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天才引きこもり少年の女子攻略  作者: 太田裕
エルローレ編
43/59

小さな違和感


「セピア……!?」


 目の前でゆったりと立つ少年、セピアを見て、玲は鋭く息を呑んだ。隣からも、エルの驚愕が伝わってくる。

 なぜ……。

 その疑問が頭の中を走るが、小さくかぶりを振るとすぐに頭の隅に追いやる。理由はどうあれセピアがこうして立っているのは事実。ならば、考えるのは後だ。玲はすぐにでも動けるよう、セピアを注意深く見やりながらその細い拳を構える。


「何をした……気をとり戻すには早すぎる」


 エルが、その鋭い瞳で油断なく相手を射抜く。

 しかし、相も変わらずセピアはエルの視線などもろともせず、肩をすくめながら軽い調子で言う。


「さぁ? 僕はただ気を失ってただけっぽいし、気づいたら意識があったんだよ。僕が何かしたわけじゃない。まぁ、何ができるわけでもないんだけどね」

「ならば一体……」


 確かに、セピアは気を失っていただけだ。いくらセピアとはいえ、無意識下で何かをできるほど万能な力は持っていないだろう。というより、持っていないことを願うしかない。

 となれば、セピア以外の要因だが、失っていた気を取り戻させるほどの何があったわけでもない……。

 玲には素早すぎてよくは分からなかったが、エルの手刀は相当な威力だっただろう。それこそ、セピアを気絶させるほどの。精神的ダメージによる気絶ならばまだしも、肉体的なダメージによる気絶ならば、しばらくの間は気絶したままなはずだ。ちょっとやそっとのことでは目を覚ましたりはしない。そんなセピアを起こす方法など限られてくるわけだが……。


「まさか……」


 と、頭をよぎった予想に、玲は思わず声を出す。

 前述の通り、セピアの気を取り戻させるためには、必ずセピア以外の外的要因が必要になってくる。しかし、無論玲とエルは何もしていない。むしろ、セピアからは距離を取っていたのだ。それはなぜか。そう、あの黒衣の人物、クロがいたからだ。そして、クロはセピアに寄り何かをしていたはずだ。

 確か、首元から額まで指を這わせた後、二本の指で軽く頬を小突いた。とてもセピアが起きる原因にはなりえないような事柄だが、今はそれ以外に考えられない。となると、セピアを起こしたのはあのクロということになるが……しかしなぜ?

 やはり、あのクロはセピアたち《アカノメ》の仲間だというのか?


 玲はたった今見たばかりの人物を、必死に記憶の中から引っ張り出す。不思議だ。今の今まで見ていたはずの姿なのに、ぱっと姿を思い浮かべることができない。思い出せるのは、黒い何かだけ。恐らく黒衣であるだろうそれ以外は、記憶が掠れるように薄くなっていく。いくら存在感が薄い、といってもこれは異常だ。


「んー、何か不思議な感覚だなぁ……。体全体がビリビリするっていうか、痺れてる感じ? それに、痛みもほとんど感じないし」


 そんな呑気な声とは裏腹に、エルにつけられた傷口は痛々しく肉が露出し、おどろおどろしい鮮血が流れていっている。痛みを感じない、というセピアの言葉は本当なのだろう。もしも痛覚が存在したのならば、あれほどの傷、想像もできない程凄まじい痛みとなっただろう。しかし、当の本人はどこ吹く風。これも、あのクロがやったことなのか?


