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天才引きこもり少年の女子攻略  作者: 太田裕
エルローレ編
48/59

セピアの力



「え……」


 たった今赤塚が放った言葉に、玲は唖然とする。

 聞き間違い……はないだろう。この場の雰囲気と、何より赤塚の表情がそれを物語っている。であれば、赤塚は本当にあの言葉を口にしたことになる。よりにもよって玲に向かって、だ。



 ――好き。



 あまりにもあり得ない言葉。

 確かに玲は赤塚に好意を持たれるのが目的だったのだが、セピアの介入により結果として中途半端のまま中断してしまっていた。確かに、玲と赤塚には直接会う以前から《ゼロ》と《レッド》というネット上での繋がりはあったし、赤塚の過去についても本人の口から直接聞かされた。赤塚の人間不信ぶりを考えれば、それなりに信頼はある方だろう。しかし、それと恋愛感情による好きは全くの別問題だ。何より、赤塚の性質上そう簡単人を好きになるとは思えない。玲と同等かそれ以上に人間不信で人間恐怖症である赤塚が、自分以外の他人に心をゆだねようなどと思うはずがない。

 他人を信じることの愚かさや怖さは赤塚も十分に理解しているだろうに……一体なぜ。


「え、えっと……」


 玲は、赤塚の告白の理由を必死に考えながらも、同時に赤塚に対する返事も脳をフル回転させて考えていた。

 好き……という言葉に対する返事といえばイエスかノーの二択だが……赤塚の真意が掴めないこの状況では安易に返事を出すのもためらわれる。とはいっても、赤塚を見れば、理由はどうあれ真剣であるのは伝わってくる。玲としても、真剣に答えなくてはいけないだろう。


 しかし……正直付き合うという考えは、玲の中には存在しえない。これに関しては赤塚云々の話ではなく、玲自身の問題なのだが……赤塚を異性として好きと言えないのは事実だ。こんな気持ちで赤塚の告白を受け入れるのは、赤塚を酷く傷つけることになるだろう。理由は不明だが赤塚は玲に対して多少なりとも心を許してくれているらしいが、赤塚の心はきっと玲動同様酷くもろいものだ。些細なことがきっかけで、赤塚が今までのように、いや、一度心を許した分更に深く殻に閉じこもってしまうこともあり得る。そんな赤塚に対して嘘で答えるのは……最悪で最低の選択だ。第一痛みを十分理解している玲自身が、そんな選択肢を選べるわけもない。


 ならば、今は待ってもらうしかない。せめて、玲の心の中が整理できるまで……きちんと赤塚を恋愛対象として捉えることができるようになるまで。


 赤塚にとっては一世一代の告白だ。それに対し、返事を保留で返すのはあまり気が進まないが……。

 玲は躊躇いながらも、その重い唇を開こうとする。しかし。


「……別に、今すぐ返事が欲しくて言ったわけじゃない」


 ずずっと鼻をすすり、流れる涙を袖で拭いながら赤塚は言った。


「ただ……私はあなたが好き。それをあなたに知ってもらいたかっただけだから」

「……赤塚」


 赤塚から再び発せられた『好き』という言葉に、玲は心臓がドクンと跳ね上がるのを感じた。

 見れば、涙の止まった目は真っ赤に充血し、頬には涙の跡が残っている。初めて見た、感情の昂った赤塚の姿。感情の昂りからなのか、はたまた別の理由なのかは不明だが、赤塚の方は小刻みに震えている。

 そんな姿を見てしまえば、玲はもう押し黙るしかない。

 お互いに言葉を発さず、若干気恥ずかしい沈黙がその場を支配する。


 ――と、そんな重苦しい沈黙を破ったのは、玲でも赤塚でもない。空気が読めないように見せかけて実は空気がよく読める、非常に優秀なリィだった。……リィ、ナイス。


「で、じゃ。これからどうするのじゃ?」

「あ、あぁ……とりあえず、一刻も早くエルを助けに行かなくちゃならない。エルのことだから簡単にはやられないだろうけど、セピアの能力はまだ分かってないし……」

「そうじゃ。お主はエルを助けに行ったはずじゃったが……どうなったのじゃ?」


 エル、という名前に敏感に反応するリィ。

 玲はゴホンと空気を変えるように咳払いをしてから、リィと別れた後のことをリィにかいつまんで説明した。途中からしか知らない赤塚も、ところどころ分からないところはあるだろうが重要なことだと思ったのだろう。どうにか自身で解釈しながら聞いていた。


