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77話 カラフル街ガール 前編

77話 カラフル街ガール 前編



「外って、どこへ?」


――何をしに?


天音の困惑をよそに、ユーウェインはどこ吹く風。

飄々とした表情はそのままに、口角を上げる。



「腹ごなしに屋台巡りだ」


「あの、罰はどうなったんですか……?」


天音がおずおずと質問をする。

食への執着心が強いユーウェインのことだ。

念のため確認しておいて損はない。


「――そうだな。外に出掛けるから、付き合え。

 これを罰の代わりとしよう」


ユーウェインはそれだけ言うと応接室を出て行こうとする。



「お待ちください!」


しかし即座に周囲から待ったが掛かった。



「叱責ならば番頭のわたくしめが承ります」


「そうです。だいたい、ほいほい外出されては困ります。

 予定が溜まっているんですから」


最初にデリック、続けてジャスティンが異議ありとばかりにユーウェインに詰め寄る。



「どうせ買出しに連れて出る予定だったんだ。何の問題がある?」


「大有りです。……貴族の体面を考えて下さい!」


そう言ってジャスティンが扉の前に陣取る。

さながら番犬のようだが、牙を剥く相手があるじというのは、いささか矛盾している。


ユーウェインは思案気に眉を寄せつつ、こう結論を出した。



「――ならば今から俺は商家のボンボンだ。

 デリック、預かれ」


紺地に金の刺繍が入った上着。

細かい意匠はイーニッドの謹製だ。

襟、袖、裾周り。

ところどころにメフェヴォーラの模様が縁取られている。


いかにも上等なそれを、ユーウェインは無造作にデリックへと手渡す。



「イヴァン様!」


「上着を脱いでしまえば、誰も貴族とは思うまい?」


「それは、そうですが……」


ジャスティンが言い淀む。


一般庶民は階級を身なりでしか判断出来ない。

意匠さえ入っていなければ、ただの質の良い衣服。

どこぞの金持ちの跡継ぎが街をうろついている――と見せかけることは出来る。


天音はそう考えながら二人の会話に耳を傾けていた。


(そっか……運転免許証や資格とかで、確認出来ないもんね)


識字率もこちらでは低い。

となると、目に見える証が必要になる。

天音は胸元をそっとおさえた。

そこにはユーウェインから貰った銀のコインが仕舞われている。


――こちらでの証。なくしてしまわないようにしなければ。

唇を引き結んで、天音はほんの少しだけ指先に力をこめた。


天音の決意をよそに、二人の口論は続いている。



「俺はこの街では顔が売れていないからな」


「……せめて警護を」


「いらん。ものものしくなる」


にべもない。

だがジャスティンはなおも食い下がる。


「そのようなことを……」


「――アイディーンの相手は俺が引き受ける。それでどうだ?」


「……!」


まるで雷に打たれたかのような反応だ。

ジャスティンは口をパクパクと開閉させながら、ユーウェインを凝視している。


――アイディーン?


天音は首を傾げた。

響きからすると女性名。

知らない名前に、ほんの少しだけ動揺する。


「お前はこちらで待機。

 アイディーンが訪問の素振りを見せれば

 体を張って止めよう」


「――――」


一拍、二拍。迷いを振り切るかのように、ジャスティンは息を止める。



「話を逸らさないで下さい。提案は魅力的でがっ」


――バン!

突如として重い扉が開かれた。

同時に扉の前に陣取っていたジャスティンは跳ね飛ばされる。



「話は聞かせてもらったわ!」


「そうと決まれば、私たちにお任せよ!」



出て来たのはアビーとジリアン。

扉の前で聞き耳を立てていたと思しき二人はつかつかと部屋に入って来た。


――ええ!?


