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62話 夕暮れどきの宿場にて

62話です。少し遅刻してしまいました。すみません。

62話 夕暮れどきの宿場にて



子供たちの名前は、上からエド、シンディ、ダニーと言った。

性別は佐波先輩によると、あいだに女の子を挟んでいるかたちのようだ。


山賊焼きは子供たちにも大好評で、あっという間に食べきってしまった。

残念そうにお皿を見やる子供たちの様子に、天音はまた作ってあげたいなとひとりごちる。


さて、まだ天音たちは旅の途中だ。

騒ぎのおかげで時間が押している。

人心地ついたタイミングで、ユーウェインに旅程を急ぐことを告げられた。



「同行者は増えたが、出発は予定通り行う。

 ジャスティン、御者を頼む。

 ティムを中心にした3人は先行せよ。

 ホレスはしんがりだ。その他は馬車の警戒に当たりつつ、並走。

 ミックとダンについては問題なかろうが、気を付けておいてくれ」


どうやらミックとダンも腕っ節に関しては問題がないらしい。

天音がほうと目を見開いていると、子供たちがうとうととしているのが視界に入る。

この子たちはどうするのだろう、と再び視線を戻すと、ユーウェインの灰青色の瞳とかち合う。



「アマネとサヴァは馬車に乗って子供たちの面倒を見て欲しい。

 ……そろそろ腹もいっぱいで眠くなる時間だろう。

 さっさと寝かせてしまったほうがいい。これから先、揺れが激しくなるぞ」



アマネはユーウェインにこくりと頷いて、子供たちを馬車へと促した。



ユーウェインの言うように、子供たちは馬車内部で寝転ぶとすぐに寝入ってしまった。

久々に満腹状態になったためか、消化するのに体力を消費したようだ。

かなり熟睡しているようで、これなら多少の揺れがあったとしても大丈夫そうだ。



「ぐっすりだねぇ」


佐波先輩は小声でそう呟いた。

返事を期待しているわけではなさそうだったので、天音も微笑むだけに留める。

きょうだいはお互いの手をぎゅっと握ってマットレスに縮こまっている。

身体を冷やさないように毛布を掛けると、エドが眉を寄せて身動ぎをした。


きょうだいに着せているのは天音たちの予備なので、ぶかぶかのサイズだ。

下着もないようなので、あとで布を取り出して見繕ってやらなければ、と天音は思っている。


ピィ、と指笛の音が鳴り響いた。

そしてそのあと、男たちの声が何度か走り、馬車が動き出す。


ぐらり、と左右に揺れて、天音は思わず馬車にしがみついた。

ユーウェインの言っていたことは本当のようだ。

これから宿場まで一直線、揺れの激しさに耐えられるだろうか、と天音は心配になった。




◆◆◆



宿場とは、簡易宿泊所のことだと天音は聞いていた。

街道沿いに村は点在しているが、村とは別に旅人用の施設があるのだそうだ。

そしてグリアンクルとトゥレニーのあいだではひとつの宿場だけになる。

宿場で水の補給を行って、そのまま野宿……ということのようだが、どうして宿泊をしないのだろうか。


休憩のタイミングで天音がそう問い掛けると、ユーウェインは一瞬言葉を濁したが、悩んだ末答えることにしたようだ。

顎を撫でながら言葉を選ぶようにユーウェインが話し出す。



「まず、知ってのとおりグリアンクルとトゥレニーのあいだには

 隊商が通っていない。つまり旅人の数自体が少ないのだ。

 もともとこの街道は、本来グリアンクルではなく北北西にある村への道。

 大勢が通るものでもない。10人以上の規模だと宿泊施設が足らんのだ」


なるほど、単純に人数オーバーというわけか。

天音はふむふむとお茶を飲みながら頷いた。

馬車の揺れは思っていた以上に酷かったので、疲労が激しい。

子供たちはというと、熟睡状態で起こすのもはばかられたので、馬車の中だ。

本当はもう少し突っ込んで訊きたかったが、体力を失っていて頭が働いていない。



「宿場のあとは、トゥレニーへ一直線なんですよね?」


そんな天音の代わりに、佐波先輩が質問を続ける。

人の目があるので言葉遣いが多少丁寧になっている。

話し掛けられたジャスティンは大きく頷いて、さらに補足した。



「そうです。ですが、トゥレニーの門で半日は待たされるでしょう。

 この時期は隊商の動きが激しいですから、確認に手間がかかるので」


トゥレニーの街の規模が天音にはいまいち掴み取れない。

丘陵地にある城砦都市だという話は以前聞いていた。

まわりは高い塀に囲われていて、北側には小さな山々がある。

名前をコーナスクと言う。

天音たちはぐるりと回って東門から入るようだ。


その際に検閲があり、身分確認と商品のチェックを門衛が行う。

検閲にはかなりの時間を要するようだ。

長くても半日だそうだが、日が落ちるまでに終わらないと翌日に持ち越されるらしい。



「翌日に持ち越された場合は、門前での野営となります。

 どうなるかは直前になってみないとわかりません」


そうジャスティンが締めくくって、休憩は終わった。

馬車に戻ると子供たちはやはりぐっすりだった。

だが、天音が近付くとエドだけがパッと目を覚ます。



「まだ寝ていて大丈夫だよ」


そう天音が優しい声音で言うと、エドはこくりと頷いてまた瞼を閉じた。



馬車には窓がないので、外の景色を見ようとすれば幌布をめくるしかない。

あまりの閉塞感に風にあたりたいと思った天音は、揺れ動く馬車の中で苦労しながら、御者台へと移動する。休憩のあと、御者役を交代したようだ。


御者台にはユーウェインが座っていた。


