両手の使い方
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高校に入学して、僕は心にひとつ決めていた。
「もう暴力は使わない」
これは僕にとっちゃ、サルがいきなりホモ・サピエンスになったくらいの進化だ。
あんたの地元にも悪ガキのやたらと多い中学校って1つくらいあるだろ?
万引き、タバコ、ケンカ、シンナー、無免許運転、他にも色々。
まぁ一言で言えば悪い奴ほど良い。
僕の通ってた学校は、そんな掃き溜めみたいなところだった。
そこでのルールはただ1つ。危なくて、力が強い者が上に立つ。
それに心が壊れてりゃ文句なしだ。
小学生のころは、近所で可愛いと評判だった僕も
そんなごみ箱みたいな環境で、確実に強くなった。拳の使い方を覚えたのだ。
最近まで両手は人を殴るためについてると、本気で考えるようになった。。
ケンカの成績は、だいたい50戦中40勝10敗。
校内序列的には「怒らせないほうが良い」くらいだ。もちろん救いなんてない。
はずだった…。
そんな僕を変えたのが、生活指導の神崎。
中3の春いつものように、同級生を顔の形が変わるまでボコボコにして
いつものように僕は指導室に呼ばれた。
指導室のドアを開けると神崎は窓のほうを向いて、黙って立っていた。
そのままの姿勢で神崎はつぶやく。
「なぁ、おまえはなんのために人に両手がついていると思う?」
なんだかいつもの説教とは違う。まずそう思った。
「俺なぁ……2年前娘を亡くしたんだよ。交通事故でな。」
「いきなりなんだよ。不幸自慢か?。」
僕がそう言うと尾崎は鼻で笑った。
「まぁそんなところだ。少しだけ言わせろよ。美香は可愛い一人娘だった…生きてりゃおまえの6つ上の年かな?その日、俺はけんかで補導された悪がきの指導任されててな。そいつ殴り倒して相手の親に誤りに行かせたんだ。悪がきは力で押さえつけんのが1番だと思ってたからな…。」
僕はいきなりの尾崎の過去に動揺していた。この学校で大人の弱い部分を見せ付けられたのは、初めてだったからかもしれない。それでも僕は珍しく背筋を伸ばして」「人の話を聞く姿勢」になっていた。
尾崎が聞いたこともないような柔らかい声で続ける。
「それでな、家に帰る途中の車で、奥さんから電話がかかってきたんだよ。美香が意識不明の重症だ!!って。それでとりあえず病院にかけつけた。」
ひたすら泣いてる奥さんに聞くと、どうやら無免許運転の未成年に轢かれたらしい。
悪い夢でも見てるんじゃないかって思ったよ。でも夢なんかじゃなかった。ベッドにはすでに向こうの世界に逝ってしまった美香が横たわっててな・・・・俺もいい年して泣きじゃくったよ。うん。」
僕はその時点で完璧にショック状態だった。話が悲惨だったからじゃない。尾崎がそんなことを僕のようなただのクソガキに話していることにだ。
「それで・・・轢いたやつをぶん殴って、絞め殺そうと、そいつんとこに駆けつけたんだ。
頭ん中では「ぶっ殺す」ってまるでBGMみたいにずっと鳴り響いてた。いや、本当にそうだったかどうかは今は覚えていねぇ。そんくらいの勢いだった。
……でも、そいつをぶっ殺すことはできなかったよ。そいつは・・・2年前に俺が指導って名を借りて痛めつけてた生徒だった。そいつの顔を見て、俺の中のなにかが折れちまってな。
信念とか、理想とか。とにかく俺のやり方は間違ってたって身をもって思い知らされたんだ。
そいつは俺が痛めつけてた頃と、なんも変わっちゃいない。あとの警察の調べで、薬物反応も出た。俺は教師をやめようと思ったよ。」
尾崎はそこでいったん言葉を切った。沈黙が流れる。実際には時間なんて立ってないんだろうけど。僕には永遠に思えた。沈黙に耐え切れずとりあえず言葉を投げる。
