1.またずいぶんと現実、いや、現代離れした話だなぁ
あの子と私、どこが違うというのだろう?
同じ顔。同じ声。
どうして、私じゃないの?
どうして、あの子なの?
私のどこがダメなの?
なぜ?
私は何のために生まれてきたのだろう?
私はあの子の鏡ではない。
私はあの子の影ではない。
私は私。
私はここ。
ここにいるから。
だから、私を見てよ!
どうして私は二人いるの?
どうして?
なんで?
▲▽
辺り一面が真っ白い。
東京では、ちょいとお目にかかれない銀世界に、思わずバスの窓から身を乗り出した。
「うおおおおおおおおお。すっげぇー。おい、すげぇよ」
そう叫んでから、直久は、彼の双子の弟に振り返る。双子の弟――数久は呆れたような声を漏らした。
「直ちゃん、みっともないよ。それに危ないから……」
と、兄の体をバスの中に引きずり戻す。だが、直久は、すぐにその躰を再び窓から乗り出させた。
「大丈夫だって。知ってんだろ? 俺の神憑り的な運動神経の良さを。心配すんなって。――はあ、マジいい眺め。これが本当の銀世界ってやつだな。うん」
などと言ってやると、数久は心の底から呆れ返って、ため息をついた。
彼は、危ないよ、と言う前にみっともないと言ったのだ。だが、そんな言葉、直久には聞こえない、聞こえない。最愛の弟が自分を心配してくれたということだけで、頭が一杯だった。
直久は冷たい空気を目一杯吸い込んで、再び叫んだ。
「走りてぇー」
まだ踏みつけられていない雪を目にして、その上を思いっきり走り回りたいという衝動に駆られていた。
――自分だけの足跡を残したり、寝ころがったり、シロップなんかをぶっかけて食えたら、最高だよなぁ。
半ばうっとりと雪景色に魅入る。
すると、今まで読書をしていた人物が、我慢ならんと、遂に口を割った。
「小学生か、お前は。雪見て、無条件に喜ぶな」
同い年のいとこ、ゆずるである。
「一緒にいるこっちの身にもなれ。恥ずかしい」
「んだと、てめぇ」
「なんだよ?」
「やめなよ、二人とも」
「だけど、数だって恥ずかしいだろ?」
「そ、そうなのか」
うるうるした瞳で見つめれば、数久に言葉はない。
「何とか言ってくれ〜、数ぅ〜」
とか、口では言っておきながら、本心を言わせるつもりはまったくなかった。
それを口にしたら、大泣きしてやると睨む。案の定、優しい弟は何も言わなかった。
不意に、数久の目が大きく見開かれた。視界に何かが横切る。バス停だ。
「えっ。今、バス停、通り過ぎた…よ……ねぇ?」
その声に、直久もゆずるも、あわてて窓から身を乗り出した。どんどん小さくなっていくバス停が見える。
「あそこで降りてなきゃ、まずいんでない?」
「……」
「……」
沈黙後、乾いた笑いが発生する。 いち早く、現実に戻って来られたのは、数久だった。
「僕、運転手さんに話してくる」
運転席の方に向かう。
「何、お前、ボケっとしてたんだよ」
「お前がとっくに、ボタン、押したと思ってたんだよ」
「俺が押してるわけがないだろ。それはお前の仕事だ、雑用!」
「んだと?」
「ああ。悪い、パシリだったっけ?」
「このっ」
「だから、やめなよ!二人とも!」
直久がゆずるの襟元を掴みかかった時、数久の『待った』がかかった。
「降り過ごしたのは、僕が気を付けていなかったからだから、喧嘩しないの。ここで降ろしても貰えるように頼んだから、早く降りる準備して」
バスがゆっくり減速しているのが分かる。
直久とゆずるは互いの顔を十分に睨み合い、ほぼ同時に目を逸らした。
▲▽
「で?」
バスが残していった排気ガスを眺めながら、直久は短く声を発した。灰色は次第に薄く、白い景色に溶け込んでいく。
これからどうすんだ?とゆずるに目を向けた。
「一旦、さっきのバス停まで戻るか?」
「その方が確実だけどね」
数久は地図に目を落とした。
地図は、人に描いて貰った物で、先程、降り過ごしたバス停から目的地までの道順が簡単に描かれている。
つまり、ここがどこなのか?とか、ここからどう行けばいいのか?といったことは、描いていない。
見渡す限りの銀世界。目印となりそうな物なんて、当然、ないのだ。
「やばくねぇ、迷子ジャン。俺ら……」
道は一本道だったはず。直久は、先程のバス停まで戻ることを提案する。が、数久とゆずるは首を縦に振る様子がない。
なんつーか、ひどく落ち着いたものだ。
「あっちのような気がする」
と、ゆずるが指した方角に数久も頷く。
「うん。僕もそう思う」
「じゃあ、間違いないな。行くぞ」
スタスタと歩き出してしまう二人を、直久はギョッとして追いかけた。
「ちょっと待てぇい」
二人の前に回り込んで、その進みを止める。
「いったい何の根拠で言ってんだよ? 下手したらマジ迷子になるんだぜ。しかも雪道を!」
「……」
「遭難なんてヤダよ、俺。明日の新聞に、双子の兄弟とそのいとこ、雪の中、遭難!……なぁんて見出しが載ったら、どうしてくれるんだよっ!」
「はっ、何言ってんだ。どけよ。パシリの分際で俺の前に立ち塞がるな!」
