リアルでの対面
――間違いない。赤塚早希は、異能力者だ。
赤塚の周りに見える、赤色の靄のようなものを見ながら、玲は小さく息を吐く。
これは面倒なことになってきたぞ……。内心そう思わずにいられない。嫌々ながらも、玲は異能力者から異能を奪わなくてはならない。よって、赤塚からもそうするべきなのだが、如何せん相手は不登校児。他との接触、関りを普通の人間よりも嫌っている。そんな赤塚から好意を寄せられるようにするなんて、難しいことこの上ない。
が、その最初にして最大の問題点であるある程度の信頼を獲得できれば、好意を寄せられるのはそう難しいことでもない。不登校というのは、そのほとんどが何らかの理由によってそう至ったのだ。中には例外もいるが少なくとも赤塚には、錫原先生が言っていた限りではいじめという理由がある。その理由を解消してやれば、異能を奪うことは容易い。と思う。まあ、玲にはそれも難しいことではあるのだが。
「聞こえなかった……? 出てってって言ったの」
「あ、ああ……」
とはいえ、今ここでこの部屋を出てしまえば恐らくもう赤塚と直接会う機会はなくなる。どうにかしてここにいさせてもらえるようにしないと……。
とまあ必死にその方法を考えるも、玲には一つもいい案が思い浮かばない、もしも自分が逆の立場だったら、と考えると初対面の人に何言われても聞く耳を持たないだろう。
そうこうしているうちにも、赤塚の表情はどんどん険しいものになっていく。
額から頬、顎を小さな汗粒がツーと伝っていく。何かないか。何かないか。せめて話題になるものを、と室内を見回すも見当たるのは一切の機械類のみ。どこかで見たことあるようなのもあるが、玲にあそれが何に使うものなのかまでは判別できない。
と、とうとう焦れたのか赤塚は毛布をばさりと捨てると、ずいっと玲に寄ってくる。そして。
「出て、いって……!」
「お、おい……」
ぎゅっと力を込めて、玲を部屋の外に押しやろうとする。が、まあ結果は分かっての通り玲の体はピクリとも動かない。いくら玲と言えども、小学生並みの体躯の少女には力で負けない。それでも諦めず、赤塚はぎゅーと精一杯玲を押しやる。
しかし、改めてみると本当に小さいな。
先ほどは毛布にくるまっていて分からなかったが、手足は細く、その小さな体躯に見合うほど短い。身長も玲の思った通り玲の胸下辺りまで。どこからどう見ても小学生くらいにしか見えない。
「……」
玲は、赤塚を見やり、ゴクリと喉を鳴らす。
しかしまあ、今の赤塚は何とも保護欲? 的なものを駆り立てるのだろうか。小さな体に愛らしい顔立ち。それだけでも十分なのに、必死に頑張って玲を押そうとするさまはもう……感慨深くて言葉には言い表せない。ただでさえそういうのに弱い玲は、頭を撫でてあげたくて右腕をピクピクさせる。いつぶりだろうか。ここまで愛らしい生物に出会ったのは。
……しかしながら、相手は高校生。玲と同学年だ。……ん? 待てよ。同い年ってことは……。
小学生(見た目)。天使。愛玩動物+高校生。十六歳=……合法?
玲の頭の中で、瞬時にそんな式が組みあがる。
今まではもう、可愛い子供を愛でるだけで変態やらロリコンやらというワードが飛んできたのだ(実際には言われていない)。念のため今ここでもう一度公言しておくがロリコンでも変態でもない。子供だけじゃなく、小さい動物も好きな普通の可愛い物好きだ。決して他意はない。
だが、相手は高校生。この場合は、セーフ、なのか……?
玲は、頭の中に稲妻が走った気がした。
革命だ。これは、革命じゃないのか!?
玲は、改めて赤塚を見やる。
必死に玲を押し続ける赤塚は、薄っすらとその目じりに涙を浮かべている。ヤバい。高校生、高校生なのに、こんなに……も。
「……可愛い」
「ふぁえ!?」
あ、思わず声に出てしまった……。
赤塚は、玲のあまりにも唐突な言葉に顔を真っ赤に染めると、へたへたと後ろに下がっていき、ベッドにダイブ。そのまま再び毛布にくるまってしまう。毛布の隙間からうぅ~と声を上げてこちらを涙ながらに睨む赤塚は、やはり可愛かった。天使だった。天使はここにいたのだ。
別にそこにあるのは恋愛感情でも、ましてや性的感情でもない。純粋な慈愛。親が我が子を慈しむような、兄が妹を可愛がるかのような。そんな感情だ。
生粋の人嫌いである玲が、唯一心を(一方的に)開く対象である。
と、今のこの状況を改めて見る。今の思わず出てしまった発言は、少し軽率だったかもしれない。玲は、低く唸り頬を掻く。
若干涙目になりながらこちらを睨む赤塚に、何と言っていいものか……。口を開くも、声を発する前に再び閉じてしまう。どうしたらいいのか分からず、玲は視線をさまよわせる。と。
「……? これ……」
「……あっ」
偶然視界に入ったのは、机上に置かれたPCのディスプレイだった。
思わずのぞき込んでみると、赤塚が小さく声を上げるが玲は気づかず画面を見る。
そこに映し出されているのは、一人の人、だろうか。画面左上には棒状に伸びる二本のゲージ。右下には、数個のアイコンが浮かんでいる。画面中央に映る人、その全身を包むのは深紅に染まったフルプレートで、見た目からして圧倒的な強さをひしひしと感じられる。場所は……一面が草色に染まった草原だ。広い草原に、一人の人間がポツンと佇んでいる。
これは、どこからどう見てもRPGのゲーム画面だ。しかも、玲もプレイしているMMORPG《ハント・ザ・キル》だ。
と、玲はふとある既視感を感じる。
これは……どこかで。
すっと何気なく画面右上に視線をずらすと、そこに記されていたのは文字だ。R、E、D……レッド? レッド!?
