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83話 領主夫人の心得 中編

83話 領主夫人の心得 中編




――息を吸って、吐いて。


キィと小さく音を鳴らして扉がゆっくりと開かれる。

その間に、天音は素早く情報を整理した。


今から天音が面会するのは、グリアンクルとは友好的な関係を抱いている領地フィオナラの領主夫人である。

フィオナラは北国イアルトーグとの国境に位置している。



(……国境ってことは、争いとかもあるってことだよね)



背が高くいかり肩。美しい赤髪を背中に流し、凛とした佇まい。

剣を持ち領民を守るため兵を率いて戦闘に立つ――うん、似合いそうだ。

そんな想像をしつつ、天音はさらに思考をうつす。


フィオナラ領主夫人、アイディーン。

天音が先ほどちらりと見た感じでは、人柄は悪くなさそうだった。


先ほど、ユーウェインは『叔母上』と言っていた。

トゥレニー領主の血縁者。おそらくは年の離れた妹。



最後に、ジリアンの発言を思い返してみる。



『一言で言えば、厳しく優しい方』



初対面の印象は、柔らかく優しげだった。

だがジリアンの言葉では順序が逆。


――あれ?


首をかしげる。

どちらの印象も含まれているとしたら、次は厳しいほうがやってくるのでは。


天音ごくりと喉を鳴らして、開かれた扉の先のアイディーンに恐る恐る視線を向けた。



◆◆◆




「アイディーン様、お待たせ致しました」


「ご苦労、アビー。合図をするまで下がっていなさい」


「かしこまりました。それでは失礼致します」


頼みの綱、と思っていたアビーは一礼をするとあっという間に部屋から退室してしまった。

すれ違い様にウィンクを投げられたが、応援する気持ちがあるなら是非とも部屋に残って欲しい。

そんな風に思いながらも顔には出さない。

ほぼ初対面、身分の高い人相手に、なるべく隙を見せたくはなかった。


……それにしても、どうしたらいいのだろうか。

内心ではおろおろと動揺しつつ、天音はアイディーンの反応を伺う。



「アマネはこちらへ。楽にしてちょうだいな」


声を掛けられて差し向けられたのは、ユーウェインに宛がわれた席の隣。

座れと言うことだろう。

ちらりとユーウェインに視線を向けると、無表情で頷かれた。



(これって、お客さん扱いってことでいいのかな?)


部屋の外では身分の差をこれでもかと強調されているように感じたが、部屋の中では一転している。

訝しげに思いながらも天音は流れに従うことにした。



「……失礼します」


一礼して席に着く。

アイディーンが鷹揚に微笑んでいるところを見ると、非礼には当たらないらしい。



「どうぞ喉を潤してちょうだい。お口に合うかはわからないのだけれど。

 わたくしの領地の名産品なのよ」


名産、と聞いて天音は目の前のコップを見る。

取っ手はない。

曇り一つない銀製品だ。


(毒予防かな……)


はじめて出会った頃のユーウェインを思い出す。

怪我をしている状態で、食事を与えられることに過敏になっていた。


貴族は命を狙われることが多い、というのは後から聞いた話だ。


わざわざ銀製のものを使うということは、毒入りではないことへのアピール?

その理屈なら、天音はアイディーンに歓迎を受けているということだ。


むしろ、どちらかと言えば機嫌が良い……ように見える。

頬は紅潮しているし、大きな目は楽しげに見開かれ。

どうぞと差し出されたお茶を一口飲む姿にさえ興味津々。


スッキリとした味わいに、少しだけ緊張感が和らいだ。

残念なのはお茶が既に冷めてしまっていることだ。

肌寒い季節だから余計に冷たさを感じてしまう。



――それにしても、と天音は顔を上げた。

アイディーンはニコニコと天音の一挙一動を観察している。

いったい全体、この人は何のために天音を呼んだのだろう?


そんな疑念が天音の胸中に生まれる。



「……で。いったい何の要件だ?

 わざわざこんな大仰な場まで設けて」



天音の心の声が漏れたかのよう。

口火を切るユーウェインに、天音はこっそりエールを送った。

天音が気安く話せる場ではない。

全てはユーウェイン任せだ。



「ずいぶん性急なのね。まあいいわ。

 ……まずは、グリアンクルへの移民の話だけれど」


すねたように唇を尖らせるアイディーン。


――移民。

その言葉に心が跳ねる。

グリアンクルへ女性たちが来るという話が以前出ていたが、その話だろう。


(まずは業務連絡から、かな?)


