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寒椿  作者: 日向あおい(妹の方)
5/9

5.数ぅ〜。早く助けてくれよぉ〜


「あのう。ゆずるさんは?」

 言い難そうに、オーナーの奥さんが数久と直久の間に目を漂わせながら、尋ねた。

 あれからずっと部屋に籠もったままで、昼食の席にも、ゆずるは姿を現さなかった。

「気分が悪いそうなので……。すみません」

 本当に申し訳なさそうに謝った数久の横で、

「気分じゃなくて、機嫌だろ」

 と、直久は口一杯にご飯を詰め込んだ。

 ――数は悪くない。ゆずるが勝手に怒っているのだ。数はゆずるを心配しただけなのに。

 ホント、わけ分かんないヤツ!

  怒りに任せてガツガツ食べたために、味がまるで感じられない。奥さんの手料理だというのに、なんつーもったいないことをしたんだ! 俺は!

 ある程度腹が満足して、落ち着いた直久は奥さんに対して申し訳ないやら、ひらすら料理がもったいないやらで、沈んだ気持ちになった。

 だが、落ち込んでばかりもいられなかった。急に、ゆずるのことが気なったのだ。

 ゆずるは今、力を失っている。そんな時は悪霊に狙われやすいと言うのに、よりによって、ゆずるはあの超怪しげな開かずの扉の部屋の真上に、たった一人でいるのだ。

「大丈夫なのかよ?」

「え?」

「ゆずる、一人で」

 直久の口から、まさかゆずるを心配するような言葉が出てくるとは思いもしなかったのだろう。

 数久は一瞬面食らう。だが、すぐにやんわりと微笑んだ。

「大丈夫だよ。雲居に側にいてもらっているから」

 雲居というのは、数久の白蛇の式神の名前だ。

「――ならいいけど」

 直久は視線を落として湯飲みに手を伸ばした。すっかり冷めた緑茶を一息に飲み干す。

 ほっ、とさせる穏やかな時間が流れた。

 オーナーは湯飲みを片手に新聞紙を広げている。奥さんは台所で片付けをしている。食器がぶつかる音が、静かに響いていた。

 いつの間にか、妃緒の姿がなくなっていた。そうと気付いた時、今があの事を聞くチャンスだと直久は思った。あの事、つまり、舜さんのことだ。

 隣を振り向くと、数久も同じように考えたようで、目が合うと深く頷いた。

「オーナー、ちょっと良いですか? お聞きしたいことがあります」

「何かな?」

 オーナーは新聞紙をテーブルの上に四つ折りにしておくと、二人の方に顔を向けた。

「ええーと、あの……」

 切り出したものの、どう尋ねたらいいものか数久は迷っているようだ。おそらく差し障りのない言葉を選んでいるのだろう。

 オーナーが舜のことを話さなかったのには、それなりの理由があったからなのかも知れない。……だとしたら、聞いていいものだろうか?

  ――いや、むしろ問題は、本当に舜という人物が存在するのだろうかという疑問だ。

 妃緒以外の者から舜の存在は聞かされていない。その上、舜が存在しているという気配がまったくないのだ。もしや、舜は妃緒が勝手に作り上げた想像上の人物ではないだろうか。

 あらゆる思考が交差する。言葉に詰まった数久に代わって、口を開いたのは直久だった。

「舜という名前に、心当たりないですか?」

「舜……?」

 途端、オーナーは顔色を失った。エプロンで濡れた手を拭きつつ、台所から戻ってきた奥さんもひどく青い顔をしている。とにかく聞き覚えのある名前らしいことに、間違いはないようだ。