「とはいっても、あんまり血が出すぎると死んじゃうし、とっとと回復しようかな。ねぇ? 二人とも」

「……く」


 ふざけるように語り掛けてくるセピアの言葉に、エルは強く歯噛みした。やはり、セピアには何等かの回復方法があるのだろう。それも、あれほど深く、体ごと貫かれた傷をも癒せる程強力なものが。

 

「ほいっ!」

「――な!?」


 と、玲は驚愕に目をむいた。

 ほんの一瞬の出来事だった。玲がコンマ数秒にも至らない程短い瞬きをした瞬間、セピアの体に傷というものは存在しなかった。べろんと皮がむけた皮膚も、抉られた肉も、真っ赤な鮮血も、玲の視界が真っ暗になったその一瞬のうちに全て消えてなくなってしまったのだ。そう、まるで傷のない状態が上書きされたかのように、一瞬で回復して見せた。

 もはやこれは、回復能力云々の次元ではない。玲も通常に比べればいささか異常な治癒能力を持ってはいるが、それとは比較にならない程の力。傷を治す、傷を癒すのではない。傷そのものをなかったものにするかのような次元だ。


「さぁて、回復もしたことだし、とっとと片づけて帰らないとなぁ」


 そう軽い調子で言うセピアは、敵を前にしているのにもかかわらず、ぐうっと背伸びをして見せる。どこからどう見ても隙だらけで、絶好の攻撃の機会。しかし、玲はもちろんエルも攻撃を仕掛けるようなことはなかった。それが、どれだけ無駄なことであるかがすでに思い知っているからだ。

 すると、セピアはそのまん丸い瞳でエル、続いて玲を舐めるように見る。そして。


「ははっ、まずは君からにしようかな」

「……!」


 薄気味悪く笑みを浮かべるセピアに、玲は全身に走る寒気を必死に抑えた。


「しかし、結局君は誰なのかなぁ。もはや関係者なのは疑いようもない事実だけど……見る限りじゃこっちの世界の人間っぽいし」

「……」

「うーん、まぁいいか。どっちみち殺すことになるんだし」

「させると思うか!」


 と、薄ら笑いを浮かべながら玲に向かって掌を向けるセピアの前に、素早くエルが立ちふさがった。

 セピアの距離とエルの距離とは数メートル離れており、一見お互いが一定距離を保ち牽制し合っているように思える。しかし、セピアに関してはそうではない。玲にとっては数時間も前のことに感じるが、実際には数分程前、セピアは玲の心臓を一瞬で奪って見せた。それこそ玲には触れず、一定距離離れた場所から、一切の予備動作なしに、だ。恐らく異能であるそれは、まさに今のセピアの態勢から容易に行えるだろう。玲は『不死身』の異能を持ってるためいくら心臓を取られようが生きていられるが、もちろんエルはそんなことはない。

 まずい、と玲が思うも時すでに遅し。玲が声を上げるよりも先に、セピアがその笑みをより一層邪悪なものに変え、手のひらに力を込めた。そして、その掌の中には――。


「……?」


 ――何もなかった。

 

 眉を寄せる玲をよそに、セピアはしばらく自分の掌をじっと見つめると、やがて幼さの残る声で唸りながらその手を下ろした。もちろん、何もせずに腕を下ろすセピアにエルは懐疑の視線を向け、警戒を強める。


「そういえば、君は心臓を奪って潰しても生きてたんだよねぇ……どういう仕組みかは知らないけど、奪ったのは確実に君の心臓だったはず。……やっぱり、直接この手でやったほうがいいかなぁ。念のために、ね」

「何をぶつぶつと……」

「何でもないさ。じゃ、とっとと始めようか。――ねっ!」

「なっ!?」


 決して油断していなかったわけではないだろう。いや、むしろ対峙するのはゼピアだ。最大限の警戒をしていたはずだ。それでも咄嗟の事に反応が遅れてしまったのか、エルは突然飛び出したセピアに通過を許してしまう。

 エルをするりと躱してこちらに向かってくるセピアは、その華奢な拳を緩く握り、玲に繰り出してくる。


「くっ!」


 しかし、玲は間一髪のところで何とか防ぐ。

 その後も飛んでくる攻撃に対して、玲は『身体能力向上』の異能でどうにか対処する。素早い連撃に対し、冷静に見極め、それでも凡人の目では追えない攻撃は異能により上がった反射神経と感覚でどうにか対応していく。右腕、左拳、右脚、右ひじ、できるだけ最小の動きを心掛け、どうにかこうにか攻撃を防いでいく。

 

