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天才引きこもり少年の女子攻略  作者: 太田裕
赤塚 早希編
29/59

小さな少女



 ――わたしは、小さかった。



「あれが赤塚?」

「マジで!? ほんとに高校生かよ!?」

「見えねー、年齢偽ってんじゃね?」

「小学生だよな」

「小学生のがまだでかいんじゃ……」

「そこまでじゃねぇだろ」

「でもさ、ぶっちゃけどうなのよって感じだよな」


 ――だから、いつも怪奇の視線を浴びせられた。


「あれ? 赤塚さん、いたの? 小さいから分からなかったー」

「だよねー」

「視界に入らないよー、もうちょっと大きくなってくれる?」

「無理でしょ」

「だよねー」


 ――だから、いつも笑われていた。


 ――そして。


「――――」

「――」

「――――」


 ――――――――。

 ――――。

 ――。



「……夢、か」


 赤塚は、ぼんやりと視界に移る天井を見つめ、そう呟いた。

 視線を動かし、周りを見ると無数のPCやら電子機器やらそこから延びる配線が目に入る。いつもの、女っ気のかけらもない自分の部屋だ。


 赤塚はむくりと起き上がると、寝不足気味の眼をごしごしと擦る。

 ……嫌な夢を見た。思い出したくもない、忘却したい過去だ。今になってはくだらないことだなと強がってはいるものの、たまに眠ると夢となって頭の中に出てくる。当時の心象もまた一緒に。


「はぁ、やっぱり寝るものじゃないな」


 赤塚はもぞもぞとベッドから出ると、椅子にもたれかかり机上のPCの電源を入れる。しばらくして画面に映し出されたディスプレイをカチカチとマウスで操作していく。


「あっれ、今日もログインしてない。最近いないこと多いなぁ、何かあったのかな?」


 一心不乱に画面に食い入る赤塚は、ぶつぶつと独り言を繰り返す。

 

 カチッカチッカチッ。

 閉じたカーテン、閉まった扉と窓、つけていない電気。暗く、部屋の外から一切を遮断した部屋の中で、時計の時間を刻む針の音だけが、虚しく響いている。

 

 どれくらい経ったころだろうか。しばらく椅子に座りっぱなしだったせいか、体が重く感じられる。赤塚は、両手を上にあげると、うーんと唸り大きく伸びをする。

 すると、不意に、赤塚の視界に時計が入る。見ると、時刻はすでに午後四時を回っていた。普通ならば、学校が終わり部活をしたり帰宅したりをしているだろう。ま、それも今となっては赤塚には関係ない。


 学校に行かなくなってからは……もう八ヶ月くらい経つ。

 好きな時に寝て、自由に起きて、ゲームして、マンガ読んで。そんな、自堕落な生活にも慣れてきた。部屋からもほとんど出なくなったし。

 元の生活に戻るつもりはない。親は「二年生になってクラスも変わったし、一回でもいいから行ってみたら?」なんて言っていたが、そんなことは関係ない。何が変わる? たとえクラスが変わっても、学校が変わったとしても関係ない。……みんな、変わらない。たしかに、積極的にいじめてくる奴はいなくなるかもしれない。だが、それだけのことだ。いじめなくとも、言葉には出さずとも、みんな、心の中では……。


「……はぁ、こんなこと考えるだけ無駄か。続きしよ続き」


 赤塚は、小さくかぶりを振ると、再び画面に向かった。



******


 

「……」

 

 玲は、ゴクリと生唾を呑み込む。その額には、無数の汗粒が見て取れ、どこからどう見ても緊張している以外には見えなかった。

 それも、当然といえば当然だ。

 なにせ、今玲は話してこともない見たこともない会ったこともない女子の家にお邪魔し、あまつさえ本人の許可なしに部屋に入ろうとしているのだ。いくら姉からのオーケーが出たとはいえ、いくらなんでもこれは非常識ではないだろうか。普通の女子だったら、いきなり自分の部屋に見知らぬ男が入ってきたらどうする? 答えは簡単。警察に通報だ。それ以外に、選択肢などありはしないだろう。女ではない玲ですらそういった状況に陥ったらそうする。というか普通誰でもそうだ。


