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天才引きこもり少年の女子攻略  作者: 太田裕
プロローグ編
9/59

登校決意

「ふんふんふふーん、ふんふふーん」


 台所の方から陽気な鼻歌が聞こえてくる。

 それと同時にトントンとリズム良く響く音もきこえる。


「……」


 そんな音を聞きながらリビングの椅子に座る玲は落ち着かなそうに貧乏ゆすりをしている。


 台所で料理をしている幼馴染の風祢と隣の椅子の上でミルクを舐めるリイを交互に見やりながら玲はどうしようかと思考を巡らせる。


 先程公園で風祢に会ってから家に来る途中に、目を盗んでリィには絶対に風祢の前では喋るなとは言っておいたがやはりぼろを出す心配は消えない。できれば今後二度と会わせたくはないがリィが玲の家にいる限り絶対に会わせないことは不可能だろう。


「……いや、今後のことより今か」


 思考を現在の問題に戻す。

 やはり今は大人しくして昼飯を食べ終わったらすぐに帰ってもらうのが一番得策か。

 下手に追い返して不審がられたら余計に勘ぐられてしまう。風祢はああ見えて感が鋭いのだ。


「ペロペロペロ」


 何も考えずにただミルクを舐めるリィを玲は恨めしく見る。


「……そもそもお前がもっとしっかりしていたら俺も信頼できただろうに」


 リィに聞こえないくらいの小ささでそうこぼす。

 しかしこのリィがしっかりしている姿なんて想像もできない。まだ会って一日も経っていないのに……。


 このリィが……。

 このリィ……。

 この……。




 可愛いな。


「……なんでお前は猫なんだ」


 思わず額に手を当てながら声に出してしまう。

 

 恨めしい感情を込めてリィを見ていたはずなのにいつの間にかその可愛さに目が支配されてしまう。それもこれも全てリィが猫の姿だからである。

 

「はあ。ほんと可愛い弟か妹が欲しいもんだよな……」


 いや、妹なら一人いるがその妹はもう中学三年。

 玲にしてみればもう立派な大人。せめてもう少し小さかったなら……。


「でもま、可愛い時代もあったんだよなあ……」


 思い出すのは数年前。

 玲もまだ小さいころ。泣き虫でいつも泣いていた妹をあやすのはいつだって玲の仕事であった。

 喧嘩しても相手の可愛さに負けて最終的には玲が引き、妹をいじめる者がいたなら成敗し。


 妹の可愛さに完全に敗北していたころもあった。それも妹の成長とともに消えていったが。


「懐いな。でもさすがに俺の歳となってくるとな……」


 玲にはその気は全くないのだが世間にはロリコンなどという言葉が存在し、玲はその部類に属してしまう。玲がもっと幼い時はいいお兄ちゃんで済まされるが今の年齢である十六ではギリアウト。


 いっそのこと同年代か歳上で見た目は子供な人間が存在しないだろうか、いたなら女神なのにな。などとくだらない方向に脱線していた玲の思考は、リビングに来た風祢によって途切れさせられる。


「できたよー」

「……いつも悪いな」

「何てことないって」


 玲が思考を巡られせていた間にどうやら昼食の準備が整ったらしい。

 風祢は次々と手際よくテーブルに料理を並べていく。


「「いただきます」」


 二人一緒に手を合わせ、飯を口に運んでいく。


 毎度のことながら風祢の料理は美味。

 いつもカップ麺かコンビニ弁当を食べている玲にとって正直風祢の料理は何気に毎回お楽しみなのである。

 普通の人に比べて料理が上手いのはもちろん下手したらそこらの料理人よりも上であるかもしれない。


「いいのう……」


 すると、二人の方を羨ましそうに見つめるリィが目の入る。

 玲にしか聞こえないくらいの声だってからいいが、本当に気を付けてくれよと思いながらも箸を止める気はない。


 なぜリィは昨日のようにミルクなのか。

 それは単純に子猫なだけに歯が生えそろっていないからである。

 本人は人間の食べ物を食べる気満々だったのだが、人間の飯どころかキャットフードも普通に食べられない。非常に不満なのだろう。


 まあ自業自得だ。と玲は思いながら飯を食べ続けた。



******



「じゃあね。また」

「ああ」


 そう言って、風祢は玲の家を後にする。


「ふう。何とかばれずにすんだ……」


 風祢が見えなくなったのを確認して玲は重たい足取りで自分の部屋にも戻る。

 

