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61話 山賊焼きは好きですか?

1日早いですが第3章開始することにしました。また宜しくお願い致します。

61話 山賊焼きは好きですか?



雲一つない晴天だった。

ぽかぽか陽気の中、天音たち一行は旅を続けていた。



「モリゾー、そろそろ虫除けスプレー」


「あ、ありがとうございます」


佐波先輩からスプレーを受け取り、手足にしっかりとかけておく。

グリアンクルから出発して2日が経った。

あと半日もすれば中間地点である宿場に着くようだが、あたり一面はのどかな草原が広がっている。


すでに降雪地帯からは抜けたらしい。

グリアンクルとは風景がガラリと変わって、気温もそれなりに高くなっている。

ちらほらと虫が出始めていたので、念のため虫除けを、ということだった。


昨晩は野営だったが、マットレスのおかげで然程寝苦しさを感じることはなかった。

もちろん熟睡は出来ていない。けれど天音はなるべく疲れを見せないようにしようと考えていた。


ユーウェインを筆頭に、天音と佐波先輩以外は全員野宿だ。

1日歩きづめの彼らは、天音が見る限り、極端に疲労しているというわけではないようだ。


けれど馬車を譲ってもらっている手前、少しでも疲れを表に出さないよう取り繕うのも気遣いだ。

天音はむん、と身体に気合を入れる。


佐波先輩はというと、天音よりはけろりとしている。



「佐波先輩は大丈夫ですか?」


何気なく投げかけた質問に対して、佐波先輩は笑顔で応える。



「うん。普段から鍛えているから、これぐらいは大丈夫」


そう言って力こぶを作る素振りをするが、もともとやせ型なので筋肉は目立たない。

あくまでポーズということだろう。いつもと変わりのない佐波先輩に天音はほっとして笑い返した。




◆◆◆



「……賊が出た」


昼食間近のことだった。

休憩にちょうど良い岩場があるから、と馬車を止めた矢先に、賊が現れたようだ。

従士からの報告を外でユーウェインが受けている。

音を立てずにユーウェインが幌布をめくって小声で注意を促す。


ユーウェインは近くの山から降りてきたのでは、と言っている。

つまり山賊ということだ。

人数は不明で現在従士たちが探し回っている。

天音は不安を感じながら佐波先輩のそばに近寄る。


天音たちは馬車の中でじっと成り行きを見守っていた。

下手に外に出て迷惑を掛けるわけにはいかない。


ユーウェインとジャスティンが申し合わせて、馬車の周囲を警戒している。

すると近くでざわりと草がこすれる音がした。

即座に男たちが反応する。意外と近い。従士たちの網を突破したということだろうか。


天音の目から見ても、従士たちの動きは洗練されていて、戦闘に関しても優秀であると聞いている。

その従士たちの目を掻い潜るなんて、と驚いていると、くいっと腕を引かれた。



「離れちゃ駄目だよ、モリゾー」


佐波先輩の耳打ちに天音はごくりと喉を鳴らして頷いた。

あらかじめユーウェインに忠告を受けていたことで、パニックにならずに済んだのは幸いだった。

しかし問題は、時折外から聞こえてくる小さな叫び声と草むらを暴れまわる音だ。


どうやらユーウェインとジャスティンが捕獲しようとしているらしいが、何やら様子が変だ。



「………こども?」


「だね。まだ小さいと思う」


耳に入ってきたのは子供特有の甲高い声音。

やめろ、はなせ、らんぼうもの、などと乱暴な台詞が馬車内に届く。


佐波先輩と顔を見合わせていると、おもむろに幌布をめくってユーウェインが顔を見せた。

ユーウェインは苦々しく眉を寄せて、天音に向かって手招きをする。


どうやら危険はないらしいと見て、天音はおずおずと馬車の外を出た。

佐波先輩も天音のあとを追って馬車から降りる。


地面に転がされていたのは、先ほど天音たちが聞いた声の印象そのままの子供だった。

盗みを働こうとして捕まった格好だ。


衣服はボロボロでどことなく小汚く、性別さえわからない。

幼い子供のみすぼらしさに天音は心を痛めた。


ユーウェインにちらりと視線を向けると、痛ましそうに顔を顰めている。



「はなせよっ!おまえら、おれをどうするきだ!!」


子供は力いっぱい抵抗していたが、大の男に力で勝てるはずもない。

ジャスティンが後ろから子供を羽交い締めにしているので、足をジタバタと動かすだけだ。


それにしても、子供は非常に痩せぎすだった。

おそらく栄養状態が悪いのだろう。頬はこけているし全体的に発育不良だ。