「え、ちょっと待って。それは、ガチでヤバくないか?」


 一瞬脳裏をよぎった展開だが、よくよく考えればその確率がないとはいえない。本気で通報なんてされたものなら、マジで洒落にならない。

 玲は、鍵を差し込む直前でピタリと手を止めた。


 ――いいのか? いや、ダメだろ。でも、八希やつきさんが良いって言ってたわけだし……。だけど正直適当でいまいち信用にかけるんだよな。あ、そもそもこれ自体が罠だったりして。妹をだしに使い俺を捕まえるとか……。いや、そんなことして何のメリットがある? そもそも八希さんとは今日が初対面だし。……もしあしたら、妹にハイ寄る虫だと判断されて排除しようとしてるとか――。


 考えれば考えるほどに、ネガティブな方向に思考がいってしまう。

 これではダメだと、玲は頭を左右に振る。ここでいくら考えていても仕方がない。玲は意を決して、ドアノブにある鍵穴に、鍵をはめ込むと、ゆっくりと右回転させる。それに伴い、ガチャリという音が、廊下に響き渡る。

 ここまで来てしまえば、もう後戻りをすることはできない。今の解錠の音で恐らくは向こうも気づいただろうし、このまま帰るわけにもいかない。

 玲は、ゆっくりと手を動かし、ドアノブを握りしめる。その手は未だかつてないほど尋常じゃないくらいに震えており、ありえないほどの緊張をひしひしと伝えてくる。一度目をつむり、深呼吸。深く息を吸い、思い切り息を吐く。


「……よしっ」


 小さくつぶやくと、玲はついにドアノブを回転させ、扉を開く。が。


「……う」


 ドクン、ドクンと自分の心臓の音が聞こえてくる。ついにやってしまった。玲は極度の緊張のせいか、目の前が真っ白になっていくのを感じる。

 ドアを開けた瞬間、いろんな感情や思考が頭の中を駆け巡り、頭がごっちゃになってしまう。

 ああ、自分がもっと肝が据わった人間だったなら。もっと大胆な性格だったなら。そう思うも、そんな自分は想像できないし、第一したくもない。しかし、そんなことを考えるうちにも玲の意識は徐々に朦朧としていき……。


「え……誰?」


 そんな玲を現実に引き戻したのは、小さく発せられた声だった。

 瞬間、多少意識が戻った玲の視界に入ってきたのは、真っ暗な闇の中で毛布にくるまる一人の少女だった。電気をつけていない、カーテンも閉め切った部屋は、机上の複数あるPCが唯一の光源となっており、そんな部屋だ。当然目が慣れるまでほとんど物が見えないはずだ。しかし、玲にはベッドの上にちょこんと座り、毛布にくるまり顔だけ出している少女の姿がきちんと視界にとらえられた。それは、玲も常日頃から全く同じような環境下で過ごしているからだろう。すでに玲には、そんな環境が普通であり、暗闇の中でも、日中とほぼほぼ変わらない程度には物や人を視認できるようになった。が、不思議と視力は落ちない。

 

 しかし、意識が戻るや否や玲は目に入った光景に、目を見開く。

 当然、赤塚早希がこのような見るからにダメな生活を送っていると一目でわかるような部屋に住んでいることも驚きだが、問題はそこじゃない。第一、不登校という時点でこんな生活は容易に想像できるし、玲自身も似たようなものなので、さほど大きい驚きではない。


 ――ではなにか? なにが普段半分くらいしか開いていない玲の目を限界まで見開くまでに至らせたのか? 

 その答えは、至極シンプルなものだった。


「……高校、生?」


 そう。

 思わず声を漏らしてしまうほどに、高校生とは思えない容姿だったのだ。容姿と言えど、今は毛布に全身を包んでおり、体のすべてが見えるわけではないが、それでも分かる。

 燃えるような赤色ではない。大人しく、しかしどこか主張するような淡い赤色の髪は、肩口をくすぐるくらいまで伸び、輪郭は少々丸っこい。と、言っても太っているというわけではない。まだ大人や青年ほどしゅっとしていない、子供ならではの丸みを帯びた輪郭なのだ。今は動揺の色を浮かべるその瞳は、髪色と全く同じ赤。顔立ちは驚くほど整ってはいるが、未だあどけなさがにじみ出ていて、綺麗というよりも可愛いという表現の方が適当だ。

