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天才引きこもり少年の女子攻略  作者: 太田裕
赤塚 早希編
35/59

異質な子


「はぁ……待たせたか? 赤塚」


 肩が、驚くくらい上下に運動している。

 脇腹が痛い。灰が酸素を欲している。呼吸が荒い。汗が、額から頬を伝う。足が小刻みに震え、今にでも力が抜けてしまいそうだ。満身創痍……は、死を経験している玲からすれば大袈裟かもしれないが、玲にとって限界状態なのは違いなかった。


 それでも、玲はまっすぐに赤塚を見据える。

 どれだけ限界状態であろうとも、人とのコミュニケーションが苦手でも、そうしなくてはならない状況というものがあるのだ。

 と。


「っ!?」


 今まで背中を見せていた赤塚だったが、不意にクルリとこちらに向き直ったかと思えばそのままこちらに突撃してきた。それも、両手を広げて。


 ドサッと小さく華奢な体が玲の胸に収まる。

 赤塚の突撃に、玲が震える脚で何とかこらえると、赤塚の細い両腕が玲の背中に回された。

 よくは分からないが、どうやらこの状況、抱きつかれているらしい。


「お、おい赤塚……?」


 突然のことに困惑する玲。赤塚に視線を送るも、赤塚は玲の腹部に顔をうずめており、気づく様子がなければ抱擁を解く様子もない。玲はしばし視線を彷徨わせるが、さすがに無理やり引きはがすわけにはいかないので、されるがままになる。

 もし、ここで玲ができる男であるならば自らも抱き返していただろうが、残念。玲はそんなに器用な男ではない。今も、心臓がバックバックで破裂しそうなくらいだ。とてもじゃないが、そんな余裕はない。


「……ぐすっ」


 泣いているのだろうか?

 鼻をすするような音が聞こえ、玲は更に困惑する。

 相手に余裕がないと分かったからだろうか、わずかながらにも、玲に余裕ができる。それでも心臓バクバクなのに変わりはないが。


「…………ん」


 玲は、少し迷った後、ゆっくりと赤塚の頭を撫でてやる。周囲にはたくさん人がいるが、今更だ。割り切るしかない。


 これにはさすがの玲も、どうかなと思った。

 頭を撫でるなど、同年代の女子にするような行為ではないだろう。それでも、赤塚が小さいからか、半ば無意識的に手が出てしまった。昔は、妹にもよくやっていたし、最近はリィもいるし、頭を撫でることが若干玲の癖でもある。まあ、滅多にしないが。する相手もいないし。

 それでも、こういう状況、もっと気の利いた対応というものがあるだろう。……不器用な玲には思いつかないが、それでも頭を撫でるのが不正解なことぐらいは分かる。子供扱いしすぎだ。年頃の女子は、髪を異性に触らせたくはないというし。


 だが、意外に赤塚は何の抵抗もしなかった。

 単に抵抗する力が余っていないだけかもしれないが、それでも、玲は撫でるのを止めなかった。大切なものを扱うかのように、ゆっくり、優しく、丁寧に。


 それから、どれくらい経っただろうか。

 内心パニック寸前の玲には、短くも長くも感じた時間。しかし、赤塚が落ち着くのには十分だったのか、ゆっくりと玲から離れる。


「……」

「……」

「……」

「……」


 沈黙。正直に言おう、超恥ずかしい。

 半ば無意識とは言え、抱擁されながら頭を撫でてしまったのだ。まともに顔を見れない。赤塚は赤塚で、顔を真っ赤にしたまま俯いて喋らないし。


 お互い沈黙で、時間が経つことさらに数分。

 赤塚が、すぐそばの噴水の縁にゆっくりと、というかふらふらと腰を下ろした。玲は一瞬どうしようか迷うが、赤塚の隣に座った。もちろん、一定の距離を置いて。


「……あ、あのさ」

「な、何だ?」


 緊張気味な赤塚に、これまた緊張がちがちの玲が返事する。


「何で、追いかけてきてくれたの?」

「?」


 赤塚の問いに、玲は首を傾げた。

 何で、何でと言われても……。あれ、何でだ?

