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73話 夜半の賭け

お久しぶりです。73話です。今回はジャスティン視点になります。

73話 夜半の賭け




村の広場には雪が降り積もっている。

そして、雪にはひとりの少女が埋もれていた。

起き上がらせようと掴んだ手のひらは、ジャスティンの想像していたものと違っていた。

外見は少女然としているのに、感触は武人の手。



『大丈夫ですか?』


遠慮がちに問い掛けると、身体についた雪を払い落として、少女は大きく頷いた。

黒い瞳はやたらと生気に溢れていて、ジャスティンはどんな表情をしていいかわからず、結局無表情になってしまう。



『大丈夫。ありがとう!』


ジャスティンの手を借りてさっさと起き上がった少女は、ぐるりと村の周辺を見回しながら好奇心に満ちた視線をそこかしこに向けた。

少女の視界に入っていたのは村の景色だけで、ジャスティンは見向きもされていない。

初対面では当たり前のことだが、ジャスティンはなぜかそのことに一瞬だけ顔をしかめた。



(小さい人だな………)


立ち上がってジャスティンに付いてくる姿を横目で見ると、ずいぶんと華奢な体つきをしていることが分かる。

自分より低めの背にジャスティンは目を丸くしつつ、素知らぬふりを決め込んだ。



館への案内を終えたあと、執務室で話し合いが行われた。

少女の名は、サヴァ・カナエと言うらしい。

名前はカナエのほうだ。

姓があるということは、ある程度裕福な家庭に生まれ育ったということだろう。

サヴァの手のひらに手荒れ一つなかったのもあって、ジャスティンはそんなふうに検討付けていた。


名前を知ったときから、ジャスティンは何度も頭の中でサヴァ・カナエと反芻した。

職務上、顔と名前を覚えるのは癖になっているため、苦ではない。


結局、呼びやすさからサヴァという名で定着したものの、ジャスティンの記憶にはきちんとカナエという名前が残った。




◆◆◆



サヴァという少女……当人からは年上だと伺って驚いた……は、とても人懐っこい性質らしかった。



『縄の結び方、教えてよ!』


そう言って屈託なく従士たちの間に混ざる。

当初、サヴァは従士たちに敬遠されていた。


立ち合いでホレスが女に負かされたことで反感があったのだろう。

話しかけられても邪険な態度を取ることがほとんどだった。

ただ、ティムとホレスだけは変わらない態度で接していたようだ。


前者は言うまでもなく女好きだから。後者は単純に度量が大きいということだろう。


だが、サヴァがはきはきとした物怖じのしない態度を一貫して続けていると、従士たちの態度も軟化していった。

女性慣れしていない従士たちにとって、小さななりでめっぽう強いサヴァは新鮮にうつったようだ。


何せ彼らの多くは多感な時期に戦場へと出ていたし、そもそも女性との関わりが薄い。

そして村や街の女は、基本的に男にしなを作るものである。

女きょうだいや母親は女の数には入っていないようだが、それにしてもサヴァの雰囲気はどちらかといえば男のものに近い。


少女というよりまるで年下の少年のようなサヴァの振る舞いは、従士たちが作っていた壁をすんなり乗り越えることに一役買ったようだった。


最終的にグリアンクルを発つ頃には、なし崩し的に仲良くなっていた。

時には酒盛りに付き合い、野営の技術を学び、そしてよく笑いあった。

ちなみに、ジャスティンはそっちのけで。




◆◆◆



『今度は俺にも稽古をお願いします』


ジャスティンは真剣な顔つきでサヴァに頼み込んだ。

というのも、従士たちへの稽古は付けてもらっているものの、ジャスティン自身が投げられたことは今まで一度もない。

そのような経緯から、グリアンクルを立って一日目の夜、ジャスティンはもう一度サヴァに頼み込むことになった。


目の前では火が焚かれている。

夕食はすでに終わって、夜番以外の人間は寝る準備だ。

あくびをしながら外套にくるまり横になっている従士たちの姿がチラホラ見える。


旅の途中ではろくに地ならしも出来ないが、隙を見て稽古を付けてもらうことは出来るだろうとジャスティンは踏んでいる。

そしてトゥレニーへ着きさえすれば、実家の敷地内で稽古場を用意することも出来るので、機会を作ろうとも考えていた。

そのためまずはサヴァからの了承を得ることが先決だ。


だがジャスティンの思惑とは裏腹に、サヴァは乗り気ではなさそうに眉をしかめている。

稽古を付けること自体は問題ないのだろうが、いつもサヴァはジャスティンが稽古相手に名乗り出るととんでもなく渋る。

そのため、再度こうやって頼み込んでいるわけだが………。


ジャスティンは困惑していた。

サヴァの言い分では曲がりなりにもジャスティンは従士長の身分にあるので、いくら稽古とはいえ勝負事はまずい、とのこと。



(それにしたって、きっちり許可を取っているのに)


