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68話 恋はシラフでするものだよ

お待たせしました(>_<)

しばらく夜中に更新することになりそうです。

68話 恋はシラフでするものだよ



商会の屋台は大賑わいを見せていた。

最初はポツポツと買い物をしていく程度だったのに、試食販売が宴もたけなわとなったところで堰を切ったように客が押し寄せるようになったのだ。


従士たちだけでは客の勢いを抑えられなくなるのは時間の問題だった。

天音がじいっと佐波先輩たちの行動を見守っていると、徐々にホレスの位置が変わって行く。

後ろにはジャスティンが控えていて、逐一指示をしているようだった。

屋台の前でパフォーマンスを行っていた佐波先輩たち一行は撤退の準備に入ったようだ。


すでに試食販売用のカゴは空になっているようだし、頃合なのだろう。

佐波先輩は動くホレスの上で器用にバランスを取りながら、手を振って周囲の人間たちに手を振っている。


天音はほっと一息をついた。何事もなく終わったようだ。

まだ販売は残っているだろうが、トラブルが起こらなかったのも幸いだった。

窓辺からそっと離れて、天音は1階へと足を進めた。



結果として、商品は全て完売した。

屋台での販売で、人件費や場所代、街に納入する売上税などを差し引いた純利益は大銀貨4枚程度になった。

……そして、販売結果を見たハドリーたちの勢いがさらに強まったのは言うまでもない。

メープルシュガーは大銀貨と同じ重さで交換という形になることが決まっている。

今回納品した分だけでも結構な金額になっているようだ。

だがその金額も惜しくないと言い切れるほど、甘味には価値があるのは、ハドリーや他の従業員の興奮している様子からひしひしと感じ取れた。


メープルシロップ及びメープルシュガーは、冬の一定の時期にしか取れない。

しかも本数は限られている。

今後植林をする計画にはなっているが、育つのにも時間が必要だ。

ジャスティンが何とかハドリーを宥めているのを横目で見ながら、天音はメープルシュガーに代わる甘味品はないかと考えていた。



(てん菜に似た野菜があればいいんだけど……)


大量に必要になるが、煮炊きをするための薪資源はグリアンクルで困ることがない。

加工もさほど難しくないので、似た野菜が見つかれば、と天音は思っている。

どちらにせよ、種を植えて収穫するまでに、随分時間も手間もかかってしまう。

トゥレニーへ今後頻繁に訪れることはそうそうないため、買い物も慎重に行わなければいけなかった。


野菜やハーブの種。そして出来れば、内職の原材料なども手に入れておきたいと天音は考えている。

布地や糸、染料はイーニッドからも頼まれている。

他には油が取れる木の実なども持ち帰りたい。

菜種系があればそちらを優先したい気持ちがあるが、まずは市場を見てからだろう。


天音はちらりと隣の佐波先輩に視線を送った。

パチリと目が合うと、にっこりと笑みで返される。




(……うん、あとで佐波先輩に相談してみよう)



そんな風に考えを巡らせている内に、ハドリーの興奮はおさまったようだ。

メープルシュガーはトゥレニーではなく、公都で販売されるらしい。

すでに皮算用をはじめているハドリーを見て苦笑しながら、ジャスティンに促されて天音たちは部屋を退去した。


ハドリーの執務室から出た天音たちは

日が落ちかけている時間帯なので、薄暗い廊下にはすでに蝋燭台が掛けられている。

てらてらと廊下を照らすロウソクの炎にどこか安心感を覚える。


ロウソクは四角い塊のような


昼食をとっていなかった天音たちのために、商会の人間が宴会の準備をしてくれていると言う。

さっそく、ジャスティンの案内で食堂へと向かった。




◆◆◆



「ティム君のー!ちょっといいとこ見てみたいー♪」


「最初に3つ!!」


「小さく3つ!!」


「大きく3つ!!」


「いーっきいっきいっきいっきいっき♪」



従士たちの日頃の楽しみと言えば、お酒である。

娯楽がない開拓村ではめったに騒げないとあって、従士たちのテンションはうなぎのぼりだ。

いつも騒いでいる三人組……彼らの名前はファレル、ロビン、ダフトと言うそうだ。

天音は今日はじめて知った。

顔見知りではあったけれど、仕事の延長線上での付き合いが多かったので、実はホレスとティムしか名前を覚えていない。

この宴会を機会に覚えようと思いつつ、天音は目の前の光景に呆気に取られていた。


佐波先輩が宴会の中心になって、盛り上げている。


掛け声はもちろん、佐波先輩の直伝だ。

開拓村にいた頃から佐波先輩は従士たちに混じって行動をともにしていた。

そのためすでに気安い関係になっている様子だ。

女性扱いはまったくされていない。

どちらかと言えば、男友達のノリだ。

あるいは先輩後輩の関係性の方が近いかもしれない。


だが、そのことが逆に佐波先輩らしいと天音は思った。

楽しそうな雰囲気に、旅の疲れも吹っ飛びそうだ。


佐波先輩はアルコールに弱そうな人に対しては無理に酒を勧めず、うまいこと場の空気をコントロールしている。

見たところ急性アルコール中毒などはなさそうだが、酒は楽しくがモットーな佐波先輩にしてみれば、無理やりというのはとても許しがたいのだろう。


ちなみに天音はと言うと、アルコールの摂取せずに、お茶をすすりながら宴会の様子を見守っている。

お茶は開拓村で良く飲まれているものと同じだった。

こちらでは一般的なものなのかもしれない。


食事は簡単なものを先ほどいただいたばかりだ。

内容の方は大量に食べられる以外はこれといった特徴はなかった。

パンとベーコンに野菜のスープがメニューだ。

だが天音にとってはありがたいことに、野菜が多めに入っていた。

採れたての野菜を使ってくれたようだ。


原材料はわからないものの、葉野菜のようなので、ジャスティンに頼んで厨房にお邪魔させてもらうのもいいかもしれない。

そんな風に次々といろんな考えが頭をよぎる。


満腹感に満たされながら、天音は何とはなしにここにいない人物のことを頭に思い描いた。




(どうしてるかな……)



