後輩
「お久しぶりですね! リィ先輩!」
そう言うと、少女は元気よく敬礼をする。
赤色、いや緋色というのだろうか。赤よりも濃い色の髪を後ろで、腰のあたりまでの長さで括っている。
明るい茶色の瞳は、若干釣り目気味だが、その表情のせいかキツ目の印象は全くと言っていいほど受けない。むしろ、そこはかとない元気さとか明るさがにじみ出ている。
「久々じゃな、ヒイロ。元気そうで何よりじゃ」
「はい! リィ先輩こそ、なんというか、ものすごく可愛くなりましたね!」
「そうじゃろ?」
そう言うと、リィは胸を張って見せる。
その動作がなんとも可愛らしく、どうでもよくなってしまうが、そういうわけにはいかない。玲は頭をブンブンと振って意思を強く持つ。
「で、そいつがライラックですか」
「うむ」
「これは確かに……。悪そうな顔してますね」
「じゃろ?」
「こいつを本部に届ければいいんですね?」
「うむ。あ、妾が捕らえたとちゃんと報告するんじゃぞ」
「分かってますよ」
「まあ、お主のことだし心配はしておらんがな。すまんのう、迷惑をかける」
と、珍しく頭を下げるリィ。
そんなリィにヒイロと呼ばれる少女は「いえいえ」と腕を振りライラックを持ち上げる。そう、一見高校生程度にしか見えない体型の少女は、自分よりも二回りは大きなライラックを軽々と持ち上げたのだ。
これには、さすがに玲も状況を忘れて驚く。
「ああ見えてヒイロは超筋力があるのじゃ」
「人は見かけによらないってことですよ!」
普通に白く柔らかそうな二の腕をポンポンと叩いてヒイロはそう言う。
「す、すごい……!」
と、玲の右隣からはヒイロに対する感嘆らしき声が聞こえてくる。
肩口をくすぐるくらいの髪は、綺麗な藍色をしている。紺色の瞳に、幼さを残しながらも整った顔立ちは非常に可愛らしい。が、その装いのせいで可愛さが半減してしまっている。
羽織るのは漆黒のマント。片目を隠す眼帯に、指先の面積がない指ぬきグローブ。服の袖からちらりと見える包帯は、眼帯同様怪我もしていないのにかっこいいと思ってつけているものだろう。
そう、玲と同クラスであり同じ紫尾一五大有名人の一人、琴吹藍那だ。
「……で、なんでお前いるの?」
「え? なんでって、こんな凄いことが起こる状況、首を出さずにはいられないじゃん!」
「……お前な……」
目を爛々と輝かせる琴吹に、玲はため息をつく。
確かに、玲とともにいれば悲しくも異能が関係することに巻き込まれることはあるだろう。琴吹の中二な性格から考えれば、居ても立っても居られないだろう。が、忘れたのか。
つい最近、そのせいで危ない目にあったということを。琴吹にはもう異能はない。そのため、襲われるようなこともないのだから、もう玲と関わらないほうがいい。と、一見思うかもしれないが、そうとも言い切れないため、玲も強く琴吹を突き放すことができないでいる。
これは玲の単なる予想でしかないが、ライラックとヴァニラ。奴らは、なんらかの組織の一員である気がする。ヴァニラが引き返していったのも、そう思った理由の一つだ。
そう考えると、琴吹を一人にしておくのは必ずしも安全とは言えない。ヴァニラは、玲が異能を持っているとは知ったが、具体的な能力は知らないはずだ。考えても、不死身か超回復か……そこらへんを考えるだろう。少なくとも、異能を奪う異能を持っている、とはバレないはずだ。
と、いうことは奴らはすでに琴吹が異能を持っていないことを知らない。玲に奪われたことを知らないのだ。すると必然的に、奴らはまだ琴吹を狙ってくる可能性がある。
「……ま、敵も異能者を判別できる道具やら能力やらを持っていれば別だがな」
その可能性が絶対とは言えない以上、琴吹を一人にするのは得策ではない。
意図しているのかいないのか……まあしていないだろうが、琴吹から玲のもとにくっついてくるのは好都合と言える。
「……とはいえ、こうも毎日家に入り浸られるのもな……」
「? なにか言った?」
「……はぁ、なんでもない」
いつのまにか玲のお菓子を口に運び始めていた琴吹に、玲はため息をつく。まったく、どこから見つけてきたのやら……。
琴吹の異能を奪ってから三日。
あれから琴吹は毎日玲の家に来ては入り浸っている。何を目的としているかはしらないが、理由としては動けない玲の見舞い的な何かだという。なんとも適当な。
そして玲。案の定、あれから腕と足腰がガタガタでほとんど動かすことができない。痛みはないのだが、なんと言えばいいか……。少し違うかもしれないが、脚が痺れたときみたいな感じか? それがもっと酷く。
琴吹には、異能に関することは話した。というか、話さざるをえなかったというべきか。
