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66話 トゥレニーにて

66話です。商売のはじまりです。

66話 トゥレニーにて


ジャスティンの実家は中央広場の近くにあるらしい。

門の前でユーウェインと別れることになり、天音たちはジャスティンの案内で馬車ごと商会へ向かうことになった。

ユーウェインは養父母の家へ挨拶ののち、謁見用の衣服に着替えて城へと参上するとのことだ。

別れの挨拶も出来ないまま、役人の確認が終わるとすぐさま別行動となったのは残念だった。


あたりを観察する暇もなく、石畳の上を馬車は移動していく。

この石畳がくせもので、土の上よりも揺れが大きい。

特産品関係の積み荷は先行して商会に送られているようだが、商品が破損していないかをあとできちんと確かめなければならない。



「……おっきいねぇ~」


「人がいっぱいいる」


「おまえら、おとなしくしてるんだぞ」


エドがはしゃぐ弟妹をいさめている。

3人ははじめての土地に興味津々で、くりくりと忙しげに目を動かしている。

天音はこっそりきょうだいの様子を伺いながら隣の佐波先輩に話しかける。



「佐波先輩、これからの予定ですけど……」


「ん?」


「ジャスティンさんの実家に行って、私の方は特産品の商品説明をしなきゃいけないんです。

 ……佐波先輩はどうするんですか?」


肝心なことを訊きそびれていたので、天音は今のうちとばかりに佐波先輩に擦り寄った。

ジャスティンの話に寄れば、ゆっくりペースで到着までに少し時間がかかりそうだ。

馬車の乗り入れは商会脇に大きな駐車場があるので、裏からまわるらしい。


揺れが激しいため四つん這いになって移動する。



「あれ、モリゾーには言ってなかった?」


「はい。お互い忘れてました」


「そっか、そっかー。

 ジャスティンとはこまめに話してたんだけど、

 特産品を売るときに私も同席させてもらうことになってるよ」


「あ、やっぱりそういう流れになるんですね。

 子供たちは?」


「ひとまず従士たちが預かってくれるみたい」


天音が気にしていたのはきょうだいの世話をどうするかというところだった。

ユーウェインがいない間に商売に従事するのは規定路線だが、きょうだいの立ち位置は宙ぶらりんのままだ。

特産品販売は本日と明日中に終えてしまうとのことなので、そのあと処遇を決める、とユーウェインは言っていた。



「なら安心ですね。……で、同席の意図なんですが」


正直に言って、天音と違って佐波先輩が同席しなくても事はまわるだろう。

なので同席の必要性は低いはずだが、佐波先輩はけろりとした様子でこう言った。



「ジャスティンとの交渉の結果、販売に携わることになった」


佐波先輩はにやり、とニヒルな笑みを浮かべた。

そういえば、最近このような軽口を叩く佐波先輩を見ていなかった。

というよりも旅に出る少し前から、どうもおとなしいなと天音は思っていた。



(何か考えてると思ってたけど………)


天音は佐波先輩に訝しげな視線を向けてみるが、飄々とした表情に変化はない。



「今のところ、私って無職でしょ?

 モリゾーと違って手先が器用なわけでもないから収入源が限られるし。

 だとしたら、本職技能活かして、販売でもしてみようかなって」


「でも、……異民族だとどういう扱いを受けるかわからないんですよね?」


妙な軋轢を生まないか心配です、と言葉を添えると、佐波先輩も納得顔で頷く。



「そのあたりもジャスティンと話し合ってる。

 髪の色はともかく、顔立ちがアジア系だから目立つんだよね。

 だったら顔を隠してしまえばいいじゃん、って」


つんつん、と佐波先輩は自身の顔を指さした。

今の佐波先輩の格好は、まだ成長途中の少年のようだ。

確かに顔だちさえわからなければ何とかなるような気がする。



「でさ………」


と佐波先輩がさらに話し出そうとしたところで、馬車が急停止した。

着いたようだ。



「佐波先輩、話はあとで。販売は今日の夕方でしたよね」


「うん。お腹が減っているタイミングで一気に、って心づもりらしい。

 ……もう昼前だから忙しくなるよ」


佐波先輩の指摘通り、午後からはかなり忙しくなりそうだ。

天音は高鳴る心臓の音を聴きながら、馬車の外に一歩踏み出した。




◆◆◆


 

「ぼっちゃん!お久しぶりでございます」


「ブルーノ、しばらく。達者だったか?」


「それはもう。ぼっちゃんもお元気そうで何よりです」


天音たちが馬車から降りると、年老いた馬丁が厩舎からすっ飛んできた。

ジャスティンは珍しく頬を綻ばせている。

馴染みなのだろう、ふたりの間には気安さが感じられた。


しかし、馬丁の視線がこちらに移ると、かすかに緊張感が漂う。

トゥレニーに来てから感じるようになった……視線。

けっして好意的なものではない。

だが客商売に慣れているのか馬丁は一瞬でその感情を引っ込めてにこやかな笑みに戻った。



「ぼっちゃんのお客さんですかい……?」


「いや、イヴァン様の客人だ。失礼の無いように」


「かしこまりました。もうすぐデリックが来ますんで、少しお待ちください」



馬丁はミァスたちの手綱を馬車から外しながら、近くに寄ってきた男たちに次々と指示を出して行く。

従士たちは荷物の運び入れをすでに始めていた。

天音は佐波先輩や子供たちと一緒に、邪魔にならないところに移動する。



「慌ただしいですが、少しだけ辛抱ください」


「大丈夫です。お気遣いありがとうございます」


ジャスティンの雰囲気は実家にいるためか随分と柔らかくなっている。

しばらく待っていると初老の男性が裏口から外に出て来た。



「ぼっちゃまー!お帰りをお待ちしておりましたー!

