂に洗濯、掃除に調理、この船はロボットだらけだ。
考えてみれば、この船は我々の高層ビルくらいの大きさがある。それをたった100人で動かしているのだから、ロボットに頼らないと、とても手が足りないのだろう。
ビットブルガーさんも何かを持ってきた。シュバイネハクセという肉料理に、ニュールンベルガーというソーセージだという。それに硬そうな黒パンを持ってきた。どんだけ食べるんだ、この人。
「へえ、いいですね、ステーキ。ショウガというものを食べる人は初めて見ましたよ。ここでは良く食べられてるんですか?」
「そうよ。さっぱりしてて私は好きよ」
「そうなんだ、今度私もそれ、食べてみようかな?」
と言いながら、あの硬いパンにバターをべたべたつけている。見ているだけでくどそうだ。
とはいえ、そんなものでも食べたくなるくらいにお腹が空いた。早速、私もステーキを頂く。一口食べると、味は上々、とてもロボットが作ったとは思えない。やはり彼らのテクノロジーはすごい。
思わず顔がにやける。本当にタダでいいのだろうか?一流とは言えないが、そこらの店でもそうそう食べられるものではない。この絶妙な焼き加減、綺麗にすりおろされたショウガ。これ本当にロボットが作ったのか?
「美味しいですか? お口に合わなかったらどうしようかと思ってましたが、よかったです」
ある程度食べて、ようやくお腹が落ち着いてきた。私はビットブルガーさんに話しかける。
「ビットブルガーさん、いつもそんなに食べるの?」
「いえいえ、昼食だけですよ。朝晩は軽めの食事で、このパンとバターだけです」
ポタポタとバターがこぼれ落ちるパンを持ち上げて話すビットブルガーさん。いや、パンとバターだけでもかなりくどそう、決して軽い食事ではないだろう。
「……あの、昼間の食事だと言いましたが、今は夜ですよ」
「我々の時間では、今ちょうど13時くらいですね。我々には今が昼間なんですよ。でも、よく考えたら、私はこちらの時間に変えるよう言われていたんだった。しまったな、つい昼間のつもりで食べてしまった……」
やっぱりこの人、どこか適当なのだろうか。この人の行動を見ていると、今ひとつ深く考えて動いているようには見えない。
「そう言えばあなた、さっきスマホを使ってませんでした?」
「ああ、そうですよ。持ってます、スマホ。この星にもあるんですか?」
というわけで、お互いにスマホを見せ合う。外観はほとんど同じ。やはりこういうものは、どこでも同じような形に落ち着くのだろうか。
だが、ビットブルガーさんのスマホの性能は段違いだ。艦内にいる限り充電は不要。外に出ても1週間は充電いらず。おまけに立体画像を表示でき、キーボードもなく、脳内で思った文章が入力できる。
音楽や書籍、映画はほぼ無制限に入るらしい。容量に限界はあるようだが、個人でそれを使い切ることは不可能らしい。
「DNAストレージっていう技術のおかげで、こんな小さな機械にもとんでもない容量が記憶できるんですよ。映画なら2億時間分も記憶できるそうですが……」
もはや何を言っているのかわからない。この人は細かくて、真面目で、正直だ。だが、相手への配慮が足りない。そんな難しい話をされても困る。
しかしこのビットブルガーさん、私を欺くためにとっている態度というわけではなく、本当にこういう性格のようだ。もしテレビ番組で言っていたように人体実験をする宇宙人ならば、お風呂に入った段階で私を捕まえて、人体実験していることだろう。それがご丁寧に食事までしてくれて、しかもスマホまで見せてくれる。どうやら、彼らには私が思っているような裏はなさそうな人物のようだ。
「ねえ、ビットブルガーさん」
「はい、なんでしょうか?」
「さっきからずっと気になってるんだけど、どうしてあなたは私と同じ言葉を話しているの?」
「いや、サオリさんが我々と同じ言葉を話していると言った方が正確ですね」
「は? どういう意味で?」
「私が話している言葉は、この宇宙の統一語というんですよ」
「統一語?」
「そうです。不思議なことに、この宇宙のどの星に行っても、この言葉だけは初めから存在するんです。それで我々はその言葉のことを『統一語』と呼んでるんです」
「じゃあ、私は……」
「そうですよ、偶然にもあなたは宇宙の共通語を話していたんですよ。我々も降りた先が統一語圏内でよかったですよ。本当に」
てことは、いきなり私は宇宙デビューできちゃうってこと?ラッキー!