玲は一瞬目を見開き、もう一度文字を読み返すも、やはりそこに記されていたのはレッドと読める。
レッド。
玲の《ハント・ザ・キル》でのアバター《ゼロ》としてプレイしていて、偶然パーティを組んだのが出会い、実に一年以上も前の話だ。それから何度か一緒にパーティを組んでいくうちに、《ハント・ザ・キル》以外でも多数のゲームを共にプレイしていくようになり、今ではネット上で唯一の『友達』(あくまでネット上でのみ)と呼べるようになった。
確かに、全身に纏うフルアーマープレートは、いつもレッドが装備しているものに違いない。と、いうことはやはりこれはレッドの操作画面……?
となると、一つの疑問が生じることとなる。
このPCは、赤塚早希の部屋のあるものだ。当然、赤塚のものに違いないだろう。ということは、このレッドを操作しているのは、赤塚だということになる。あの、どこからどう見てもごつい大男が、こんな華奢な女の子……!?
玲は思わず赤塚と画面上のレッドを交互に見やる。その似ても似つかないゲーム内アバターと現実の少女に、玲は思わず感嘆の声を漏らす。
しかしながら、これは偶然、いや奇跡と言っていいレベルのものだ。
《ハント・ザ・キル》をプレイしている日本人ユーザーは約百万人。単純に百万分の一の確率となる。
しかし……。玲は脳内で瞑目する。これは、チャンスではないだろうか? これほどの奇跡、しかも相手はネット上で結構親密な仲だ。これをきっかけにすれば、赤塚から異能を奪うこともしやすくなるのではないだろうか。
玲はこの奇跡に感謝しながら、赤塚に言葉をかけようとする。
「――」
が、寸前で思いとどまる。
本当に、これは得策と言えるのだろうか?
考えてもみろ。相手は引きこもりで恐らく人付き合いが得意な方ではないだろう。それは……何となく分かる。ならば、いくらネット上で知り合いだからと言って、いやだからこそリアルでまでの接触は嫌うのではないだろうか。実際、異能奪取という目的にかられて赤塚に言おうとしてしまったが、玲としてもネット上での知り合いだからこそリアルでは会いたくない。相手を知りたくもないし、自分を知られたくもない。そんな感情はなかなか多く心の中に存在する。
どうしたものか……。
赤塚が、それで心を少しでも開いてくれるのであらばいいが、むしろ今後一切の接触、ネット上での繋がりまでも断たれてしまえば、状況は悪化の一歩を辿ることだろう。これは、慎重に判断せざるを得ない。
「……な、何?」
じっと、赤塚を見続けてしまっていたらしい。赤塚は俯かせた顔を少しだけあげ、キッと玲を睨みつける。
あー。玲は内心悲鳴じみた声を上げる。考えるまでもなく、今の状況は最悪だった。これは……。これ以上落ちることを考えるよりも、上がる方を考えた方がいいのではないだろうか?