 お怪我はございませんか!?旅の途中で危険な目に遭われませんでしたか?

 わたくし、ご連絡を頂いてから心配で心配で!」


「デリック、久しぶりだな。

 ……客人の前だから少し落ち着いてくれると嬉しいのだが」


男性にしては少し高めのトーンでまくしたてる初老の男性に、ジャスティンはストップをかけた。

彼がデリックらしい。ジャスティンは天音たちに遠慮がちに紹介をはじめた。



「アマネさん。サヴァさん。こちらは、商会番頭のデリック。

 俺が小さな頃から世話になっているじいさんです」


「はじめまして、デリックと申します。

 女性の身での旅、さぞやご苦労なさったことでしょう。

 まずはご休憩がてら、客室へご案内させて頂きます。ささ、こちらへ」


先ほどの馬丁とは打って変わって、番頭のデリックの反応は好意的だった。

あるいは客商売において、異民族との関わり合いに慣れているせいかもしれない。

内心はどうあれ、表面にそういった鬱屈とした感情が見えないのは、天音にとってはありがたいことだった。


荷物はのちほど運び入れてもらえるらしい。

手回し式ランプなどの持ち込み品は訝しがられるのであらかじめ布にくるんでまとめて革袋に入れてある。


天音たちはそのまま商会の中へと案内された。




◆◆◆




「お初にお目にかかります。私はハドリー。当商会の会頭をしております。

 こちらは後継のケヴィン。ジャスティンの兄になります」


ハドリーはダリウスに似た柔和な物腰で挨拶の言葉を浮かべた。

ダリウスよりも恰幅が良く、ふくよかだ。

……少しお腹が弛んでいるのを見ると、裕福な環境にいることが伺える。


開拓村ではついぞお目にかからなかったが、こちらの人間は基本的にあまり太ることはない。

それだけ日常的な労働での運動量があるということだろう。


ケヴィンと呼ばれた男性は、ダリウスとそう年齢が変わらないように見える。

だが、にこにことしていて感情が読めない。

天音は縮こまりそうになる心を叱咤して、背筋を伸ばしてまっすぐ前を見る。


今の天音の立場は、異国の商会の娘、だ。天音と佐波先輩は旅の途中でグリアンクルの領主に保護された姉妹。

なお、外見上、佐波先輩が妹ということになっている。

そのあたりの事情はハドリーに伝えられているので、頭に置きつつ向かい合う。


天音に続いて佐波先輩も挨拶を返して、さっそく本題に入る。



「お疲れのところ申し訳ありませんが、商売の話に移りましょう」


「よろしくお願いします」


「父さん、こちらが品目になります」


ジャスティンがさっとハドリーに木版に書かれた品目リストを手渡す。

ハドリーとケヴィンはじっくりと木版を確認していく。



「いくつか……確認をさせてください。

 イヴァン様のお言いつけですので、無碍には致しませんが……」


ハドリーの歯にものが詰まった物言いに、天音は思案げに頷いた。

品目リストの中には、見たこともない商品名がずらりと並んでいることだろう。


天音は手に持っていたバスケットから、小分けにしたケーク・サレとビスケット、スコーンを取り出した。

荷物が搬入される際、従士に頼んで一部を渡してもらっていたのだ。

すべて、念のために天音も口にしている。

日持ちするものを選んで正解だった。商品にいたみはほとんどなく、天音はこっそり安堵していた。

残念ながら一部に破損が見られたので、割れたものについてはのちほどジャスティンと相談するつもりだ。


そして、今取り出したのは割れているものの方だ。

先にメープルビスケットとスコーンを味わってもらおうと、小皿に取り分ける。



「まずは召し上がってみてください。

 ……味わって頂いた方が、伝わりやすいと思いますので」


ジャスティンがまず毒見がてらメープルビスケットの欠片を口に含むと、ハドリーとケヴィンが躊躇いなく手を出す。

出来立てではないので香りが落ちているものの、口に近づければメープルの何とも言えない甘い匂いが鼻腔をくすぐるはずだ。



「ふむ……堅焼きパンとは違うな……」


「……………これは、砂糖?」


「いや、砂糖ではない。風味が違う」



「これはメープルという砂糖に似た粉を使っているんですよ」


味に驚いているハドリーとケヴィンの目の前に、ジャスティンが得意げに革袋を置いた。

メープルシュガーの袋だ。

袋の中には小粒のメープルシュガーがたっぷり入れられているはずだ。



「………どれだけ用意できる」


「年に1度。今回馬車に積み込んだ分はお約束できます」


「ケヴィン!確認してこい」


「了解しました」



ぎろりと獰猛な獣のような目つきで革袋を見遣ると、ハドリーは表情をがらっと変えた。

舌なめずりをしているような壮年の男に、天音はぎょっとしつつも表面に出さないように努めた。



「お嬢さん。……いえ、アマネさん。

 もう少し詳しく訊かせて頂きましょうか?」


完全に商人の顔になったハドリーに、天音は時折つまりながらも商品説明をはじめた。

……メープルシロップの出処は巧みに伏せることにして。





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