表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
天才引きこもり少年の女子攻略  作者: 太田裕
青麗院 梓編
13/59

屋上で


 青麗院が見えなくなったのを機に、売店前に集まっていた生徒たちがぞろぞろと帰っていく。

 中にはそのまま売店で昼飯を買う者もいて、おばちゃん店員からしたら嬉しい事だろう。


「……れーくん?」


 青麗院がいなくなってもなお動かない玲に疑問を抱いたのか風祢が顔を覗き込んでくる。

 そして目が合う寸前、はじけるように風祢から顔を背ける。


「あ、いや。……何でもない」

「……そう」

「……」

「……」

「それじゃ、俺行くから……」


 それだけ言うと、風祢を一瞥もせずに玲はそそくさと行ってしまう。


「あ、れーくん! 一緒にお昼、って行っちゃった。もう」


 

******


 

「……」


 売店から帰った玲は、少し早歩き気味に廊下を歩く。


 先程の風祢とのやり取り、それを思い出して玲は頭を掻く。

 風祢を見た途端胸が妙に傷んだ。

 なぜかは分からない。

 だがあれ以上風祢と一緒にいることはとても辛かった。そして目を合わせること、今の目を風祢に見られることも風祢の目を今の目で見ることも。

 なぜだか辛くて痛くてやるせない気持ちがあふれてきた。


 なぜだか分からない。

 いや、本心では分かっている。


 青麗院を見たからだ……。


 強く唇をかみしめる。


「……」


 すると目の前に一枚の扉があるのに気づく。

 いつのまにか目的地についていたようだ。


 目的地、それは屋上だ。

 一人で快適に昼食を摂れる場所は限られている。

 その限られた場所の一つが屋上である。


 玲が屋上を選んだ理由は完全に気分だ。

 風にあたりながら遠くの場所を眺めたい。そんな気分。


「……」

「?」


 扉を開けて屋上に入ると、そこには一人の少女がいた。

 一人になりたかったのに先客。この状況、玲は普段ならば即回れ右しただろう。

 だが今はなぜかそんな気分にならなかった。

 今日はなんだかおかしいな、と玲は自分で思う。


「黒木くん? 君も屋上でお昼?」

「……ああ。倉科こそ、一人か」

「まあね」


 屋上にいた少女、朝のクラス委員長倉科琥珀の周りを見回し、一人なことに少し驚く。

 玲はてっきり倉科みたいな奴は教室でたくさんいる仲のいい友達と昼食を摂っているものだと思っていたのである。初めて会ってから数時間程度しか経っていないが、誰がどう見ても一人で昼食摂るとは思えない人物だ。


「席、隣座る?」

「……ああ」


 そう言うと、倉科は椅子を半分詰める。


 屋上は何にもなく、鉄格子に囲まれた広間に申し訳程度に木製の長椅子が備えらえているだけとなっている。

 故に屋上で飯を食べるとなれば長椅子に座るしかない。

 最悪地面に直接座ればいいが……。


「……ほんと、今日の俺はどうかしてるな……」


 地面という選択肢を捨てて倉科の隣に座る玲は、小さくそう呟く。

 

 隣をちらりと見やると、倉科は弁当から卵焼きを口へ運んでいた。

 どうやら倉科は学校の昼飯は弁当を持参しているようだ。


 倉科から視線を外し、玲は自分の焼きそばパンを開封して食べ始める。


「……」

「……」


 その後手と口が動くだけで二人の間には特に会話もなく、静寂がその場を支配していた。


 どれくらい経った頃だろうか。

 半分残る焼きそばパンをむしんで食べる玲に、倉科がふと呟くように声をかける。


「そういえば、さっき外の売店に青麗院先輩がいたんだってね」

「……耳が早いな」


 倉科の言葉に一瞬躊躇した玲だが、素直に思ったことを口に出す。


 玲は青麗院が売店から去って急ぎ足で屋上に来たのだ。

 しかしそのころにはもうすでに倉科は屋上にいたはずだ。この短時間で校内の情報を仕入れるとは、流石である。それともそんなにも目立つようなことなんだろうか。


「……あ、そうだ」

「?」


 そこで玲は思い至って思わず声に出す。

 

 元々玲はこの後青麗院に対する情報を集めようと思っていたのだが、如何せん学校のことに詳しくない玲はどうしようか迷っていたところだった。

 しかし、確証はないが倉科ならば何かいろいろと知っていそうな気がしたのだ。


「……その青麗院、先輩について何か知ってることってあるか?」

「ん? 青麗院先輩について? んー」


 すると倉科は考え込むように人差し指を額に当ててう~ん、と唸り始めた。

 ……倉科に聞くのは間違っていたか……?