 玲は、赤塚の問いに答えられないどころか、自分でも疑問に思ってしまう始末だった。


 確かに、普段の玲ならばただでさえ人混みが嫌なのに、それをかき分けて走って赤塚を探すなど、地獄のようなこと死んでもしたくないと思うだろう。今も、もしもそんな状況に陥ったら、即帰宅できる自信はある。しかし、なぜだろう。玲はあの時、そのようなことは一切考えなかった。ありきたりな言葉で言うのならば、本能のまま動いた結果だ。

 その中には、もはや異能に関することすら頭にはなかった。忘れてはいけないことなのに、脳裏をよぎりもしなかった。ただ一心に、赤塚のことだけを考えて……。


「何でって……そんなの、俺にも分からない。ただ、追いかけなくちゃダメだと思ったから」

「……そ」


 曖昧な回答がお気に召さなかったのかは不明だが、赤塚はそのまま再び黙り込んでしまった。

 しかし、今度はさほど時間をおかずに、赤塚が口を開いた。


「ごめん……」

「? 何が?」

「あの娘たちに、その、言われたこと……」

「あ、あー」


 一瞬なんのことだか分からなかったが、そういえばと思い出す。

 玲はあのギャルに、心臓を一突きにされるような言葉のナイフをお見舞いされた。ロリコン、と。

 確かに、あの場で玲は何をしたわけでもない。赤塚からすれば、関係ないことに玲を巻き込んでしまったということになるだろう。赤塚が謝るのも納得できる。

 だが、玲がダメージを喰らったのは、思い当たる節があったからだ。まあ、何となくは分かっていた。分かってはいたけれど……図星と言えなくもなかったため、玲はギャルのロリコンという言葉に突き刺されたのだ。普段の玲であればどこの誰とも知れない奴の言葉など気にしない。気にするだけ無駄であるし。

 赤塚が申し訳ないと思っていても、玲はただ図星をつかれただけなので、別に赤塚のせいだとは思っていない。単に自分の責任だ。


「それに、勝手に逃げちゃって……探すの、大変だったでしょ?」

「まぁ、それなりに」


 玲も、ただ闇雲に探す程馬鹿ではない。玲と赤塚が似ているという点を利用し、何となく赤塚が行きそうな場所を絞って探したのだ。まあ、行きそうな場所として一番可能性が高かったのが自宅だが、それは除いて。とはいえ、どれだけ絞ったとしても体力が驚くほどない玲にとって辛いことには変わりない。


「……あの娘たち、私の一年の頃のクラスメイトなの」

「一年って……そういえば、一学期は学校行ってたんだってな」

「うん。その時の……まぁ、簡単に言えば私をいじめてたヤツら」

「……いじめ、ね」


 玲はスッと目を伏せると、赤塚にも聞こえないように小さく呟いた。

 錫原先生から一応聞いてはいたが、あのギャルたちがいじめの主犯か。まあ、先程のやり取りや雰囲気で何となくは察せられていたが。

 

「でも、私が学校に行かなくなった理由ってそれが原因じゃないんだ」

「え? いじめが原因で不登校になったんじゃないのか?」

「うん。あの娘たちのいじめだけなら、まあ耐えられたよ。でも、ちょっとね……」


 そう言う赤塚は、昔を思い出すように目を細めた。その瞳はグラグラと揺らいでおり、あまりいい記憶ではないのが分かる。


「ねぇ、不思議な力って、信じる?」


 ぽつりと、小さく言った言葉に玲は一瞬固まる。

 しかし、相手は赤塚。あまり反応を表に出さないよう、できるだけ自然体を取り繕う。

 

「……不思議な力?」

「うん。普通では考えられないような、それこそ、漫画やアニメの中でしかないような力」

「……例えば?」

「……相手の心の声を聴く、とか」


 読心、テレパシー、呼び方は何でもいいが、それは間違いなく超常的な力。異能と言っていい力だ。

 

 ついに分かった。

 初めて得た赤塚の異能に関する情報に、内心喜ぶ玲だが、すぐに冷静になり考る。

 あくまで、赤塚は例えとしてその能力を出しただけだ。これが、赤塚自身の異能であると決まったわけではない。喜び、楽観するのはまだ早い。ここで赤塚の異能が読心であると決めつけるのは、あまりに危険で愚かな行為だ。


「赤塚は、そんな力を持ってるのか……?」

「どうだろ……そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない」

「……そうか」


 曖昧な答え方をする赤塚の意図は分からないが、玲は考えるようにしてジッと一点を見つめる。


「……逆に聞くけどさ、俺がそういう力を持ってるって言ったら信じるのか?」

「え?」


 玲の問いに、赤塚が目を丸くする。

 せっかく、赤塚が異能について話題を振ってくれたのだ。乗らないわけにはいかない。とはいえ、いきなり玲が異能を持っていることを知らせても、それがプラスに働く確証はない。いくら自分が特殊な力を持っていたとしても、同じく特殊な力を持っている者を信用できるわけではないのだから。むしろ、警戒される可能性もある。