長引かない話題を終わらせてしまおう。

そういう意図がありそうだ。



「聞こう」


ユーウェインがどっしりと構えながら耳を傾ける。



「カテルとの書簡では二十名の取り決めだったけれど

 私の一存で三十名まで増やすことにしたわ」


「……ふむ?」


「結納金代わりの木材は一人につき三。これは変わらず」


「俺のところから男手二十~三十名を木材運搬にまわす。

 帰り道に女衆を連れて帰る。

 こちらは男ばかりだ。

 女が増える分には構わないが、そちらに問題はないのか?」



木材は領主館の裏手にある集積所にあるものを指している。

天音自身は確認していないが、三年前から乾燥をはじめているそうだ。

つまり計画的に財産を積み立てて結納に備えていたらしい。



(……向こうも成人女性の働き手を失うわけだし

 補填の意味もあるのかな)


天音は聞き耳を立てながらふむふむと頷く。

素材運搬費用とつりあっているのかは天音にはわからないものの、話の流れから判断するに、問題はないのだろう。



「うちは今男が少ないのよ。

 先年、イアルトーグとの小競り合いで少し減ったの。

 追加人数分は寡婦になるわ。

 ほんとは婿に来て欲しいぐらい」


寡婦とは未亡人のこと。

小さな小競り合いで夫を失った妻たちは、大抵そう間を置かずに他の誰かと再婚する。

こちらでは当たり前の慣習の様子。

……天音にとってはサイクルが早すぎて思考がついていけないが。



「ならば五名ほど見繕ってそちらにまわそうか?

 今は村民とはいえ元は兵士だ。荒事にも慣れているから扱いにも困るまい」


ユーウェインからはあっさりと了承の声が上がる。


(屯田兵みたいな扱いなのかな?)



「うちの領民はほとんどが元兵士でな」


疑問に思っていると、ユーウェインから注釈が入った。

山賊討伐という名目で集められた兵士たち。

戦が終わったあと、抱えきれなくなった兵士をユーウェインが預かり、開拓民として受け入れた、という流れを聞かされる。


天音はなるほど、と頷いてそのまま流れに身を任せる。



「助かるわ」


アイディーンは明らかにほっとしたように顔を綻ばせた。

心配事が一つ解決した、という表情。



「ただし希望を募る形になる。

 無理強いはいかんからな」


「心得ているわ。お互い、領地経営も楽じゃないわね」




それにしても、と天音は二人の様子を伺う。

領地同士のパワーバランスがあるとはいえ、友好的な関係だ。

二人の会話の調子もかなり気安い。


佐波先輩が連れ去られた件で、ユーウェインが常に冷静さを保っていたのはこういうことか。

ある程度気が知れた間柄ならば、あの泰然自若さにも納得するというもの。


天音はちらりとユーウェインの横顔を見やる。

引き締まった精悍な顔つき。視線は前に向いて微動だにしていない。



ジリアンの言葉が頭を過ぎる。


(背筋を、ピンと)


――少しでも見習いたい。

天音はゆっくりと息を吸って身じろぎをする。



「移民の件は了解した。

 それで、本題は?」


天音の心ユーウェイン知らず。

ユーウェインの鋭い切り返しに、天音は慌てて思考を切り替える。



(そうだよね。これだけのことを言うためなら、イヴァンだけで充分だもの)


領地同士が友好関係なら尚更だ。

佐波先輩や天音を巻き込む必要はない。


アイディーンもこちらの疑問に自覚的なようで、特に反論もせず……。



「手荒なことをしてしまって、サヴァやアマネには申し訳ないことをしたわね。

 ごめんなさい」


正式な謝罪を受けて、天音は戸惑ってしまう。

確かに慌しくもあったし、ずいぶん気を揉まされた。

だが目の前の人に敵愾心があるかというと、ない。



(何か理由があったのかな。理由の一つに、イヴァンが関わっている……?)



試されるのは俺のほう、というユーウェインの言葉が天音の記憶に残っている。


――どういう反応をしたら良いかわからない。

迷っていると、ユーウェインが天音に取って代わる。



「まったくだ」


やれやれ、という調子でユーウェインが首を回す。



「異国の話が聞いてみたいのもあったのだけれど。

 今のグリアンクルがいったいどんな様子なのか、他者の目を借りたかったのよ」



調査目的。

佐波先輩と天音を巻き込んだのはそういう理由だった。

では、調査理由は何なのだろうか?


天音は話の続きを聞き漏らすまい、と息を呑む。



「単刀直入に言うわ。

 イヴァン、あなたにはわたくしの息子、ファーガスの後見人となってほしい。

 そして、数年間領地内で預かってもらいたいの」



次話は日曜日投稿予定……です。たぶん!

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