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とある女子高生の日常雑談

作者: 森野カエル
掲載日:2016/07/17

 教室にチャイムの音が響く。

「はいじゃあ今日はここまで。戦国時代からはテストに出すのでよく勉強しておくように」

 そう言うと、テストという言葉に不満を表す生徒たちを無視したまま、先生は教室から出て行った。

 生徒たちは各々机の上を片付け、休み時間の始まりに教室の中が騒々しくなる。

 そんな中、いまだ教科書とにらめっこしている少女が、教室の真ん中の席にいた。

 艶々の長い黒髪を背中に流し、少女は形の良い眉を寄せて、教科書を睨み付けるように見ている。

「どうした? 千歳」

 黒髪の少女の後ろから、傷んだ茶髪をポニーテールにした少女がやって来た。

 黒髪の少女、千歳の机の横に手をのせて、茶髪の少女は教科書を覗き込む。

「これをどう思うハルカ?」

 千歳が教科書の一文を指し示す。

 ハルカと呼ばれた茶髪の少女は、その一文を読み上げた。

「えーと、豊臣秀吉は木下藤吉郎だった頃、草履取りの仕事をしていました。これさっき授業でやったところだね」

「そうなの。それで注目して欲しいのは次のところ」

 千歳に言われ、ハルカは再び読み上げる。

「とある冬の日、信長が草履を履こうとしたところ、草履が暖かくなっており、信長は草履を尻に敷いていたのだろうと藤吉郎を怒りました。しかし、藤吉郎は草履を履く時に信長が冷たくないようにと懐で暖めていたことを話し、それにいたく感心した信長は藤吉郎を引き立て、藤吉郎は出世することが出来ました。……ここ?」

「そう。そこ」

「ここがどうしたの?」

「気持ち悪くない?」

「は?」

 眉間に深いシワを刻んだ千歳の突飛な言い様に、ハルカは驚きつつ返す。

「いや、どこが気持ち悪いの? 良い話じゃん」

「ハルカはおまじない事件を覚えてる?」

「え? 何いきなり。おまじない事件? 何それ」

「おまじない事件ってのわねぇ」

 机を挟んだハルカの反対側から、ぴょんと少女が飛び出して、急に会話へ入ってきた。

「おおっ。まゆり」

 ゆるゆるとカールした肩までの薄い茶髪が、飛び出した反動でふわりと揺れ、まゆりと呼ばれた少女の顔にかかる。

 まゆりは髪を耳にかけて、人好きのする笑顔で話を続けた。

「好きな人の上履きを履いて三歩、歩くと両想いになれるって、おまじないが女子の間で流行ってたんだけどぉ」

「ああ、部活の仲間もそんなおまじないの話してたな。最近は聞かなくなったけど」

「実はおまじない相手のイケメン君がおまじない直後だと知らずに上履きを履いちゃって、上履きが生暖かくて気持ち悪いって言われちゃったの」

「それは……。何と言うか……」

「周りにいた男子たちがおまじないのことを話したんだけど、それでもよく知らない女子に上履きを履かれるなんて気持ち悪いし引くって言ってて、それを聞いていた近くにいた女子が、両想いのおまじないじゃなくて嫌われるおまじないだーって広めちゃってね。それで、おまじないをやっていた女子たちがショックを受けて、その日、一日もぬけの殻で酷かったってことがあったの」

「あー、なんか結構な数の女子が、机で屍状態になってたことがあったけど、それか。部活の仲間も魂が抜けたようになってて、使い物にならなかったんだよな。まあ、次の日には治ってたけど」

