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75話 ごはんでしあわせ

ご無沙汰しております。お待たせ致しました、75話です。

今回はユーウェインさん帰還前ということで短めです。



75話 ごはんでしあわせ




ジャスティンは使用人たちがしょげ返っているのを厳しい表情で見つめていた。

大ごとにはしたくない。だが簡単に済ませるわけにもいかない。


天音は思案気に唇を引き結んでいるジャスティンに緊張しつつ話しかけた。



「あの、提案なのですが」


取り急ぎ、ジャスティンの持つ皿に焦げて見栄えの悪くなったお好み焼きを置いていく。



「?」


ジャスティンは天音に視線を差し向けた。

その瞳には訝しげな感情が映っている。



「いや~、焦げちゃったねえ」


ふたりの間に過ぎった微妙な空気をぶち壊すかのように、のんびりと佐波先輩が横槍を入れてきた。

一見空気の読めない行動にも思えるが、そうではない。



(佐波先輩、ナイスアシスト!)



「本当ですよね。困ったな~」


「焦げちゃったら苦いもんね~」


「そうですよね~」



――しばしの沈黙。



「……なるほど、それは良い落としどころですね」


ジャスティンはぼそりと呟いた後、満面の笑みを浮かべた。

天音たちの芝居に乗ることにしたようだ。



「お困りのようでしたら、失礼な態度のお詫びに、こちらで担当させていただけませんか?」


「私たちは気にしていませんが、引き取って頂けるならすっごく助かります」


天音はにこやかに答える。

焦げ付きは部分的だが苦味があるのは間違いない。

ソースをたっぷりというわけにもいかないので、味を誤魔化すのにも限度があるのだ。


そんな天音の言い分に対して、ジャスティンは大きく頷くと、焦げの大きいものを選んで一気にぱくついた。


――えっ。


使用人たちから、ざわめきが漏れた。

ジャスティンは商会の外の人間だが、使用人たちにとっては主筋に違いない。

上役が率先して食べているのに、下の人間が嫌と言えるはずもない。

しかも、ジャスティンの動きには躊躇いがなかった。

動揺が走る中、ジャスティンは顔色を変えず黙々と食べきる。



「では、次は私が頂きましょう」


そう言ったのはデリックだ。

目じりを下げながら、勢い良く一口、二口とたいらげていく。



「これはこれは……苦味はありますが、なかなか美味しゅうございますなあ……」


デリックのとろけるような反応に、使用人たちもごくりとのどを鳴らす。

「夕食にありつけないかも」という不安に加えて、上役たちの反応。



「お、俺も食べます」


「俺も!」


はじめこそおっかなびっくりだったものの、一人が手を出すとあとは一気だった。



(良かった、生地が無駄にならずにすみそう)


鍋の中にはまだまだ生地が残っている。

とはいえ――天音はちらりと視線を後ろに向ける。

使用人たちの勢いに危機感を覚えたのか、従士たちの顔がだんだんと険しくなっていた。

たとえ使用人たちが食べなくても、従士たちの腹に全ておさまりそうな予感がひしひしと。


天音は生地を焼きながらこっそりとため息をつく。


食事の準備はなかなかの重労働だ。

天音とてお腹はすいている。

だが、みんなの勢いが凄すぎて、食欲が萎んでいるのも確かだ。

天音は佐波先輩の様子を伺う。


ひっくり返された生地からは香ばしい匂い。

さらにはいかにも食欲をそそる音。

佐波先輩はさながら獲物を追う狩人のように瞳をぎらつかせている。


今にも食らわんと前のめりになっているので、天音は肩を叩いて佐波先輩に注意を促した。


――はっ。


びくん、と佐波先輩の身体がはねた。


「危うく欲望に身を任せるところだった」


「身を任せると鉄板に顔を突っ込むことになりますから止めて下さい……」





◆◆◆



天音たちが焼いたお好み焼きは、焼いた傍からあっという間に彼らの胃袋へと消えて行く。



「もっと! もっと食べたい!」


「やけどが心地よくなってきた」


「坊ちゃん、久しぶりに足蹴にしてください!」



(最後の一言おかしくない?)