 すると、舜は本当に存在する人物だったのだろう。数久は胸を撫で下ろし、直久の言葉を継ぐ。

「妃緒さんに、お兄さんだとお聞きしました。」

「妃緒に?」

 双子がそろって頷くと、観念したかのようにオーナーは、ぽつりぽつりと話し出した。

「――はい、舜は紫緒と妃緒の兄です。とても、妹想いの優しい子でした」

 過去形で言い切られた言葉に、直久も数久も嫌な予感がする。

「紫緒があのように――魂が抜かれたようになってしまって、すぐのことでした。舜は紫緒を助けてやろうと、山に登ったのです」

「山に?」

 直久は聞き返した。

「今朝登った山ですよね? 生け贄が捧げられたという」

 聞き返すと言うより、念を押すように数久が言うと、オーナーは深々と頷いた。

「おそらく、山の神に頼みに行ったのでしょう。ですが、その日は登山を妨げるような激しい吹雪で、皆が止めるのも聞かず出かけた舜は、そのまま戻ってきませんでした。翌朝、吹雪が止み、捜索隊が山に入り、舜の亡骸を見つけてくれました」

「亡骸……」

 ――死体ってことだよなぁ〜。死体ってことは死んでいるってことだから……。

 直久は、間抜け過ぎる言葉の変換を頭の中でする。

 ――死んでいるってことは、生きてないってことで、あの3階の部屋にいるってーのは……?

 うそ?

「あのう、舜さんは生前、3階の奥の部屋を使っていましたか?」

「3階?」

 数久の問いにオーナーは怪訝な顔をする。

「3階は全て客室になっていますが。ほとんど……というより、全く使用しておりません。妻が時々掃除をするくらいで、普段は上がることもないですよ。ないものだと思っているくらいです。それに、舜の部屋は1階にあります」

 双子は顔を見合わせた。妃緒が何らかの理由で偽りを言ったことは明らかだった。

「じゃあさー、足は?」

「足?」

「生まれつきの奇病で歩けないと聞きました」

「奇病? 妃緒がそんなことを言ったのですか?」

 今度はオーナーと奥さんが顔を見合わせる番だ。

「そのようなことはありません。一人で山に登るくらいですから」

 きっぱり言い切ったオーナーの言葉に、なるほどと直久は思う。

 吹雪の中、車椅子で山登りは無理だ。いや、吹雪じゃなくても無理っぽい。じゃあ、なんで妃緒は奇病だなんて言ったのだろう?

 そして、なぜ、あの部屋に舜がいるだなんて言ったのだろう?

 あの部屋に何があるというんだ?

 オーナーは少し考えて、再び口を開いた。

「そういえば、舜の亡骸は損傷がひどかったのです。首の骨が折れ、肋骨も数本折れ、内臓に突き刺さっていました。腕はあり得ない方向に曲がり、特に足はひどく、両足が膝より少し上で千切れていました。千切れた足の骨は、粉々に……。おそらく、足を滑らせ、上の方から転がり落ちたのだと思います」

 淡々と語るオーナーに対し、奥さんは堪らず、口元を押さえてその場からそっと離れた。

 台所からすすり泣く声が静かに響いてきた。

「――さらにひどい話に、舜の亡骸は消えてしまったのです」

「消えた?」

「少し目を離した隙に」

 そう言って、オーナーは口を閉じた。これ以上何も聞き出すことが出来ないと二人は判断して、席を立った。

「……すみません」

 淡々と話して見せたオーナーだって、この話は辛いはず。

 数久が謝罪すると、彼はゆっくりと首を横に振った。



 ▲▽

 

 食堂を出た双子は、どちらかが提案したわけではなく、自然とそこに足を向けた。一段一段、足を進めて行くにつれ、気が重くなった。

 妃緒の意図が見えない。

  なぜ嘘などついたのだろう?

