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天才引きこもり少年の女子攻略  作者: 太田裕
エルローレ編
49/59

疲労困憊



「ちっ……逃げられたなぁ」


 ズキズキ響く痛みに顔をしかめながらも、セピアは逃げ行く玲と赤塚を視線で追った。

 ここで逃がしては面白くない。痛みに逆らいながらも、どうにか追おうとするセピアだったが、思うように足が動いてくれない。忌々し気に舌打ちするセピアの前に、一人の影が立ちふさがった。


「お前は逃がさん、セピア」

「君もしつこいねえ……まぁもとはと言えば僕が探してたんだけどさぁ」

「だったら、追う必要はないだろう?」

「そうだけど……」


 悔しいが、エルの言う通りだ。

 状況を愉しんでいるように見えるが、正直な話今のセピアには余裕がない。一刻も早くあっちの世界に戻って任務を遂行しなければ、自身の身が危ういのだ。縛られることが嫌いなセピアだが、こればっかりは仕方がない。絶対に敵わないものというのは存在するのだから。


「仕方がないなぁ……じゃ、とっとと回復してやりますか」

「やはり、効かないか……」

「もちろん、ね」


 エルも想像していたのだろう。セピアの身体にある、銃弾サイズに空いた無数の穴がみるみるうちに塞がっていく。まるで、そんな怪我など初めから存在しなかったように。


「はぁっ!」

「よっと……」


 と、エルが右腕を動かすと同時、セピアの足元に溜まっていた血液がまるで地面から降る雨の如く上方に向かっていった。当然血だまりの上にいるセピアに迫りくるのだが、セピアは予想していたように軽い調子でほいっと右手にステップして避けてしまう。

 これまでさんざんエルの血液を喰らってきたのだ。血を滴らせた時点で予測はついていた。


「まだだ!」


 しかし、予想していたのはエルの方もだったようで、上空に上がった血が、今度は本物の雨のようにセピアに向かって降り注ぐ。しかし、当たって、冷たいで済むような生易しいものではないのは明らか。きっと喰らった瞬間にレンコンのように穴だらけになってしまうだろう。生憎とそれはごめんだ。


 セピアはその細い脚に力を込めると、即座に後方へと飛び退いた。その一秒後、今までセピアが立っていた地面に無数の血弾が降り注ぐ。

 やはり、小さな体は動きやすい。無論パワーが大幅にダウンするのは否めないが、元々の体も大して筋肉質ではなかったし、力に頼らずとも敵を容易に屠ることのできるセピアからすれば、重要なのは力ではなく敵の攻撃を喰らわない俊敏さだ。


「……ふぅん、遅いね」

「何がだ……」


 と、何とかエルの攻撃を回避したセピアは、血弾が沈んでいった地面を見やりながら呟いた。

 主語がなく一見理解不能なうえに、エルにとっては聞く必要もない戯言。しかし、エルは声を低くしながら、セピアの呟きに対して問うてくる。

 

 やはり……。

 セピアはそんなエルの反応を見て、内心ニヤリとする。ぱっと見先程までとは変わらない、鋭い目つきに冷静な態度。しかし、セピアには分かる。誤魔化してはいるが呼吸は荒くなっており、肩もわずかながらに上下している。その瞳はほんの少しだけ細められており、先程までセピアに向けられていた溢れ出る程の敵意が確かに削がれている。

 理由など考えるまでもない。むしろ、セピアがこのチャンスを待っていたのだ。


「相当疲れてるみたいだねぇ」

「何を言うかと思えば……」

「とぼけても無駄さ。今の攻撃、完全に避けられたことにちょっと驚いたんだよねぇ。僕の予想だとほんのちょっと当たるはずだったんだけど……」


 セピアの身体能力は高いし、その小柄な体躯も相まって俊敏さは中々のものだ。それでも、異能により操作されて、弾丸が如く速度で迫ってくる血弾を避けられる程ではない。ましてや今、セピアは完璧に隙をつかれたのだ。咄嗟に回避したとはいえ、全ての血弾を避けられはしないだろう。

 つまり、セピアの血弾は完全に速度が落ちているのだ。


「でもまぁ、考えてもみればそうだよねぇ。ただでさえ液体である血を一塊にするだけでも疲れるってのに、銃弾みたいな速度で正確に的を狙おうとしてるんだもんね。どれだけ集中すればいいのか……とんでもない精神力が要求されるよねぇ」

