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グリアンクル開拓記~異世界でものづくりはじめます!~  作者: わっつん
第2章 開拓村でものづくりはじめました
63/92

60話 幌馬車に乗って

60話です。この話でいったん第2章の締めとさせて頂きます。

60話 幌馬車に乗って



翌朝はすっきりとした目覚めだった。

前日の疲れは幸いにも抜けていて、天音はひとつ伸びをすると、隣で寝ているはずの佐波先輩がいないことに気が付いた。


まだ夜明け前のはずだ。小さな窓からはまだ光が差し込まれていないので、天音は訝しげに眉を寄せる。


寝台脇には顔を洗うためのタライと、ペットボトルが用意されている。

ペットボトルの水が半分なくなっているのを見て、佐波先輩が使ったのだろうと予想したが、起きる時間帯がいつもとはあべこべだ。


天音は何となく気になって、身支度を急いだ。

今日は出発の日なので、あらかじめ用意しておいた旅着を身に付ける。


旅着については、カーラやイーニッドに相談をしたところ、あまり高価なものは表に出さないほうが良いという。

街中でさえ窃盗が頻繁に起こるので、お金の多くは服の裏側に縫い付けたポケットに入れ込むそうだ。


天音は彼女たちのアドバイスに従って、普段着の裏地にフタ付きのポケットをいくつか縫い込んでおいた。

革製の肩掛けバッグは、イーニッドから借りた。


遠慮した天音に対して、先行きがわからないのにお金を出してまで買う必要はないし、私はあまり使わないから、とイーニッドが厚意で申し出てくれたのだった。

これから旅が頻繁にあるかどうかは特産品の売れ行き次第だ。

天音は悩んだ末、借りることにした。二回目以降は自分のものを購入するか手作りするかを検討する、という条件付きで。


台所ではカーラがすでにスタンバイしていた。

天音はおはよう、と挨拶をして、佐波先輩の姿を探すが見当たらない。


裏庭だろうかと外に出てみると、従士たちと真剣な表情で話している佐波先輩の姿があった。


話の内容はわからないが、顔つきを見ると深刻な話題のようにも思える。

困惑した天音は声をかけるのを躊躇って立ち尽くしていた。



「あ、モリゾーじゃん。おはよー」


そんな天音の視線に気がついたのだろう。佐波先輩が振り返ってにこりと笑った。

いつもの笑顔に天音はほっとしてぎこちなく笑みを浮かべる。



「びっくりしました。今日は早起きなんですね」


「うん。今日は忙しそうだからね。

 私は旅には慣れてるけど、モリゾーはそうでもないから

 少しはサポート出来るかなってさ」


そう言って従士に手を振ると、佐波先輩は天音にはいと何かを手渡してきた。



「なんですか?これ」


「マグネシウムのファイアスターター」


佐波先輩に手渡されたのは、四角い長方形の金属の板……これがマグネシウムだろうか?……と付属品のプレートだった。

火打石代わりとなるがコツが必要なようで、あとで教えてもらえると言う。



「昨日、火の起こし方を教えてもらったんだけど、

 モリゾーには難しそうだったからさ」


そう言った佐波先輩に、天音は目を見開いて驚いた。

どうやら昨日佐波先輩はいろんなサバイバル技術を従士たちに教わっていたらしい。

どおりで、疲れきっていたはずだ。天音は佐波先輩への感謝で心がいっぱいになった。



「ありがとうございます……!」