……などと考えている場合ではない。宇宙っていうところはそんなに狭いのか?
「あんた、一体どこから来たのよ。まさかすぐ隣の惑星っていうんじゃないでしょうね?」
「いえ、私の住む地球399は、ここから200光年離れた場所にある星ですよ。ワープ航法で4日かけてやってきました」
「に……200光年!?」
思ったよりも遠かった。光の速さで200年もかかる距離が、近かろうはずがない。
「ところであんた、さっきからなんでアース399などと言ってるのよ」
「はい、399番目の地球だからです」
「だからなによ!そのアースっていうのは」
「多分この星も、自分の星のこと『地球』っていいますよね。その地球というのを別の言葉で『アース』っていうので、いつの間にか399番目の地球のことを『地球399』っていう感じに呼ぶようになったんです」
「てことはさ、あんたの星が399番目ってことは、少なくとも400個あるの?そのアースっていうのは」
「いえいえ、今見つかっているだけで、人間の住む星は800以上ありますよ。この星は、805番目の地球になる予定ですね」
「は……800!?」
200光年でビビっている場合ではない。今度は、800個の星ときた。
「そんなにたくさんの星、いったいどこにあるのよ!?」
「それがですね、不思議なことに、直径1万4千光年の円状の領域に分布してるんですよ」
「い……1万4千光年!?」
この宇宙人の語るスケールが大きすぎて、私にはついていけない。
「なんだってそんなに離れた場所で、姿も言葉も同じ人が住んでるのよ!?どうなってるの、この宇宙は!」
「いやあ、それがよくわかっていないんですよ。おそらく原点となる星があって、そこからこの宇宙に広がったんじゃないかと言われてるんですが、そもそもその原点となる星が見つからないし、どの星にも人類が宇宙から来たという伝承もないし、どうしてこうなったのか、我々にもよくわからないんです」
ロボットを操れる宇宙人でも、肝心なことが分かっていないらしい。だけどこの宇宙には人間が住む星が800以上もあり、私のしゃべる言葉が共通語になっているという事実が分かった。
「その800個の星は、皆それぞれ交流しあっているの?」
「いや、それがですね。2つの勢力に分かれてるんですよ。だから、私の星と交流があるのはせいぜい450個の星しかないんですよ」
「なにそれ?じゃあ、あんた達はどういう勢力なのよ?」
「我々の地球399は、宇宙統一連合、通称『連合』側に所属する星なんです。一方、敵対するのは銀河開放連盟、通称『連盟』と呼ばれる勢力です」
「ふうん。でも、なんだってその2つは争ってるのよ」
「なんでも、地球001という星が、どこかの星を滅ぼしちゃったのがきっかけになって、宇宙は2つに割れてしまったようですよ」
ビットブルガーさんの話によれば、昔は本当にあの武器で脅されていた時代があったそうだ。そのころは地球001という星だけが高度な軍事技術を有しており、発見した他の星々を武力で圧倒していたそうだ。
それがあるとき、地球001の軍部が暴走する。とある星に向けてあの武器を使い、その星を住めなくしてしまったそうだ。やがて地球023という星が地球001と同じ軍事技術を取得することに成功、銀河解放連盟と称して、地球001をつぶすために動き出す。
ところがこの地球023という星もまた、武力で周辺の星々を脅し始めたため、今度は地球001を中心とする宇宙統一連合という勢力を結成する。以来、170年という間、この連合と連盟と呼ばれる勢力は、宇宙のあちこちで争いを続けている。
