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天才引きこもり少年の女子攻略  作者: 太田裕
エルローレ編
51/59

意思の強さ



 ――うっ、ぐあぁっ……!?


 脚に力を入れるたび、尋常ではない痛みが全身を駆け抜ける。力が抜け、苦悶の声を漏らしそうになるのを必死に抑えながら、再び地面を蹴る。


 痛い。痛いなんて言う言葉では言い表せない程に痛い。

 覚悟はしていたのだが、正直ここまでとは思わなかった。過去に腕を刀でスパッと切り落とされたことがあったが、あの時以来の痛みだ。視界は霞み、目じりには涙が浮かび、痛さで耳鳴りがする。明らかに異常な状態。それでも、決して足を止めることはできない。……わずかに伝わってくる温もりが、それをさせてくれないのだ。


「ぐっ……エル……」


 玲の腕には、絶世の美貌をボロボロにした少女、エルがいる。瞳は閉じているが、気を失っているだけだろう。ほんのわずかにだが、エルの苦しそうな息遣いが聞こえてくる。一刻も早く、ここから避難させなければ。


 玲はエルを抱く腕に力を込めると、全身を襲う程の痛みを吹き飛ばすように強く強く地面を蹴る。

 エルは玲の腕の中。あとは、セピアから逃げれば玲たちの勝ちだ。玲は限界を超えているのも気にせず、先程以上に『身体能力向上』の異能により身体能力を強化する。


「なっ、逃げるのかい?」


 後方から、そんな声が聞こえてくるが一切意に介さない。

 一度止まってしまえば、もう今の勢いはなくなってしまう。セピアと戦わずして逃げれるのは、これが最初で最後のチャンスだ。セピアとまともにやり合っても、玲に勝ち目はない。それが分かっているからこそ、玲は一瞬でかたをつけようとしたのだ。そして、その方法として選んだのが、『身体能力向上』の異能だ。


 玲がこの場所へ戻って来た時、エルはすでに気絶していた。そして、そのエルはセピアのすぐ近くにいたのだ。当然、エルを助けるとしたらセピアと戦闘になることは避けられない。そうしたら終わりだ。故に、玲は『身体能力向上』の異能で、脚力を極限まで上げた。一瞬でエルを抱き寄せ、セピアから距離を取れるまでに。結果、玲自身驚く程のスピードで成功はしたものの、反動として尋常ならざる痛みを被ったのだ。


 正直全力で走れる程の与力を残してはいないが、そこはどうにかこうにか誤魔化すしかない。きっと、異能の反動は半端じゃないだろう。ただでさえ今日一日酷使してきたうえに、今の無理。ライラック戦でも相当異能で身体能力を上げたが、一瞬とはいえそれ以上に強化した今回は最悪一週間は動くこともできないだろう。

 嫌な未来の事を考えながらも、優先すべきは今現在だ。セピアと玲の距離は十メートルにも及ぶ。驚くセピアをしり目に、逃げられるのは今しかない。


「く……簡単に逃がすと思うかい?」


 しかし、そう簡単に逃げ切れる程甘くはない。

 セピアはすぐに冷静さを取り戻すと、懐から数本ナイフを取り出し、玲めがけて投擲してくる。その正確さはさすがなものであり、玲の両脚を確実に狙ってきた。


 迫りくるナイフに、玲はチラリと視線を向ける。このままでは確実に直撃する……。

 もう数センチ先まで迫るナイフに、玲は咄嗟に『身体能力向上』を使い、自身の脚力をさらに上昇させる。その力はすさまじく、力を入れると地面が数センチめり込むほどだ。玲は強く地面を蹴ると、一瞬のうちに数メートル先まで跳躍する。そのほんの数舜後、ナイフの風を斬る音が玲の耳に届いた。


「くっ!? ぐぁぁあぅ……!」


 回避に成功し安堵する玲だったが、途端に両脚を激痛が襲う。さすがに酷使しすぎたか……もはや感覚すら感じなくなっていた。だが、そんなことで諦めている場合ではない。幸い脚はまだ動いてくれるようで、喉から吠えるような嗚咽を漏らしながら、玲は再び走り始める。


「らっ、あぁ!」

「ちっ……でも」


 エルを抱き逃げる玲を見ながら舌打ちするセピアだったが、その表情をすぐにニヤリをした笑みに変えた。理由は単純、玲の動きが、明らかに鈍っていたからだ。確かに『身体能力向上』の異能を使い全力で逃げる玲は早い。しかし、酷使を続ける玲の脚では異能によりいくら強化しようが限界がある。見る限り、今の玲は普通に走っているのと変わらない位の速度だ。

