79話 カラフル街ガール 後編
79話 カラフル街ガール 後編
トゥレニーの中央市場には様々な店が軒を連ねている。
多くは屋台だ。
店主の多くは街の人間。
まれに行商人が商品を並べているが、路地に敷物、その上に商品といった簡素なものだ。
「俺はこういったことに疎いが、興味があるなら
商会へ送らせるといい。料金は気にしなくていい」
「そこまでしてもらうわけには……」
「どうせお前のことだから、食材を使ってあれこれと
料理をするんだろう? だったら俺の腹にも入るはずだ。
俺の腹に入るのなら、俺が金を出して何が悪い」
すでに食べる気満々なユーウェインの様子に、天音は呆れ混じりの苦笑を漏らす。
実際のところ、ユーウェインの言う通り。
天音は色々と食材を買い込んで実験という名の料理をするつもりだ。
既にめぼしいものには目をつけている。
肉や卵については商会から注文をすれば良いが野菜はそうもいかない。
「……なら、お言葉に甘えます。
遠慮なんてしませんからね?」
「問題ない。楽しみだな」
鼻歌を歌いそうな勢いだ。
ユーウェインの上機嫌をよそに、天音はふと考えをめぐらせた。
(そういえば、種はどこに売ってるんだろう?)
「ああ、それならあっちの行商人が詳しいよ」
商会への送り届けを頼むついでにユーウェインが店主に訊いてみると、そんな風な返答を貰った。
フードを被っているとはいえ、近くで見れば異民族だとわかってしまう。
そのためやり取りはほぼユーウェインが行っている。
「あっちだそうだ。行くぞ」
ポンと肩を叩かれたあと、手を取られる。
まるで迷子の子供のように連れられた先は市場の端っこ。
一歩進めば路地裏の雰囲気だ。
天音はぶるりと肩を震わせながら、ユーウェインの傍に近寄る。
「店主。こちらで種を売っていると聞いたが」
「ええ、ありますとも。どのようなものをお探しで?」
種売りの行商人によれば、このあたりの気候で育つものは大抵手に入れていると言う。
値段もけっこうなものだ。高いもので銀貨1枚、最低でも大銅貨2枚。
(ぼったくりとか、大丈夫かな……?)
領地の経理関係はジャスティンが手綱を握っている。
天音は今日はじめて、ユーウェインがお金を使う場面を見たが……。
「店主はどちらからいらしたのかな?」
「アタシは西の国との境から中央を経由して、
こちらまで足をのばしております」
「それはご苦労なことだ。
途中危険な目にも遭われたのではないか?」
「お察しの通り。
ですがアタシには俊足とはいかないまでも
丈夫なロバがお供についています。
逃げるだけなら何とかなりますよ」
天音は店主の姿をじっくりと観察した。
低い声質からは男性と推測出来る。
小柄で質素。荷物も少なく、身軽だ。
どうやら持ち運びに不便がないものを取り扱っている様子。
種の他に乾燥させた薬草や木の実なども揃えている。
逃げるだけなら、と言うのも過言ではない。
重量のないものなら、急いでいるときでもすぐに荷造りを終えられるだろう。
「なるほどなるほど。
――ところでこちらの種だが。
どのように育てるのかはもちろん……」
「そりゃあもちろん。
その分の値段も込みでございます」
高い金を支払う価値はある、というのが店主の言い分。
だが……。
「そうだろうとも。しかし、育ててみないとわかるまい?
高い金を出し、植えてみたはいいが、一向に芽が出ない。
そんな可能性もあるだろう?」
「それは……」
店主が言いよどむ。
「アマネ」
「はい?」
「この中で育てられそうなものはあるか?」
「……はい。いくつか」
ニンニクに似た球根。豆。
ハーブの種らしきもの。
残念ながらトマトの種は見当たらない。
(あ! これってトウモロコシ?)