玲はぎゅっと手を握ると、意を決して――。しかし、玲よりも一瞬早く赤塚の声が部屋に響く。
「お、おかしい!?」
「な、なにが……?」
「おかしいでしょ!? 高二の、青春真っ盛りの女子が、部屋に引きこもって、そんな……男がやるようなゲームなんてして……」
そう言う赤塚の目じりには、先ほどとは違い理由で涙が浮かんでいる。
いきなりの赤塚の言葉に、玲は思わず困惑してしまう。理由は単純、赤塚の言っていることが理解できなかったのだ。
玲は頬を掻くと、小さな声で言った。
「別に、青春真っ盛りだろうと何だろうと、部屋に引きこもるのは個人の自由だし……。ゲームも、確かに総ユーザー的には男性の方が多いと思うけど、女性もそれなりにいると思うぞ? むしろなんで女性がするのがおかしいのかが……」
「……え、えぇ?」
玲の言葉がよほど予想外だったのだろう。赤塚は目を丸くして呆けている。
しかし、玲は本当のことを言っているに過ぎない。青春真っ盛り……世間一般からすれば青春を謳歌する……部活に勤しんだり、学校帰りに友達と遊んだり、カラオケや東京ディ〇ニーシーに男女で行ったり、リア充具合を日々世界に発信する奴らの方が普通なのかもしれないが、玲からすればそういう連中のほうが理解に苦しむ。それに……。
「それを否定したら、自分のことも否定するってことになるしな」
「……え?」
小さく発せられた呟きに、赤塚は声を上げる。
しかしながら、玲の言っていることはその通りだ。青春真っ盛りなんて、同い年の玲とて同様だし、引きこもりもつい最近までの玲だ。むしろ、赤塚が過ごした高一の一学期を玲は潰しているのだ。赤塚よりも玲の方が一段上だろう。
……決して玲が正しいと言っているわけではないが、それが一概に否定していいものだとも、玲は絶対に思わない。
「少し、だけどリアルの俺のことも話したよな」
「は、はぁ?」
玲の言葉に、赤塚は意味不明というように首をかしげる。が、次の玲の一言で、目を見開くこととなる。
「《ゼロ》」
「ゼロ? ゼロって……!? まさか、え、ゼ、えぇ!?」
「今さ、画面見てびっくりしたよ、まさか赤塚があのレッドだったなんて」
「え、じゃ、じゃあ、やっぱり……ゼロ?」
「まあ、あはは」
信じられない、というように目をぱちくりさせ、嘘、だとか、なんで、だとか呟いている。
まあ、無理もないだろう。玲自身それと同じ衝撃を一分ほど前に味わったのだ。大仰に頷いてみせたいほど分かる。
が、玲にとって大事なのはこの次の反応だ。それによって今後どうなるかが変わる。
「……」
「……」
「……明日」
「え?」
「明日、また来て。私もどう接していいのか、分からないから……」
「あ、ああ。分かった」
赤塚は顔をも毛布でくるめると、毛布の中からくぐもった声でそう聞こえてくる。
玲は、どうにか頷く。まあ、いきなりリアルで会ってもどうしたらいいか分からない、か。玲はふぅと小さく息を吐くと、扉に手をかける。
「じゃあ、また明日……」
毛布に向かってそう言うと、玲は赤塚の部屋を後にした。
******
「……どうしたものか」
玲は、もう薄暗くなった空を見上げながらそうそう呟いた。
玲は、我が家までそう距離のない道を玲はゆっくりと歩いていた。
赤塚の部屋を出た後、姉である八希に軽く挨拶して赤塚家を後にした。また明日お邪魔する、ということを伝えたとき、妙にニヤニヤしていたのは言うまでもない。が、そこに笑みに隠れた別の感情があったことに、玲は気づいた。悲哀、あるいは感謝、だろうか。
とにかく、玲は自分の家まで帰宅している最中だ。
もぞもぞと胸元がくすぐったく動くと、胸ポケットからひょこっと一匹の子猫が顔を出した。その薄緑いろに染まった産毛が特徴的な子猫は、当然リィだ。
「リィ、起きてたのか」
「うむ。寝てなどおらんかったぞ。それより、あの赤塚とかいうやつは、そうなのか?」
何が、と聞くまでもないだろう。玲は一瞬ちらと後ろを振り向き、小さく頷いた。
「ああ……。でも、よく分かったな」
「ま、そうでもなければお主があそこまであの場に留まることはないじゃろうからな」
「……俺のことをよく知っているじゃないか」
玲は、思わずリィに苦笑を向ける。
確かに、赤塚が異能者でなければそそくさと赤塚家を後にしていたことだろう。当然、赤塚が《レッド》だということを知る暇もなかっただろう。
「しかし、妾もちらと見たぞ。高校生とは思えぬ体躯じゃったな」
「まあ、そうだな」
リィの言葉に、玲は脳裏に先ほどまでの赤塚の姿を思い浮かべる。
肩口をくすぐるくらいの赤髪、真っ赤な瞳。愛らしい童顔に釣り合う小学生くらいにしか見えない小柄な体型。その一挙一動がとても愛おしいものに見える。妹、もしくはペット(変な意味ではなく)にしたいほどだ。そして毎日愛でたい。
そんなことを考えていると、顔に出ていたのだろうか。リィはジトッとした視線を玲に向けてくる。
「いかにもお主が好きそうじゃったな」
「え、まあ、うん……」
「これは攻略が捗りそうじゃなー」
「……うるさいな」
そんなことを言ってくるリィの頭を、玲はこしょこしょと撫でまわしてやる。やめいと抵抗してくるリィも、その表情は気持ちよさそうだ。
「ま、一応また会う約束は取り付けられたからな。よしとしよう……」
「そうじゃ――」
――ドサッ
瞬間、何かが倒れるかのような鈍い音が二人(詳しくは一人と一匹)の耳に入る。一瞬顔を合わせると、玲は音のした方に進む。音は、家と家を隔てる塀の間にある小道からしたようだ。成人男性が一人入れるか入れないかぐらいの小さな隙間だ。と、転がるように地面に倒れ伏す影が一人、玲の目に入ってきた。
「人……?」
恐る恐る近づいてみる。と。
そこには、目をみはるような美少女が、傷だらけで倒れていた。