 セピアは身をかがめると、玲の数倍はあろうかという速度で瞬く間に距離を縮めてしまう。


「ははっ、相当疲れているみたいだけど?」

「ちっ……まだだ」

「そう、ならさ、これならどうかな!」

「ぐっ!」


 玲との距離を詰める際拾ったのか、先程玲めがけて投擲したナイフで、玲の腕を切り裂く。痛みに苦鳴を漏らす玲だが、こんなもの今もなお続く脚の痛みに比べればどうってことない。玲は感覚がないながらも、どうにかセピアに蹴りをおみまいする。しかし――。


「なっ!?」

「ははっ、さっき投げたのを拾ったんだよ? 一本なわけないじゃんっ」


 たった今玲を斬り裂いたのとは逆の手にも、全く同じナイフが一本。振り下ろされた右手では不可能だが、左手ならば玲の蹴りに対応できる。セピアは悪魔のような笑みを浮かべながら、玲の脚に深々とナイフを突き立てる。


「ぐ、がぁ!」

「はははは、まだまだ」


 飛び散る鮮血。しかし、セピアはそんなものには一ミリも意を介さず、突き刺したナイフで玲の肉をグリグリと抉っていく。


 痛い。脚を伝って体中に響く痛みは本物だ。しかし、痛みは思ったほどではない。むしろ、玲の心を支配するのは不快感だ。感覚のない脚を、ぐりぐりといじられる不気味な感覚。ぐしゃり、という肉を抉る音が聞こえるたび、玲の心が不快感に染まっていく。


「どうどう? 痛い? それとも気持ちいい? はははは、もっともっとやってあげるよぉ」

「ぐ……離せ……」

「離せ? 嫌だね。こんなに楽しいこと、何でやめなくちゃいけないのさ」

「くっ……」


 あまりの痛みと不快感に顔を歪める玲とは、また別の意味で表情を歪めるセピア。玲の血がセピアの頬にまで跳ね、その様は悪魔の子供だ。欲望に忠実な子供。


 そんな時、ゾクリと玲の全身を寒気が襲った。セピアに変わった動きはなく、さっきから同じように玲の肉を抉っているだけ。だが、玲はその不気味な感覚に、一瞬だけ痛みも不快感も忘れる。正体は不明だが、玲の脳内で警報のようなアラームがけたたましく鳴り響いた。これは――。


「くそ……いい加減にしろ!」

「おっと」


 片足を侵略されながらも、玲はどうにかもう片方の脚でセピアの腕を蹴り上げる。さほど威力はないだろうが、咄嗟のことだったかナイフはセピアの手を離れ、上空にくるくると回転しながら舞っている。

 

 どうにかセピアの手から逃れた玲は、勢いよく後方へ飛び退いた。

 途端に寒気は嘘のようになくなり、先程までの痛みがジンジンと訴えてくる。先程のは……。


「ふぅん。カンがいいね」

「……?」

「今さ、ヤっちゃおうとか考えてたんだよね。一思いにガッと。もちろん悟られないようにしてたんだけど……」


 そう言うセピアは、素直に玲を称賛しているようだったが、どこかつまらなそうな表情を浮かべている。

 やはり……。玲は自分の直感の正体に、コクリと喉を震わせた。今まで玲は、何度か死を経験してきた。普通の人間だったら、人生で一度しか経験しえないこと。しかし、玲はそれを『不死身』の異能により数回にわたって経験してしまったのだ。それがいいことなのか悪いことなのか……おかげで玲は、死、というものを何となく感じ取れるようになったのだ。別に未来が見れるとかそういうのではなく、ただ単に直感の話故に信じられないだろうし、玲自身あまり信じてはいないが……如何せん感覚の話なので、玲にはいたいほど分かってしまうのだ。


 それでも、決して死というものは慣れることはない。玲はあと少しセピアから逃れるのが遅かったらという想像に身震いしながら、改めてセピアに視線をやる。しかし――。


「――ぁ?」


 上手く力を入れることもできず、玲はその場に勢いよく倒れ込んだ。

 一瞬、力が抜けたことにより意識が途切れそうになるが、生憎というか幸いというか、想像を絶する痛みのせいで無理やり意識を引き戻される。霞む視界に映るのは、ところどころ自身の血がにじんだ地面と、そこに倒れ伏すエルの綺麗な金髪だった。