「……持ってるの?」

「さぁ」

「……」

「……赤塚はさ、自分が持ってる力、あったほうが嬉しいか?」

「え?」


 初めは意味が分からないという風に首をかしげる赤塚。しかし、玲の問いに対して、赤塚は少しも迷うことなく言いきった。


「いらない。……こんなの、辛いだけだもん」

「……そうか」


 青麗院は、自分の願いをかなえるために、異能を使っていた。最終的には自分の意思でいらないと言いきったものの、初めは異能を必要としていた。

 琴吹は、まああんな性格にあんな異能。喜ばないはずもない。嬉々として異能を使っていたくらいだ。いらない、とは決して言わないだろう。

 しかし、そんな二人と赤塚は違う。

 異能を必要とするのではなく、異能に歓喜するのでもない。望まない力に、自分自身が苦しめられてしまうのだ。玲に、その気持ちは分からない。何せ、玲は赤塚ではないし、赤塚の異能も持っていないのだから。

 

 玲はこの時、初めて理解した。

 異能を持つということは、一概にいいと言えることではないのだ。

 異能で喜ぶ者がいれば、苦しむ者もいる。元々、望まない力だ。意味も分からないうちに、勝手に与えられた力。考えてみれば、その力に苦しむ者がいるのは当然なのだ。


 そこでふと、玲は思った。

 ……では、玲は一体どうだ?

 玲の異能は、相手の異能を奪う異能。この異能のせいで、リィに目を付けられ、今こんなことをさせられている。とてもじゃないが、異能があってラッキーだったかと聞かれればはいとは答えられない。こんな異能さえなければ、今も玲は変わらず家で無気力に過ごしていただろう。


 では、いらないか? こんな異能、なかった方がよかったか?

 そう聞かれると、玲は首を縦にすることはできない。少なくとも、悩みはする。

 本当ならば、こんな厄災を呼ぶ面倒な異能、いらないと断言したい。捨てられるのであれば、今すぐに捨てたい。しかし、心のどこかでそうは思わない自分がいる。


 この異能のせいで、リィと出会い、学校に行くことになり、青麗院と出会い、執事をすることになり、琴吹と出会い、異能を奪った。倉科という学級委員長を知り、謎の図書委員緑奥と会い、ライラックと戦い、誰かを助けるために動き、瀕死の状態になった。

 どれも、面倒なこと。だが、一概になければよかったもの、とは言えない。いつの間にか、そんな風に感じるようになってしまったのだ。


 それに、今、玲はこんな風にも思うようになった。

 もし、これからも今までのようなことが続き、玲が成長できたとするならば、いつか、あの『過去』とも正面から対峙することができるのではないか、と。


「……私が学校に行かなくなった理由……それはね」

「……」

「聞いちゃったんだ。私をいじめてた娘たちのじゃない……私の、友達だと思ってたクラスメイトの、心の声」


 弱々しい声音。玲は、控えめに赤塚の方を見やる。瞳は大きく揺らぎ、唇は小刻みに震え、元から小さいその体は、余計に小さくなって見える。

 赤塚は一度そこで区切り、大きく息を吸って、吐いた。心を落ち着かせるためにやったであろうその深呼吸は、とても震えていた。


「優しくしてくれた。気遣ってくれた。元気づけてくれた。……でもね、それは見せかけだけのものだった。表面上では私と仲良くしてくれても、本当は、内心ではね、皆私のこと異常だと思ってたんだよ」

「……」

「受け入れてもらえるはずなかった。私が、皆と同じに扱われるはずなかった。私はね、元々、初めから……『異質』だったんだよ」


 気づけば、赤塚の瞳は薄っすらと潤み、目じりには涙が浮かんでいた。自身の両腕で体を抱き、何かに怯えるように、逃げるようにする赤塚。玲はそれを見て、何をするでも、何を言ってやることもできなかった。ただ、黙って話を聞いてやることしかできなかった。


 ……『異質』か……。

 玲は、赤塚を視界にとらえながらも、わずかに瞳を伏せた。

 あの時もそうだった。人は、自分とは違うものを恐れ、恐怖する。さして理解をしようとするでもなく、少しばかり違うからという理由で、『異質』と勝手づける。そうすることで、安心することができるからだ。あいつが異質なだけ。自分とは違うのは、相手がおかしい、と。

 そこから発展するのは、いじめか、迫害か、敵対か、無干渉か……あるいは死か。


「私は異質。異端。異常。普通じゃない。皆と同じになんて、なれやしない」


 すると、赤塚はスッと自らを抱く手を解き、少しふらつきながらも腰を上げる。そして、ゆっくりと、玲の前まで歩き、止まる。


「ねぇ……」


 赤塚は、伏せていた顔を上げると、まっすぐに玲の瞳を見据えた。

 そこには、先程までの恐怖は感じられない。ただまっすぐに強い意志を持った瞳があるだけだ。……そう、表面上は。しかし、玲にはその奥にある感情が、手に取るように分かった。


 そして、赤塚はゆっくりと言い放った。

 



「黒木玲。あんたは、私のこと……どう思ってるの……?」

 

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