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69話 あったかい夜

昨晩はうっかり執筆途中で寝落ちしてしまいました(;´д`)すみません。69話です。

69話 あったかい夜



酔っぱらい問答はしばらく続いた。

酔っている人は、酔っていることをとにかく認めたがらないものだ。

酩酊している状態で頭が働いていないのだろう。

判断が危ういユーウェインと、これ以上言い合いを続けていても仕方がない。

天音がそう判断するのに、少しの時間を要した。



「……ところで、今日は戻ってこないって言ってませんでしたか?」


天音の記憶が確かならば、帰宅……と言っていいのかわからないが、商会での合流は翌日か翌々日だったはずだ。

疑問に思って問い掛けてみると、ユーウェインは大仰に頷いてこう言った。



「抜け出してきた」


「ど、どこから……?」


「養父の家から」


「だ、大丈夫なんですか?」


「問題ない」


話を整理すると、領主城でしこたま呑まされたユーウェインは、養父の家に帰宅しても酔いがさめず、商会に向かうことにしたようだ。

だが深夜深くに養父たちを起こすのも気が引ける。

そこで無断で抜け出してぶらりと商会を訪れたようだ。


ユーウェインの言葉遣いはハキハキとしているし、明瞭な受け答えだ。

だが、微妙に声のトーンが高い。

やはり少し酔っているのは間違いなさそうだ。


天音は酔い醒ましに部屋の中の水差しを取りに行こうか、と後ろを振り返ろうとした。

そこへユーウェインの手がにゅっと伸びて、両手首を掴まれてしまう。



「……?」


手つきはガラスを扱うかのように丁寧で、痛みも感じない。

単純に天音の行動を押しとどめただけのようだ。

ユーウェインの視線は天音の手首あたりに落ちている。

興味深そうに目を見開いていて、どこか子供っぽい。

天音は首を傾げてついついユーウェインの動向を観察した。


最初は手首をじっと見ていたユーウェインだったが、次に手のひらへと視線を移動させる。

そして手のひらをにぎにぎとされて、天音は困ったように微笑んだ。



「……面白いですか?」


「ああ。面白いし、柔らかい。あと、小さいな」


しげしげとユーウェインは呟いた。

天音の手を離すつもりはまったくないようだ。



「イヴァン、お酒くさい」


天音は思わずユーウェインを咎めた。

しこたま呑まされた、と言っていたから、そのせいかもしれない。

随分と酒の匂いが体に染み付いている。



「そりゃあ、酒を呑んだからな」


「……酔っぱらい」


「俺は酔ってなどいない」


「酔ってる。いつもならこんなこと……」


しないのに、と言いかけて、結局天音は言わずに口ごもった。

今、手から伝わっているぬくもりが離れてしまうのは惜しいように思えた。

だが天音はなぜそんな気持ちに駆られるのか、自分のことながらはかりかねていた。



(ほっとしている……)