「限界、か……」


 エルが自分の腕の中にいないことを認識し、玲は今、自分が地面に倒れていることに初めて気づいた。

 すぐそこに、エルの白く綺麗な手がある。玲は半ば無意識的にエルに手を伸ばすも、ギリギリのところで届かない。玲の爪がエルの肌をかすり、空気だけを掴む。


「くそ……動けよ……」


 玲は強く歯噛みし、どうにか脚を動かそうとしたが、もはや意思どうこうでどうにかできる範囲を超えている。感覚のない脚は、ピクリとも動いてはくれない。


「はは、無様だね。散々僕を弄んでくれたようだけど、これで終わりかなぁ?」

「…………」

「だんまりかぁ、まぁいいや。じゃあ僕は僕で楽しむとするよ。さ~て、脚はもうつまらないし、次は腕かな? それとも体?」

「く……」


 玲の全身を嘗め回すように眺めるセピア。玲は今にでも逃げ出したい気持ちでいっぱいになるが、当然脚は動いてくれない。今の玲にはただ、歯噛みしながらセピアを見ていることしかできないのだ。自分の無力さに、玲は血がにじむほど拳を握る。


 いや――。


「…………」

「それとも首? 眼球や耳なんかも面白いかもね? それとも何かなぁ、自分が痛いのは嫌かい? それなら――」


 そう言うと、セピアは一層気味の悪い笑みを浮かべ、その歪んだ視線を金髪に――。


「――ぐぅ!」

「あぁ!?」


 瞬間、玲はあらん限りの腕力で体を動かし、セピアの右脚にかぶりついた。不健康そうに白く細い脚は、玲の鋭い歯により薄っすらと血が滲む。まさか、玲自身も自分がこんなことをすることになるとは思わなかったが、今はなりふり構っている状況ではない。脚を振り回すセピアに振り解かれないよう、玲は必死に食らいついた。


 それにしても、これでは本当に吸血鬼のようだ。

 いつだったか、リィに考えられた設定で自らを吸血鬼と名乗ったことがあったが……確か、琴吹の異能を奪う時だったか。まだ一ヶ月も経っていないはずなのに、酷く懐かしく感じてくる。……まぁ、吸血鬼云々に関しては完全に黒歴史だ。今すぐにでも忘却したいが。

 それでも、こんな状況、根性がなくちゃやっていけるはずもない。普段は根性論など鼻で笑う玲だが、今だけは自分が本当に吸血鬼にでもなった気持ちで、セピアの脚に歯をたてる。

 しかし、当然そんな攻撃は意味を成すはずもなく……。


「くっ、離せっ!」

「ぐがぁ!?」


 脚を振り回すだけでは無駄だと感じたのか、セピアは左脚で勢いよく玲の顎を蹴り上げた。当然、蹴りを喰らってはかぶり続けることもままならず、勢いよく吹き飛び、二、三回程回転してから地面に大の字になる。


「はぁ、はぁ……」


 与力は使い果たした。玲は大きく肩を上下させながら、霞む視界に映る大きな空を見上げる。残念なことに大空は厚い雲により覆われていたが、晴れがあまり好きではない玲からすれば好都合だ。だが……こんな時くらいは、青く透き通る空を見たかった、かもしれない。


 コン、コンと玲に近づく足音が耳に届く。玲にはそちらに顔を動かす気力もないが、まぁセピアだろう。一歩一歩近づく死への恐怖を感じながらも、玲は諦めるように目をつむった。玲は、まず間違いなく殺されるだろう。それはどうしようもない。まぁ、それだけならいい。問題なのが、その後玲が『不死身』の異能により復活するのにどれだけかかるかだ。それを知れる程死んだことがないので不明だが、少なくとも一分やそこらで復活はできないだろう。そう考えると、ここで玲が死んで時間が経ってしまえば、この場から離れるであろうセピア、そしてエルを探すのは困難になる。


「……ちょっと痛かったかな。うん。気分が変わったよ。君はすぐ殺そう。もう遊ぶのはやめだやめ。とどめはとっととさすっていうのが、ここに来る時に学んだ教訓なんでね」


 すぐそこまで来たのだろう。足音が止み、代わりにすぐ近くでセピアの声がする。

 