 座っているので詳しくは分からないが、恐らく身長は玲の胸下くらいまでと、非常に小さい。そして、見るからな童顔。事前に高校生と聞いていなければ間違いなく小学生と間違えてしまいそうなほどだ。いや、実際にこうして見てしまっては、事前に聞いていた玲すらも疑わずにはいられなくなる。


 それほどまでに、今、玲の目の前にいる少女赤塚早希は、小さかった。

 

「……」

「……」


 しばしの静寂。

 その間、しばらく驚愕の表情を浮かべていた赤塚は、次第に怪訝に眉をひそめる。その表情には、明らかな敵意が見て取れるが、まあ当然であろう。

 一方玲は、しばしフリーズじていた。誰? という投げかけられた質問に答える余裕もなく、ただひたすらに必死に脳内をフル回転させる。


 相手は高校生。しかし見た目は確実に小学生並みに小さい。琴吹も結構小さい方だったが、赤塚はその比ではない。本当に高校生なのか? 年齢詐称? いやありえないか。まさか何かの病気だったりえいて……。そもそも今目の前にいる彼女は本当に赤塚早希なのか? 入る部屋を間違ったのでは? いや、間違いなく教えてもらった位置にある部屋に入ったはずだし、鍵もきちんと開いた。ってことは、まさか八希さんに騙された!? いやでも、あの場面で嘘なんてつくか……?


「……あの」

「え……?」


 と、そんな思考を再び赤塚の声がさえぎる。

 驚き、我に返った玲はいつのまにか落ちていた視線を赤塚に戻す。見ると、赤塚は明らかに訝しむ視線で玲を睨んでいる。ように見えるが、童顔なためあまり怖くはない。

 ともかく、玲は自分が今置かれている状況を思い出し、はっと声を漏らす。そうだ、今彼女からすればいきなり知らない男が鍵のかかった部屋に入り込み、そのまま何も言わず何もせずフリーズした状態なわけだ。……いや、怪しすぎだろそれ。

 玲はゴホンとわざとらしく咳ばらいをしてみせると、今までの経緯を説明しようとする。


「えーと。何と言えばいいか。俺は怪しいものじゃない、と言っても説得力皆無だよな。あ、でもこの制服見てもらえばわかる通り、俺はお前と同じ、紫尾第一高校の生徒だ。それも、お前と同じ二年二組。で、今日先生にプリント届けるように言われてさ。家、近いみたいで。そしたら、お前の姉の八希さんに、家に上がってけって言われて……そのまま流れでお前の部屋に寄ってってって。鍵も、八希さん渡されたんだ」


 玲が、苦手な長文をたどたどしくしゃべる間、赤塚は一言も言葉を発さず黙って聞いていた。そして、玲が話し終わっても、じっと玲を見たまま視線を離さない。

 信じて、もらえるか……。と、思いつつも内心難しいだろうなとも思う。理由としては一応は筋が通っているものの、自分でもあまりにも都合がよすぎる展開運びだと思わざるを得ない。とてもじゃないがおいそれと信用できるわけはないと思う。が。


 赤塚は、じっと人の顔を見て離さない。まるで、何かを探っているようにお思えるが……。

 人の視線をひしひしと感じ、思わず目をそらしてしまいそうになるが、そこで赤塚は一度目を閉じ、ゆっくりとため息をついた。


「……はぁ」

「……?」

「まぁ、分かった……。もういいでしょ? 目的は果たしたし、とっとと出て行って」

「え……。あ、ああ」


 分かった、という言葉に玲は数度目を瞬かせる。

 信じてもらえるとは、いや信じてもらえないと困るのだが、ここまですんなりと信じてもらえるとあ思わなかった。そもそも本当に信じたのか定かではないが、少なくとも通報や悲鳴の類はしないでくれるらしい。


 ともあれ、赤塚が帰ってと言っているのだ。これ以上長居するのも悪いし、赤塚が帰れと言っているのだから八希さんも錫原先生もここで帰る玲を責めることはできまい。結局、登校復帰の旨は伝えられなかったが、仕方がない。それに、玲としてもこれ以上面倒なことをしなくてすむ。とっと家に帰るか……。


 ――と、いつもの玲ならば思っただろう。事実今もそう思ってならない。


 しかし、今玲にはそうできない理由が存在する。それは、玲がこの部屋に入って驚いた理由……部屋と赤塚の容姿、そしてもう一つに関係している。



 赤い。とても淡い赤色が、赤塚の周りを靄のように包んでいるのだ。

 


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