「…………」

「しかも倒すたび復活する僕に、何度使ったことか。疲労は相当なものだろうなぁ」


 セピアの指摘が図星だったのだろう。エルは強く歯噛みしながらも、押し黙るしかない。

 異能は魔法とは違い、魔力を必要とするわけではないので、使いすぎて魔力切れを起こすということはない。だが、ものによっては異能の使用により減っていくものがあるのだ。エルの異能は血液を操作するもの。しかし、遠隔操作の場合手を使うわけではないので、感覚で常に血液を一定の形に整えたまま、自在に動かさなくてはならないのだ。セピアはエルではないので詳しくは分からないが、それがどれだけ精神力を必要とすることかは容易に想像できる。

 それを今日だけで幾度となく使用しているのだ。その上、エルはセピアから喰らった怪我を完全には回復しきれていなかった。不完全なコンディションでの異能過度使用。疲労が出て当然だ。むしろ、それを悟らせないように偽るエルを称賛すべきだろう。


 一方でセピアの異能は何と気楽なものか。

 発動条件はやや面倒だが、それさえクリアできれば当のセピアはただ見ているだけだ。肉体的にも精神的にも消耗するものは何もない。たとえ消耗したとしても、一瞬でなかったことにできうるし。


「残念だけど決着はついたね。あとは君の体力がなくなるのを待つだけだけど……面倒だし、早く片付けた方がいいんだよねぇ。ってことで」

「させるかっ!」


 気楽な調子で言うセピアは、自慢の素早さを生かして一気にセピアとの距離を詰めていく。無論それをただ見ているだけではないエルは血弾をセピアに放って応戦するが、持ち前の速度が格段に落ちた血弾ではセピアに命中させることは敵わず、ひょいひょいと何のことなく避けられてしまう。


「ぐっ……!」

「それ、避けないと痛いよっ」


 あっという間にエルは目の前。セピアはくるっと回転し、そのまま回し蹴りをお見舞いしてやる。

 セピアの脚はエルの脇腹を横殴りにし、エルは苦悶の声を漏らす。当然セピアの蹴りにそこまでの威力はないのだが……どうやらあっちが勝手に威力のあるものだと思ってくれたらしい。好都合だ。それが、今の現実となっているのだから。


「く……はぁ!」

「っと! はっ、効かないよそんなの!」

「ちっ!」


 苦し紛れに放つエルの攻撃は、セピアに軽々といなされてしまう。驚くエルに、セピアからのもう一発蹴り攻撃。

 エルのキレのない攻撃はセピアには通じず、逆にセピアの攻撃は確実にエルへダメージを与えていく。そんな攻防を繰り返していくうちにも、エルの動きはだんだんと鈍くなっていく。


「ははっ! もうそろそろ終わりにしようか」

「させるわけないだろう……!」

「とてもそんなこと言える状態じゃあないと思うけど……まぁいいや。とっとと終わりにさせてもらうよ!」

「ぐはっ……!?」


 見れば、エルの状態は正に満身創痍。セピアの攻撃に対応しようとしているのは、ほぼ無意識だろう。恐らく今のエルには、思考を巡らせることすらできやしない。意識を保っているのがやっとの状態だ。

 そんなエルに、セピアは容赦のない一撃を叩きこむ。セピアの膝はエルの顎を勢いよく打ち抜き、エルはその場にドサリと崩れ落ちてしまう。


「はぁ、最近動かなかったから体が痛い……まぁいいや。それで……」


 地面に倒れ伏すエルを見やれば、意識はないようだが死んではいないようだ。まぁセピアが殺さなかったのだが。セピアの目的を考えれば、むしろエルに死なれては困るのだ。まぁ私的な問題だし、そんなこと敵であるエルたちが知りはしないだろうけど。


 しかし、少し面倒なことになった。セピアの目的を達するためには、エルには意識を保ってもらわなくてはいけないのだ。つまり、気絶されては困る。一刻も早く向こうの世界に帰りたいセピアからすれば、できるだけ早くエルを起こしたいのだが……。


「ちょっと強くやりすぎちゃったかなぁ。まったく、面倒だなぁ……。僕の力でちょちょいと向こうの世界に帰れればいいのに。はぁ……」


 セピアはため息をつきながら、誰にでもなく愚痴をこぼす。

 セピアの異能『具象化』を使えば、一見異世界に帰れるようにも思える。エルにでも向こうの世界へのゲートが開いているところでも想像させられればそれで終わりだ。しかし、ことはそう簡単にはいかないのが現実というものだ。