「そうじゃったか……やはりエルが。妾ももしかしてとは思っておったが」


 一通り話を聞き終え、その小さい体躯に見合わなく額に手を当てるリィ。

 エルとリィは、お互い幼いころからの知り合いなのだという。本人は否定していたが、二人は親友と言って間違いない関係だろう。それは普段の二人の様子を見ていても分かる。とはいっても、普段二人は喧嘩ばかりしているが……。エルが玲の家で介抱されるようになった当初は怪我の事もあり遠慮していたのだろうが、エルの調子が少しばかりよくなってきた辺りから調子を取り戻したのかちょくちょく言い合いをしていた。まぁ、喧嘩や言い合いとはいっても、エルの冷静な言葉にリィが歯噛みする結果になるだけなのだが。


「…………」

「……お主が気に病むことではない。きっとエルならば、何を言っても聞かんかったじゃろうしな」


 と、玲の沈黙を悟ったリィが、珍しく慰めてくる。

 確かに、エルはあの場で玲が何を言っても聞かなかっただろうし、赤塚を助けるには一番早く確立のある方法だった。とはいえ、最終的に判断を下したのは玲だ。どれだけ聞こえのいい言葉で飾ろうと、玲が行ったのは見捨てに他ならない。リィの親友を、玲が見捨ててきたのだ。

 

 それなのに、リィは玲に恨み言の一つも言いやしない。

 玲は親友という存在がいないためリィの感情を全くそのまま理解してやることはできない。しかし、大切な人を囮に使われたのだ。玲からしたら、腸が煮えくり返りそうになる。知っていたはずなのに。大切な人を失うということがどういうことなのか、玲が一番わかっていたはずなのに……玲は今、それをリィにも味合わせようとしているのだ。……あんなもの、二度と味わいたくないし、味合わせたくもない。


 リィには玲を罵る権利がある。いや、そんなものでは済まされない程、玲のしたことは許されざることだろう。だが、リィは至って普通だ。怒りも、恨みも、ましてや心配すらその表情には浮かんでいない。


「何で……」

「ま、信じておるからの」

「信じてる?」

「うむ。あやつの図太さをの。あとはまぁ、あやつは強いからの。妾もあやつの本気を見たことはないが、どこの馬の骨とも知らん輩にあやつは負けん」


 リィの言葉に、玲は口を閉じることしかできなかった。

 信じる……玲には絶対に出てこない発想だった。いや、発想そのものは出てくるし、無論その意味も分かっている。しかし、理解ができないのだ。人を、他人を信用するなど、玲には到底理解できない。どれだけ親しかろうが関係ない。人を信じるということは、裏切りや失望が付いて回るということだ。そしてその先に待ってるのは、絶望のみ。自分すら信用できない玲が、他人を信じることなどできるわけがない。


 だが、なぜだろう。

 リィとエルを見ていると、不思議と絶望など無縁のように思えてくる。リィがエルを信じているように、無論エルもリィを信じているだろう。そのお互いがお互いを結ぶ信頼という繋がりは、玲からすれば酷くもろく脆弱にしか感じられない。現に今まで信じあっているであろう人たち、例えばカップルや先生と生徒、親や兄弟なんかを見ても、玲は心が寒くなっていくのを感じるだけだった。しかし、この二人に関しては違う。二人を知っているからなのか、その繋がりは細くも決して消えない強さを感じさせる。


「…………」


 玲は、チラリと赤塚の方を伺う。

 見れば、リィを見やる赤塚の瞳には懐疑や疑惑といった感情は一切宿っていなかった。リィの信じているという言葉を理解し、肯定するような強い眼差し。玲はそんな赤塚に対して眉をひそめる。

 赤塚……何かあったのだろうか。上手く口にすることはできないが、赤塚の雰囲気というか様子というか、玲と別れる以前とは何かが変わっている気がする。無論根拠はないし、玲の勘違いだという可能性もあるが……しかし、玲には赤塚が何か決定的に変わったように感じた。


「…………」

「玲……?」

「いや、何でもない。それより、こうして赤塚を避難させられたし、急いでエルを助けに行かなくちゃいけないわけだ。赤塚、俺が気を失ってからどれくらい経った?」

「えと、十五分くらい、かな」

「十五分か……」


 状況によるが、極限の勝負の中では、十五分などあまりにも長すぎる時間だ。エルとセピアの決着がついてのであれば、もうすでに終わっているだろう。しかし、二人の実力差的にはエルの方が上だ。エルがセピアを倒し、セピアが復活する、というある意味ループを繰り返しているのだとすれば、まだ続いている可能性の方が高い。今から急いで向かえば、十分に間に合うだろう。