始めはびっくりしつつも、後半にはすでに目を爛々と輝かせていた。ちなみに、キスの説明の場面では赤面しながらも、複雑な表情を浮かべていた。
「ていうか、琴吹お前いい加減キャラ統一しろよな。かっこつけて偉そうにするのか、普通にタメか、子供みたいに」
「子供ってなに!? そ、それは……」
「ん? いやなんで赤くなってんの? ここそういうとこか?」
なぜか頬を赤く染めモジモジする琴吹に玲は眉をひそめる。
……まさか、今更中二病的な言動が恥ずかしくなったとでもいうのか……? いやだったらまずその格好どうにかしろよ。
「……なーにを思っとるかは知らんが、こりゃ気づいておらんな」
「は? 何に?」
「知らん」
「はぁ?」
リィの意味不明な発言に玲はますます眉をひそめる。
と、視界の端に何を分かったかしたり顔で「ふぅ~ん、なるほどなるほど」などと呟きながらニヤニヤした表情で琴吹とこちらを交互に見るヒイロが映る。
「つーかさ。そろそろつっこんでいいか?」
玲の唐突な発言に、二人と一匹は玲の方を見やる。
玲は、ゴホンと咳ばらいをし、一点を半眼で見やる。視線の先は当然――。
「お前、誰?」
いつの間にかとけこんでいる少女、ヒイロだ。
******
「ヒイロ・シンドール! 異界専門能力封印特殊部隊、第十二部隊副隊長で、隊長であるリィ先輩の後輩です!」
「ヒイロには、このライラックを本部に引き渡してもらうためにこっちまで来てもらったのじゃ」
「リィ先輩からの連絡で、飛んできました! でも驚きましたよー! しばらく連絡が途絶えたと思えば急に連絡が来て、来てみればこんな姿に……。でも、少し本当の姿の面影がありますかね?」
「面影? そういえば、リィの本当の姿ってどんななんだ? 人間なんだろ?」
今まで気にしたこともなかったが、リィの本当の姿。言われてみれば、少しばかり見てみたい気もする。こんな喋り方してるし、結構な歳だったり……。
「それはもう! 絶世の美女ですよ!」
「……そうなのか?」
「おい! 疑っておるな?」
「本当ですよ! ほら! 丁度今みたいな綺麗な薄緑色の長髪なんです!」
丁度今みたいな……。
一斉にみんなの視線がリィの毛並みにいく。
「年齢だって、自分とそんなに変わらないですよ! たしか二つ上でしたっけ」
「うむ。十八じゃな」
「え……」
今度は別の意味での視線がリィに向けられる。
十八。玲と琴吹が十六歳だから、二歳しか変わらないというのか……。
「……じゃあ、なんでそんな喋り方なんだ?」
「あぁ! そういえば、自分も気になってました。そのことで以前エル先輩に聞いたんですけど」
「聞いたのか!?」
「はい。エル先輩が初めて会ったとき……確か十年位前でしたか。その時にはもうこの喋り方だったって」
「十年前!?」
十年前ということは、リィが八歳のころか。その時にはこの口調だったとすると、自分でというより気が付いたらその口調になっていたということだろうか。八歳の子供が自分のことを妾とか言っていたらちょっと怖いけど……。
と、そこで何かを思い出したのか、小さく声を上げるヒイロ。
「今の会話で思い出したのですが、リィ先輩。エル先輩のこと知りませんか?」
「エル先輩?」
「はい。自分の先輩で、リィ先輩の同期だった人です」
リィの口調のことでヒイロが先程尋ねたと言っていた人物と同じ名前だ。八歳のころに出会ったとなると、リィとは結構付き合いが長いのだろうか。
「とは言っても、あやつは途中で部隊を辞めたがな。で、そのエルがどうしたと?」
「はい。リィ先輩も、エル先輩が部隊を辞めてから王宮の王女専属メイドになったって話聞いてますよね?」
「うむ」
「それが先日、王宮が何者かの襲撃を受けたんです。エル先輩は襲われる王女を守るため敵と交戦したらしいのですが……。その後、消息が不明らしいんです」
「王宮が襲撃、じゃと?」
ヒイロの言葉に眉をひそめるリィ。
一方で、話の展開がよく理解できない玲と琴吹は黙ったまま聞いている。しかし、もともと異能を封印していた者がメイドとは。
すると、俯いたままのリィが、「やはり」と小さくこぼす。
「王宮襲撃も、今回の琴吹が狙われた件も、無関係とは思えんな……」
「? どゆこと?」
「王女が狙われた、ということは恐らく王女の異能が目的じゃろう。相当有能なな異能じゃ。そして、琴吹も」
首をかしげていた琴吹も、リィがなにを言いたいのか気づいたようだ。
琴吹も、異能が目的で狙われた。王女を狙う目的と同じだ。つまり、リィはどちらも同一犯の可能性がある、ということだろう。玲としても、それが事実であるならばライラックとヴァニラが組織で動いていたという考えが肯定される。
まあ、目的が同じだけで同一犯とは言いきれないが……。
「……心当たりがある」
「リィ先輩、それって……」