「じゃ、じゃあなんでまだ教師なんてやってんだよ。」
尾崎はその日初めてこちらに顔を向けた。逆光で表情はあまりわからないが、別に悲しそうな顔はしていないみたいだ。
「それはな……今、俺がこうやって教師でいられるのは、美香の最後の言葉があったからなんだ。きっと自分でもうダメだと感じたんだろうな・・・延命装置を外してあの子は息絶える少し前、母親にこう言ったんだ。」
「お父さんは?……仕事中?えらいよね。いっつも子供を悪い環境から両手で守って、支えてるんだから。お父さんが来たら言ってあげて。お父さんは美香の自慢だよって。美香がいなくなっても…たくさんの子たちを、守り続けてねって。ママ、しっかり伝えてよ。」
「それが美香の最後の声だったんだと、奥さんに泣きながら伝えられたよ。恥ずかしかった。
今までの自分が。30年教師をやってて、俺はなにも成長せず、ただ拳で全てを解決しようとしてたんだ。結局、殴って、蹴って、這いつくばらせても、残るのは恐怖と憎しみだけだったんだ。それからの両手の使い方は、美香が教えてくれたよ。」
僕の両目には、なぜか涙が溢れていた。くそ、なんてかっこわりいんだ。でも僕の涙腺は
緩んだままだった。尾崎も、少し目が赤い。
「そ、そんでその話を、俺に聞かせてどうしよおってんだよ。」
せいいいっぱいイキガッって言って見せたが、泣き声なのでひどく情けない。
「俺は…おまえが人より力が強いのを知ってる。でもそれ以上に、人の痛みがわかる奴だってのも、俺は知ってるぞ。おまえは他のやつみたいにケンカをしても、毎回いつも最後は大怪我にならないようにしてる。それに自分からは手を出さない。俺だってこんな話を、どうしようもない奴にする訳ないだろうおまえは・・・両手の使い方がわかるやつなはずだ。」
「うるせぇ!おまえに俺のなにが・・・」
そこまで言ったけど、声にならなかった。真剣に話す人の言葉には、心を動かす見えない力がある。ここまで聞いておいて、誰が人を痛めつけられるだろうか。
僕と尾崎は、それから少しの間黙ってお互いをにらみ、そして別れた。
僕はそれから卒業するまで、ケンカをしなかった。
それまで一応けっこう恐れられていたので、ケンカを売ってくるやつもいない。
平穏な時間が過ぎ、僕は少しずつ変わっていた。
アホ高校に入り、最初のほうは少しケンカも売られたけど相手にしなかった。
そうゆう奴はだいたい、僕の友達に放課後ボコボコにされていたけどね。
それはもう「ドンマイ」としか言いようがない。
それでもまだ、昔のように手が出そうになることは何度もあったし、自分が自分じゃなくなるようで、少し怖かった。誰だって、いきなり変わるってのは難しいよな。
「もう暴力は使わない」なんて良く宣言してしまったもんだ。
でもそんなイライラや不安も、長くは続かなかった。
僕には彼女ができた。
明るく、優しく、強気な由紀は、僕にはもったいないくらいの女の子だ。
でもほんとに強い人なんて、なかなかいない。
彼女は教室では強気な美人だけど、放課後には泣き虫な女の子になってしまう。
些細なことでもひどく気になる性格。僕とは正反対。
何度も「キライにならないでね?」と泣いて聞く彼女は、とても弱い小動物のようだ。
そのたび僕はそっと涙をぬぐって、そして優しく抱きしめる。
彼女が少しずつ、笑顔を取り戻す。
そのあと手をつなぎ、町に散歩に出る。そんな瞬間が最近の僕には、1番幸せな時間だ。
もう誰かを殴って、制圧して得る快感なんて、馬鹿らしくてしょうがない。
大切な人を支えることに比べればね。
今手のひらには、誰かの血じゃなくて、彼女の温もりが乗っかっている。
……僕は両手の使い方を覚えた。