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78話 カラフル街ガール 中編

78話 カラフル街ガール 中編



――透き通るように青い空。


外の気温はまだ低く、息を吐けば空気は白く染まる。

天音は指先の冷たさをどうにか誤魔化すために、手を擦り合わせた。


今天音がいる場所は商会の裏口。

表から出るわけにも行かず、こうしてこっそり抜け出している。

天音の方が先に準備を終えてしまったようで、仕方がないのでユーウェイン待ちだ。



(……大丈夫かなぁ)


くるりと長いスカートを翻して、皺が寄っていないかのチェック。

ベルトにつけてある飾り紐の長さはもちろん揃っている。

フード付きのケープにはちょっとしたレースの飾りつけが施されている。

長さはちょうど腰の下あたり。上半身がすっぽり隠れる程度だ。


天音が気になっているのは化粧の出来だった。


下地を作ってファンデーションを塗る際に感じた肌の荒れ。

手入れを怠っていないつもりだが、環境の変化というものは恐ろしい。


メフェヴォーラオイルの製作は急務だ。


フローラルウォーターでも良い。

とにかくメフェヴォーラの花を買占めたい気持ちに駆られて、天音はいやいやと頭を振った。

まずは下準備からだ。

そのための機材をトゥレニーで買い付けるという当初の目的を忘れてはいけない。



出掛ける旨を佐波先輩に伝えたところ、ずっしりと重みのある革袋をイーニッドお手製の革のカバンに入れて渡された。

中を開けてみると硬貨とメモ。

販売で稼いだお小遣いをそのまま渡してくれたようだ。

メモには必要な物資リストが書いてある。



「お土産もよろしく!」


付いて行きたがるとばかり思っていたので、満面の笑顔で見送られると少々拍子抜けだった。

だが、一緒に行くのはユーウェイン一人。

となると二人を守るのに、手が足りない。



(空気読んだのかな?)


そんなことを考えていると、後ろに気配がした。



「待たせたな」


「あれ、結局着替えたんですか?」


ユーウェインだ。

上着を脱いだだけで問題ないと豪語していたユーウェインだったが、様変わりしていた。

厚手のシャツに薄茶色のベスト。灰色のズボン、膝まで覆われた皮製のブーツ。

帽子まで装着している。



「いや、甘く見るなと双子に言われて――ん?」


(ん?)


天音が不思議に思って顔を上げると、面白いものを見つけた子供のようなユーウェインの瞳とかち合った。



「化粧でもしているのか? 顔がえらく違うが」


「その通りです。変ですか?」


思わず革カバンから手鏡を取り出してまじまじと自分の顔を見詰める。

アイラインとアイメイク。眉は整えてうっすらブラシで色を付けた。

全体にうっすらアイシャドウとチーク。

色は目立たないように肌に近いものを使っている。


(……うん。そんなに悪くはないはず)



「いや。まあ、悪くはない。そろそろ行くぞ」


ユーウェインは天音の前を通り過ぎようとして、石にけつまずいた。

運動神経の良い彼にしては珍しい。



「大丈夫ですか?」


「……問題ない。ああ、そうだ」


照れ隠しだろうか。勢い良く振り向いたユーウェインの頬はうっすら赤く染まっている。

肌が白いため血が上るとやけに目立つ。



「カバンは常に身に付けておくように。

 紐を腰に巻きつけると良い」


どうやら内容は注意事項のようだった。

天音は神妙な面持ちで頷くと、言われた通りにカバンの紐をベルトに巻きつけた。

ついでに背中にも回してしっかりと体に密着させる。


(そっか。長いなって思ってたけど、このためだったんだ)


革カバンには結わえられた長めの革紐が取り付けられている。

盗難防止用だったようだ。



「ん」


天音の準備が終わったのを見計らって、ユーウェインは大きな手を差し出してきた。

節くれだった指。厚いてのひら。

いかにも頼りがいのありそうな手を天音はまじまじと見た。



「……えっと?」


「はぐれると裏道に連れ込まれてしまうぞ」


「――よろしくお願いしますっ」


慌てて手を伸ばすと、力強く握られると同時に前へ引っ張られる。

天音はバランスを崩さないようにしながら一歩を踏み出した。



◆◆◆



「あっちが材木商。そこの角にあるのが皮の卸問屋」


「裏の方は原材料を取り扱っているお店が多いんですね」


中央広場を挟んで、北側は富裕層。南側は職人街。

更に南門を出ると屠殺場や皮処理場がある。


――裏口から中央通りへ。


そろそろ昼も近い。

中央通りでは、食事を求める市民たちが忙しなく行き交っている。



「うわあ……」


「ほら、顔を隠しておけ」


天音は慌ててフードを被る。

顔立ちや髪の色を隠しておくに越したことはない。



「まずは腹が減っているから、屋台を狙うぞ」


ユーウェインの声がやたらと弾んでいる。


人ごみで前へ進むのがやっと。

喧騒のさなか、そばに居るのに会話が出来ない状態。

それでも耳に通るのだから、ユーウェインの主張っぷりには驚いてしまう。

天音はくすりと微笑んで、返事の代わりに手を強く握り返した。



屋台が近付いてくると、鼻腔をくすぐるのは出来立ての料理の匂い。

行き交う人々は天音よりも背が大きいため、どんな料理が並べられているのかはわからない。

まるでびっくり箱を開けるようでわくわくする。

匂いを嗅いでいるだけでも楽しい。

食べてみて美味しかったら再現してみたい。

そんな考えが天音の脳裏に過ぎる。



「このあたりは屋台通りと言う。

 職人や商人たちが飯時に使うんだ」


勝手知ったる街遊びとばかりに、ユーウェインは天音に色んな街情報を教えてくれる。

心なしか声音に優しさが混じっている。



(いつもと違う……)


格好が違うから?

