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71話 酔っ払いの顛末

お待たせしました~<(_ _*)>

71話 酔っ払いの顛末




「あら、ごめんなさい。人違いだったのね」


「でも姉さん、この子も小さいわよ」


「そうね、異民族だわ。確かふたりいるって話よね?」


「あなたのお名前、伺っても良いかしら?」



口を休みなく回転させながら交互に話しかけてくる姉妹に、天音は目を丸くした。

そして面食らいながらも自己紹介をする。

といっても苗字は言わずに、下の名前だけ伝えた。

異民族という単語に天音は少し反応したが、嫌悪が混じった響きではなかったので聞き流すことにする。

人種が違うのは見てわかることだし、いちいち身構えていても仕方がない。



「アマーネ。アマー……アマネ。覚えたわ」


「アマネね、宜しく。私はアビー。こっちはジリアン」


「ジャスティンは弟なのよ」


「私たち、弟が帰ってると聞いて里帰り中なの」


「もうお嫁に出たのだけど、近所だから」


「それでね、お客様が来ているって父さんたちが」


「そうそう。本題を忘れていたわ」



天音がどこで相槌を打とうか悩んでいる間に、アビーとジリアンは矢継ぎ早にどんどんと話を進めて行く。

どうやら目的は佐波先輩らしいが、と天音が後ろを振り返ると、すでに佐波先輩は身支度を終えていた。

なんという早業だろうか。

もともと目鼻立ちがはっきりとしているので、化粧をしなくても失礼には当たらないだろう。


先程まで臥せっていたので寝巻き状態だったが、着替えている。

天音とお揃いの長衣に、帯のようなベルトを巻いただけの格好だ。

下には寝巻きをそのまま着ているようだが、表には出ていない。


そういえば、こちらの人は化粧自体をあまりしていない。

身分差もあるのだろうが、富裕層であるはずのアビーやジリアンでさえ、薄く紅を引いている程度だ。

お洒落といえば香りのついたものを身に付けるぐらいだろうか。

または、服装や小物に家に伝わる模様を縫い付ける、など、お洒落自体の幅が狭い。


そんな理由から、清潔であれば問題はなさそうだと判断した天音は、ちらりと佐波先輩に目配せをした。

佐波先輩はひとつ頷いて、前に出る。



「はじめまして。私が佐波ですが、どのようなご用向きでしょうか?」


キリリとした表情を作って佐波先輩がふたりに問いかけた。

仕事モードになっている様子に、天音はほっとして息をつく。

普段はだらけているが、仕事モードの時の佐波先輩は非常に頼りになるのだ。



「あなたが、サヴァ?」


「はい、そう呼ばれています」


「小さいのね」


「ほんとに、ジャスティンより小さいわ」


ふたりは佐波先輩を見下ろして、小さいを連呼した。

佐波先輩は特に怒る風でもなくまじまじとふたりを見返している。



「あなた、失礼だけど成人はしてるのよね?」


「そうですね。……随分前に」


こちらとは成人の基準がそもそも違うので、一瞬佐波先輩は答えに迷ったように口ごもったが、結局ぼかして答えた。

天音とは姉妹という設定で、外見の違いから佐波先輩が妹ということになっている。

年齢についての情報は密に設定していなかったため、濁すことにしたのだろう。



「………なら、ジャスティンの条件に叶うわね」


「これ以上、背が高くなることはないものね」


ふたりはニヤリと目配せをし合った

条件、という言葉に何やら不穏な空気を感じた天音は、佐波先輩に視線を向けた。

佐波先輩は肩をすくめて「さあ?」とジェスチャーをしているので、事情を知っているわけではないようだ。

そもそもこれが初対面なので、事情を知っている方がおかしいと思い直す。


とりあえず話が見えないので続きを促そう、と、天音が口を開きかけた時。



「……………何してるんですか?」


双子の姉妹の後ろから、不機嫌そのもののオーラをまとったジャスティンが現れた。

ふたりは弟の怒りにおそれおののくかと思えば、至って平然として、にっこりと笑った。



「あら、ジャスティン。久しぶりね」


「元気にしていた?」


鈴が鳴るような声で話しかけたふたりに対して、ジャスティンは盛大に眉間を寄せている。

忌々しい、というような表情で、怒りを隠そうともしていない。



「質問に答えてください。ここで、何をしているんですか?

 義兄さんや、甥姪たちを放っておいて、出戻ってきたとでも?」


ジャスティンの声音には険があった。

そして台詞の中身も、やたらとトゲトゲしい。

この姉弟はもしや仲が悪いのだろうか?

そう天音が懸念したものの、ふたりの方はどこ吹く風、笑みをいっさい崩していない。



「あら、言うようになったじゃない」


「そんな子に育てたつもりはないわよ?」


「育てられたつもりもありませんが?

 そもそも一つか二つしか違わないでしょうに。

 姉さんたちのイタズラの後始末、いったい何度押し付けられたと思ってるんですか」


ジャスティンの言葉通りなら、年が近いため小さい頃はパシリ扱いされていたということだろうか。

どうにも不憫な気持ちになって、天音はこっそりジャスティンにエールを送る。



「そんなの昔のことよ。覚えていないわ」


「弟が久しぶりに帰宅したのだもの。

 姉たちが会いに来て何が悪いって言うの?