ただ争うだけではなく、新たな人類生存惑星を見つけ出し、自身の陣営に加えるという活動を始める。その際に、武力で脅すなどということがあっては、相手陣営に逃げられてしまうかもしれない。そこで、対等外交を前提に、かつ軍事、民事の技術供与も餌にして、その星に自分の陣営に加わってもらうよう、働きかけるようになったという。
「で、我々は新たにこの星を見つけたので、我々の陣営に加わってもらおうと活動するために、ここにやって来たんですよ」
「それってさ、この星に連合ってグループに加わって、一緒に連盟と戦ってもらおうと言ってるの?」
「そうです。我々連合と同盟を結び、一緒に連盟と戦ってくれるなら、我々の持つこの技術を全部差し上げるつもりですよ」
「って、簡単に言うけど、それって要するに争いごとに巻き込もうって言ってるんでしょう?嫌よ、そんなの」
「大丈夫ですって。連盟が襲ってくることなんて、滅多にないですから。なにせ人類が住む星は1万4千光年もの範囲にあるんですよ。その広大な宇宙で、年に20~30回程度しか戦闘が行われないんです。私はこの軍に入ってもう5年になりますけど、まだ一度も戦闘を経験したことがないですよ。むしろ技術や交流がもたらす利益の方がはるかに大きいです。いいことづくめですよ、この星にとっては」
まるで新手の金融商品のように、連合入りを勧める宇宙人。でもそういうのに限ってリスクが大きいものだ。私は商社の人間だから、なんとなくわかる。
ただ、この星も宇宙人に見つかってしまった以上、リスクがあろうがなかろうが結局関わらざるを得ないだろう。となれば、ここは得体のしれない連盟より、まだ素性の知れた連合側とかかわるのがリスクは低いと言えるかもしれない。
そんな話をしていたら、すっかり時間のことを忘れてしまった。私はスマホの時計を見る。
「あーっ!!」
「ど、どうしました!?」
「しまった……終電が無くなってしまった……」
もう日付が変わっていた。話に夢中になって、すっかり時間のことを忘れていた。落ち込む私に、ビットブルガーさんは提案する。
「じゃあ、お部屋を貸しましょうか?」
「は? 部屋?」
「はい。この船の部屋です。結構余ってるんですよ。一つや二つ、お貸ししますよ」
いや、一つあればいい。だが、終電がなくなった今、部屋を借りるしかない。今から外に行って宿泊先を探しても、安いところはほとんど残っていないだろう。
幸い今日は土曜日、お休みだ。それにせっかく入り込んだこの船。もう少し見てみたい気もする。
「じゃあ、お願いしちゃおうかしら」
「わかりました。では、早速、手配しますね」
そこで食器を片付け、ビットブルガーさんについていく。食堂のすぐ横にある「主計科」というところで部屋のカギをもらえるらしい。
が、一応艦長の許可がいるらしくて、ビットブルガーさんはスマホで艦長に連絡する。すぐに許可は下りたそうで、そのまま主計科に立ち寄って、部屋のカギをもらった。
エレベーターで上の階に上がる。浴場のあるあの階だ。たくさんの部屋の並びの中で、カギと一致する番号を探す。
カギといっても、カードのように薄い。ビジネスホテルでよく見るあのカギだ。部屋を見つけて、中に入る。
中もまるでビジネスホテルのようだ。ただ、テレビが壁にへばりついているところが我々のホテルと違うところか。
「これがリモコンになっていてですね、こうやって使うとテレビがついて、チャンネルによっては外の様子が見られたり、あるいはうちの星の映像が流れたり……」
一生懸命説明するビットブルガーさん。だが、私の頭はすでに疲労困憊状態。すっかり脳内は睡眠モードに入っている。
「私の部屋は20部屋向こうにあります。目が覚めたら、私の部屋に立ち寄ってください。では、おやすみなさい」
「はい、おやすみなさい」
そういうと私は、ベッドに倒れ込むように寝てしまう。
こうして、失恋と宇宙人遭遇という、私の人生で最も波乱にとんだ一日が終わった。