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74話 粉もん争奪戦

お待たせしました。74話です。

74話 粉もん争奪戦





天音はよいしょと粉をふるいにかけた。

食べるのは大人数なので、粉の量も相当なものだ。

そこで病み上がりの状態で申し訳なく思ったが、表面的には元気そうな佐波先輩に手伝ってもらうことにする。


「これを振るってもらっていいですか?」


「わかった………」


まるで幽鬼のようにどんよりとした雰囲気を漂わせている佐波先輩に、天音はひゅっと息を飲んだ。



「大丈夫ですか?」


心配になって顔色を伺うが、体調が悪いわけではないようだ。

佐波先輩はくちびるをへの字に曲げてはいるものの、頬には赤みがさしているし、二日酔いも解消されているのだろう。

どちらかと言えば悩み事がある風だったので、あとで話をじっくり訊く必要がありそうだった。


天音はひとまずそこで思考を断ち切った。

そして、佐波先輩にテキパキと指示を出していく。


粉ふるいをしてもらっている間に、天音は山芋もどきをすりおろす作業に入る。



「そういえば、ご領主さまはいつお戻りになるの?」


佐波先輩が手を動かしながらおもむろに問いかけてきた。

天音はちょうど一本目の山芋をすりおろし終わったところだ。


くんくんと香りを確かめてみて、青臭さがないことにホッとする。

どうやら質の良いものを提供してもらったらしい。

天音は心の中でぺこりと頭を下げた。



「イヴァンさまは明日の朝に、と仰ってましたね」


気取った言い方になるのは仕方がない。

領民の前や、身内以外の人間がどんな聞き耳を立てているかわからないので、自然と言葉遣いも丁寧になる。



「本人に訊いたんだ?」


何気なく返された質問……というよりは確認に、天音の心臓が小さくはねた。

気が付けばボウルにはすでにこんもりと粉が積もっている。

天音は慌てて新しいボウルと取り替えながら動揺をひた隠しにして、小さく頷いた。



「どうしたんですか?いきなり」


頭に浮かんだ疑問を、天音は正直に口に出した。、

村にいた頃は食べ物の取り合いで一触即発の雰囲気だったふたりは、旅の最中、自然と折り合いを付けられるようになっていた。


とはいえ、直接のかかわり合いは少ない。

たいていは天音かジャスティンが間に入ることが多い。


旅の行程はあらかじめ伝えてあるとおりなので、ユーウェインの不在に何か問題でもあるのだろうか、と天音が訝しんだところで、あっさりと返答が返


ってきた。



「うん。明日の朝に戻ってくるのが確定なら、これ、残しておいたほうがいいんじゃないかって」


そう言って佐波先輩はくいくいとボウルを指さした。



「……失念してました」


天音は小さな衝撃を受けて、身体をよろめかせた。

忘れていたわけではなかったが、トゥレニーへの道中、ユーウェインは粗食に文句を言う素振りさえ見せなかった。

そのため印象が薄れていたのだ……というのは言い訳に近いかもしれない。



「残ってないと、確実に不機嫌になる。とゆーか、私ならむくれる」


あくまで自分基準で断言する佐波先輩に、天音は苦笑を返すしかない。

根拠はともかくとして、ユーウェインの性格を考えると、ありうることのように思えてくる。


天音はちらりと机の上の材料を横目で見た。

幸いにも、材料はふんだんに用意されている。

………むしろ、用意が良すぎるくらいだ。



「作ったあとに、取り分けておきましょう」


天音は少し悩んだあとそう決めた。

いったん冷めてしまうが、明日の朝温め直せばいい。


だが、領主相手に庶民と同じもの、というのも格式に問題がありそうだ。

考えた末、肉やチーズをふんだんに使って格差を出すことにする。

豪勢な見た目にすれば、領主としての面目も立つことだろう。



「それにしても、随分と質の良いものを用意してもらったんだね」


「そうなんですよね。厚遇が過ぎるような……いちおう、ありがたく使わせてはもらいますが……」



現在、台所には佐波先輩と天音のふたりだけだ。

部屋が狭いので使用人たちは入れない。


声も自然と小さくなる。



「遠慮していてもしょうがないしね」


そう佐波先輩があっさり結論を出して、その話は終わりになった。




◆◆◆



これからみんなに食べてもらうものは、お好み焼きだ。

粉物の定番で作るのもそれほど難しくない。

切って、混ぜて、焼くだけ。実に簡単な手順だ。

材料の下ごしらえをして指示をすれば誰にでも作れるから、人数がいるときには重宝する。


懸念は鉄板だったが、デリックに相談したところ、どこからともなく調達してくれた。



「こちらでよろしいですか?」


にこにこと愛想を振りまくデリックに、天音も自然と笑みをこぼす。


鉄板が設置されているのは中庭で、簡易のカマドも事前に準備済だ。

すでに日が暮れかけているため早く焼いてしまわないといけない。


従士たちはジャスティンにしごかれたあとのようで、クタクタになって地面に転がっていた。

だが、天音が調理の準備をはじめるとむくりと起き上がって瞳をぎらつかせている。

相当にお腹が減っているらしい。顔つきは真剣そのものだ。


デリックをのぞいた商会の使用人たちは好奇心に満ちた表情ではあるものの、どちらかといえば訝しげだった。


得体の知れない異民族が何やら料理をしているが、これは食べられるものなのだろうか。

もしや毒が入っているのでは?