 それに、父さんたちは良いって言ってたわよ」


厭味を聞き流してふんぞり返るふたりに、ジャスティンはとうとう怒りの臨界点を超えたのか舌打ちまでし出した。



「……父さんたち、日和やがって………」


「そしてね、私たち、サヴァに会いたかったの」


サヴァ、と言われて佐波先輩が反応した。

どうやら三人のやりとりを適当に聞き流していたらしい。

やっと自分の出番がやってきた、とばかりに表情を即座に整えているのを見ると、天音の心に生暖かい感情が浮かぶ。


渦中の人だと言うのに、佐波先輩の動じなさはいっそ感心するほどである。



「サヴァさんが、いったいなんだって言うんですか」


心底わけがわからない、というようにジャスティンが質問を返した。

弟であるジャスティンにもふたりの動機は意味不明のようだ。



「ジャスティンより小さいって聞いたの」


「そうよ。ついに!ジャスティンが結婚するかもしれない、なんて思い立ったら

 居てもたってもいられなくて」


「…………は?それ、どこ情報ですか?

 というか、ちょっと待って。何がどうしてそういう結論になった!?」



ジャスティンの口調が崩れた。



「だって、あなた、小さい頃」


「近所のマリーに初恋まっしぐらで」


「でも背が小さい子はイヤって振られちゃって」


「将来結婚するんなら、自分より背の小さい子がいいなんて泣いてたじゃない」


「いつの話だよ!!」


「えっとー6歳ぐらいだったかしら?」


「覚えてねーよ!!!」


いつも紳士的な態度を崩さないジャスティンだが、姉ふたりにかかっては単なる弟に逆戻りである。

天音は過去の恥部を無遠慮に晒されたジャスティンに対して、さらなる同情心を抱いた。



「ったくあんたたちは本当に余計なことしか……!」


「あら失礼ね。だってうちの家で結婚してない若い衆、あなただけよ?」


「いつまで経ってもイヴァン様に遠慮してるから、この辺の良い娘たちみーんな結婚しちゃったわよ」


「大きなお世話だ!」



天音はジャスティンの窮地を何とかして救ってあげたいと思いつつ、勢いに押されて話に口を挟むことが出来ない。

頭を抱えるジャスティンをよそに、佐波先輩が考え込むように頬に手を当てている。



「あの、佐波先輩?」


「………ん?」


「どうしたんですか?助けてあげないんですか?」


不思議に思って天音は佐波先輩に声をかけてみた。

もしかして、仲裁のタイミングをはかっているのだろうか。

そう期待したが、天音の期待はあっさりと裏切られる。


 

「いや、私も姉の立場だから、弟に似たようなことするだろうなぁと」 


「共感してどうするんですか……!」


「まあ、うん。でもこのままだと収集付かなさそうだし、止めに入るか。

 ……………あの~」


ジャスティンとふたりは佐波先輩の呼びかけにピタッと言い合いをやめた。

タイミングが同じなのは、血のなせる技だろうか。

苦々しげなジャスティンとは違って、ふたりの表情はどこかワクワクとしている。

佐波先輩の次の一言をじっと待っているようだ。



「とりあえず、部屋に入りません?

 こんなところじゃなんですし………」


佐波先輩の提案に、一瞬虚をつかれた三人だったが、すぐになるほどと頷きあった。

何しろ、扉をはさんで対峙している状態だ。

廊下に会話が筒抜けなのも、恥ずかしい話だった。



「ならお茶を用意させるわ!」


「お茶会ね!ジャスティンも来るのよ!」


ジャスティンは強制連行されるらしい。

うんざりしたようにため息を吐いて、ジャスティンは無言で従った。

抵抗する気力も失ったらしい。つくづく不憫なポジションにいるようである。




◆◆◆



少し小さいが客室に備え付けられた机の周りに椅子を持ち込んで、ささやかながらお茶会がはじまった。

お茶請けは昨日ほぼ売り切ったあとの残り、メープルビスケットだ。

甘いお菓子を食べたことがあるらしいふたりの驚きは他の面々と比べて控えめだったものの、美味しさに頬を緩めている。



「……それで?」


ジャスティンは姉たちにぞんざいな口調で続きを促した。

先ほどの話の内容は支離滅裂で、順序建てたものとは言い難い。

実際聞いている天音にも事情がよくわからなかったので、しっかりとした説明をしてもらえたほうがありがたい。


お菓子を食べて人心地ついたおかげで、弟へのからかい分を少し減らすことにしたらしい。

まずアビーが落ち着いた口調で説明をはじめた。



「まず、父さんから異民族の客人が来ているって聞いたの。

 珍しいわね、なんて話をして。それで色々と情報収集したら、どちらも小柄で未婚の女性。

 イヴァン様の庇護を受けているって話だったから、身元は確かだろうと踏んで」


「でもそれにしてもジャスティンや他の従士たちの警護が厚いでしょう?

 何かあるのかしらって気になっていたの」


次にジリアンが続ける。

天音はふむふむと耳を傾けた。

暖かいお茶を入れてもらったので、体に染み入るようだ。

春になったとはいえまだ肌寒い時期だ。

冷えには気をつけなければいけないな、と心に刻む。


語り手はふたたびアビーに戻った。



「そうしたら昨日の夜、ジャスティンがサヴァって女性と一夜を共にしたって聞いて」


「ぶっっっ」


天音はちょうど口に含んだばかりのお茶を吹き出した。

机に少し飛沫が飛んでしまい、慌てて手持ちの手ぬぐいで拭っていく。


………今、何かおかしな発言を聞かなかっただろうか?

天音は頭の中で先ほどのアビーの台詞をオートで繰り返した。



(一夜を共にした……一夜を共にした……!?)



呆然と天音が隣に目をやると、佐波先輩は静かにお茶をすすっていた。




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