天音がやって来たのを見ると、席を詰めてポンポンと手を落とす。

隣に座れということだろうか。

天音は無言で頷いて、激しい揺れの中なんとかバランスを取って腰掛ける。

基本的に馬車の中で天音はてぶくろを装着している。

というのも、木がささくれだっている上に暗いので、怪我をしてしまう可能性が高いのだ。



「気をつけろよ」


中ぶりの石に車輪が当たったようだ。ガクン、と揺れる。

ユーウェインはよろけてバランスを崩しかけた天音の腕を取った。

そして腕を取られた反動で、ユーウェインの方に身体が傾いてしまう。


いつもと違って、ユーウェインは武装をしている。

防具に頬が当たって少し痛い思いをした天音は、何とはなしにユーウェインの横顔を見やった。


精悍な顔つきだ。

運転中とあって、神経をそれなりに尖らせているような表情だ。



(車の運転とは、わけが違うよね……)


前方にはミァスと奥さんが苦もなく走っている。

ユーウェインは時折手綱を引いて方向を変えているようだ。



「……体の調子はどうだ。

 今日はこのまま強行軍を続けるが、問題はないか」


「大丈夫です。……多少疲れてはいますが、

 あとで睡眠をしっかり取れば何とか」


そう言いながら、天音はあたりを見回した。

風はまだ少し冷たい。

街道沿いには街路樹なんて洒落たものはなく、大岩や大木、そして雑木林などが点在している。


そして実のところ道と言われても天音にはよくわからない。

舗装された石畳ではないので、馬車や人間が通ることで自然に踏みしめられた街道なのだろう。

草取りが十分に行われているとは言い難く、石だけはある程度取り除かれているようだ。


強い風に天音はぶるりと肩を震わせた。

するとユーウェインは自らの外套を天音の肩に掛ける。



「ありがとうございます」


「身体は冷やさないほうがいい」


天音がきょとんとしていると、ユーウェインはぶっきらぼうに応えた。

戸惑ったものの、外套は暖かくて心地が良い。

天音は厚意に甘えることにした。

ぎゅっと外套のはしをつまんで身体を縮こまらせる。



「……あの子たちの親、見つかるでしょうか」


望み薄だとわかっていても、天音は問いかけずにはいられなかった。

こちらに来てから、生活の大変さは身に染みてわかっている。

大の大人でさえ苦労しているのだ。

親がいない子供では、どうなるのか。



「おそらく見つからないだろう。

 そのことよりも、今後どうするかだ」


「今後……里親を探すということですか?」


「……村に税金をおさめずに一家で逃げ出していた場合、

 あのきょうだいには税金の支払い義務が課せられる」


「え………?」


ユーウェインの言葉に、天音は絶句した。

天音の常識では、子供に税金の支払い義務が発生するなど思いも寄らない。

半ば混乱しながらユーウェインの言葉の続きを待つ。



「貧しい農村で、税金を代わりに支払える者はそう多くない。

 下手をすれば借金奴隷として売られることになる」


というか十中八九そうだろうな、とユーウェインが付け加えた。

奴隷という単語に、天音はさらに瞳を見開かせた。

開拓村ではまったく聞いたことがなかったので、動揺してしまう。



「奴隷、ですか……」


「そうだ。だが、まあ、そうなる前にまず事実確認をして………おい?」


ユーウェインが驚いた様子で天音の顔を覗き込んで来た。



「奴隷がいるんですね……」


天音は蒼白になって眉根を寄せた。



「いるところにはいる。

 開拓村にも、奴隷寸前で移住してきた農民は多い。

 ……そうならないようにしてやるのが領主のつとめだ」


力強く応えたユーウェインに対して、天音はどこかほっとした思いを抱いた。

子供たちが奴隷になるなんて、そのようなことは考えたくもない。

ぼそぼそと伝えると、ユーウェインは厳かに頷く。



「だからまず事実確認が必要だ。

 ……金がどれくらいかかるかわからんからな」


つまり、ユーウェインは引き取ることも検討しているということだろうか。

天音は目を見開いてユーウェインに詰め寄った。



「あの、もし、あの子たちに引き取り手がなかったら」


「ああ?……うちの村に来れば良いだけだろうが」


あっさりとそう言われて、天音は思わずポカンとした顔を浮かべてしまった。

よく考えれば、天音が来た時にもユーウェインは躊躇いひとつなく保護を決めていた。

ユーウェインにとっては当たり前のことなのだろうか。



「そうですね。村に来れば良いだけですよね」


だが、天音はそのことに言及せず、ただにっこりと笑って喜びを全面に押し出した。




◆◆◆



宿場に着いた頃には既に日が落ちかけていた。

日が落ちると足元が覚束無いほど暗くなってしまう。

なんとか到着出来たことで、天音たち一行にほっとした空気が流れていた。


宿場の主人は年がいっているようだったが、暗くてよくわからなかった。

他にも何人か宿泊客がいるらしい。

暗がりの中で動く影が見える。



「あんた」


湯を沸かしているところ、天音に声を掛けてくる人物がいた。

やはり暗いので姿がよく見えない。

だが声音はしわがれていて、老婆なのだろうか、と検討付ける。

天音が不思議に思って首をかしげていると、さっと腕を取られた。



「あんた、異民族だろう?」


老婆の声音は、有無を言わせない響きを含んでいた。



63話は21日12時に更新予定です。

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