暴れてはいるものの、まるで力が入っていない。



「アマネ。申し訳ないが、食事の用意を頼む」


「わかりました」


ユーウェインの声にはっとして、天音は頷いた。

後ろを振り向くと、佐波先輩も難しい顔をしながら子供に近付いて行く姿が見えた。



「ねえ、君はひとりだけなの?」


口を開いた佐波先輩は子供に対して優しく問い掛けた。

しゃがんで視線を合わせると、子供はぎょっとしたように佐波先輩を見る。

どうやら佐波先輩が宥め役をかってでてくれるようだ。


天音は子供の声が止んだことにほっとして、まず馬車へ戻った。

調理道具と調味料、乾燥させた保存食を取り出す。

あの痩せ方だとお腹に優しいものの方が良さそうだ。

そう思って、おかゆか何かを作ろうと思い立つ。


まず湯を沸かさなければいけない。

ティムが手伝いを申し出てくれたので、火を起こしてもらう。

簡易のかまどに大なべを置いて、たっぷりと湯を沸かす。

道中、たくさんの雪を樽に入れてきたので水の心配はいらない。

ここから先は雪がなくなってしまうので、途中の宿場で水を補給するようだ。



「……この時期はねぇ、たまにああいう子がいるんだよね」


ティムが火の管理をしながらぼそりと呟く。

天音が疑問に思って聞き返すと、ティムはゆっくりと説明をしてくれた。


近隣の小さな村では食糧事情は芳しくないようだ。

秋の収穫で税を払えない家族もあるのだと言う。

街では余剰食料もあるが、小さな村だと死活問題。


食えなくなった家族は逃散の憂き目に遭う。

秋の収穫分を持ち逃げして冬を越すことは出来るが、春になれば飢えるだけだ。



「……親はどうしたんでしょう」


「逃げたんでしょうねぇ。

 あるいはこの前の………」


天音が、え、と問い掛けたところで、佐波先輩が現れた。



「モリゾー。お湯沸いたら分けて。

 この子たち汚すぎてとても馬車に乗せられないから」


佐波先輩の後ろにはさきほどの子供だけではなく、ほかにふたりほど付いて来ていた。

弟妹だろうか。まだ10歳にも満たないだろうと思われる。

小汚い格好をしたきょうだいは、周りの大人を警戒している。


それももっともだ。武装している大人に囲まれて怖くないはずがない。


とはいえ、心配はあとだ。天音は佐波先輩の要望にこくりと頷いた。


佐波先輩は先ほど子供をなだめていたが、その際にきょうだいがいることを聞き出したのだろう。

そして隠れているところを見つけたようだ。

異民族でも年若い女性が相手ということで、子供の方も警戒心を緩めてくれたらしい。


きょうだいの保護はユーウェインが言い出したようだ。

親の行方はわからないが、ひとまず一行で保護して近場の村での聞き取りを行う、との方針だった。


天音としては、出来れば清潔な状態で食事をしてもらいたい。

よくよく観察すれば、痩せぎすなのは一番上の子供だけだ。

弟妹に食料を分け与えていたのだろう。そのことに天音はぐっと胸が詰まる思いがした。



中鍋に沸かしたお湯を移していると、ユーウェインに肩を叩かれた。



「……食糧の残は気にしなくて良い。

 腹いっぱい食べさせてやってくれ」


旅の途中だが、食糧は余分に積んである。

帰りの分は街で購入するため、多少使ったところで問題はないとのことだった。


ユーウェインの対応に天音はほっとした。

やはりこういう方面のユーウェインは頼りになると再確認する。


天音はユーウェインのお墨付きを貰ったことで発奮し、気合を入れて食事を作ることにした。

ちょうど出発前に獲れた鴨肉も積んである。

量は少ないので、ひとり一口が関の山だろうが、アクセントには最適だ。

メインは具沢山の麦がゆを作る。

おかゆだとお腹も膨れるので、従士たちやミック、ダンにも十分行き渡るだろう。


そろそろ持ち込んでいた醤油なども使い切ってしまいたいと天音は考えていた。

春になることだし、気温も上がる。

醤油や味噌はもちろん、マヨネーズやケチャップなども、この旅で消費してしまう予定だ。



「佐波先輩、何かメニューの提案あります?」


手持ちの食糧をずらりと並べて天音は佐波先輩に問い掛けた。

佐波先輩は自分では作れないがメニュー提案なら頻繁にしてくれる。


うーんと考え込む素振りをしたあと、佐波先輩は珍しく言いづらそうにぼそぼそと喋りだした。



「……食べたいものはあるんだけど」


「?作れそうなら作りますよ」


「いや、でもなぁ。ちょっとこの状況じゃ顰蹙ものだし………」


「ひんしゅく?何がですか?」


佐波先輩は、おもむろに天音に近づいて来る。

耳を貸せ、ということらしい。

天音は訝しげに耳を寄せる。