やれやれ坊ちゃんの手前、むやみに反対は出来ないが、どうせ大したものじゃないに決まっている。


そのような感情が透けて見えるようだった。

従士たちとの反応の違いに、天音は困ったように眉根を寄せた。



「モリゾー、さっさと作っちゃおうよ。どうせ良い匂いがしはじめたら、空腹に負けるって」


そっと佐波先輩が耳打ちをしてくる。

天音はそれもそうだと思い直して、不安を振り切るように鉄板に油を落とした。


そう、脂ではなくて油。植物性の油がトゥレニーにはあるのだ。


焚き火であたためられた鉄板に油を落とすと、すぐに油が煮える音がした。

大きめの鍋にお好み焼きの種を準備してあるので、佐波先輩に鍋を持ってもらう。

鍋とおたまは、現地のものを使わせてもらった。

というのも、デリックに注意を受けたからだ。



『こちらでは見かけない、精巧な作りをした道具。誰が見ても欲しがるでしょう。

 つい魔が差して、力ずくで手に入れたいと思うやからも少なくはありません。

 さらにお客様がたは異民族。ためらいなど覚えますまい』


商会内の人間でさえ、うかつに信用してはいけない。

そう釘を刺されたのだ。


実は肉の切り方一つでさえ、難しい顔をされた。

肉が薄すぎるためだ。


天音が持ち込んだ包丁はこちらのものと比べて切れ味が格段に違う。

こちらのものは種類も少なく、切れ味も鈍重だ。

ほぼ押し切りしか出来ないので、ふつうに切るのにも一苦労だ。

そうなると、ぶつ切りが切り方としては当たり前になる。


天音は佐波先輩と相談して、薄く切った肉はユーウェインの分にまわして、残りの分は表面を炙ったあとナイフで削いでいくことにした。

鉄の杭に塊を突き刺して火にかけてぐるぐるとまわす。焼けた部分を削いでいく過程で肉汁が爆ぜて、良い香りがあたりを漂い……。

そのような工程を経て、天音の手にあるのはほどよく焼けた肉切れの皿。


じゅわり。


まず生地を鉄板に落とした。焦げ付きが心配だったので、油は多めに落として押し広げてある。

生地を丸く整えたあと、肉切れを置いていく。


複数枚準備したところで、天音はふと視線を感じて顔を上げた。

視線は従士たちのものだとばかり思っていたが、どうやら彼らだけではないらしい。


商会の人間のものも混じっているのに気がついたが、天音は素知らぬふりをして視線を鉄板に戻した。



「佐波先輩、ひっくり返しましょう」


「はいよ」


佐波先輩は木の棒を組み合わせた簡易箸で器用に生地をひっくり返した。

香ばしい匂いと生地が焼ける音とで、従士たちから歓声が上がる。



「こちらをどうぞ」


やって来たのはジャスティンだった。

手には大皿を持っている。

焼けたものを載せろということらしい。


天音はにこりと笑って頷いた。



「モリゾー、そろそろ」


「じゃああげちゃってください」


佐波先輩は木製の箸を突き刺して半生じゃないことを確認したあと、次々と皿にお好み焼きを積みあげていった。

積み上げられた先から、天音は刷毛のような道具でソースをつけていく。



「ずいぶんと、良い香りですね!」


ソースの匂いを嗅いで、ジャスティンが珍しく語気を強くした。

天音は目を瞬かせながら同意する。



「お口に合うかどうかはわかりませんが、私たちの故郷では一般的な調味料です。

 なめてみますか?」


そう言って天音がちらりとソースの入った小皿を見るが、ジャスティンは頭を降った。



「いいえ。出来上がりを楽しみにしましょう。

 ……おい!お前ら!」


「はいっ!」


「お待ち申し上げておりました!」


「すでに我らが腹は準備満タンです!」


「いくらでも入りますのでご安心ください!」


