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天才引きこもり少年の女子攻略  作者: 太田裕
青麗院 梓編
10/59

久々の登校

「……」


 玲は今、珍しく自分の姿を鏡で確認していた。


 理由は二つ。

 一つは、髪である。昨日久しぶりに美容院に行って伸び散らかっていた髪を切って来たのだ。

 あまり短くならないように切ってもらったが最近ずっと長かったため妙に違和感を感じる。顔についての感想は普通。どっちかといえばかっこいい寄りになるのかもしれないが目の下のクマが完全に取れなかったのがマイナスポイントだ。

 

 二つ目は、もう懐かしく感じる学校の制服を着ているからである。

 一週間しか使わなかった制服。黒色の、よくあるブレザータイプだ。

 これもまた来ていて妙に違和感を感じるし、玲にとって制服を着る自分を見るのはなんだか歯がゆい気分になる。


 これらから分かる通り、今日月曜日。

 黒木玲は約一年ぶりに高校へ登校する。


「以外と様になっているではないか」


 鏡を見ている玲の下へ、リィがやって来る。

 

「……」


 せっかく寄って来たリィだが、今の玲には取り合う余裕はない。

 正確には、今の玲には誰の声も届かない。


 なぜなら、玲は朝に弱いからである。

 寝起きの玲は大抵ぼーっとしていて何をする気にもならずに完全オフモードなのだ。それどころかなかなか起きない上に二度寝は確実。

 そんな玲が朝きちんと起きて今身支度を整えているのはほぼ奇跡に近い。


「仕方ないのう」


 それを昨日一昨日で理解したリィはうまく玲を洗面所に誘導していく。

 そして無理矢理顔を洗わせる。


 冷水で顔を洗うと、玲はいくらかオフモードがオンに切り替わる。

 ほとんどの場合が洗顔まで至らないために午後にならないと復活しないのだが。というより、玲は寝ることが少なく、徹夜がほとんどなのであまり関係ない。


「起きたか?」

「ん? ああ、おはようリィ」

「うむ。して―」


 玲がようやく意識を取り戻したころ、家の中にチャイムの音が響く。

 なんじゃ、と思うリィを他所に玲はあ、と声を出し急いで時間を確認する。


「今は、う……」


 すると時刻はもうじき七時になるくらいだった。

 玲は、急いで玄関に向かう。


「おじゃましまーす」


 すると、いつものように応答がないのを確認して家に上がるのは幼馴染の風祢であった。


 玲はすっかり忘れていたが平日のこの時間帯は玲に風祢が朝食を作りに来るのだ。

 それにこの時間玲はいつも寝ているかゲームに没頭中なので基本返事はない。


「よいしょっと、え? えーと、え!?」

「あ、ああ、おはよう……」


 靴を脱いでいた途中だった風祢は玲を見るとまるでありえないものを見たかのように目を丸くして硬直する。手に持ってた脱ぎたての靴が手から滑り落ちるが気にしない。


「れ、れーくん?」

「ああ……」

「そう……」


 すると今度は何かを考え込むかのように手を顎に当ててぶつぶつ呟き始めた。

 かろうじて玲の耳に届くのは頭や病院などという単語……。


「……別に頭がおかしくなったわけじゃないし、病院も行かないからな!?」

「じゃあ。なんで……」


 見ると風祢の顔は本気で心配している表情である。

 ほんとにお前は俺をなんだと思ってんだよ、と思いながら玲ははあ、と溜息をつく。


「学校、行くの?」

「そのつもりだけど……」

「本当に!? そっかあ」


 玲が答えると、風祢は驚きつつも嬉しそうな安心した様な表情を浮かべて笑った。

 その笑顔に歯がゆい思いをしながら玲は取り敢えず風祢を家から出そうとする。


「……まだ準備が終わってないから、外で待っててくれ。すぐ行くから」

「え? 朝ご飯は?」

「え? あー。食べた……」


 そう言うと、風祢の背中を押して玄関から出す。

 それから、すぐに家に戻り急ぎで準備をする。


「なんじゃ、急いで」

「……あ、お前、大人しく待ってろよ」

「何を言っておる?」

「?」


 急ぎながらしたくする玲の言葉にリィは不思議そうに首をかしげる。

 その動作の意味が分からなかった玲は、怪訝に動きを止めてリィを見やる。


「妾も行くに決まっているじゃろ」

「……は? なんで」

「む。言っておらんかったか」


 その言葉に玲はこの期に及んでまだ言い忘れがあるのかよ、と思いながらもリィの言葉に耳を貸しながら支度を再開する。


「妾とお主はあまり離れられんのじゃ」

「離れられないって……」

「魔法じゃ。今妾とお主は繋がっていると言ったな」


 そこで玲は初めて会ったときにリィが言っていたたことを思い出す。

 契約魔法《コントラクト》。

 確かその魔法により玲とリィは見えない管のようなもので繋がっているということだった。


「それが?」

「あまり離れすぎるとその管が耐えきれなくなり魔力が漏れる」

「……」

「そして魔力が漏れ続けると自然と体内の魔力が減っていき、なくなると死ぬ」

「……」


 リィの突然の説明に玲は再び手を止める。

 玲自身分かってはいたが命に関わるほど重要なことを言い忘れるとは。

 リィへの呆れとともに玲はマジかよ……。というような気分になっていた。

 