 そして、玲はセピアとの攻防にだんだん慣れていくにつれて、少しずつ身体の強化度合いを増していく、初めはセピアの攻撃を対処するので精一杯だった玲の腕は、徐々にセピアの動きについていき、さらには若干上手に回る。そうしているうちに、いつしか玲の身体はセピアの攻撃を予測し、事前に防御するまでに至っていた。完全なる先読み。


「ここだっ!」

「あぁっ!?」


 そして、玲はタイミングを見計らい、セピアの細く白い腕をつかみ拘束する。

 ここで、ようやく自身が後手に回っていたことに気づいたセピアが、力ずくで玲の拘束を解こうとするが、元々の対格差がある上に『身体能力向上』により強化された玲の拘束から逃げられるわけはない。


 しかし、玲がセピアを拘束していれば玲はセピアを攻撃することができない。腕を使わずとも相手を攻撃できるであろう異能を持つセピア相手には完全なる悪手だ。が、玲がそんな馬鹿な真似をするわけもなく……。


「今だっ! やれ、エル!」

「えっ!?」


 背中ががら空きになったセピアの後ろには、空中に無数の血弾を浮遊させるエルの姿があった。そんなエルを見て、玲は口元を吊り上げ、セピアは目を見開く。拘束を解こうとするセピアの力が増すが、無駄なことだ。


「散々てこずらせてくれたようだが、これならさすがに避けられまい。死ね……!」


 エルが言うと同時、浮遊する数多の血弾は一斉にセピアめがけて放射された。その速度は銃弾が如く、人間の肉体など豆腐のように簡単に貫通してしまう。真っ赤に染まった弾丸が、徐々に速度を増しながらセピアと玲に迫りくる。

 そんな光景を見ながら、セピアはふと慌てる表情を消し、口元を吊り上げて見せた。


「……?」

「ねぇ……」


 そして、セピアはそっと口元を玲の耳に寄せてくる。

 ゆっくり、ゆっくりと唇を動かし、言葉を紡いでいった。


「もし、さ。この血が僕の身体を通り抜けたとしたら、どうなるかな?」

「……は?」

「ははっ、血が僕を通り抜け、通過し、僕を押さえたままの君に一直線さ」

「そんなことが可能だと……?」


 馬鹿げている。

 セピアの呟きに対し、玲は即座にそう結論付けた。もし、そんなことが可能なのだとすれば、セピアは透過系の異能すら持っていることになる。そうなれば、もはやセピアの持っている異能の数は憶測することがバカらしくなる。とはいえ、透過すらも成す一つの異能というのももはや想像もつかない。


 しかし、だ。玲の頭の中を、今セピアが語ったような事象が形となって駆け巡る。

 無数の血弾が雨のように降り注ぎ、セピアの華奢な体をないものかのように通り過ぎていく。そして、セピアを押さえるようにする玲は咄嗟に身動きを取ることができず、数多の深紅がまた新たな深紅を生み出し――。


「――っ!?」


 気づいたときには、玲はセピアを離して咄嗟に横に飛んでいた。『身体能力向上』を脚に使い、全力で。

 しかし、自由の身となったセピアは一ミリたりとも動く様子を見せず、その場にじっととどまっている。そうしている間にも、エルの放った血弾はセピアに吸い付くように接近し――。


「なっ……そんな馬鹿な!?」

「っ、なんで……!?」


 まさに、たった今セピアが口にし、玲が思い描いた光景がそこにはあった。

 三十を超える血弾はじっと立ったままのセピアを通過し、今さっきまで玲がいた場所をも空を切っていく。


「……」


 ゾクリ、と背筋が震えるのを感じた。

 煙を立て、血弾により深く抉られた地面。あれほどの破壊力、もしも玲が即座に回避しなければ易々と体を貫いていただろう。セピアをないもののように通過した血弾によって。


「お前、一体何者なんだ……」

「さぁ? よく考えてみなよ」


 けらけらと笑うセピアに、玲は強く拳を握りしめることしかできない。

 見ると、今すぐにでも動きたいであろうエルも、動くに動けずその場に立ち尽くしている。しかし、それも無理はない。今となってはセピアにまともに攻撃が当たるかどうかも怪しくなってしまったのだ。それは、セピアを無視した血弾を見れば明白。