ホレスを筆頭に、ジャスティンの前には従士たちの姿がいつの間にかずらり。

彼らは皿を持ち背筋を伸ばして直線上に整列している。


そして、驚いたのは天音だけではなく、商会の人間にも動揺が広がっていた。



「おい……なんだってんだ……」


「たかが飯だろ?確かにうまそうな匂いはしてくるが……」


そうぼやいた使用人たちに対して、従士たちはこう反応した。



「いやなら食べなくていい」


「そうだ。むしろ食べるな」


「俺たちが全部食べきってやる」


「文句を言うものは去れ!空腹を抱えて死ね!」



(……そこまで!?)



「モリゾー、さっさと次焼いちゃおうよ。

 早くしないと日が落ちちゃう」


佐波先輩の能天気な声にはっとした天音は、出来上がったものをジャスティンに任せて次の焼きに入る。



「お前ら、まずはひとり一枚ずつだからな」


ジャスティンがそう言いながら、トングのような道具を使って従士たちの皿に一枚ずつお好み焼きを載せていく。

獲物を手に入れた従士たちは、迷うことなくお好み焼きに齧り付いては妙な笑い声をあげる。



「うめえ、しあわせ」


驚いたことに、直径15cm程度の大きさのお好み焼き、しかもアツアツのものを、彼らは二口三口で食べきってしまう。

天音は呆気に取られつつ、手の動きを早めた。

この調子では早く焼かないと追いつかなくなりそうだった。



「え、ちょっと、次は俺らだろ」


次々とまたジャスティンの前に並び始めた従士たちの姿を見て、慌てたのは使用人たちだ。

従士たちの勢いに押されて呆然としていたが、晩飯にありつけないのは困るといった様子だ。


それはそうだろう、と天音も思う。

さすがに夕飯抜きは可哀想だとジャスティンの顔色を伺うと、彼は平然としてこう告げた。



「お前ら、この食事の経費がどこから出ているか知っているか?」


「は?……いえ」


「商会からでしょう?」


ジャスティンの話しぶりに訝しげになりつつ、使用人たちはそれぞれ答え始めた。

おおむね商会から経費がおりている、と判断しているらしい。


だがジャスティンはそれを否定した。



「違う。この食事は、グリアンクルの領主であるイヴァンさまから頂いているものだ」


ジャスティンは怒りを滲ませるでもなく、ただ淡々と子供にでも言い聞かせるように説明した。

ユーウェインからときいて、天音はびっくりして顔を上げた。



「イヴァンさまから……」


「やべ……」


ジャスティンの言葉に使用人たちは次々と顔を青くしていった。

声もすぼまって、肩を落として小さくなっている。



「お前らの想像通り、イヴァンさまのたっての頼みで、こちらの女性ふたりが料理をしてくれている。

 そして経費はイヴァンさまの許可を得て俺が支払っている。

 ………この意味がわかるな?俺の面子を潰してくれるなよ」


だんだんと低い声になっていくジャスティンに対して、使用人たちはただひたすら頭を垂れた。



「申し訳ありませんでした……」


ひとりがそう言ったのを皮切りに、使用人たちが天音と佐波先輩に向かって謝罪をしていく。



「い、いえ……」


天音は困ったように顔を引きつらせた。

決してこのようにへりくだってほしいと思ったわけではない。



「モリゾー、焦げちゃうよ」


佐波先輩に声をかけられて、天音は慌てて鉄板に視線を向ける。

確かによく見ると少しだけ焦げ目がついているようだ。


急いで皿に盛ったが、見た目がいびつになってしまったものがチラホラあるのを見て、天音はポンと手を叩いた。



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