そして左右から天音の両腕を抱えていずこかへ連れ去ろうとする。



「おい。どういうつもりだ」


呆れ顔のユーウェインが制止の声を上げる。



「イヴァン様。僭越ながら申し上げます」


「ただでさえアマネの外見は目立ちますもの。


「身分差がわかる衣服でイヴァン様と出歩けば……

 どんな目で見られるか、わからないはずはありませんよね?」


「というわけで、元アイディーン様の侍女たる私たちが

 アマネを着飾ろうというわけです」


口調も態度も堂々たるものだ。

アイディーン様の侍女、という言葉に天音はピクリと表情筋を動かしかけたが、すんでのところで踏みとどまった。

天音はつとめて無表情を装う。


「悪くないな。存分にやれ」


案外あっさりとユーウェインから許可が出た。



「お待ちください!勝手に話を進めて……っ」


いつの間にか飛び起きていたジャスティンが主と双子の間に割って入ろうとする。



「――ジャスティン? いい加減になさいな。

 真正面からぶつかるだけが手段じゃないのよ?」


「頭を使いなさい。ダリウスならもっと巧くやるわ」


叔父であるダリウスの名前を出されたジャスティンは二の句が継げない。



(確かに……ダリウスさんならにっこり笑って裏でフォローしそう)


心の中で天音は双子に同意する。



「決まりね。では、アマネ。行きましょう」


――力強く掴まれた手からは、逃れられそうもない。


◆◆◆



屋敷内をあちこち連れ回されて辿り着いたのは、大きな衣装棚が並べられている部屋だった。

物珍しげに調度類に視線を向けていると、ぐいっと肩を掴まれた。



「淡い色合いが似合うと思うのだけど、どう?」


「髪はまとめてしまいましょうか。あら、案外短いのね」



こちらに来てから数ヶ月。

日本に居た頃は肩にかかるぐらいだった髪は、肩甲骨の下あたりまで伸びた。

異世界に来たことによる身体への影響はない。


アビーとジリアンの勢いに押された天音はされるがまま。

粗末といわれた服を脱がされ、下着姿になった天音にああでもないこうでもないと服を宛てる。



(こ、こっちの人は躊躇ないな……!)


春になったとはいえ、まだまだ気温も低い。

ぶるりと肩を震わせると、はじめて二人は天音の様子に気が付いたようだ。



「寒かったかしら? ごめんなさいね」


「すぐ終わるから待っていてちょうだい」


二人が言うように、服の選択にはそれほど時間はかからなかった。

というのも、そもそも選択肢がない。

装飾のない質の良い生地を仕立てただけの衣服がほとんどだ。


ではお洒落とはどのようなものを指すのか?

天音がそう質問すると、二人は話し出した。


――商家の娘と仮定するとして。



「私たちも華美な格好を許されているわけではないの」


「そういうのは、お貴族様向けね」


「商売に使うから、一張羅ぐらいは持っているけれど」


「シャツもきめ細かい布地がせいぜいね」


一張羅は冠婚葬祭用。

基本となるシャツやスカートに刺繍が入り、どっしりとした作りとなるとおいそれと着ていけない。

ではどこでお洒落感を出すのかというと……。



「これよ!」


アビーが取り出してきたのは、開拓村に居た頃にカーラやイーニッドが身に着けていた幅広のベルト。

所々に細かい刺繍が取り付けられている。

刺繍用の糸には色がつけられ、見た目にも鮮やかだ。



「小物で工夫するのよ」


「糸自体はそれほど良いものじゃないけど染色すればね」


ベルトのほかに、髪飾りや肩掛けなどで色数を増やすのが最近の流行らしい。

お仕着せで色々身に付けられたところで、天音は鏡の前に立たされた。



(あ……何だかこの感覚、久しぶり)


鏡に映った天音は異国情緒溢れる格好。

まるで旅行にでも来ているような気分だ。


こちらに来てからお洒落どころではなかったので、改めて新鮮な気持ちになる。



「さあ、お化粧はどうしましょうか?」


髪を取りまとめながらジリアンが話し掛けてくる。

アビーは天音の手を取って、爪磨きの最中。

ちょっとしたお嬢様扱いだ。


――せっかくだから、楽しもう。



「自分でやってみます」


久々のお洒落。最後くらいは、自分でやりたい。

浮き立つ心そのままに、天音はにこりと微笑んだ。


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