そう思った天音だが、即座に脳内で否定した。

きっとそれだけではない。


――童心に戻ってはしゃぎまわりたい。

そんなユーウェインの心の声が漏れてきそうだ。

今にも地を蹴って遊びに行きたいのに、我慢している。

天音にはそう見えた。



「お。あの店にしよう」


好奇心に満ち溢れた瞳が、とある店に固定された。

ジュワァと肉が焼ける音と匂い。

字は読めないが、串焼きの店のようだ。


最初は肉からガッツリと。

成人男性らしい思考に、天音は思わず笑みを零す。



「オヤジ! 串焼きを……あ。何本食べる?」


「一本でいいですよ」


「じゃあ四本!」


「あいよー! 串焼き四本、四銅貨ね!」



(四銅貨?)


確か銅貨には大銅貨と小銅貨があったはず。

天音がどちらだろうかと悩んでいる隙に、ユーウェインはさっさと懐から大銅貨を取り出していた。



「ほうらよ!」


「まいどあり!」


金属の擦れる音が鳴って、売買成立。

しばらくして店主が持ってきた串焼きを一本、ユーウェインに手渡された。

天音は木の棒に突き刺さった肉汁たっぷりの赤身の肉をまじまじと観察した。


和牛と違ってサシは入っていない。

サシとは霜降り肉にあるような、まばらな脂肪分のこと。

家畜は食べるものによって味が変わる。

草がメインなら青臭くなるし、穀物を食べて育った家畜の肉はどこか甘みがある。

しかしその味が色濃く出るのは脂だ。


二人は屋台の隅にある備え付けの椅子に腰を下ろす。

椅子とは言っても平たい大きな石だ。

軽いものだとたちまち盗まれてしまう。



「……いただきます!」


天音は勢い良く大口を開けた。


――一口目。

歯ごたえがあって、なかなか噛み切れない。

その間、口の中にはソース混じりの肉汁が広がる。

少し甘味を感じるのは果物が使われているためだろうか?

天音は味わいつつそう分析する。



「どうだ?」


ユーウェインは既に三本目に手をつけている。

口の周りは綺麗なものだ。

流石に育ちが良いためか、汚い食べ方はしていない。



「美味しい!」


ようやく一口目を飲み込んだ天音は一言。

滋味のある肉。味付けは塩のみだが、果物のソースによって癖もなく仕上がっている。

そして、柔らかい。



「だろう? この店は数ある串焼き屋の中でも一番美味いんだ」


「数ある?」


ユーウェインの話に寄れば、屋台の種類は少ないとのこと。

串焼き屋だけでも数軒ある。

そう言われて、天音はあたりを見回した。


串焼き屋、汁もの屋。あとは野菜を焼いている店もある。

確かにユーウェインの言う通り、そもそも屋台の種類が少ない。



(……この間はそこまで余裕がなかったけど)


年に数回の地域物産展のようなものは需要があるのかもしれない。

単価を抑えることが出来れば商機になる。

天音はそんな風に考えを巡らせながら、はたと気付く。



「あの、お金……」


「ん? ああ、気にするな」


目の前でぷらぷらとユーウェインの手が泳ぐ。

それでも、と天音はカバンから小銭を出そうとする。

だがその手を止められた。



「お前の言うところの《礼》代わりだ。

 いつも作ってもらってるからな」


「……!」


ユーウェインの労わりのこもった言葉。

天音はそれを聞いて、なぜ彼が突然出掛けようと言い出したのかをうっすら察した。


(私のため?)



罰だとユーウェインは言ったが、実態は罰でも何でもない。

ただの口実だ。

外へ連れ出してくれたのは、ねぎらいのため。

天音は異民族。口実がなければ中々許可は下りなかっただろう。



「……では、ご馳走になりますね」


二口目を頬張りながら、天音は湧き上がる喜びに胸を打たれた。



串焼き屋のあとは具沢山のスープをいただき、最後は果物を搾ったジュースで〆め。

蜂蜜を混ぜて甘味を増してあるジュースはなかなか美味で天音も気に入った。



「どこか見たいところがあるなら案内するぞ?」


「そんなに出歩いて大丈夫なんですか?」


長時間になると、問題があるのではないだろうか。

懸念した天音が遠慮がちにそう問うと、ユーウェインは余裕のある笑みを浮かべる。



「急ぎの書類仕事は片付けてある。

 あとはまあ、少しずらしても問題はないな」


「それなら、市場を見に行きたいです!」


食材はもちろん、道具の材料も見ておきたい。

未知なるものへの期待に、ついつい頬が緩んでしまう。


昼食を終えた二人は、市場へと繰り出した。


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