 しかし、完全に攻撃が当たらないということはないだろう。セピアは先程、玲の拳やエルの攻撃などを受けていた。もし透過し攻撃を透かすことができるのだとすれば、先程攻撃を受けることはなかったのだ。

 透過するには条件があるのか、それともやはり『透過』という効果を持つ一つの力ではないのか……。


 魔獣を操る。心臓を取る。爆発を起こす。そして、透過。

 今までセピアが起こしてきた、異能によるものであろう事象を今一度並べてみる。しかしながら、やはりこれらに似通った点はない。

 玲はセピアに注意を向けながらも、必死に自慢の頭脳を回転させ、考える。今までのセピアの行動、言葉、態度、挙動、そして起こった事象。それらを記憶の中から一つ残らず引っ張り出して、脳内で再生していく。何か、何でもいい、正解にたどり着くためのヒントを……。


「……ん?」


 と、玲は思わず声を漏らした。

 何か確実なものがあったわけではない。しかし玲の脳に、何か言葉には表せない小さな違和感がくすぶったのだ。それはあまりに小さなものだったが、自然と玲は放っておいてはいけないもののように感じた。


 ほの小さな違和感。

 玲はそれを頼りに、再度記憶をあさっていく。脳が焼き切れてもいい。セピアの全てを、一挙所一挙動を完璧に見逃さずにとらえていく。

 何度も確認し、考え、無関係なものは即座に排除。無数にあった記憶は一つ一つと消えていき、いつしか記憶の数は確実に減ったいた。この中には、何か関連性があるはず。玲は残った記憶に手を伸ばし、違和感の正体を――。


「――ん?」


 と、唐突に発せられたセピアの声が玲の鼓膜を震わせる。

 瞬間、玲の意識は完全に現実に引き戻され、それまで焼き切れる勢いで回転していた脳が、答えに確実に近づいていた思考が、完全に霧散していく。

 気づけば、集中するあまり感じていなかった風が髪を揺らし、現実が眼球を通して脳内に入ってくる。


「くっ……」


 玲は見失った記憶の鍵を今一度見つけようと記憶を探るが、一度泡沫のように消え去った思考は再び現れることはなく、玲の中で焦りと後悔が渦巻くだけだった。せっかくの、唯一の光明が閉ざされてしまった。玲は惜しむように唇を噛む。あまりに力が強すぎたか、唇は切れ薄っすらと血が滲んでいた。

 しかし、すぐにふるふると頭を振って思考切り替える。すでに消えたものに縋っていても仕方がない。玲は唇に滲む血を拭き取ると、セピアの方を見やる。


 しかし、当のセピアは玲ではなく、その後方に視線をやっているようだった。その表情には若干の驚きが見て取れる。少々訝しみながらも、玲はセピアの視線の先を辿る。と。


「なっ……赤塚!?」


 そこにあった姿に、玲は思わず声を上げる。

 瓦礫に隠れるようにしてこちらに視線をやる童顔で小柄な少女、それは間違いなく赤塚早希だった。少し前まで一緒にいたのだ。見間違えるはずもない。一瞬幻覚を疑う玲だったが、玲の声にビクリと肩を震わせる赤塚は本物にしか見えない。


 ――なんで。


 そんな疑問が脳裏をよぎるが、玲は即座にそれを振り払った。

 嫌に冷たい汗が、玲の額をツーと伝っていく。握る拳には汗がジワリと滲んで……。


「……まさかっ!?」


 その考えがよぎると同時、反射的に見やったセピアの口元は悪魔のような笑みを浮かべていて――。


 

「逃げろっ! 赤塚ぁ!」


 

 セピアと玲は、同時に地を蹴った。



何だか一話で話が進まずグダってきてるような……。

もっとすぱっと進めたいんですけど……。

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