「……山賊焼き」


天音はそれを聞いてぎょっとした。

そして、黒胡椒の小瓶を手に取って少しばかり思い悩む。


確かに、佐波先輩の言うように、少々顰蹙を買いそうなメニュー名だ。

けれど材料は揃っている上、味を思い出すとついついヨダレが出てきてしまう。



「…………みんなには、料理名は内緒で行きましょう」


「それがいい。そうしよう」


佐波先輩は大きく頷いた。そう、料理名に罪はないのだ。

この時天音と佐波先輩は欲望を共有した。



さて、昼食の準備だ。

バタバタしていたので時間も押している。

先に鴨肉を酒・酢・しょうゆに砂糖、にんにくしょうがなどを混ぜた調味液に漬けておく。

肉自体はフォークでがしがしと刺して処理をしてあるので、漬け汁に放り込んで、先に麦がゆの調理に入る。


味付けはコンソメが良いだろうか。

手持ちのコンソメはまだ十分残っているので使うことにする。


沸かしたお湯にコンソメを入れて、黒麦を投入する。

味付けは塩と細切れになった干し肉、乾燥野菜から出るダシだ。


くつくつ煮込んである程度火が通ったら、小さく切り分けたチーズを入れる。

これであとはじっくり煮込むだけで完成だ。


あたりに良い匂いが漂い始めて、周りの男性たちはそわそわと落ち着かなさげに腰を浮かしている。

天音もお腹が減って来ているが、まだ我慢だ。



「そろそろ、焼いちゃう?」


「焼いちゃいましょう!」


調味液に漬け込んでいた鴨肉を取り出して切り分ける。

そして片栗粉をまぶしておく。

思っていたよりボリュームがあったので、鴨肉はひとりに付きふた切れ分配出来そうだ。

ユーウェインには3切れと申し出たが、珍しく断られた。


野営の場合はきちんと食事が取れるだけでもごちそうなので、身分の差なくみんなで分け合うのが筋なのだそうだ。


なるほど、と思いながら天音はフライパンにラードを入れる。

街についたら植物性の油も探したい、と天音は考えている。

とはいえ油は絞ってしまうとすぐに酸化がはじまってしまうので、困りものだ。

出来れば菜種系の種を手に入れられれば良いのだが。


切り分けた鴨肉がジュワァと焼ける音が響く。

本当は油で揚げるのが正しいが、フライパンの隅にためた油で揚げ焼きにしてしまう。

油が飛び跳ねて、醤油の焦げた香りが鼻腔をくすぐっていやがおうにも食欲が湧き上がった。


ちらりと子供達の様子を見ると、疑い深そうに、そして羨ましそうに天音の方を見ている。

大丈夫だよ、ちゃんと食べられるから。

そんな風に思いながら、天音はにっこりと笑う。


そろそろ麦粥も仕上がりどきだ。

天音はほんの少し味見をする。



(うん、美味しい)


塩気は少し濃いが、みんなは動いて汗をかいている。

塩分を多めに補給するぐらいがちょうど良い。


麦粥をそれぞれの器に入れていく。

そして受け取ると即座に匙で食べ始める者が多い。



「う、うめーーーー!」


「ひゃっはあああ俺これ好き!!」


従士たちは相変わらずだ。

いつもこのような反応なので、天音は既に慣れてしまっている。


驚いたのはミックとダンの反応だった。

目を見開いて必死に食べている。

そういえば、特産物関係以外で料理を食べてもらったのははじめてかもしれない。


そんな風にぐるりとあたりを見回していると、子供達がポロポロと涙を流しながら麦粥を食べている。


佐波先輩のおかげで彼らの身だしなみはかなりマシになっていた。

服は天音と佐波先輩の予備を分け与えている。



「ね、これも食べてみない?」


そう言って天音は子供たちに山賊焼きを見せた。

焼きたての肉の匂いは子供たちの食欲をかなり刺激したようだ。

必死になってこくこくと頷いている。



「じゃあ、あーんしようか。

 お口あけて?」


天音の隣に佐波先輩が座り込んだ。

佐波先輩は身振り手振りで、大口をあけてあーんと言っている。


すると子供たちは3人揃って素直に大口をあけた。



(……かわいい)


子供たちが肉を頬張る姿に小動物的な可愛らしさを感じて、天音はにまにまとその様子を眺めた。

この子たちの親がどうなっているかは調べてみないとわからないが、ユーウェインたちが言葉を濁していたので、おそらく見つからないだろう。


そうすると子供たちの今後が危ぶまれる。

天音はほっこりとした気持ちを抱えながらも、ユーウェインたちとこの件についてしっかり話し合わななければ、と心に決めるのだった。




62話は7月20日12時に投稿予定です。

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