ユーウェインには勝ち負け関係なく稽古をつけてもらうことについての了承はもらっている。

そして、了承されていることをサヴァにも伝えてある。

ということは別の理由がある、ということだ。


ジャスティンは黙秘を行使するサヴァに対して苛立ちを感じていた。

自分の思い通りにならないことに、ではない。



『はっきり言ってください。俺の体が小さいからですか?』


背丈だけではない。ジャスティンの体格は小柄で、力もない。

練習相手として不十分なのか、という問いかけだった。


サヴァはジャスティンの直球な質問に一瞬目を見張ったあと、しばし沈黙した。

言葉を選んでいるようでもあった。



『……正解。でもたぶん、君が思っているような理由ではないよ』


考え込んだあと提示された答えは、意外なものだった。

ジャスティンはただ単純に、技量不足と判断されたのでは、と思っていた。



『まず……私も君と同じで、女性の中でも小柄。力がないのはわかるよね?』



ジャスティンは頷いた。

立ち振る舞いを見れば体を鍛えているのはわかるが、もともとの体格のせいで付けられる筋力は限られている。

ましてや女性だ。男性と比べるべくもない。



『細かい説明は省くけれど……自分より体格が良い相手と組手するのは慣れてるの。

 その上で慣れていない素人相手だと、ポンポンとまではいかないけれど、技をかけるのは容易い』


サヴァは身振り手振りで技の表現をする。

ジャスティンは顎に手を添えてサヴァの稽古風景を思い出していた。

確かに従士たちは面白いくらいに投げられていた。



『体格が違えば、相手の力を利用して投げることは可能。でも、体格にさほど差がないのなら、苦戦する。

 たとえ最初のうちは勝てていても、君が慣れてきたら……』


『だったら、なおさら俺のほうが練習相手には良いのでは?』



ジャスティンの言葉にサヴァが大きく頷いた。



『もちろん練習相手としてなら、君が最上。でもね………』



最上、と言われてジャスティンはごくりと喉を鳴らした。

うっかり喜びを表に出してしまいそうになるが、気を引き締める。

まだ続きがあるようだ。


サヴァは言いよどんだあと、こう続けた。



『私の技は君にとても向いているし、足さばきを見ていたら、君の方が……私よりも素質はあると思う。

 ただ、だからこそ、君に技をかけるのに躊躇する』


『それは前に言っていた、殺しに技を使われる可能性があるから?』



『うん、そう。道すがら色んな話を聞いて、なおさらそう思う』



サヴァはそう言ってぐるりと右手の人差し指をまわした。

ぐるぐるまわっている指は、サヴァの複雑な心情をあらわしているように見えた。




◆◆◆



トゥレニーへ到着して、販売が終わったその日、ジャスティンの実家で宴会が催された。

費用の一部は実はサヴァが負担していた。

売上から得た給金を、生活費を除いてほぼ費やすつもりだと聞いたとき、ジャスティンは驚いた。


なんでも道中の護衛料金の代わりらしい。



『命をかけて得たものを躊躇いなく使ってもらったお礼。それにしては、雀の涙程度だけどね』


スズメとは何か、と訊ねると、こぶしを握ってこれくらいの小さな鳥と返された。

ジャスティンは少し考えてこう答えた。



『こちらではパンの欠片ほど、と言いますね』


『似たような言い回しはあるんだ?』