「なら、今からでも急いで」

「待つのじゃ」


 急かして言う玲を、リィがピシャリと制する。


「何だリィ……?」

「そう急ぐでない。セピアの力が不明な以上、いくら手数を増やしても変わりはせん。現にお主とエル、二人で戦っても倒すことができなかったのじゃろう?」

「だけど……」

「何を焦っておるのじゃ。お主らしくもない」

「…………」


 リィの言葉に、玲は強く歯噛みする。気づけば、玲の額をツーッと一粒の汗が伝っていった。

 焦っている? そんなことはないと否定しようとする玲だったが、一度落ち着いてみればわかる。自分が焦っているというのは、受け入れざるを得ない事実だった。問題点をリィに指摘されている時点で否定しようにもできない。しかし、焦る理由など……。


 考えるも、思い当たる理由など一つしかない。無論エルだ。

 リィは、エルを信じていると言ったが、玲は信じていない、いや、信じたくとも信じられないのだ。エルが殺されるかもしれないという考えが、無意識のうちに玲を焦らせている。当然だ。人の命がかかっているのだから。


 とはいえ、それだけで状況が見えなくなるほど玲は馬鹿ではない。紫尾一五大有名人という不名誉な称号を与えられる程、玲は冷静沈着頭脳明晰な人間だ。ではなぜ、そんな玲ですら焦っているのか。いや、玲だからこそというべきか。大切な人を失う絶望と恐怖。それを知っている玲だからこそ、そうなりうる状況下で、リィに同じ絶望を与えないようにと玲の焦りを助長させているのだ。

 

「く……」


 つい先程見たくもない夢を見せられたからだろうか。

 当時のことがいつもより鮮明に思い起こされ、同時にどうしようもない喪失感、虚無感、絶望が玲を襲う。

 そう、そうだ。玲はこれを、リィに感じてほしくない。だが、それだけじゃない。エルを失い、絶望するリィを見たくないのだ。そんなリィを見てしまえば、きっと玲はリィに当時の自分を重ねてしまうことだろう。自己嫌悪や同族嫌悪といったものに近いかもしれない。当時の玲自身を見ることが、玲にとってはとてつもなく怖いのだ。心の奥に隠し続けてきた感情が、また表に出てしまいそうで……。


「落ち着くのじゃ。この状況を打破する方法が必ずある。お主になら、それが見つけるれるはずじゃ」

「リィ……」


 玲にまっすぐ向けられる瞳。それは、とても純粋で力強く……思わず背けたくなるのをこらえ、玲はリィの瞳をジッと見据える。


 そう、そうだ。焦ってもいい結果など出るはずがない。前だってそうだったではないか。彼女の危機に焦った結果、周りが見えていなかったのだ。冷静に対処すれば、どうにでもできたはずなのに。そして、それは玲にならばできたはずなのに……。


「お前にそんなこと言われるとはな……」


 まさか、リィに気づかされることになるとは。ダメだな……。

 そう思いながらも、玲の口元は自然と緩んでいた。先程まで流れていた汗も、ドクドク鳴っていた心臓も、思考を遮るように燻っていた靄も、今や嘘のようになくなってしまった。驚くほどクリアな思考。

 玲はゆっくりと瞳を閉じると、一度長く息を吐いた。


 リィの言うように、ただ闇雲に向かって行っても同じことの繰り返しだ。今重要なのは、エルを早く助けに行くことではない。どうやってエルを助けるかだ。セピアだって万能じゃない。何か、この状況を打破する方法があるはずだ。それを、何としてでも見つけ出す。


 玲は、今までのセピアの行動、言葉、その全てを思い起こしていく。

 不可解な点が必ずあるはずだ。つい十五分程前に見つけた小さな違和感、それをもう一度掴むべく、玲は脳が焼き切れんばかりに思考を巡らせる。


 セピア、子供、魔獣、爆発、心臓、回復、狂気、エル、血、ナイフ、嗤い、嘲り、笑み、余裕――。


「――」


 ふと、玲の脳内に一滴の雫が落ちた。

 微かな違和感。玲はそれを頼りに、思いつく限り全ての場面において、そっくりそのまま脳内で再生する。注目すべきは、セピアが何か行動、あるいは事象を起こすタイミング。そこには何かしらの共通点が……。