  最後の階段を上がり、3階にたどり着いた。少女たちの肖像画が飾られている廊下が長く続く。

「あの部屋だよ」

 低めの声で数久がささやいた。言われるまでもなく、廊下の先にあるその部屋は不気味に存在していた。

 ドライアイスに似た霊気が、その扉から漏れ出ているのが見えた。

 ふと思うことがあって、足を進めようとした数久を直久が止める。

「何?」

「話したと思うけどさ。昨日の夜、俺、見たんだ」

「何を?」

 要領を得ない直久の言葉に、数久は眉を歪ませた。

「女だよ。髪の長い。あと、手とか」

「ゆずるを襲った霊? ああ、言ってたね」

「あとさぁ、気配とか感じんの」

「気配?」

「今だって、あれ、見えるし」

 と、霊気を顎で指す。

「見えるの?」

「灰色っぽい」

「本当に見えているんだね。どうしたの?」

「俺に聞くなよ。俺が聞きたい」

「……だよね」

 今まで、まるっきりの常人だった直久が、いきなりどうしたんだろう? 数久は首を傾げる。

「とりあえず、そのことは後でゆっくり考えよう。お祖父様に聞いた方がいいかも」

「じじいに?」

 俺らの間で『お祖父様』なぁんて、ご大層に呼ばれる人物はただ一人、母方の祖父のことだ。

 ゆずるとの共通の祖父であり、つまりは、我が家の当主だ。

「何でそこで嫌そうな顔するかなぁ? お祖父様に一番可愛がられているのって、直ちゃんでしょ」

「ばばぁには、嫌われてるけどな」

「そんなこと……」

 ないとは言い切れない微妙な事実あった。祖母は、なぜか直久を自分から遠ざけようとする。恐ろしいものを見るような目で。

「――とにかく、その話は後にしようね」

 そう答えたものの、腑に落ちなかった。双子は、柔らかい絨毯が敷かれた廊下を進んだ。

 埃臭さとカビ臭さが戦っているようなひどい臭いがする。壁に手をやると、ザラリとした感触ある。

 時々掃除をすると言っていたが、本当に時々なのだろう。

 ふいに、例の扉を目の前にして、直久は足を止めた。気配でそれに気付き、数久が振り返った。

「どうしたの?」

「動けねぇー」

「え?」

 直久は顔を引きつらせ、硬直している。

「何、遊んでるの? こんな時に」

「遊んでない、遊んでない。マジ動けないって。蜘蛛の巣に引っかかった蝶々って感じ。もしくは、ゴキブリほいほいに捕まったゴキブリ」

「たぶん、直ちゃんなら後者だね。ちょっと待ってて」

 数久はすうーと目を細め、直久の回りを見る。

「結界が張ってある」

「結界?」

「それも捕獲用の……」

「なんだそれ?」

「簡単に言うと、罠みたいなもの。悪霊とか妖怪専用の罠だから普通、人間は掛からないはずなんだけど」

「なんで俺、掛かってんだよ!」

「さぁ〜」

 直久は当然ながら、数久にだって、わけが分からない。

「数ぅ〜。早く助けてくれよぉ〜」

 情けない声を出す直久に申し訳なさそうに数久は頭を振った。

「結界を張った本人にしか解けないんだよ。あとは掛かった者が結界を張った者の力を上まる力で破るか、第三者が圧倒的な力で破るか……。さっき直ちゃんが蜘蛛の巣に掛かったゴキブリみたいって言ったけど」

「ゴキブリじゃなくって、蝶」

「それにしても、ゴキブリって蜘蛛の巣に掛かるんだろうか?」

「……って、聞いてねぇーな、おい」

「それについての議論は置いといて、つまりね、第三者が結界を破るには、例えば、人間が蜘蛛の巣を破るくらいの力の差が必要なんだ。蜘蛛と人間くらいの差だよ。絶好調のゆずるなら何とかなるかも知れないけど、今、絶不調だし、僕には無理。この結界を張った人かなりの力の持ち主だと思うよ」

