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天才引きこもり少年の女子攻略  作者: 太田裕
赤塚 早希編
34/59

赤塚早希


「……はぁ」


 小さいため息をつき、赤塚は弱々しく腰を下ろす。

 普段使わない体力を行使したからか、肩が上下に揺れている。呼吸はある程度整ってきたとはいえ、まだ心臓がバクバクなっている。たった少し走ったに過ぎないのに、これほど体力を消耗するとは。どれだけ運動しなかったんだって話だ。


 ショッピングモール前の広場に設置された噴水。今はその縁に腰を掛けている。

 辺りは行きかう人で溢れており、とても落ち着ける状態ではないが、それでもあの場にいるよりは遥かにマシだった。


「……何で、何であいつらが……」


 赤塚はぎゅっと唇を噛んで呟く。

 しかし、ここは学校から一番近く大きいショッピングモールだ。休日となれば、今風ギャルの女子高生がいてもなんら不思議ではない。むしろ、自分がここにいる方がおかしいのだ。


「……悪いことしちゃったかな」


 同行していた玲。彼を一人置いてきてしまったことに気が付いたのはついさっき。しかし、どうしても戻る勇気はなく、今一人でこうしている。それも、もちろん悪いとは思っているが、それ以上にギャルの悪口の対象にさせてしまったことが一番申し訳ない。無論、玲が悪かったところなど一つもない。全て赤塚が一緒にいたが故。彼からすれば完全にとばっちりだ。


「はぁ……」


 赤塚は、深いため息をつく。

 もう、絶対に会わないと思っていたのに……。

 

 去年。赤塚は、二学期から登校を拒否するようになった。

 理由は明白。ギャルたちが主体として行われていた、体型に関するいじめのせいだ。中学校までならば、何とかこの幼児体型でも怪しまれずにすんだ。せいぜい、成長が遅いんだなと思われる程度だった。


 そして、高校。他の人たちは、今まで以上に訝しむだろう。そう思い、初登校した赤塚だったが、周りの反応は予想外のものだった。小さいと可愛がる子がいて、気遣ってくれる子がいて。もちろん、中には訝しむ視線もあったが、それも少数。大抵の生徒は赤塚のことを奇異の視線で見なかった。


 赤塚は、小さいが故にクラスでも人気者となった。そう、あの時までは。


『ねぇ、赤塚さんってさ、何でそんなに小さいの?』


 初めに言われたのは、そんな言葉だった。誰もが気にしているが故に誰も聞けなかったこと。

 赤塚は、その時自分が何と答えたのかは覚えていない。


 それからだった。クラスでも迷惑がられているギャルが、赤塚をいじり始めたのだ。

 初めは軽いいじり程度だったが、赤塚が逆らわないことに調子づいたのか行いはだんだんエスカレートしていき、気づけば立派にいじめと呼べるものになっていった。


 それでも、赤塚は耐えられた。

 元々、小さいと言われるのには慣れているし、周りの生徒も、赤塚の味方をしてくれた。『大丈夫?』と声をかけてくれたし、『気にすることないよ』と慰めてくれた。


 ……だから、大丈夫だった。


 少し、調子がおかしいなと思い始めたのはいつだったか。

 何となくだけど、姉の考えていることが分かるような気がしたのだ。始めは、勘違いだろうと思った。

 元々、体型のこともあり周囲の感情に機敏だった赤塚は、何となく人の思うところが分かった。表情で、態度で、目で。それでも、完璧に分かるわけではない。赤塚は、エスパーではないのだから。


 ふとある日、いつも通りいじめを受ける赤塚は、思った。

 自分をいじめるこのギャルたちは、いったいどういう感情のもとやっているんだろうと。まあ、分かるはずもないか、そう思った赤塚は大人しくパシリを実行しようとした。しかし。


『――――』


 声が、聞こえた。

 いや、聞こえたという表現はおかしい。なぜなら、その声は赤塚の脳内に直接流れているのだから。

 ギャルたちの言葉が、二重に聞こえた。言っている言葉も、声音も、大きさも、全て異なってはいたが、それは紛れもなくギャルたちの『声』だった。


 赤塚は表面上パシリを実行しながら、走った。小さく短い足を使って。

 怖い。怖い。怖い。そんな感情だけが脳内を渦巻いていた。

 唐突に赤塚を襲った謎の声。その主は間違いなくギャルたちのものだ。しかし、声を発しているわけではない。

 赤塚には、それがなんとなく分かった。本能的に、理解してしまえた。

 これは……心の『声』だと。


 生憎というか、幸いというか。

 ギャルたちは心の中でも、赤塚に対する感情は変わっていなかった。むしろ、言葉でちょっかいを出してくる時よりも、赤塚に対して関心がないように思えた。あくまで、赤塚はギャルたちにとって、弄ぶためのおもちゃにすぎない。それは、赤塚にとってさほどダメージを与えるものではなかった。態度ですでに分かっていたことだし、むしろ表裏がない分いくらか救いがあった。