親戚が農家をしているお陰で、種の見分けぐらいは何となくつく。
天音はユーウェインにいくつかの種の購入を促した。
「まとめて購入するから、小銀貨3枚でどうだ?」
「いやいやお客さん。せめて小銀貨5枚は頂かないと困ります」
「ならば小銀貨3枚と大銅貨2枚。情報込みで」
「小銀貨4枚大銅貨8枚。他の種も付けますよ?」
ユーウェインと店主はお互い笑顔で交渉しているが、雰囲気は剣呑としている。
天音はハラハラしながら行方を見守ることしか出来ない。
いつの間にか、あたりに人が多くなってきた。
値切り交渉が一種の見世物となっている。
しかもユーウェインと天音は仕立ての良い服を着ているため、目立つのだろう。
(なんだか少し怖いな……)
集まる遠慮のない視線。そのうち、良くないものも混じっている気がする。
天音は無意識のうちにユーウェインの服のすそをぎゅっと握った。
嫌な予感をかき消すように。
――結局、小銀貨4枚に大銅貨1枚で話が付いた。
店主がくたびれている様子から、ユーウェイン優勢といったところ。
「荷物はライアン商会へ届けてくれ。
代金は受け取りと引き換えだ」
「……ライアン商会?
もしかして、トゥレニーの御用商人の!?」
店主の表情には驚きとともに喜びも混じっている。
「そうだ。イヴァンの使いと言えば通じるだろう。
番頭のデリックという男にこの木札を見せろ」
そう言ってユーウェインは立ち上がった。
木札は為替だ。焼印とナイフで彫られた文字で、価格の証明になるようだ。
「そろそろ戻るか」
ユーウェインの一声に、天音は頷いた。
種類は少ないながらも良い買い物が出来た。
開拓村に帰ったら、早速育ててみよう。
天音はほくほく顔でこれからのことに思いを馳せた。
◆◆◆
買い物を終えた二人は、中央通りを逆行していた。
とはいえ人ごみのさなかだ。移動には時間を要する。
行きと同じように手を繋いで焦らず急がず歩を進める。
人ごみを抜け、裏路地に入ったところで天音はユーウェインに話を向けた。
「今日はありがとうございました」
「いや。俺も久々に楽しめたからな」
そう言ってユーウェインは笑う。
天音もつられて頬を緩めた。
(本当に楽しかった。また来たいな)
はっきりと滞在期間が決まっているわけではない。
もしかすると、何度かこういう機会があるかもしれない。
出来れば次は佐波先輩も一緒に街を練り歩きたいものだと天音は期待を込める。
佐波先輩へのお土産は、串焼きとジュース。
残念ながら道具類は見つからず。
そういう類は注文生産が当たり前らしい。
メモにあった材料もいくつか見繕った。
こちらもあとで商会に届けてもらう。
佐波先輩は喜んでくれるだろうか?
アクセサリーでも、と思ったが、装飾品関係はあまり見られなかった。
もしかすると時期的なものもあるのかもしれないとつらつら考えながら裏路地を歩く。
そんな時、天音はふと視線を感じた。
先ほど行商人のところでも似たような感覚に陥った。
杞憂かもしれない。そう思ったが、まとわりつく嫌な感覚は消えてはくれない。
――え?
瞬間、天音のフードが後ろに引っ張られた。
勢いが強く、繋いでいた手から力が抜け――。
「アマネ!」
引き戻された。
天音はどくどくと波打つ心臓に驚きながら、引っ張られた方向を見やる。
痩せぎすの男だ。目つきは淀み、どことなく不衛生な印象を与える。
「ちっ」
「ごろつきか。去れ」
いつの間にか天音はすっぽりとユーウェインの胸におさまっていた。
天音をかき抱いたまま、ユーウェインはじりじりと建物の壁際へと移動する。
後ろを取られないように位置を取ったあと、さらに天音をかばう様に前へ出た。
「……二人」
ぼそりとユーウェインが呟く。
痩せぎすの男の後ろから、中肉中背の男が現れる。
壁を背にしていることで不意打ちは狙えない。
「なああんた。金持ってんだろ?
