プロローグ『猫』
――――失敗した。
今妾の頭の中にあるのはそんな感じのことばかりである。
――――失敗した。しくじった。やってしもうた。ミスった。ヤバい。どうしよう。どうするか。何とかせんと。どうにか。うむむ。うむむむ。うむむむむ……。
「でさぁ~」
「まじで!? あははは」
目の前からそんな声が聞こえてくる。
若い男女だ。妾がこんな危機的状況に陥っているというのにイチャイチャしよって。
「ニャ~」
「ん? 捨て猫じゃん」
「ほんとだ可愛い~。でもうち母さんが動物ダメでさぁ」
「俺んとこのアパートも動物ダメなんだよな」
「可哀そうだけど仕方ないよね~」
そう言うと男女はそそくさと行ってしまった。
なにが可愛い~、じゃ。彼氏の前だからってぶってるんじゃないわ。
どーせたとえ飼える環境でも拾いやせんのじゃろうに。
ああー、もうムシャクシャしてきたのじゃ。
帰りたい。帰ってテレビ見ておやつ食べて寝たい。
しかし魔法器も何処かへ行ってしまった上にこの体じゃまともに力も出せん。
お腹減った。
なにか食べたい。
「ニャァ……」
溜息がこぼれる。
どうしてこうなってしまったのか……。
何処かにこんな捨て猫を拾ってくれるような優しい人はおらんのか。
道路の隅、電柱の脇にある妾のマイホームからは沢山の通行人が見える。当然向こうからも妾のことが見えるだろう。
下校途中の学生。通勤帰りのサラリーマン。買い物帰りの主婦。
夕刻の今は通行人が多い時間帯だ。いろんな人がチラッとこちらを見たり、話のネタにはするが誰も拾ってくれるどころか一定位置からは近づこうともしない。
冷たい。
世の中はここまで冷え切ってしまったか。
悲しいかぎりじゃ……。
――ニャアァァァ。
どれくらい経った頃だろうか。
いつの間にか空は真っ黒に染まって数多の星々がキラキラと存在を主張している。
そんな中、猫の鳴き声が響く。体の大きさの関係であまり大声ではない為、誰も気づいてくれぬが。
――ニャアァァァ。
再び叫ぶ。
この世の不条理とこのやるせなさと空腹を乗せた叫びを。
もうこの叫びすらも空腹を促進させるだけだと思い、うずくまろうと身を寄せた時、
「ん?」
人の声がした。
小さくて今にも消えてしまいそうなほどのものだったが、確かに聞こえた。
「ニャア! ニャアァ」
唯一の希望。
暗闇の中でやっと見つけた光明。
縋りつくような思いだった。
「捨て猫か……。どれ」
声の主は、そう言うとこちらまで寄ってきて抱いて寄せてくれた。
ぱっと見ただけでは分からないが、おそらく十五、十六辺りの少年だろう。
髪は不衛生にも伸び散らかっていて、目の下には酷いクマがあった。
しかし、温かかった。
久々に感じた人肌というだけではない。
何か、相手の内側から伝わる温かさのようなものがあった。
クマの酷い目も、今は不思議な優しさに満ちていて、なんだか心地よかった。
だからだろうか。
この体が酷く不安定で、力の制御もできないほど脆いものであるということを忘れてしまったのは。
――――瞬間、少年と猫の間に一筋の光が走った。