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76話 腹ぺこ領主の帰還

お待たせしました。ユーウェインさん、無事帰還です。



76話 腹ぺこ領主の帰還




「おかえりなさいませ!」


貴族とはいえ、ユーウェインには実家がないようなもの。

トゥレニーへ赴く際は、いつもジャスティンの実家か、養父母の家で寝泊りをしている。


使用人たちに出迎えられて、ユーウェインはぐるりと玄関口を見渡した。


商家の館というものは、案外しっかりとした作りになっている。

御用商人なので、他の商家に比べて貴族を迎える機会も多い。

入り口は重厚な趣を感じさせ、調度品は品の良いものばかりだ。

そのため、装飾はそれなりに贅を尽くされている。



「今戻った」


ユーウェインの視線の先には、天音たちの姿がある。

二人は異民族なので、序列として末端扱い。

客人として遇されているものの、人目に付くところには置けないという商家側の判断だ。

ユーウェインは自分から一番遠く離れた二人を凝らすように見つめた。



「イヴァン様、お戻りを心待ちにしておりました。お部屋までご案内いたしますゆえ、どうぞ」


ジャスティンの父がユーウェインに近付き、身体を傾けて一礼。

荷物は既に部屋に運び込まれている。



「留守の間、ご苦労だった。よろしく頼む」




――食堂前。

天音は、そっとユーウェインの後姿を見つめていた。


威風堂々とした態度。視線は鋭く、背筋もピンと立っている。

衣服もいつも着ているものとは雲泥の差だ。

落ち着いた紺地のジャケット。

襟や袖に金の刺繍が施され、天音の目から見ても、かなり高価なものだとわかる。


まるで偉い立場の人のようだ。


(いや、偉い人のはずなんだけど)