「……そうか」


 一見セピアの異能とは何の関係もなさそうな小さな違和感。だが、見つけた。

 玲は、小さく息を吐く。これがセピアの異能と結び付けられるかはまだ不明だ。だが、玲にはこれが不思議と重要なことである確信があった。

 玲の見つけた違和感、それは玲がセピアの異能だと予想した、セピアがあり得ない事象を起こした時のこと。




 ――そう、セピアは異能と思われる事象を起こす際、必ず言葉を発しているのだ。





『この手の中に、君の心臓があったら、どうする?』

『――ねぇ』

『とはいっても、あんまり血が出すぎると死んじゃうし、とっとと回復しようかな』

『この血が僕の身体を通り抜けたとしたら、どうなるかな?』



 一見狂気じみているセピアのことだ。これから起こることを言葉にして、楽しんでいる場合だってある。しかし、奴も万能ではないはず。現に、クロという乱入者に助けてもらわなければ、あの場でセピアを捕らえられていただろう。言葉なんかを発して、隙を作ってしまえば、それこそ命取りになる。奴は、それを分かっていない程馬鹿ではない。

 となれば、事象を起こす前に言葉にする理由があるはずだ。そうせざるを得ない何かが……。


「……なぁ赤塚。異能にもゲームみたいに、効果が絶大になれば程発動条件があったりすると思うか?」

「……? 私は異能についてはよく分からないけど、あるんじゃない? だって、あなたの異能にも面倒な条件があるんでしょ? 他人の異能が奪えるなんてチート能力だし、あなたの異能を例にとるんだとしたら、あり得ない話じゃないと思うけど」

「だよな……」


 玲の質問に、赤塚は首をかしげながらも冷静に答える。

 玲の異能『能力奪取』は、効果だけで言えば赤塚の言う通り正真正銘チート能力だ。だがしかし、それには相手を惚れさせたうえでのキスという最悪の条件がある。ゲームなんかでもよくある話で、チート能力が無双して、ゲームバランスが崩壊しないように、能力発動にはそれなりに面倒な条件が指定されていたしする。

 セピアの異能は、恐らく複数の事象を引き起こせるもの。玲程ではないにしろ、十分に強力すぎる力だ。もし、セピアの力にも何か条件があるのだとしたら……。


「……起こる事象を言葉にすることが条件……?」


 至った思考を言葉にするも、玲は納得のいかないように低く唸る。

 線としては悪くない。しかし、言葉にするだけであれば、わざわざ敵に聞こえるように言う必要はない。その上、セピアの発した言葉の中には、事象を詳しく語っていないものもある。

 であれば、言葉にすることが条件ではなく、言葉にすることで起こりうる何かが条件となっている可能性だが……。


 と、そこで玲はあることに思い至る。

 セピアと戦っている際には気にもしなかったが、今思えばおかしい点が一つ。発動条件云々はさておき、セピアは今まで、自分で異能を使ってきた。それは、自身の異能なのだから当然だ。しかし、セピアの異能により起きた事象を考えれば、少しばかり不可解なことがある。それは、玲が想像した通りになったことだ。まるで、セピアの異能を使っているのがセピア自身ではなく、玲であるかのように。

 あの力はあくまでセピアのものだ。故に、玲が想像したこととは多少なりとも差異のあることが起きても不思議ではない。いや、むしろその確率の方が高いのだ。あまりにも出来すぎている……。


 セピアの起こした事象が、玲の想像した通りになる。

 であれば、そもそもなぜそんな想像をしたかだが……決まっている。無論、セピアが口にしたからで――。


「!? ま、まさか……そういうことか……」

「何かわかったのか?」

「あぁ……」


 そう。玲が想像したのは、セピアが起こる事象を口にしたから。誰もが起こるかもしれない事象の話をされたら、想像せざるを得ないだろう。つまり、セピアが言葉を発するのは、リスクを冒してでも玲たちに起こそうとする事象を想像させなくてはいけないから。そして、目的が想像させることであれば、必ずしも言葉にする必要はない。元々狂気に満ちたセピアが相手だ。奴がニヤリとするだけで、最悪な事柄を彷彿させることも容易いだろう。


 つまりセピアの異能は――。




 

「――相手の想像した事柄を現実にする力」

 


 

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