視界の端っこでジャスティンに蹴られる姿が見えた気がするが、気のせいだ。

天音は必死に見ない振りを決め込む。



「さあさ、次々焼いてこー」


佐波先輩は早く自分の分にあり付きたいようで、後ろから天音を急かしてくる。


天音自身もいい加減お腹がすいてきている。

手早く済ませて、食事にありつこう。ソースはこれっきり。次に食べられるとは限らないのだから――。


そうしんみりとしつつ、腕まくりをして気合を入れた。



――あたりは既に薄暗い。パチパチと火が爆ぜているのはさながらキャンプファイヤーのよう。

空には三つの月が浮かんでいる。もう見慣れたものだ。


結局、天音たちが食事にありつけたのは最後の分だけ。

食欲の権化となった従士対使用人たちの構図に挟まれて、どうにも身動きが取れなかったのだ。


久しぶりに食べたお好み焼きは、やはり美味しかった。

山芋のおかげで中はもっちり、外はカリカリ。あつあつの生地にかかったソースは香ばしく。

こちらでの、「よく言えば素材の味を生かした料理」で感じていた物足りなさもすっかり解消されている。


焼きたてのお好み焼きは、天音の心にほんのり郷愁を覚えさせた。

隣に無言で座る佐波先輩も、感傷を共有している……かと思いきや。



「ソースって再現出来ないのかな」


真面目な顔で、食い気に走っている。情緒が台無しだった。

天音は唇をツンと尖らせて、不服を表現してみる。

しかし、佐波先輩はどこ吹く風。



「醤油は入ってたよね?」


「……入ってますが、トマトがないとこの味の再現は難しいですよ?」


天音は諦めて会話に乗ることにした。

どの道、負の感情が長続きするタイプではない。

さらには相手が佐波先輩だ。天音側が根負けするのは目に見えている。


天音が持ち込んだお好みソースの成分表にはこちらでも再現出来そうな材料はちらほらあった。

例えばハーブ類。多少の違いはあるものの、組み合わせ次第で何とかなりそうだ。

醤油は大豆を増やすことが出来れば作れるかもしれない。


――問題は、トマトとコショウ。



「探そう」


佐波先輩の強い口調に天音は驚いた。

視線の先には、喧騒のさなかにいる従士たち。

つられて天音もそちらを見る。



「楽しそうですね」


裏庭に笑い声が響いている。

隅っこには、使用人たちが壁にもたれて固まっている。

彼らもまた、笑顔を見せている。



「美味しいもの食べたら、幸せになる」


「はい」


「……でもまずはお腹いっぱい食べさせたいな」


「そうですね……」


天音の脳裏には、やせ細った子供たちの姿がはっきりと浮かんでいた。

三人は今、自宅通いの使用人の家に預けられている。



「分担しよう。お腹いっぱいにするのは任せた。探すのは、私がやる」


「わかりました」


するりと口から出て来た肯定の言葉。

天音は自身の決断に驚きつつ、納得もしていた。


グリアンクルは平和だ。

それも領主であるユーウェインがいればこそ。天音は何度も思い知っている。


――足りないものが、多い。


天音は胸ポケットから、以前ユーウェインに貰った小袋を取り出した。



「なにそれ?」


「イヴァン様からもらったの。香辛料の詰め合わせみたい」


使い道に迷ってずっと持っていたものだ。

天音はじっと小袋を見つめると、思い切るように佐波先輩へと差し出した。

もちろん、なるべく声を抑えて周りを警戒するのも忘れていない。



「……これ。たぶん、コショウです。あとこっちは……」


小分けにしていたものを指差して、天音は次々と説明をしていった。

佐波先輩は無言で頷きながらじっと耳を傾けている。



「佐波先輩に預けます」


「預けられた」


佐波先輩は小袋を受け取り、ぐっと握りしめた。







次話は今月中に投稿予定です。

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