「……ちなみに離れられる距離は?」

「長くて百メートルというところじゃ」


 全然短い距離だ。

 玲の家から学校まで百メートルなんて距離は普通に越える。自然とリィも玲についていかなくてはならなくなるわけだ。


「……」


 玲は目をつむって考える。

 リィを学校に連れて行くと絶対にろくなことにならない気がする。

 しかし共に行かないと死んでしまうのなら初めから選択肢は一つしかない……。


「……いや」


 ここで玲は考え方を変える。

 ここはポジティブに捉えるべきだと。

 今までは完全にネガティブ思考だったが、こう考えるのだ。


 学校でもリィを、というか可愛い子猫を眺めていられると。


 さすがに他の人の前で堂々と子猫を学校に連れてきているのを見られるのはダメだが一人の時は存分に堪能できる。


 そう考えると、玲は自然と悪くない様な気がしてきた。


「……絶対にばれないようにしろよ」

「ん? 意外じゃの。お主はもっと渋ると思っておったが」

「……まあ」


 初めは連れて行きたくなかったが、今玲の頭の中には学校でリィを愛でることしかない。

 それに……。


「猫を連れてきちゃダメなんて校則はないからな」

「常識じゃからじゃろ……」


 自分から言っておいて呆れているリィを尻目に玲は準備を終える。

 自分で言っていて微妙に論点がずれたような気がしたが、そんなこと玲は気にしない。


「そういえばお前、どうやってついてくるの?」

「そうじゃの……。お、いい場所があるではないか」


 そう言うと、リィはぴょんとはねて玲の制服の胸ポケットに潜り込む。

 しばらくもぞもぞ動かれてくすぐったかったが、位置が決まったようで動きが止まる。


「ここならお主にしか聞こえないようにも喋れるじゃろ」

「なるほど」


 胸ポケットは顔に近いため小声で話せば周りに聞こえず玲だけとコンタクトが取れる。

 考えたな、と珍しく玲はリィに感心する。

 若干膨らんではいるがそもそもポケットは何かを入れるためにあるのだから問題はない。幸いリィは小さいため異常なほど膨らんではいないし、一見しては誰も変に思わないだろう。


「おっと、忘れちゃな……」


 そう呟くと、机に置いたままのコンタクトレンズをつける。

 生まれて初めてコンタクトレンズをつけた玲だが、不思議と違和感はなかった。みんなそうなのかこれが魔法器だからなのかは分からないが。


「それじゃ、行くか……」



******



「久しぶりだね、れーくんとこうして二人で歩くの」

「……ああ」


 一年ぶりの通学路を歩きながら、玲はぼんやりと考えていた。

 本当に上手くいくのだろうか。

 異能を奪うと決めたはいいが、惚れさせるとか実際に行うことは可能なのか。第一自分に惚れられる要素がない。

 だんだん引き受けたことを後悔し始めてきた。


「髪、切ったんだね」

「……ああ」


 風祢が、玲の髪を見ながら指摘してくる。

 

「見合ってる、よ?」

「……」


 そう言いながら、風祢はそっぽを向いてしまう。

 玲も、なんだか居心地が悪くなって視線を空に向ける。


「……」

「……」

「ついたね……」

「……ああ」


 気が付くと、もう学校についていた。

 いつもはあまり意識してなかったが、久しぶりだったので緊張して会話があまりなかったのだが、それでもあっという間だった。


「ん?」


 そこであるものが目に入る。

 ものというか人だが、それは何人にも囲まれながら歩いていた。

 いうなれば、取り巻きをつけている女王様のような。よく見ると、周りの学生もその女王様に視線を向けながら騒いでいる。


「あれは……」

「あ、そーか。れーくんは知らないんだよね」


 玲の視線の先の気づいたのか、風祢が隣によって来る。


「三年の青麗院(せいれいいん)(あずさ)先輩」

「青麗院ってたしか、学校裏の……」


 玲は学校の後ろをずっと行った先に青麗院の屋敷があったのを思い出す。

 一度少し見たぐらいだが、結構大きかったのは覚えている。詳しくは知らないが……。

 

「うん。そこの一人娘らしいよ」

「……」


 なるほど、と玲は納得する。

 いいところのお嬢様なら取り巻きの何人かは連れていておかしくない。

 それに遠目で見てもすごい美人なのが分かる。

 美人のお嬢様なら、他の生徒の注目の的でもあろう。


 しかし……。




「……これは面倒なことになったな」




 玲は、青麗院梓の周りから出る青いもやのようなものを見ながらそう呟いた。



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