「あの青麗院家の一人娘ってことは知ってるよね?」

「……ああ。それくらいは」


 青麗院。

 玲も詳しくは知らないがかなり大きな家であり、この学校の生徒ではなくても誰しも一度は聞いたことのある名前。

 テレビを見ているだけでもたまにコマーシャルなどでその名を聞くこともある。


「いいところのお嬢様なだけあって、かは分からないけどいっつも周りに人をつけてるよ」

「……ついてたな」


 玲は先程の青麗院を思い出す。

 確かに青麗院の周りには何人かの取り巻き的な奴らがいた。

 それはもう青麗院を守るSPであるかのように一定の距離を保って。


「……そいつら、離れないのか?」

「うーん、離れるところは見たことないかな。学校にいるときはずっと。授業の時だって同じクラスらしいから……」

「……まじかよ」


 はあ、と溜息をこぼす。

 何となくは分かっていたがやはり取り巻きは四六時中青麗院に付きっ切りらしい。

 これでは青麗院と二人で会うことすらできない。

 たとえ青麗院と二人っきりなれたとしても相手にはされないだろうが……。


「……そういえば、さっき青麗院先輩が去り際にすごい事言ってたんだけど……」

「あー、それね。初めて聞いた人はびっくりするよねー。私も初めて聞いた時はびっくりしたし」

「……」

「学内では有名だよ、青麗院先輩の毒舌。普段は穏やかで優しい人らしいんだけどね」


 それを聞いて玲は納得する。

 あの毒舌はもう周知のことだったらしい。

 どおりであれを聞いた他の生徒たちはさほど驚いていなかったわけだ。玲はそのことに対して少し疑問を抱いていた。


 ……しかしあの連中は毒舌を浴びせれれると分かっていながら見に来たのか……。


「……」

「基本的な情報なら青麗院梓。誕生日は五月三日で今年で十八歳とか」

「誕生日、もうすぐか……」

「うーん、あとは頭が良くていつも成績上位。運動は苦手らしいけど水泳は得意ってことぐらいかなー」

「……」

「……そういえば、最近執事が首になったとかで募集中だったような?」


 倉科は思い出すように頭を左右に揺らしながらそう呟く。


 なるほど。

 玲は倉科の話を聞いて考える。

 未だ青麗院を攻略する明確な方法は見つからないままだがいくらかは倉科の話で分かった。

 

「……やっぱり、一回会ってみるしかないか?」


 玲はうんうん唸りながらそう呟く。

 全く相手にされないだろうことは予想がつくが、もしかしたら一言くらい会話を交わせるかもしれない。そうしたらもうけものだ。


「そういえば、黒木くんはどうして青麗院先輩のこと聞くの?」


 すると倉科は不思議そうにそう聞いてくる。

 まあ当然の疑問か……。

 

 しかし正直に異能を奪うためです、と答えるわけにもいかない。

 適当にはぐらかせばいいだろう。


「?」

「……いや、何となく気になっただけだ」

「ふーん。ま、同じ紫尾一五大有名人だもんね!」

「……」


 すると倉科は納得というふうに笑顔を向けてくる。


 対する玲は片膝を地面につけてダメージを受けていた。

 風祢から聞いて知ってはいたがこう他の人から聞かされることによりより一層「あ、やっぱりそうなんだ……」という風になる。


 というかなぜ倉科はそんなに笑顔なんだ。

 疑問に思い若干恨めしい目つきで倉科を見やる。


「かっこいいよね、五大有名人!」


 すると倉科は目を輝かせながらこれまた百点の笑顔でそう言ってくる。


 ……ダメだこれ。


 その瞬間、玲はより一層倉科のことが苦手になったのであった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