 異能は万能ではない。異能という存在の力では時空に干渉することができないのだ。つまり、セピアの異能で世界をつなぐゲートを開くことはできない。これはどの異能に対しても例外なく言えることであり、時空に干渉することができるのは異能よりも上位の存在である魔法にしかできない。


「いっそ僕も魔法が使えたらと思うけど、そうもいかないんだよなぁ……」


 そも、魔法は国が支配する絶対的な力であり、国に認められた者にしか教授されないのだ。絶対的に魔法使用者が少ないうえに、魔法をセピアたち悪人に教えるような輩ははなから国に認められてなどいない。いっそ国から魔法に関する情報を奪ってしまえばとも思ったのだが、それは『リーダー』が許してはくれなかった。まぁいくらセピアといえど、国に喧嘩を売るほどの力はないため、実現しようなどとは初めから思っていなかった戯言だが。


 《アカノメ》には魔法を一つだけ使える唯一の人物がいるのだが、そいつに関してもどこでどうやって覚えたかは謎で、セピアたちに教えることもできないのだという。


「あーあ……どうしようかなぁ」


 この状況に半ば嫌気がさしつつも、エルを手っ取り早く起こす方法を考えるセピア。

 パッと思いつく方法と言えば、水をかけたりビンタしたり大きな音をだしたりだが、エルは疲労困憊。正直ちょっとやそっとのことでは意識を取り戻さないだろう。いっそ、この場にもう一人別の人間でもいてくれれば済む話なのだが……。


「はぁ……とりあえず片っ端から試してみ――」


 ため息をつかながらも、ふらふらとその場から歩き出そうとした瞬間――。




 ――強風が、セピアの前髪を揺らした。


「何が……。ぁ!?」


 突然のことに疑問を抱くセピアだったが、その表情はすぐに驚愕へと変わっていった。


 黒い髪に黒い瞳。やや不健康そうな白い肌に、女のような細身の体型。その身を包むのはこの世界の服装であり……見間違えるはずもない。つい先程までエルとともにセピアに向かってきた、この世界の人間だ。その細い腕には、たった今まで地面に倒れていたエルの姿が見える。俗に言うお姫様抱っこだが、今はそんなことどうでもいい。


 黒木玲。

 玲は、セピアが狙った女を連れて逃げていったはずだったのだが……一体なぜ戻ってきたのか。まさか、エルを助けに来たとでもいうのか。戦闘のせの字も知らないこの世界の人間が……?

 しかし、今のは一体何だったのだろうか。一瞬、ほんの一瞬セピアが目を離しただけで、玲はエルをその腕に抱きセピアの数メートル離れた位置に現れた。これが玲のやったことだとすれば、馬鹿げている。どう見ても、この世界の人間の身体能力ではない。いや、向こうの世界の人間でもいないだろう。


「……くくく」


 セピアは、額を流れる汗を拭い、驚愕の表情をどうにか笑みに変える。

 もう一人人間が欲しいと思っていたところに現れた人間。たった今の身体能力も気にはなるが、きっと何か別の理由があるのだろう。この世界の人間があれほど速く動けるずがない。であれば、玲はセピアにとって好都合の存在なのだ。

 セピアは、未だに内心驚愕と疑問を隠せないながらも、どうにか余裕ぶった態度を示す。


「……ねぇ、君何しに来たの? さっきは逃げたのにさぁ。ていうかそれ返してくれる? 僕それがないと困るんだけど」

「…………」

「だんまりか……まぁいいや。君一人に何ができるのかな? たかがこの世界の人間ごときにさ。さっきだってその金髪メイドと一緒にならないと勝てなかったじゃないか。それが、僕に勝てると思ってるの?」


 セピアが話しかけるも、玲はセピアに視線すら寄こしはしない。そんな態度に、セピアは頭に血が上っていくのを感じる。

 落ち着け……。この世界の人間ごときに怒るなど、そんな無駄なことはしない。自分では計り知れない現象を少し起こされたからって、そう慌てることもない。どうせ負けやしないのだし、いつも通り落ち着くのだ。

 セピアは深く深呼吸をし、何とか自分に言い聞かせる。


 すると、玲は初めてチラリとセピアに視線をやった。その瞳は酷くくまがついたもので、正直何を考えているのか分からない。玲は自分より大きなエルを抱き直すと、少しばかり身を沈める。ついに動くか……セピアは目を細め、少しばかり警戒する。そして――。


「え……」







 玲は、全速力で逃げていった。


 

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