天音は憮然とした表情で自らに突っ込みを入れる。



「私たちは部屋に戻ればいいのかな?」


佐波先輩が声を潜めて耳打ちをして来た。



「あとで呼びに来てくれるそうですよ」


ジャスティンからは「出迎えのあとは部屋で待機するように」とあらかじめ言われていた。

面会にも順番がある。天音たちは最後だ。


ユーウェインとは話さなければならないことがいくつかある。

特産品の売り上げ報告。

子供たちの処遇。そして今後の予定。

街に繰り出すのなら、色々見て回りたい――。



「――モリゾー。購入品目リスト、今のうちに作っておこうか?」


「そうですね、ノートに書いちゃいましょう」


二人は足早に宛がわれた自室へと歩を踏み出した。



◆◆◆



「……報告は以上になります」


ジャスティンの父から借り受けた応接室でユーウェインは報告を受けていた。

どっしりとした執務机は年季が入っている。

くすんだ味のある色合い。定期的に油で磨いているのだろう、表面は美しく艶やかだ。


つるりとした触感を指の腹で楽しみながらジャスティンの報告を頭の中で反芻する。

特産品は革製品を除けば全て完売。

革製品も、ギルドから面会の予約が入っている。


――なめし屋のニックは早々とユーウェインに値段交渉を投げたようだ。

ユーウェインは少々呆れつつもにやりと頬を緩ませた。


ニックの判断は間違っていない。

一介のギルド員が値段交渉で強気に出られるはずもないのだから。


あえてニックに初手を任せたのは、ギルド長の顔を立てるため。

領主の立場を傘に来て交渉するつもりはない、との意もある。



「ご苦労。売り上げも好調のようだな」


「はい。皆、目の色を変えておりました。これなら良い商売になりそうですね」


商会は目新しい商品に興味を示している。

グリアンクルに隊商が来るかどうかの確定は今後の交渉次第。

だが、山は越えたとユーウェインは感じている。



「ところで……そちらの首尾はどうでしたか?」


ジャスティンが躊躇いを見せながら切り出した。

瞳には懸念の色が浮かべられている。


トゥレニーに到着してから、ユーウェインはそこかしこに顔を出していた。

実家はもちろん、この時期は近隣領主もトゥレニーに来ているので、挨拶に奔走していたのだ。

その結果を問われているが、ユーウェインの疲れを微妙に感じ取ったに違いない。

確かにユーウェインは連日の社交で気疲れを起こしている。

とはいえ、問題はそこではなかった。



「つつがなく。と言いたいところだが……いささか不味い状況だ」


「どういうことですか?」


「――アイディーンが来ている」


「は? ……カテル様ではなく?」


「定期報告だと言って、旦那を押しのけて来たらしいぞ」


「領主夫人ともあろうお方が…………」



トゥレニーの北に位置する中規模の領地、フィオナラ。

北国イアルトーグとの境に位置している。

領主はカテル。領主夫人はアイディーン。

二人ともユーウェインの親戚筋にあたる。



「だからこそ領主夫人なのだろうよ」


「あちらの土地柄なら致し方ありませんか……」


国境境というのは小競り合いが頻繁に起きる。

そんな土地柄のせいか領主も領主夫人も好戦的な性格をしている。

――どちらかと言えば、領主夫人のほうがより好戦的で、抜け目がない。

夫の不在時には部下の指揮を取り、山賊退治に出掛けるほど、武勇にも優れている。



「ともかく、近日中に顔を合わせることになるだろう。悪いが、準備を頼む」


ユーウェインは頭が痛いとばかりに眉間に皺を寄せた。

自らが何をしなくても、問題ごとは遠慮なしにやってくる。

領地外に出るとすぐこれだ。

どっと疲労を感じて、椅子に深く体を傾けた。

今日はしっかりと休息を取ろう。

ユーウェインは固く決意する。



「……わかりました。ところで、お食事はどうなさいますか?」


「食べる。腹が減って仕方がない……ん?」


「え?」


「何か香ばしい……いや、焦げた匂いがしないか?」


ユーウェインの腹がぐうと鳴った。



◆◆◆



「え? え? どういうことですか?」


――時は遡る。


天音は佐波先輩と二人で、購入品目リストを部屋で作っていた。

ある程度作業を終えたので、あとはユーウェインとジャスティンに確認してもらうばかり。

微妙に時間が余ってしまったので、佐波先輩を部屋に置いて厨房の様子を見に行くことにした。


焼いて置いたユーウェイン用のお好み焼きとソースはリックに預けてあったはず――。

どうせなら焼き立てを食べてもらいたい。


そう思った天音の目に映ったのは空の籠だった。

まじまじと見つめてみるものの、消えてしまったお好み焼きは戻らない。


呆然とする天音の鼻腔をくすぐったのは、消えたソースの香り。

はじめは香ばしく。だがすぐに焦げ臭くなっていく。



「ま、待ってください!」


「はあ? どういうことだい?」


どうやら使用人たちは気を利かせてオーブンに入れてくれたようだ。

そこまでは良い。温めるだけなら問題はない。

火が遠いところなら、焦げ付くこともないはずだ。

けれど、机に置いてある空の容器。

その中にはソースが入っていた――ということは。



「やっぱり焦げてる!!!」


厨房に天音の叫び声が響いた。



◆◆◆




「――なるほど。味が変わってしまったと」


ユーウェインはしかめ面で腕を組んでいる。

腹の音がぐうぐうと鳴っていて、不満を主張しているかのようだ。



お好み焼きは結局、焦げた部分をこそげとって温めなおした。


(ソースの代わりはどうしよう……醤油マヨネーズ作るか。)


確か佐波先輩が携帯用のを持っていたはずだ。



「マヨネーズ貸してください」


「私の貴重な資産なのに!」


「今度作って返しますから」


「わかった。約束ね?」


――でも元の世界と味は違っちゃうんですけどね。これで体裁は整った!




「申し訳ございません」


責任者のデリックは平謝りだ。

行き違いがあったとはいえ管理が行き届いていなかったのは事実だ。


満足な食事にありつけないとあってはユーウェインの怒りもひとしお。

――と天音は予想していたが。



「よし」


ユーウェインはすっくと立ち上がり、机に置かれたお好み焼きをひと睨みした。

興味深そうに観察している。


天音はユーウェインの表情をおそるおそる窺った。

予想に反して、怒りの感情は垣間見えない。



「イヴァン様、お叱りは私に」


「ぼっちゃ……ジャスティン様が責任を取られるなど恐れ多いことです。

 ここはわたくしめが」


二人の押し問答をよそに、ユーウェインはおもむろに並べられていたお好み焼きを手づかみで一切れ。

ジャスティンが注意深くユーウェインの手元を凝視する。


「ん……」


――ユーウェインが大口を開けた。


デリックが固唾を呑む。


――一口目を味わって咀嚼を繰り返す。


天音は食い入るようにユーウェインの頬の動きを見詰めた。



「うまい」


ユーウェインの目がお菓子をほおばった子供のように輝いた。


屈託のない表情は天音にほんの少しの充足感を与える。

そして一瞬沈黙が過ぎり―――。



「……イヴァン様?」


ジャスティンの呼びかけに弾かれるがごとく、ユーウェインは矢継ぎ早に二枚目三枚目と続けて行く。

お好み焼きの山はユーウェインの喉を通り、胃袋へと移動してしまった。


――お好み焼きは飲み物ではないはずなのだが。


ユーウェインは食べ終わると、ジャスティンから手渡された布巾で口元を丁寧に拭った。

キリリと引き結ばれた唇からは一体どんな発言が繰り出されるのか。

天音たちは喉を鳴らして、ユーウェインの動向を見守った。



「……味は問題ない。が、量が足りない」



(ええ!? あれだけ食べておいて!?)



中ぶりのお好み焼きが五枚はあったはずだ。

確かに、いつものユーウェインなら「腹八分目」と言い出しかねない量。

それでも朝食には十分な量のはず。


そもそも叱責は一体どうなったのか……。


「―――アマネ」


「はいっ」


急に名前を呼ばれて思考を中断させる。

天音に向けられる視線はやけに強い。



「外に出るぞ」


続けざまに放たれたユーウェインの言葉。

天音はただただ目を丸くした。


次は○○○回~(*´д`*)

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