「いやいや。まだ私無収入ですから。

 働かざるもの食うべからずですから」


佐波先輩はそう言ってそそくさと何処かへ去っていった。

おそらく照れ隠しだろう。天音はくすりと笑って服の内ポケットにファイアスターターを入れ込んだ。

けっこうずっしり来る重さだ。けれどその重みが嬉しい。


天音は上機嫌で台所に戻った。お弁当作りをしなければいけなかった。

カーラも手伝ってくれるので、簡単なサンドイッチを作る予定だ。



「おかえりなさい」


「待たせてごめんね。下処理は終わってる?」


昨日のうちに手順は伝えていたので、カーラはすでに下準備を終えている。

黒パンは適度な大きさに切り揃えられているし、チーズも薄く切られている。


あとはラードで焼いたベーコンと切ったゆで卵を挟み込むだけだ。



「しばらく会えないんですねぇ……」


ゆで卵を持ち込みの卵切りで切っていると、カーラが寂しそうに呟いた。

ホレスのことはもちろんだが、天音がいないことも含まれているのが声音から感じ取れる。


天音は微笑ましい気持ちになりながら、そうだね、と呟いた。



「でも、すぐ戻ってくるから」


「待ってますね」


「うん」



◆◆◆



パン屋のドラがダンと連れ立って荷車を押してきた。

木製の荷車の中にはしっかり火が通ったケーク・サレがたんまり乗せられている。

こちらの指示通り、切り分けはまだされていないようだ。

個別に布に包まれているので、焼き上がりはまだ確認することが出来ない。



「お疲れ様でした……!ありがとうございます」


天音が笑顔で駆け寄ると、ドラはぎょっとしたように目を丸くしていた。

どうもお礼を言われるとは思っていなかったようだ。

かたい笑みを浮かべながらも、とりあえずの生返事を天音に返してくる。


天音は見て見ぬふりをして、商品の状態を確かめる。

焼き上がりはパン焼きかまどの扱いに慣れているだけあって均一だ。



「……どうですか?」


「問題ありません。大丈夫ですよ」


天音がOKを出すと、ドラはほっとしたように肩を揺らした。

とても緊張しているような様子だ。

いや、それとも天音に対してだけの緊張感だろうか。

どちらにしても、このあたりは徐々に慣れていくしかないだろうと天音は思っている。


この時期にトゥレニーに行くことになったので、村人との交流はお預け状態だ。

天音としては少しずつ仲を深めて行きたいところだが、ユーウェインからは止められている。

新顔の上、異民族の天音を警戒する声はけっこうあるようだ。

ユーウェインが村人の代表と会談を行う時は、天音は決まって顔を合わせないようにしている。

よけいな諍いを避けるためとはいえ、少しばかり寂しい気持ちがあるのも確かだ。



従士たちによって荷馬車に次々と荷物が積み込まれていくが、天音は手持ち無沙汰でその様子を眺めていた。

天音個人が持ち込んだものは、お米などの主食と調味料、柿ジャムの残りは佐波先輩がすでに食べきってしまっているので、なし。

着替えを数着に日用品、フライパンなどの調理用具もすでに積み込まれている。



「あ」


手持ち無沙汰でどうしようかと考えていると、ホレスにカーラが近付くのが見えた。

見送りに来たのだろう。カーラがツンとつま先立ちになったかと思うと、熱烈なハグからはじまってキスシーンに移ったところで、天音はそっと視線を逸らした。



(わ、わ)