重々しく呟くリィに、ヒイロが視線を向ける。
「《アカノメ》。優良な異能者を攫っては無理やり異能を奪い取る卑劣な組織じゃ。その他にも、異能を悪用して犯罪、テロ活動などを行っておる。最近はすっかりなりをひそめておると思ったが……」
「テロ……」
「その被害者は、実に百にも及ぶ」
「ひ、百!?」
「……その《アカノメ》が、動き出したと?」
「恐らくな」
隣にいる琴吹は驚いているようだが、玲はさほど驚きはしない。
もともと予想はしていたことだし、そもそも異能という一種の『力』が存在するならばその『力』を利用しようとする、悪用しようとする連中は必ず存在する。そういう連中は、いくら注意しても出てくるし、なくなることはない。
それは、『力』というものが存在する以上、絶対だ。
人は、行き過ぎた力は制御できなくなり、吞み込まれる。
人は、圧倒的な『力』に及ばないとき、それを超える『力』を欲する。
人は、何かを成し遂げるために、『力』を欲する。それは、正義や情熱だけでなく、憎悪や憤怒といった感情もだ。むしろ玲は、正の感情よりも、負の感情の方が強いとすら思う。
『力』によって正義がある限り、必然的に悪が生まれる。『力』があるかぎりそれを拒むことも淘汰することもできない。
とはいえ、玲もそれが正しいことだとは到底思わない。どのような理屈をつけようが悪は悪。結局のところそこにたどり着くしかないのだ。
「ん? 奪うって、敵には異能を奪う手段があるのか?」
玲は、脳裏をよぎった疑問を口にする。
玲が異能を奪う異能、『異能奪取』だと知ったとき、リィは聞いたことないといった様子だった。しかし、事前に異能を奪う《アカノメ》の存在を認知していたのだとしたら、さほど驚くべきことでもないのではないだろうか……?
「あくまで推測じゃ。しかし、事実として被害者の何人かは異能がなくなった状態で発見されておる」
「なくなった……」
「でも、それならなんで私の異能を奪いにきたのかな? 黒い炎を出せるだけだったのに」
「それは、確かに」
「王女の異能、紙に綴ったことを現実と化す能力と比べると……確かに少し不釣り合いじゃな」
こう言っては何だが、琴吹の異能は黒い炎を出せる程度。温度もたいしたことはない。これなら、ライターでも持っていた方がまだ有用性がある。
琴吹はライラックと対峙した際、炎の熱量も威力も飛躍的にあがったという話は聞いたし、それは玲も実際に見た。が、奪った後玲が試してみても、以前の使えない火のままだった。いくら工夫をしても、暑くならないし大量には出ない。琴吹曰くアレは琴吹と異能が完全に調和したことで起きたとか異能と心が通ったからとか覚醒だとか中二くさいことを言っていたが、正直わけが分からなかった。
それに、比較対象が綴ったことを現実と化す異能。簡単に言うと、書いたことが現実になるということだろう。正直チートだ。制限や縛りがある可能性は高いが、それでも十分すぎるほど有能な力だ。言ってしまえば何でも思い通りになるということに変わりない。
どうひいき目に見ても琴吹の異能に勝ち目はないだろう。
「……あ、そういえば」
「? どうした?」
「あの時……大柄な男が言ってたの。さすがは元素因子だ、って」
「元素因子? なんだそれ」
言ってリィとヒイロの方を見やるが、どうやら二人とも知らないらしい。
「元素因子……。琴吹の異能のことか……?」
「奴らが琴吹の異能を狙ってきた理由となにか関係あるかもしれんな」
「自分、帰ったらいろいろと調べてみます! 気になりますし」
「そうか。頼むぞ。妾はここから帰れん」
リィはこう言っているが、実際は帰れないことはないだろう。移動手段さえあれば。実際こうしてヒイロと連絡を取れているし。
が、そうした場合どうしても玲も同伴しなければならなくなる。それだけはごめんだ。
すると、帰り支度……といっても特別用意するものもなかったが、済ませたヒイロがライラックを改めて担ぐ。なんというか、高校生くらいの女の子が大柄な男を担いでいる様は異様だ。
「じゃあ、自分は帰ります! 抜け出してきたんで、バレると面倒なので!」
「うむ。すまんかったな」
「いえいえ、リィ先輩のためですから。では!」
それだけ言うと、ヒイロは玄関から出ていき、空高く舞い上がっていった。飛べるんだな。
「……はぁ」
だんだんと小さくなっていくヒイロの背を眺めながら、玲は静かにため息をつく。
姿を消したヴァニラに《アカノメ》。
琴吹の異能に関する元素因子。
エルというじんぶつの消息。
問題は山積みだが、それは玲が今考えてもしかたがないことだ。しかし……。
これからさらに、めんどうなことが起こっていく気がする。
「……寝るか」
玲は、この現実から逃避するように、そう呟いた。