1日会えないだけだった。今までにもこんな日は何度かあったはずだ。

そんな風に心の中で問い掛けてみても、はっきりとした答えはついぞ出て来ない。



「今日はどうだった」


天音の逡巡をよそに、ユーウェインは素っ気なく話を変えた。

自分の気持ちがわからなくなっている天音は、これ幸いとばかりに話題の転換に飛びついた。



「大盛況でしたよ。ほぼ完売しました」


「そうか。それは良かった」


「佐波先輩が、たくさん売ってくれたんです」


「……サヴァがか。売上報告が楽しみだ」


「はい。それで、さっきまで宴会で……」


天音はつらつらと宴会での出来事を話した。

従士たちが盛り上がり過ぎて最後にはへべれけになっていたこと。

ティムと佐波先輩が呑み比べをして、勝ったのは佐波先輩だったこと。


それから、街の感想も伝えた。

開拓村とは規模がまるで違うこと。

特に、人の多さに驚いたこと。


ユーウェインは天音の言葉にその都度相槌を打った。

そのことがやけに嬉しくて、天音は思わず口数が多くなった。



「……イヴァンは今日は何をしていたんですか?」


「…………そうだな。親父どのと近隣領主への挨拶まわり。

 移民の件も話し合った。オワイン兄が茶々を入れて来そうになったが、何とか退けて……」


「新しい住民が来るんですか?」


そういえば、焼き物職人が来るとか来ないとか言う話を聞いていたような気がする。

天音は開拓村の様子を頭の中で思い浮かべた。


現在、村には女性がほとんどいない。

そのため、必要とされるのはやはり女性だろう。

天音の簡単な予想に対して、ユーウェインは頷くことで肯定を表した。



「以前から約束をしていたが、今年度はそこそこ豊作だった。

 住民にも余裕が出来てきたことだし、近隣領主から護衛も付けてくれる。

 嫁入りに問題はないだろう」


「嫁入り……」


「流石にすぐに大勢の人間を村に入れるわけにはいかないが。

 夏がはじまる前に受け入れ準備を行わねばな。

 今頃ダリウスが張り切って畑を広げているはずだ」


そう言ってユーウェインは呵呵と笑った。

開拓村に女性が増えるということは、家族が増えるということだった。

天音は心の奥底にあたたかい感情が生まれるのを感じる。



「あの」


それは良かったのだが、天音にはひとつ懸念事項があった。

子供たちのことだ。



「なんだ?」


「子供たち……どうなるんでしょう?」


子供たちは先ほど商会の働き手である女に預けられて世話を焼かれていた。

天音が気にしているのは、子供たちが今後どのような扱いを受けるかという点だった。

詳しい話を聞きそびれていたので、この機会にと口を開くことにしたのだ。


ユーウェインはとたんに真顔に戻り、端的に言った。


「……既に先方の領主との話し合いは済んでいる。

 少々ゴネられたが、子供たちの税金未納分は領主一行への迷惑料で精算。

 グリアンクルもそこの領地も、独立はしているもののトゥレニーのいわば子分のようなものだ。

 トゥレニー領主には先ほど根回しもしておいたから、悪いことにはなるまい」


「そうですか……!」


子供たちの処遇がどうなるかは関知しようがない部分だったので、天音は心底ホッとしたように息をついた。



「問題は村へ戻ってからか。

 今のところ子持ち家庭は職人の夫婦……ダンのところと、リッキーのところか。

 2軒だけになる。子育ては先人に倣うのが一番だ。色々と意見をきくことになるだろうな」


「その……養育費などは大丈夫なんでしょうか?」


心配げに天音がそう問い掛けると、ユーウェインは面白そうににやりと笑った。



「特産品関係でかなり稼げるからな。

 今後大きな利益が見込める以上、投資も悪くない。

 子供とは言え今から教え込めば数年後には立派な戦力にもなろう。

 数年分の食い扶持ぐらいは持ってやれる」


どうやらユーウェインの個人資産から食費や生活費などを工面してくれるらしい。

奨学金や生活援助金ということだろうか。

けれど、ユーウェインだけが負担するのも、考えればおかしな話だ。



「あの……私も、少しはお金を……」


「いらん。自分のために取っておけ。

 これは俺のやるべきことだから、気にするな」


にべもなく断られる。天音は眉尻をあげて不満をあらわにした。

その様子に、ユーウェインは苦笑しつつもこう付け加えた。



「俺はグリアンクルの領主で、領民の養育や領地の発展に力を注ぐ義務も権利もある。

 もともと村に女がいないので、伝手を頼り人を増やす予定だった。

 子供がいなければ次代の発展もおぼつかなくなる。

 少々順序が逆になっているが、人が増えること自体は歓迎だ。

 土地が痩せているわけでもなし、水も豊富にある。

 特にここ1~2年ほどは税収も上がっている。問題ない」


一息で言い切ると、ユーウェインはじっと天音の顔を見つめた。

説明の方に気を取られていた天音はしばらくの間気付かず、やっと理解して顔を上げると、ユーウェインと至近距離で目が合ってしまって動揺した。



「……あ、わかりました。問題ないってことですよね?」


気恥ずかしさに震える心を懸命に押し殺して、天音はあくまで事務的に返した。

その対応がお気に召さなかったらしい。

ユーウェインはさらに深い溜息をこぼす。



「そうだ。問題ないということだ。

 ………しかし、おまえに情緒というものを期待しても詮無いと思ってはいるが……」


「情緒、ですか」


「いやいい。気にするな。……そろそろ夜が明けてしまうな」


ユーウェインは話を誤魔化しておもむろに空の向こうを見やった。

たしかに、先程まで薄暗かった空に赤みが指している。

あと1~2時間もすれば朝になるだろう。



「俺はまた養父の家に行く。

 色々と用事を済ませなければいけないから、今晩も戻らん。

 ………合流できるのは明日だな」


「わかりました。ええと、ジャスティンさんに伝えておけばいいですか?」


「いや、必要ない。元々今日は立ち寄るつもりがなかったんだが……」


「………?じゃあ、どうして」


天音が疑問を口に出そうとすると、急に抱き寄せられた。

気が付けばユーウェインの腕の中にすっぽりと収まっていて、天音は驚くより先に呆気に取られた。

それほど力を込められてはいないはずなのに、身じろぎが出来ない。


目を丸くしていると、頭上からほんの少し吐息が漏れて、そこではじめて天音は現状を認識した。

厚い胸板からは心臓の音がドクドクと聴こえて来る。

混乱と羞恥心が一気に内心を駆け巡り、天音は固まることしか出来ない。



「……よっ」


「よ?」


「酔っぱら……?」


「だから、酔ってなどいない」


ユーウェインはさらに力を込めた。

背中にまわされた手のひらは、胸を貸されて泣いた夜のように、ただあたたかい。

アルコールの匂いが鼻腔をくすぐって、飲酒していないのに天音まで酔っ払ってしまいそうだ。


名残を惜しむかのように天音の肩に顔をうずめたあと、ユーウェインはすっと離れた。



「……なんて顔をしている」


天音は赤面していた。瞬き一つ出来ないくらいに驚いていた。

身体に巡った熱がなかなか引かない。

頬の赤みを誤魔化すために、天音は手でそっと顔を覆う。


ユーウェインは面白そうに口角を上げていて、天音にはやけにそのことが憎らしく感じられた。

睨みつけてみるが、効果のほどはあやしいところだ。

何しろユーウェインの表情は余裕綽々、天音のひと睨みなど意にも介されない。

思わず拳を握って振るうが、あえなくかわされてしまう。



「は……さすがに二度も喰らわん」


そう言ってユーウェインは天音から1歩距離を取った。

窓辺にいるので、天音はこれ以上距離が詰められない。

文句を言ってやろうとすると、一転、真面目な表情に変わってドキリとする。



「………ではな。また、明日」


ユーウェインが去っていったあと、天音はその方向をじっと見ていた。

天音の瞳は切なげに揺れているようでもあり、混乱に彩られているようでもあった。


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