 

 故に、赤塚を支配していたのは、人の心の声が聞こえるという不思議現象に対する恐怖だけ。それも、だんだんと好奇心が生まれてきたおかげか、大して取り乱すこともなかった。


 ふと、誰かとぶつかり、しりもちをついてしまった。赤塚の体型を考えると、この学校中の誰とぶつかろうが、倒れるのは自分だけだ。赤塚は咄嗟に起きようとするが、その時、スッと手が差し伸べられた。いつも赤塚と仲良くしていたグループの中でも、特に赤塚のことを可愛がっていた女の子だった。

 赤塚は、特に気にする様子もなく、いつも通りお礼を言ってから、彼女の手を掴もうとした。



 ――その時、赤塚は思ってしまった。



 ――彼女は、彼女たちは自分のことをどう思っているんだろう、と。



「……はぁ……」


 赤塚は、再びため息をつく。

 過去のことを思い出すと、どうしてもアンニュイな気持ちになってしまう。まあ、良い記憶ではないので、当然と言えば当然だが。


「これからどうしよう……」


 赤塚は、ボーッと行きかう人の群れを見ながら呟いた。

 本当ならば、すぐに戻らなくてはならないところだが、あのギャルたちがいると思うと、どうしても足が進まない。さすがに、まだあそこでたむろっていうことはないと思うが、それでもモール内に入れば、出会ってしまう可能性は十分にある。


 もう、いっそのことこのまま帰ってしまおうか。

 そう思うと、自然と帰りたいという気持ちが湧き出てくる。

 そもそも、こんなところに来たのがいけなかったのだ。赤塚はいつものように、一日中自室に閉じこもって、ゲームして漫画を読んでダラダラと過ごすべきだったのだ。そうすれば、今日あのギャルたちに会うことはなかった。ただいつも通り、いつものように、たった一日が過ぎていくだけだった。


「帰ろうかな……」


 赤塚は小さく呟くと、そっと腰を上げた。

 チラッとショッピングモールを一瞥し、すぐに背を向け歩こうとする。


 が。

 赤塚は不意に動かそうとした足を止める。数秒、その場で沈黙を保つと、くるりと再びモールに目をやる。行きかう人々、騒がしい雑音、人の熱気。どれも、赤塚にとっては、苦手なもの……脅威と置き換えてもいい程恐ろしいものでもある。

 ……そしてそれは、あの少年黒木玲にとっても同じだろう。

 なぜかは分からないが、玲と赤塚には共通した点が多い。そうでなくとも、あの引きこもりたる《ゼロ》が、こんなリア充が来るような場所を好むわけがない。本当ならば、すぐにでも帰りたいはずだ。しかし……。


 もしかしたら、赤塚のことを探しているのではないか?

 突然に走って行ってしまった赤塚のことを追いかけたりしたのではないか?

 そんな疑問が、赤塚の頭をよぎる。


 もし、そうだったならば、ここで勝手に赤塚が帰ってしまえば迷惑になる。

 当然、赤塚はいないのだからいくら探してもいるわけがない。それでも、相手はそのことを知らずに、探してしまう。ただでさえ人混みが嫌いな玲だ。こんあ状況の中人を探すなど、拷問にも等しい。ならばせめて、一言言ってから帰るべきではないだろうか。


「……ううん。そんなこと、ありえないよね」


 そんな、刹那的に浮かんだ考えを否定する。

 そう、ありえない。ありえるはずがないのだ。


 玲は、ただでさえ赤塚のせいでギャルたちに馬鹿にされた。ギャルたちの悪意の対象にされてしまったのだ。何の非もありはしないのに。もし、赤塚が玲の立場であったとするならば、いい迷惑だ。腹を立てるだろう。その上、勝手に走って逃げてしまったのだ。あの後、ギャルたちとともに取り残された玲の状況は赤塚は知らないが、少なくともいい気分ではなかっただろう。


 理不尽に馬鹿にされ、その元凶には逃げられ、その場に取り残される。

 これだけのことを一方的にやられ、もしも赤塚が感想を抱くとするならば一言。『ふざけるな』だ。

 それこそ、玲の方が一人で帰ってしまう程。玲がどう思ったかは知らないが、少なくとも赤塚ならばもう二度と関わりたくないと思うだろう。顔も見たくない、と。

 

 探してくれているかもしれない、など、赤塚の幻想にすぎない。理想に過ぎない。現実にそんなことはあり得ない。そんなこと……自分が一番よく分かっているはずだ。全て、自分の願望に過ぎないのだ。


 そもそも、玲と赤塚の関係性はなんだ? なぜ、こうして二人で出かけた?