 部屋には当然のように子猫が一匹、ゴロゴロと寝転んでいる。

 結局風祢にはばれることなく帰すことに成功した。今後のことも考えなくてはいけないが今日はもう疲労が溜まりに溜まった玲は、自分のベッドに寝転ぶ。


 今日は久方ぶりに外であんなに動いた。普通の若者にはさしてきつくもないだろうが、玲にとっては常人にとって真夏に冬着で百キロマラソンしたくらいのダメージがある。


 しかし風祢が見つけてくれてよかった。

 そう思い、玲は寝返って机の上にあるコンタクトレンズを見る。

 結局見つけてくれたのは風祢である。たまたまだがあそこで風祢が見つけなければ今もなお玲とリィは野外を駆けずり回っていることだろう。


「……ほんとに風祢には頭が上がらないな」


 頭の中で幼馴染に重ね重ねお礼をする。


「……なあ、これつければいいのか?」


 寝転んだ体制から上体だけ起こしてコンタクトレンズを手に取ると、リィに問いかける。

 一見すると普通のコンタクトレンズだが、リィによると異能者が分かる魔法器と呼ばれる道具らしい。


「うむ。普通のコンタクトレンズと同じようにつければ問題ない。しかも特殊な加工がされていて毎回外さなくてもよい」

「これで異能者が見つけられるのか……」

「正確にはそうじゃないぞ」


 今まで床で寝そべっていたリィは、ぴょんとはねて玲の膝の上に乗っかる。

 

「異能者を見つける魔法器ではなく、異能が発動されたときに分かる魔法器じゃ」

「……つまり?」

「異能が使われないと役に立たん。それにその現場を見なければならぬからの」


 玲はリィの説明を聞きながらコンタクトレンズをじっと見つめる。


 ようするに、ただ探し回るだけでは見つからないと。

 そこで玲はふと疑問を抱く。


「それじゃ、どうやって探すんだよ。ただ街歩くだけじゃ……」

「何を言っておる。丁度いい場所があるじゃろ」

「……は?」


 リィの言う丁度いい場所。

 出来るだけ人が集まり、自他ともに長い間その場に居合わせられる。さらに人を観察できる場所。


 玲は考えるが、あまりいい答えは出てこない。

 思いつくはスーパーやショッピングモール、しかし用がなくなればすぐに帰ってしまう。

 そもそも買い物で異能を使うなんて盗みあたりでないと……。


「……」

「お主は何じゃ?」

「……人間?」

「学生じゃろうが!」


 言われてはっと思い出す。

 そう。玲は現役の男子高校生なのだ。

 

 そういえばリィに学生って話したっけ、と思う玲だがすぐに理解した。

 普通に壁に制服がかけてあったのだ。見れば誰でもわかる。


 学生となれば行く場所は一つ。

 学校。

 確かに学校は大勢の人が集まるうえにほぼ毎日一日中いる。

 しかも勉強に運動、友達付き合い。異能を使用する場面が非常に多く存在する。


 言われれば、異能者探しにはもってこいの場所である。

 しかし……。


「……俺に学校に行けと」

「……うむ」

「……」


 学校に行けと言われて玲はリィから目を逸らす。

 

 学校には玲も行った。

 いや行っていたのだ。

 高校入学してから一週間程度は。


 しかしすぐさま不登校となった。

 せいぜいテストがある日に仕方なしと行ったくらいで、しかもそれすらも放課後に。


 不登校となった理由は大袈裟なものではないない。

 元々人間不信であった玲は、他人と同じ教室で過ごすことが嫌になっていた。

 それでも一週間何とか行ってみた。しかし結果は変わらずに、しかも入学からたった一週間も経たないうちにクラスメイトのいじめを目撃した。いじめを見た瞬間、玲は完全に人間に幻滅してしまったのだ。

 そして次の日には立派に不登校になっていた。

 

「……」

「……」

「……」

「……わかったよ」


 じっと見つめて無言で答えを待つリィに、玲は目を逸らしたままそう答える。


 今この時、なぜ学校へ行こうと思ったのかは玲自身にも分からない。

 つい先ほど風祢と会ったからかもしれないし、単なる気まぐれかもしれない。リィの雰囲気がいつもと少し違ったような気がしたからかもしれない。だがもしかしたら、玲はまだ何か学校に、他人に希望を抱いていたのかもしれない。




「うむ。そうと決まれば準備じゃの。まずはその髪、切った方が良さそうじゃな」


 そうして、リィは玲の無駄に長い髪を指しながらにっこりと笑うのだった。



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