女と一緒に置いてけよ」
「さっきから、やけに金払いが良さそうじゃねーか」
男二人がにやつきながら近付いてくる。
(怖い……でも)
怯えから縮こまりそうになる心を何とか堪える。
せめて邪魔にならないようにしなければ。
静かに佇むユーウェインの背中に視線を縫い付けたまま、天音はふらつかないように地面を踏みしめた。
「……断る」
「ああ? しょうがねえなあ……」
実力行使とばかりに、痩せぎすの男がユーウェインの襟元に手を伸ばす。
「がッ」
しかし男の腕は反して、ユーウェインに捻られてしまう。
「生憎だが、金も女も俺のものでな」
「!?」
ユーウェインの言葉に天音は一瞬虚を付かれる。
痛みにたまらず叫ぶ声も耳に入らない。
「いててて!! おい、助けろ!」
「わ、わかった!」
ユーウェインはすかさず、中肉中背の男に向けて痩せぎすの身体を放り投げ、さらに足蹴にして体勢を崩す。
「そらっ」
「……ぐぅっ」
――起き上がろうとしたところを追撃。
鳩尾に軽く踵を落とす。
男二人の身体が重なっているので下にも衝撃が加わる。
一連の動作、わずか数秒。
ユーウェインはつまらなそうに息をついた。
「さて……いい加減出てきたらどうだ」
「――援護の必要もないかと思いましたので」
物陰から出て来たのはジャスティンだった。
(いつの間に!?)
動揺につぐ動揺。
目まぐるしく変化する情勢に、天音はただただ瞬きを繰り返す。
ごろつき二人は既にのびている。
ジャスティンが口笛を吹くと、またぞろ物陰から見知った従士たちの姿が現れた。
どうやらずっと護衛をしてくれていたらしい。
ホレス以外の従士たちは、武装はせずに町人のいでたちだ。
「ったく。楽しいひと時を邪魔しやがって」
「イヴァン様。いずれまた機会もありましょう」
ジャスティンが諌める。
「それもそうだな……アマネ」
「――は、はい?」
ぼんやりと成り行きを見ていた天音は、ユーウェインの呼び掛けでさっと現実に立ち戻った。
(……さっきのは、きっと言葉足らず。領主のって枕詞を忘れているだけ)
「悪かった。また一緒に出掛けよう」
ユーウェインに咎があるわけではないのに。
許しを請うように眉尻を下げるユーウェインに、天音は苦笑して頭を振った。
「あなたが謝る必要はありません。
私で良ければ、喜んで」
「そうか!」
一瞬の破顔。
天音はフードの下で火照る頬を自覚しないまま、ぎこちなく笑い返した。
◆◆◆
そろそろ日も落ちようかとする頃合に、天音たちは商会へと戻った。
だが、番頭のデリックが裏口で忙しなく待機しているのを見て、ユーウェインとジャスティンが訝しげな視線を交し合う。
「ああっ! お帰りなさいませ!」
デリックの声はいつもよりワントーン高い。
「どうした、デリック。何があった」
ジャスティンがまず前へ出て状況を確認。
ユーウェインは後ろで静かに推移を見守る。
「それが……サヴァさんが……」
デリックはジャスティンに紙切れを手渡した。
ジャスティンは紙切れを視認するも、首を傾げてユーウェインへ。
「何だこれは。読めん」
「ちょっとそれ、読ませてもらっていいですか?」
天音はユーウェインから紙切れを受け取る。
そもそも紙という時点で天音宛なのは確実だ。
佐波先輩はこちらの文字が書けない。
そして紙切れには――。
【―追いかけてきてください―】
「は?」
佐波先輩、一体どこへ?