ゆずるは直久の肩を押しやろうとしたが、直久はびくともしない。ゆずるはため息をついた。
「あっちの方で嫌な感じがする。それだけだ」
再びゆずるが直久の肩を押しやった。今度はすんなりと道をあけてやる。
「嫌な感じ?」
直久は不安げな目を数久に向けた。すると、数久はふんわりと笑い返してきた。
実は、この弟といとこは、常人はずれの力を持っていたりする。それは、普通の人が見えないようなモノを見たり、聞いたり、触れたりする力だ。
それを一般的には霊感とか言ったりするらしいが、よくテレビとかで、ここいらに何年前に亡くなったじいさんかいますぅ〜だの、そんな貴方のために今から除霊をしますぅ〜だのって、そう言ったレベルではない。 あ〜あ、つまり、何と言ったらいいんだ? SF映画のバケモノ退治のレベルに近いというか。
……まっ、とにかく、常識が通じないってことで。
で、二人は、人外対策をメインとしたちょっとした商売みたいな事をしている。
人外って言うのはつまり、妖怪とか、元人間だったやつ――要するに、幽霊だな。
対策って言うのは、主に退治するってこと。
――んで、今回もその商売の仕事で、こんな雪国まで来ている。 何でも、とあるペンションのオーナーからの依頼らしい。残念ながら、一般人の俺としては詳しい事情はまだ聞いてないんだよなぁ〜。
そう、俺、大伴直久、14歳は、何の力も持ってない一般的中学生である。
おっかしいんだよっ。
だってよ、俺と数は一卵性の双子なんだぜ。 ……ま、バケモノじみた力なんて、俺はいらねぇけどよ。
けど、やっぱさ〜。今みたいに、数とゆずるだけの間で分かっちゃってまぁす、って態度をとられると、ムカツクんだよな。俺だけ仲間外れって感じで。 ゆずるには雑用呼ばれされるし。
実際、力のない俺はこの仕事について行くために、何でもやるからという約束をさせられている。
だぁってよ。仕事といえども、こりゃ、旅行だぜ。しかも、そのペンションがスキー場に激近!
こりゃ、もう、行くっきゃないっしょ!
「どうしたの? 直ちゃん。さっきからおとなしいけど」
数久に声をかけられて、直久は我に返った。いつの間にか、二人は歩き出していて、その後を無意識のうちについて歩いていた。 数久が少し首を傾げて直久を覗き込んでくる。
――もっとも大切なことを言い忘れていたが、俺の激ラブ数ぅの顔の造りは大変すばらしくよろしい。
そして、その一卵性双生児の俺はマジかっこいい!
「うんにゃ、ちょっと考え事してただけ」
と答えると、数久はやんわりと微笑む。
これこれ、この微笑みがくせ者なんだよ。この微笑みは、さすがの俺も涙ものだ。数にやんわり微笑まれ
て落ちねぇ奴はいない。激! マジ! かわいいのなんのって。
ふと、数久が空を見上げながら、口を開いた。
「日が落ちる前に着かないとね」
曇り空で、太陽の位置がよく分からないが、だいぶ薄暗くなってきている。
「嫌な感じが、どんどん強くなってきているね。だから、もうすぐ着くと思うよ」
ほとんど独り言のように言った数久に、少し遠慮気味に直久は尋ねた。
「ところで、今回はどういう依頼なわけ?」
嫌な感じと連発されると不安になるではないか。 数久はゆずるの表情をちらりと盗み見る。
「ゆずるに聞かなかったの?」
「あいつが俺に何を教えてくれるって言うんだよ」
「えっ。じゃあ、何も知らないでついて来たの?」
コクコクと頷く直久に数久は明らかに呆れたようである。
「あのね」
数久のゆっくりと話し出した。
遡ること数百年前、ここいらの土地の村人は山の神に対して、生け贄を捧げていた。
そのおかげで、1年の大半を雪に覆われるこの村でも栄えることができたのだと言う。
「その生け贄は代々、今から行く家の娘がなると決められていたらしいんだ」
「今から行く家って、ペンションか?」
「そうだよ。何でも、生け贄に娘を差し出す代わりに、他の村人から多額の金を受け取っていたらしいんだ。それで現在においても、余るほどの土地を持っているらしいよ。――で、タダあるだけではもったいないからって、ペンションを始めることにしたんだって」
「へー」
「元々あった古い屋敷を改築して、数年前にオープンしたらしいんだけど。……出るんだって」
「出る?」
「生け贄にされた少女たちの幽霊が!」
「マジ?」
「そのオーナーの話だとね。そのせいで、お客が全然来なくなっちゃったんだってさ」
「ま、普通そうなるな。で、困っちゃって依頼して来たってわけだ」
「そんなとこ」
生け贄ねぇ〜。またずいぶんと現実、いや、現代離れした話だなぁ。
待て待て、ということは、数やゆずるの言う嫌な感じってやつは、生け贄にされた少女たちの霊?
――マジっすか!
「なぁ」
やっぱし、俺、帰らせていただきますぅ。
そう言いかけた時、ゆずるの野郎が指差して、着いたとかほざくもんだから、言うタイミングを逃してしまった。――って、マジかよ着いたって、おいっ。まだ心の準備ができてないってば。
そこには霊感なんて大層なものがなくても何かいると思わせるような、そんな陰気で、巨大な建物が立ちはだかっていた。