「じゃあ、どうすんだよ!」

 直久は大声を張り上げた。

 その時、ギィィィィィィ、と耳の痛い音を響かせて、数久の背後で扉がわずかに開いた。数久は弾かれたように振り返って、身構えた。直久も目を見張る。

 開いた扉から、キイキイという車輪の音がする。次第にその音は近づいてくる。

「妃緒ちゃん?」

 恐る恐る呼びかけるが、返事はない。扉のすぐ側まで音がたどり着いた。そして、今度は大きく開いた。

 ギィィィィィィィィィィィーーーー。

「!」

 ぶわっ、と冷たい霊気が二人を襲う。鳥肌が立った。だが、不思議と恐怖はない。

 こんなにもものすごい霊気を放つ相手を前にして怖いとか、恐ろしいとかいう感じがないのだ。

 直久も数久も開け放たれた扉の先にいる人影を見据えた。姿を現せた人物は車椅子姿の青年だった。

 紫緒さんに似た雰囲気を持ったその青年は、結界に掛かった直久を見上げて、ふっと笑った。

「意外なモノが掛かったな」

 そう言うと、すっと手を挙げた。途端、直久の体は自由になり、がくっとその場に膝をついた。それを見て、数久はその人物を睨む。

「あなたがあの結界を張ったんですか?」

 言葉遣いは丁寧だが、めずらしく怒っているようだ。

「あなたは何者ですか?」

 問いつめる数久とその人物の間に少女が入り込んできた。妃緒だった。妃緒はその人物を守るように両手を広げ、数久を睨んだ。

「私のお兄ちゃんよ」

 その妃緒の言葉に耳を疑う。

「お兄ちゃん?」

「お兄さんって、舜さん?」

 直久と数久は信じられないものを見るかのように、妃緒の肩越しにその人物とを見つめた。

 美形と言うのに相応しい繊細な造りの顔立ち。痩せすぎではないが、線の細い体つき。色白い肌。紫緒さんの時もそう思ったが、生きている人間っぽくない。人形みたいだ。

 この人が舜さん?