「そうそう。その日」

 腕組みをしながら、ハルカはその時の惨状を思い出し、まゆりはそれを肯定するようにこくこくと小さく頷いた。

「で、それを踏まえて」

 千歳がハルカとまゆりの会話を遮るように、大きな声を出して教科書を指す。

「これ、気持ち悪いでしょ? 人の体温で暖まった草履なんて、履くの嫌じゃない?」

「え? うーん……」

 腕を組んだまま、ハルカは考えに首を傾ける。

「嫌……かも?」

「ほら!」

「いや、でも待って!」

 ハルカは手のひらを千歳に向けて、ストップの形を作った。

「一応、信長と秀吉は部下と上司でお互いに知っている間柄だし、それに、寒い冬の日だから、秀吉の気遣いに感動するってことはあるかも」

「ハルカなら感動出来るの?」

「むー……。感動するかも?」

 疑問系でありながらも、ハルカのニュアンスは肯定よりだった。

「そう。なら想像してみて」

「え、今度は何?」

「ハルカは今の部活の部長になりました。冬の寒い日に、置いてあった自分のシューズに履き換えると、シューズが生暖かいのに気付くの。誰か私のシューズの上に座ってたんだなと怒ると、雑用の一年が現れて『部長が履くときに冷たくないよう、シューズをジャージの内側に入れて体温で暖めておきました』と言ってきた。さあ、ハルカは何と答える?」

「……お、おう」

 それ以上ハルカは何も言わず、三人の間に沈黙が落ちた。

「……それだけ?」

 先に口を開いたのは千歳だった。

「いや、他に言いようがないだろ! だって、雑用と言えどそんなことまで求めてない! しかも、ジャージにシューズ突っ込んで体温で暖めるとか、ビックリ通り越して引くよ! ドン引きだよ!」

「ほらぁ。気持ち悪いじゃない」

 千歳は勝ち誇った顔をした。

「うん。確かに気持ち悪い。自分に当てはめてみるとよく分かった」

「でしょ? で、そうなると、気になってくるのはこの気持ち悪い件で出世出来た秀吉のこと。真面目に仕事をしていたとしても、こういう相手をそばに置きたいと思う?」

「私は嫌かな。実力があればスタメンにしないわけにいかないけど、出来るだけ距離置きたいかも」

「それなのに信長は距離を置くどころか、どんどん仕事を任せて出世させているのよね」

「うーん。何でだろ」

 ハルカは腕を組み、千歳は頬に手を当てて考えに悩む。

「フフフ。その答えを出すには二人に足りない情報があります」

 不敵な笑いで、まゆりが悩む二人を見る。

「情報?」

「何だそれ?」

「それはねぇ」

 まゆりがもったいぶって一拍開ける。

「織田信長が男色だったということよぉ」

「男色?」

「そう。信長は男が好きだったのぉ。ウフフ」

 まゆりが笑みを深くして話を続ける。

「想像してみて。三年生になって、二人はそれぞれ今の部活の部長になるの。部活には雑用を頑張る一年男子がいて、よく働くなあと気にかけていたわ。そして、寒い寒いとある冬の日。部活が終わってみんなで帰ろうとするんだけど、雑用を頑張る一年男子が近付いて来て……。『部長! マフラーも手袋もないんですか? 風邪ひいちゃいますよ。良かったら僕のマフラーを使ってください』そう言って、ふわりと首に巻かれるマフラー。今まで使われていたそのマフラーは、ほのかに暖かくて、身体を芯から暖めるの……」

 まゆりが喋り終わると、三人の空間だけが静かになった。

 そして、その静寂を最初に破ったのはハルカだった。

「……胸キュンした! めっちゃ胸キュンした!」

「でしょ?」

「秀吉の草履とりは、まさかの少女漫画展開だったのね」

 ハルカと千歳はうんうんと頷いて納得していた。

「なるほど。それなら、秀吉が出世したのも分かるわ。それ以降、信長は秀吉を気にしてついつい目で追っちゃって、仕事を誰に任そうか考えた時に、ふと秀吉を思い出して秀吉に任せてしまうのね」

「信長可愛い!」

 三人がほっこりしてまとまったところで、教室にチャイムが鳴り響いた。

「あ、次の授業だ」

「席に戻らなきゃ」

 ハルカとまゆりは各々の席に戻り、千歳は次の授業の準備を始めた。




 end


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