 初めは、先生に頼まれて玲が赤塚の家にプリントを届けに来た。

 そして、玲が《ゼロ》であると、赤塚が《レッド》であると知った。

 お互い距離感をよく掴めないまま、何となく一緒にゲームをしていた。

 玲に誘われ、一緒にゲームを買いに来た。


 思えば、玲と赤塚の関係は酷くおかしいものだ。

 お互いネット上では唯一無二と言っていい親友ではあったが、現実ではただのクラスメイト。赤塚は、つい先日までそのことすら知らなかったのだ。それが、距離感が掴めないずるずるとゲームをして。それなのに、今日は二人でお出かけ。


 ゲーム仲間?

 クラスメイト?

 それとも……他人?


 問うも、答えは出てこない。

 お互い、互いを理解し合える、似たシンパシーを感じた唯一無二の親友であった。しかし、それはあくまでネット上での話だ。しかし、こうして現実で会ったしまった。そして、直接会ったことにより、自分たちは酷似しているとより感じてしまった。


 今にして思えば、煮え切らない態度を取っていないで、はっきりとさせるべきだったのだ。

 お互いは《ゼロ》と《レッド》それ以外の何者でもない、あくまでネット上だけでの関係。または、《ゼロ》と《レッド》を関係としない、現実での関係。それが、どうしていいか分からなかったがために、どっちともつかない状態になってしまった。

 

 だったら、どっちにするべきだったのだろうか?

 ネット上だけ? 現実は現実で?

 分からない。それに、答えを出すすべを赤塚は持っていない。


 いや、もうどうでもいいことだ。

 あれだけ勝手な目に遭わされた玲だ。もう、赤塚のことを何とも思っていないだろう……むしろ、恨んですらいるかもしれない。

 とてもじゃないが、これまで通り、ということにはならない。絶対に。

 《ゼロ》と《レッド》としても、そしてもちろん、玲と赤塚としての関係も、これで終わりだろう。


 ……もう、顔を見ることはおろか話すこともないだ。


「はぁ……」


 赤塚は、気づいたらため息をついていた。しかも、先程のよりもより深いため息だった。


「あ、れ? どうして?」


 たった今、自分がしたことなのに、赤塚は分からなかった。なぜ、自分がこれほどまでに落ち込んでしまっているのか。深いため息などついてしまったのか。


 理解し合える相談相手がいなくなったから?

 張り合いのある対戦相手がいなくなったから?

 協力できる戦友がいなくなったから?

 それとも、



 『玲』と会うことができないから……?




 分からない分からない。

 こんな時、赤塚はいつも思う。どうせならば、自分の心の声が聴きたいな、と。そうすれば、自分でも分からないことを、いや自分だからこそ分からないことを知ることができる。

 赤塚は、自分が知りたい。自分が、本当はどう思っているのか分からない。自分の本心ですら欺いて、騙してしまう。

 

 相手の本心を知ってしまうのが怖くて、怖くて怖くて仕方がない。

 本当はどう思っている? 本当はどう感じている? 本当はどうしたい?

 それは、赤塚が思うものとは違うもの。全部、全部が赤塚を裏切るもの。勘違いなどしなければ、信じようとなどしなければ、期待など寄せなければ。そうすれば、相手のことを知っても傷つかない。なぜなら、知っていたことだから。


 でも……。本当に信じないことなどできるか? 期待しないことなどできるか?

 もしかしたら、ひょっとすれば、そんな感情は、何がどうしてもできてしまう。それを望んでいるがために、余計に。絶対に抱かない、何てことできはしないのだから。


 だから、赤塚は目を背ける。見ないようにする。なかったことにする。

 期待などしてない。信用などしていない。そう、本心を欺き騙すのだ。それが、唯一傷つかない方法なのだから。


「はぁはぁ、はぁ……」


 ――でも、もし、もし仮にだ。

 信用していいのだとしたら? 期待していいのだとしたら?

 分かっている。どんなものはない。そんなことはあり得ない。でも……。


「……はぁはぁ」


 本当に、そんなものがあるとするならば。

 あっていいのだとするならば。


 もう一度、もう一度だけ。





「はぁ……待たせたか? ――赤塚」


 素直に、なれるのかもしれない。

 

若干急ぎ足になってしまったかもしれません。

ごめんなさい!

これからも頑張りますので、温かい目で見守りください。

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