天音は思わず頬を染めた。動揺して鼓動が早くなっているのを感じる。

こういうシーンを目の前にするとどうしても気恥ずかしい気持ちになってしまうのだ。



「きゃっ」


無意識のうちに後ずさっていたらしく、気が付いたときには何かにぶつかっていた。

……ユーウェインだ。

ギリギリまで首を曲げて見上げると、ユーウェインの訝しげな視線とかち合う。



「いったい何をしているんだ。

 そろそろ出発するぞ」


そう言ってユーウェインは天音の鼻をちょいとつまんだ。

天音は驚きにぎゅっと目をつむって、不満げに唇を尖らせた。



「もう!やめてくださいっ」


ぺし、とユーウェインの手のひらを叩く。

ユーウェインはくつくつと笑いながら、そのあと一瞬真剣な表情を見せた。



「1年ほど前に盗賊の大討伐を行ったが、

 まだチラホラ野盗がいるようだ。

 道中は警戒を怠るな」


「……わかりました」


そう言われて、天音は神妙な顔で頷く。

といっても、戦闘どころか何らかの事件に巻き込まれた経験もない天音にとっては警戒がどのレベルなのかはさっぱりわからない。



「そう心配することはない。

 お前やサヴァのことは、ちゃんと守ってやる」


さらりと宣言すると、ユーウェインはそのままくるりと翻って馬車の点検に向かっていった。



天音は1番目の幌馬車に搭乗する予定だ。森ラクダのミァスとディーリャが引く一番大きい幌馬車である。

御者はユーウェインがつとめる。のちほどジャスティンと交代するようだ。

中には主に革関係の特産品に私物、天音と佐波先輩が搭乗する予定だ。


特産品関係の中で、食料品が含まれていないのには、匂いの問題がある。

天音たちは馬車での移動は初体験だ。

匂いがこもる馬車の中で、甘い香りがプンプン漂ってきたら、酔いやすいのではないか。


天音は日本に居た頃、乱暴なバスの運転と紙袋の中のお菓子の匂いで妙に酔ってしまう経験があった。


数日間旅をするので、酔って体力を消費してしまうと護衛の従士たちにも迷惑がかかる。

旅程を遅らせることだけは避けなければ、と佐波先輩と相談した上でダリウスに荷物の振り分けだけ差配をお願いしたのだった。



「天気が良いね。崩れないといいんだけど」


幌馬車の荷台に腰掛けながら佐波先輩が呟いた。

冬だったので天候の変化と言えば雪が多かったが、こちらに来てから何度か雨も降っている。

ほとんどがみぞれになっていたが、降雨量は少なくないようだ。



「そうですね。

 ……雨雲もないみたいだし、大丈夫じゃないでしょうか」


天音は西の空を確認しつつそう言った。

いちおう雨具も持って出ているものの、雨が降れば食料品が湿気てしまう可能性もある。

天気予報を懐かしがりながら、天音がてるてる坊主でも作ろうかなどと考えていたそのとき、出発するとジャスティンの声が上がった。



◆◆◆



(………………)


天音は荷台の中で寝転がりながら無言で幌布のシミを数えていた。

村を出てしばらくしてからは幌馬車の中でじっとしていてくれ、と言われたので素直に頷いたものの、期限を詳しく聞いていなかったので手持ちぶさたになっていたのだ。

まだ村の中なのだろうか、揺れはそれほどでもない。

ただ、時折石に引っかかって足が止まる。悪路になった時が怖い。


幌布のシミはおそらく雨によってもたらされたものだろう。

ということは、雨漏りもあるということだ。

そんな風に暇にあかせて分析をしているが、隣の佐波先輩は何をしているかというと……。



「何作ってるんですか?」


「ん、スリング。

 石と革紐で作れる飛び道具。

 ジャスティンに教えてもらった」


いつの間にか佐波先輩はジャスティンとそんな会話をしていたらしい。

佐波先輩の手元を覗き込むと、しっかり革紐で結えられた石があった。



「……佐波先輩は戦わないんですよね?」


少し不安に思いながらも天音はたずねた。

佐波先輩はちらりと天音を見つつ、軽く頷く。



「でも、確実性はないから、

 対抗手段は備えておく」


そう言って佐波先輩は黙々と作業を進めた。

確実性はない。命の危険がないとは限らない。

天音は、ユーウェインに言われたひとことを思い出していた。



(守る………)