「このナイフで心臓を一突き……いやはや、僕も天邪鬼になったものだねぇ。心臓の一突きでも、てんで殺せるきがしないなんて」

「…………」

「そうだなぁ、心臓を刺したうえ、首をかき斬り、脳天を貫くくらいやらないと安心できないかなぁ。それとも――」

「なぁ……」


 癖なのだろうか。とっとととどめをさすと言っておきながら、流暢に喋り続けるセピアに対し、玲はゆっくりと口を開いた。やはり教訓が身に染みていないようで、玲の言葉にセピアは黙り、続きを待っているようだ。決してとどめをさしたりしてこない。


 正直、玲にとっては都合がい。

 今の玲は身動きを取ることすらできず、ゆっくりと言葉を紡ぐのがやっとだ。今、玲がするべきことは何としてでも時間を稼ぐこと。そう、時間を……。


「よくよく考えれば、相手を服従させるって、強いと思わないか……?」

「はぁ? 何を言って……」

「何でも言うことを聞かせるんだ。強いなんてものじゃない。でも、いやだからこそ、弱点ってのはあるんだろうよ」


 突然発せられた意味の分からない言葉に、セピアは首をかしげる。しかし、そんなセピアのことを見ることができない玲は、構わず話し続ける。台本はない。ぱっと思ったことを、ぱっと言うだけだ。それが、日常生活においてどれだけ難しいことか……しかし、今は玲でも不思議なくらいすらすらと出てきた。


「俺も、お前に使おうと思ったけどな……」

「僕に……?」

「だけど、お前は思った以上に自我が強そうで……あまりに強すぎる意思を持っている場合は効かないんだ。こっちが服従させきれない」

「自我が強い……? そんなつもりはないけどなぁ、まぁそうなのかもしれないねぇ」


 セピア、という人間は思った以上に単純なのかもしれない。狂気的感情が表に出すぎているあまりそういう印象はないが、セピアは要するに欲望に忠実な子供なのだ。そこに、頭脳と力が加わっただけの。もちろん、年齢的に子供だとは到底思えない。見た目は十歳前後だが、それはセピアの異能を使えばどうにでもできるだろう。それこそ、誰か適当な人間にセピアが若返っているところでも想像させれば済む話だ。故に、セピアという人間は根が子供っぽいのだ。だからこそ、こうして注意しながらも玲の話を聞いていてしまう。


「まぁ、意思が強いってのはエルにも言えることなんだが……」


 エルの意志の強さ、それは見ていればひしひしと伝わってきたし、行動としても示して見せた。その結果が、今のこの状況だ。


 玲と赤塚が逃げる時間を、エルが稼ぐ。ついさっきの展開だが、本当の最善はエルと玲の立場が逆の場合だっただろう。いくら玲とは言え、『身体能力向上』の異能を使えば時間稼ぎ程度はできるだろうし、第一玲は死の心配をする必要がない。本当ならば、エルを『魅惑の囁き』を使い、赤塚とともに逃げさせるべきだったのだ。しかし、エルの意思はそれを躊躇わせる程だった。自分の責任は自分で取る。きっとあそこで異能を使おうと、エルの意思の強さに負けて服従させられなかっただろう。エルを服従させたいならば、エルの意思をも抑え込む程の、服従させるという意思をこちらも持たなければならない。そして、エルの意思を前にして、それを超える程の意思など、玲には持てるはずもなかった。


 エルは強い。セピアの狂気的な強さではなく、まっすぐ確固たる強さ。

 それに比べて玲はどうだ? 強さの欠片もない。青麗院のように己をの弱さを乗り越える強さも、琴吹のように無力ながら強敵に立ち向かう強さも、赤塚のように変わる強さもない。過去を忘れようとし、しかし未だに縋り続ける弱い人間だ。脆弱で脆い。下劣で矮小だ。

 そんな人間が、エルを服従させることができるだろうか。断じて否だ。


「……だけど」


 だが、意思がさほど強くはない状態であればどうだ? 詳しく言えば、意思が安定しない状態。

 例えば――意識を取り戻した直後、とか。




「――んぅ」




 ――玲っ! 意識が戻った!




 同時、玲の耳と頭の中に声が響く。そして――。





「――エルっ! 逃げろぉっ!」



昔(といっても数カ月前)の話を呼んで、

あれ? なんか前の方が読みやすかったんじゃ……?

と思った今日この頃であります。

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