ユーウェインのことだった。彼は今頃、何をしているのだろうか。

トゥレニー領主の館へ挨拶に赴くという話だったが、よくよく考えれば天音はユーウェインのことをほとんど知らない。

立場や職務内容は開拓村にいた頃に何度か目にしているのである程度は把握している。

けれど人となりについては、何も知らないのではないか、とも思う。


こちらに来てから一番天音の助けになってくれた人だ。

利害関係はあっただろうが、命の恩人であることに変わりはない。

そう独りごちるものの、直接ユーウェインに問い掛けたことはなかった。

その必要も感じなかった。開拓村にいた頃は。


室内の熱気は時間が経つごとにぐんぐんと上がっていって、やがて収束していった。

天音は宛てがわれた部屋へと入って、早々と就寝することにした。




◆◆◆



真夜中、天音はぱちりと目が覚めた。

早めに就寝したせいか、数時間熟睡したあと、寝られなくなってしまった。

しばらくごろごろと身動ぎをしていたが、どうしても目が冴えている。

仕方なしに天音は水でも飲もうと寝台から起き上がることにした。


商会の建物は開拓村の家々とは違って石造りだ。

窓は大きめで、今は格子戸がしっかりと閉められている。

だが隙間から月明かりが漏れるのを見て、天音は何気なしに窓を開けることにした。


ガラスはあまり出回っていないらしい。

聞く話に寄ると、西の国では盛んに生産されているようだ。

とはいえ、割れ物なので輸送に手間暇がかかり、よしんば無事荷物が届いたとしても割れていることがほとんどだと言う。


そんな理由から、基本的に窓ガラスというものは希少価値の高い幻の商品のように扱われている。

公国内でも公王の住まい以外には使われていないようだ。

先ほどジャスティンがそのようなことを言っていた。


天音は格子戸を開けて外のひんやりとした空気を目いっぱい吸い込んだ。

空には三つの月が浮かんでいて、柔らかな光があたり一面に降り注いでいる。

窓の外は裏庭だった。

さすがに視界が悪くて見えないが、草むらがあるようだ。



灯りはほとんどない。真っ暗な状態で、月明かりだけが地面を照らしていた。



天音に宛てがわれた部屋は1階にあった。佐波先輩の部屋は隣だ。

時間も時間なので、佐波先輩はきっと今頃すやすやと寝息をたてていることだろう。


そういえば、利益が見込めるとなると、ハドリーはとたんに愛想がよくなり天音たちを厚遇しはじめた。

あまりの変わりように天音は眉をひそめたが、苦笑した佐波先輩に肩を叩かれることで何とか表情を取り繕ったのを思い出す。


異民族。天音と佐波先輩は、こちらでは異質だ。

生まれ育った世界が違うと言えばそれまでだが、こちらの世界での異分子であることは間違いない。


だからといって、線を引いたり拒絶したりという気持ちは天音の中にはなかった。

どうしてかと自身に問いかけてみても、明確な答えは得られない。

結果として何事もなかったとはいえ、ひどい目にあったことは確かだ。



(佐波先輩とふたりで、帰る………)


天音は当たり前のようにそう思っていた。

日本へ帰って、可能であればまた仕事をして、生活基盤を整え直したい……という考えは、天音の根底に根ざしている。

そもそも、こちらは天音が生きていくには厳しすぎる環境だ。

佐波先輩は何とかなると言っていたが、それだとて、助けの手がなければ難しい。


だからこそユーウェインに帰る方法を探す手伝いをお願いしたわけだが、反面、天音の心に妙な愛着心が湧いているのも事実だった。

こちらで生きていくのは厳しい。けれど、こちらで生きていってもいいかなと思う。

矛盾したふたつの考えがゆらゆらと心の中で揺れる。



(まだ帰れるかどうかもわからないのに)


天音はため息をついて頭をふるふると振った。

答えの出ないことをいつまでも考え続けていても仕方がない。




そう思って顔を上げたそのとき、



「……イヴァン?」


目を凝らすと、ふらりと奥からユーウェインが現れた。

天音の問いかけにユーウェインは答えず、ゆっくり足を歩めて近付いてくる。

どうにも様子がおかしい。


天音は首をかしげてユーウェインの動きを見守った。

近くに来ると、やはりユーウェインだった。

だが、妙に酒臭い。



「ああ、アマネか……」


「いま気が付いたんですか?……酔っ払ってるみたいですね」


ユーウェインはそんなことはない、と否定した。

だが反応が鈍いのを見ると、どう見ても酔っ払いだ。



「だから、俺は酔っ払ってなどいない」


「いえ、酔っ払ってますってば」


天音は妙に子供っぽい反応をしているユーウェインに突っ込んだ。

この酔っ払い、どうしよう。天音は頬に手を当てて、困ったように口ごもった。



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