守られるだけで良いのだろうか。何か出来ることはないだろうか。

といっても天音に出来ることなどたかがしれている。



「モリゾーはそのままでいいと思うよ」


天音の逡巡を察したのだろう。佐波先輩がボソリと呟いた。

気遣われてしまったことに苦笑しながら、天音ははいと答えた。




◆◆◆



幌馬車はその後も進み続けた。

時折天音は幌布の隙間から後続を見たりしていたが、とうとう村の端についたようだった。

馬車の歩みが止まる。一度ここで朝食休憩を取るらしい。

出発してからおおよそ30分程度の時間が経っている。

念のため天音は時計を持ち込んでいたので、時計の針の動きで判断した。


村の端から端まで、早歩きで30分と言うところだろうか。

居住区は木柵で囲われているが、畑は杭とロープで境界線を判断しているようだ。

村の端にも同じく杭と、要石のようなものが配置されている。

ここから先は村ではない、という意味合いのようだ。


天音はそろそろ外に出ても良いと言われたのでふらつきながら草むらに降り立った。

あたりを見回すと、まだなごり雪が残っているようだ。

水は桶に入れたものが後続の荷馬車に積まれていると言う。


後続の荷馬車にはロバが2頭ずつ。



朝食はサンドイッチではなく、ふつうの黒パンに塩スープだ。

この時期はまだ肌寒いので、サンドイッチも昼まで持つだろうという判断だった。



「モリゾー!蛇もらった!」


さあこれから朝食を、というタイミングで、佐波先輩が蛇を振り回して持ってきた。

従士たちが蛇の巣を見つけてきたらしい。

おすそ分けとして中ぶりの蛇をもらってきたようだ。

すでに皮もさばかれている状態だ。



「蛇は使ったことないなぁ……」


「背骨叩くんだって。蒲焼にしよーよ。

 醤油と、みりんでタレ作って」


「頭と内蔵はもう落としてあるんですね。なんかまだ動いてるんですけど……」


佐波先輩が持っている蛇は、まだウネウネと動いていた。

頭を落としているにも関わらず、だ。


天音は嘆息しつつタレを作ることにした。

フライパンにみりんと酒を入れて火にかける。



「なんだ。美味いものか?」


「蛇の蒲焼きー!」


のっそりとユーウェインがやってきた。

この人にはアンテナでもついているのだろうか、と天音はこっそりひとりごちる。

美味しいものがありそうならピコピコと頭のアンテナが反応する。

そんなユーウェインを想像して、天音はくすりと笑い声を漏らした。

 


「何がおかしい」


不満そうにユーウェインが鼻をつまんできた。天音はおかしげに笑ってぷるぷると首を振った。



「邪魔しないでくださいよ。作れないでしょう?」


そう言うとユーウェインはしぶしぶ引き下がる。

佐波先輩はいつの間に持ち込んでいたのか、バーベキュー用の串に切り分けた蛇肉を突き刺して、タレの出来上がりを待っている。


天音は注意深く手を動かして、火を調節する。

アルコールに引火しないよう気をつけなければならない。


酒とみりんを沸騰させたら火から少し離す。そして、砂糖と醤油、和風顆粒だしを入れて少し煮詰める。



「はい、これ使ってください」


煮詰めすぎず薄すぎず。ちょうど良い塩梅で仕上がった蒲焼のタレを天音はフライパンごと佐波先輩に渡した。



「よしきた!」


佐波先輩は嬉々として肉にタレを漬けたあと、火元から少し離した位置に突き刺した。

肉がじんわりと焼けていき、次第にパチパチとした音と醤油の焦げる何とも言えない香ばしい匂いが漂ってくる。


風が吹いているので、風下に位置している従士たちにも匂いが届いているようだ。

羨ましそうにチラチラとこちらを見ているので、佐波先輩にタレの残りを届けるように言ってみた。



「それもそうだね!」


そう言うと佐波先輩はフライパン片手に颯爽と駆け出していく。



「美味そうな匂いだな」


「そうですね。どんな味なんでしょうか」


「食べたことがないのか?」


「はい。蛇は食べたことがありません」


「ふむ。鳥の肉に似ているが、少しかたい」


「ウナギやアナゴとは違うんですね……」



そんな風に歓談していると、後ろで歓声が上がった。



「うるさいぞおまえらっ!!!」


次にジャスティンの叫び声が響く。いつもの流れに天音は苦笑してしまう。



「……騒がしくして大丈夫なんですか?」


「まだ大丈夫だろう。放っておけ。

 そのうちいやでも静かになる。

 ……それより、ウナギとアナゴというのは、美味いのか」


「美味しいですよ。……こちらでは食べられないと思いますけど」


「そうか………」


ユーウェインは残念そうに眉尻を下げる。

食べてもらいたい気持ちもあるが、原材料が手に入るかわからないので何とも言えない。


そろそろ食べごろのようだ。

天音は後ろで騒いでいる佐波先輩に声をかけて呼び戻した。



「うーん……スルメっぽい」


「あ、私もそう思いました。焼いてるのに唐揚げみたいですよね」


「噛みごたえは、ある。お酒のツマミにはなりそう」


「油分が足りないのかなぁ………」


「美味い」


「…………」


ユーウェインとジャスティンはハグハグとほぼ無言で食べているが、天音と佐波先輩は分析結果を話し合っている。

天音の想定していた食感とは少し違ったが、タレが良い味を引き出しているので食べられないことはない。



「クサリヘビ系だったら、お酒に漬け込んでもいいよね~」


「なに、そんな酒があるのか」


「いいですね。ぜひ作りましょう」



そんな風に話しながらも朝食の時間はすぐに過ぎた。

火元に灰を念入りに被せながら、ユーウェインは天音に注意を促した。



「この先は領地外になる。

 中間地帯ではあるが、だからこそ賊も多い。

 なるべく荷台の中か、御者台か、俺の目の届くとこから離れるな」


「……はい」



一路、トゥレニーへ。

本格的な旅はこれからはじまる。

天音は気持ちを引き締めながら小さく喉を鳴らした。


61話以降は第3章になりますが、再開は来週末か再来週頭の予定です。

また活動報告などでお知らせ致しますので、チェックして頂ければ幸いです。



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