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第16話 遙かな春

 予想はしていたはずだった。

 あれからもう、二七年も経過しているのだから、空き地がなくなっている可能性の方が高いことは、充分に理解していたつもりだった。


 だが、それでもやはり、荒涼とした喪失感を覚えずにはいられなかった。


 もし二四歳の春に、この場所を見つけていれば。

 その時なら、昔のままの景色だっただろうか。彼女はこの原っぱで、待っていてくれただろうか。

 それはただの現実逃避で、限りなく都合のいい妄想だとわかってはいたが、どうしても止めることはできなかった。


「すいません」


 浩輔は、声をかけられるまでずっと、呆然としていたことに気付かなかった。意識を取り戻して、声がした方に顔を向ける。そこには、髪の長い女性がいた。


「あの家に、なにか御用ですか?」


 じろりと、訝しげな目をする長髪の女性。空き地だった場所に建っている一軒家の住民のようだ。どうやらずいぶんと長い時間、立ち尽くしていたらしい。周囲は暗くなりはじめていて、夕暮れが迫っていた。

 浩輔は、適当に取り繕って、すぐにこの場所から立ち去ろうとした。


「いえ、すいません。特に用事はないんですけど、その……昔に、この近くに住んでいたもので」


 だが考えとは裏腹に、自然と言葉が口を衝いて出る。よほど感傷的になっているな、と思った。


「その時によく、この近くで遊んでいたんです。空き地だった時に、小さな女の子と一緒に……だから、一目見ておきたくて。そう思って来たんです」

「女の子?」


 長髪の女性は、さらに不審そうに、浩輔の顔を睨み付けた。浩輔は、口を噤んだ。そして、もうここは自分のいるべき場所ではないと、理解した。そのまま、踵を返そうとする。

 その寸前にふと、女性の後ろに、小さな人影が隠れているのが目にとまった。この女性の子供だろうか。相手も気が付いたのか、ひょこっと顔を出す。


 八歳ぐらいの女の子で、髪型はショートボブ。ポンチョのような服装。

 それは、記憶の中の、×××と瓜二つだった。


「ハ――」


 喉から、声がせり上がった。唐突に湧き出した×××の名前は、最初の一文字だけで、あとは息切れしたように、続かなくなってしまった。

 女の子は、長髪の女性のスカートを、ぎゅっと握りながら、不思議そうに首を傾げている。浩輔は、もう一度凝視した。いや、違う。よく似ているが、髪の毛と瞳の色が違っていた。それとも、目の前にいる長髪の女性が、実は×××の成長した姿なのだろうか。だが、どちらもやはり、別人のように思えた。

 長髪の女性は、なにかを考え込むように、顎に指先を当てていた。そして納得したように、うん、と頷いて口を開いた。


「もしかして、ハルちゃんのことですか?」

「ハルちゃん?」


 予想していなかった言葉に、つい聞き返す。


「ええと、ごめんなさい。ハルちゃんっていうのは、私達の家に住んでいる子供で、でも私達の子供じゃなくって……ああ、なんて言えばいいのかな」


 長髪の女性は、空中で指先をくるくると回した。


「主人の連れ子、ではないんですけどね。主人が小さい時に、ここで一緒に遊んでいた友達らしいんです。しばらく疎遠になっていたんですけど、十五年ぶりに再会できたらしくって。それでその子がいる、この場所に家を建てることになったんです」


 浩輔は、まるで自分の話をされているような、奇妙な錯覚がした。


「あなたがまるで、主人と同じようなことを話すから、気になったんです。もしかしたら……きっと、あなたが言っている女の子も、ハルちゃんのことだと思いますよ」


 長髪の女性は、警戒心を解いたように、にっこりと微笑んだ。浩輔は、長髪の女性と、小さな女の子の顔を見比べた。

 夕暮れの色を濃くしていく空から、木枯らしが吹き付ける。それは道路に沿って未だ残っている、黄金に染まった短い草花と、女性のすらりとした長い髪、背後に付き添う女の子のポンチョの裾を揺らした。

 目の前の少女が、記憶の中の彼女と重なる。

 浩輔は、唾を飲み込んで、訊ねた。


「彼女は、今もこの近くにいるんですか?」

「ああ、そっか。すいません、言い方が悪かったですね」


 長髪の女性は、どこかを指差そうとしたが、スカートの裾を引っ張られていることに気が付いて、しゃがみ込んだ。すると女の子が、舌っ足らずの声で喋った。


「ねえ、ハルちゃんを呼ぼうよ」

「そうね、遥香(はるか)。説明するよりも、実際に会ってもらった方がいいわね。今から呼びますから、ちょっとだけ待っていて下さいね」


 そう言うと、遥香と呼ばれた女の子とその母親のような女性は、空き地だった場所に建っている、西洋風の家の中に入っていった。浩輔は、一人取り残されたまま、その建物の外観を眺めていた。


 想い出の場所が潰えたから、すべて消えてしまったと思っていた。

 だが、もし今も土地の敷地内、この家の内側にいるとしたら。

 そしてハルちゃんという人物が、本当に×××だったとしたら。

 浩輔は、汗ばんだ手を拭った。やがて、一軒家の扉がゆっくりと開く。その隙間から、どこか懐かしいような匂いがした。

 それはまるで、冬の終わりに芽吹くような、麗らかな春の香りだった。追想のフィルムを、ゆっくりとコマ送りにするように、小さなシルエットが、ようやく現れる。


「ハルガ!」


 浩輔は、溜まらなくなって、駆け出していた。ついに思い出した、×××の名前を叫んで。

 童心に帰ったように、懐かしい感情が、止め処なく溢れだしていた。




 第17話 桜月夜 へ続く..

 

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