 車椅子に座った彼の体には、やはり足がなかった。膝上から千切れている。

「舜さんは亡くなったって……」

「お兄ちゃんは死んでない! ここに、こうしているじゃない!」

 確かに彼は動き、言葉を話した。だが、オーナーは言ったのだ。舜は死んだのだと。

 数久はその人物をじっと見据え、もう一度くり返し問うた。

「あなたは何者ですか?」

 すると、彼は妃緒の腕を引き、その身体を自分の方に寄せると、彼女にふわっと微笑んだ。

「妃緒、彼らと話がしたいんだ。部屋の中に入って待っていてくれ」

 妃緒が渋々といった感じに部屋に戻って行くのを見て、直久が唸る。

「てめぇーの正体は妃緒ちゃんには内緒ってわけか?」

「彼女はこの体の本当の持ち主のことを慕っていてね。吾をそいつだと信じて、まとわりついてくる。それが何とも言えず可愛くてな」

「ばれたくないってわけか。で? なんなんだ、てめーはよ」

 彼は、ふっと不敵に笑った。

「ここの人間は吾を山の神とか呼ぶ」

「山の……」

「……神?」

 思いがけない答えに一瞬あっけにとられた直久と数久だったが、すぐに我に返って、更に問いかけた。

「結界なんて張ってどうするつもりだ?」

「この家で悪さしている霊を捕まえようと思ったんだよ」

「霊を?」

「長い黒髪の少女だ」

「なぜですか? あなたには関係がない」

「関係なくはない。贄を捧げられた以上それに答えないとならんからな」

「贄?」

「この体の命だ」

 舜さんは山で絶命した。そのことによって、本人の意思とは関係なく、生け贄になってしまったのだ。

 過去、生け贄となった少女は村の繁栄を願って死んだ。そして、この神はそれを応えた。

 舜は紫緒の案じて死んだ。だから、この神は紫緒のためにこの家に取り憑く悪霊を捕らえようとしている

 のだ。

「なるほど。よぉく分かった。だがな、俺がその結界に引っ掛かったっていうのはどういうことだ?」

 直久の剣幕に彼はすうーと目を細めた。そして、

「君は体内に何か飼っているな」

 と言う。

「は?」

「どういう事ですか?」

 神と聞いて警戒を解いた数久の言葉遣いは柔らかくなっている。

「そちらの君も飼っているだろう。君たちは式神と呼んでいたかな?」

「直ちゃん……兄にも式神が?」

 確かに数久の式神、雲居は普段数久の中にいる。

 いると言っても正確に何処何処にいるとは言えないが、運命共同体ごとく常に数久の側にいる。

 もっとも、式神の所有の仕方はそれ一つではないが。

 多く式神を所有する者などは全ての式神を体内に入れておけないので、石など物体の中に入れておいたり、必要としている時だけ呼び寄せるなど形を取る。

 どれにしても、式神は一度対峙したことのあるモノではないと、己のものにはできない。数久だって雲居を式神にする時、いろいろと苦労したのだ。

 気が付いた時には式神でしたという生易しいものではけしてない。それなのに、直久は己自身さえの気が付かないうちから式神を所有していると言うのだろうか。

 だが、舜の頭は横に振られる。

「式神なのではない。人間に服従などしそうにもない邪悪なものだ」

「なんだよ、それ?」

「分からない」

「そんなモノが体内にいて、兄は大丈夫なんでしょうか?」

 不安げに尋ねた数久に彼は優しく笑いかけた。不思議と落ち着いた気分になる。

「今のところはな」

「今のところ?」

「どうやら封印を施されているようだ。だが、解けかかっている。ごくわずかだが、妖気を感じる」

「妖気?」

「そう。おそらくそのために吾の結界に掛かったのだろう」

 愕然とする。

 はい、そうですかと聞き流せるような話ではなかった。

「その封印のために、君の本来の力が発揮できないでいるようだ」

 追い打ちをかけるように言葉が付け加えられた時、ゆらりと目の前の空間が歪んだ。

『主殿』

 すうーっと姿を現せたのは雲居だった。平安時代の姫君を思わせる着物姿だ。

 だが、本来鮮やかであるその着物姿は彼女の長く流れる銀髪のために、全体的に白いイメージが強い。

 数久がいつも自慢するように確かに絶世の美女ではあるが、どこか冷たい感じがする美人である。

 数久は雲居から知らせを受けて、見る見る青ざめる。

「ゆずるが危ない」

 そう言い放つと、ぱっと姿を消した。瞬間移動したのだと気付くまで直久は時間を有した。

「君らはそんなこともできるのか。大したものだ。……だが、苦戦しているようだな」

 直久は数久を追って駆け出そうとした。だが、舜がそれを止める。

「この方が早い」

 彼はそう言うと、すっと片手を挙げた。

 どさっ。突如、もつれ合うゆずると数久の身体が直久の目の前の空間に現れた。

 直久も土肝を抜かれたが、現れた本人たちも状況判断が付かず、間抜けな顔をしている。

 呆然としたまま転がっている二人に彼はうっすら笑って、

「早く起きあがった方がいい」

 と、真っ直ぐ廊下に先を指差した。三人がそちらに目をやると、その場所の床が盛り上がっている。

 その盛り上がりは徐々に大きく膨らむ。嫌な予感がした。

 ぬうーとその盛り上がりが顔を見せる。頭だったのだ。

 頭に続き、肩、腹、腰、足が現れた。黒髪は異常に長い。足首を越す。

 昨夜ゆずるを襲った悪霊だと直久は確信した。ゆずるを追ってここまで来たのだ。

 少女の霊は完全に床を通り抜けると、その身体を数センチ浮かせて、滑るようにこちらに向かって来た。

  直久は指示を仰ごうと数久を振り返った。が、数久は今朝のといい、さっきの瞬間移動で力を使い果たしてしまったようで、青ざめた顔を返してくるだけだった。

 一方、ゆずるはさらに悪い。まるで見えていないのだ。本能的に自分にとって良くないものが近づいてくるとは分かるようだが、どうすることもできず、震えている。

 最後の頼みだと舜を振り返る。すると彼は不敵に笑った。まるで、直久がどう動くのか試しているように。

  少女の霊が近づいて来る。まっすぐゆずるに向かって。

  直久は何か考える前にゆずると霊の間に自らの身体を滑らせた。

  ズズズズズ……。

 体内に異物が入り込む嫌な感じがあった。

 ゆずるの悲鳴に似た驚きの声が耳に響く。直久の体が傾きゆずるの腕の中に倒れた。

 今にも泣きそうなゆずるの顔を目にした最後のものとにして、直久は意識を手放した。

 死ぬかもしれない。

 闇に落ちていく感覚の中、漠然とそう思った。


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