『はい。ですが、パンの欠片が命をのばしてくれることを我々は知っていますから。

 ……ありがとうございます。従士たちも喜ぶでしょう』


ジャスティンは素直に礼を言った。




『さて、奢るだけじゃなくて自分も楽しまないとね!』


腕まくりをして呑む気満々の様子のサヴァに、ジャスティンはふと思いついたことを提案してみた。



『サヴァさん。賭けをしましょう』


あくまで気軽に、さりげなく。

ジャスティンの何気ない言葉に、サヴァは子供のような表情をして、首をかしげた。



『賭け?なに、酒のみ対決? ……無茶な要求なら』


『俺が賭けに勝ったら、手合わせをお願いします』


断る隙を与えないように、声を被せた。

負けたときの提案はしなかった。そちらはサヴァが考えることだ。

それに……負けるつもりはこれっぽっちもなかった。



『……わたし、お酒強いよ?』


『知ってますよ』


サヴァは半信半疑の目をじっとジャスティンに向けていたが、やがて根負けしたようだ。

なにげに、押しに弱い人なのかもしれないなとジャスティンはひとりごちる。



『君が負けたら?』


『そちらにお任せします』


『……こっちは無茶な要求するかもよ?』


『存分に。こちらから持ちかけた賭けですから』



いっさい引く様子がないジャスティンの頑なな態度を見て、サヴァの瞳に緊張が走った。

だが、断る素振りは見せなかった。

勝つ自信があったからかもしれない。



『なら、受ける』


かなりの間サヴァは迷っているようだったが、最後は男らしく勝負を受けることにしたようだ。

ジャスティンは思わず拳を握った。



『……よしっ!ホレス!審判!』


『はい!』


『ティム、酒持って来い!』


『あいさ~!樽ごとっすね!』



矢継ぎ早に両名に指示を下すと、ジャスティンはぐるりと後ろを見回した。

他の従士たちは好奇心を隠そうともせず、にやついた顔を並べている。

正直に言って、気持ち悪い。ジャスティンは苛立たしげに眉尻を上げた。



『お前ら、うっとおしい!散れ!』


『そりゃないっすよ~従士長』


『俺らのけものにしないでっ泣いちゃうっ』



うるさいいつもの三人組の尻をジャスティンは勢いあまって蹴り飛ばした。

そしてそうこうしている間に、木作りの机の上に酒樽が置かれていく。


つんと酒精の香りが鼻腔をくすぐる。

安っぽい酒だが、大量に呑むのならこれしかない。

一般に出回っている麦酒だ。



『では、はじめましょう』



そう口火を切って、戦いがはじまった。

そして賭の結果は…………。




◆◆◆




「うそ……まさか………」


「俺の勝ちですね」


樽をどれだけ開けただろうか。すでにお互い、半分以上意識が飛んでいる。

審判のホレスはとっくに夢現。今持っている杯が最後で、ジャスティンの杯は空になっている。

サヴァのものには、まだなみなみと酒が残っていた。



(おまえ、審判の意味がないじゃないか……まあいいや)


色々と物申したいことはあるが、ジャスティンはいつになく上機嫌だった。

目の前のサヴァは呆然としていて、明らかに負けを認めている。

賭はジャスティンの勝ちだった。



「手合わせ、お願いしますね」


「くう………」



サヴァはくやしげに呻いて、机に突っ伏した。






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