6話 夜空に星は瞬く
6話 夜空に星は瞬く
――遭難生活も早三日目。
電気やガスが使えない生活にやや慣れつつある。
人間の順応性とは恐ろしいものだ。
「……あともうちょっとかな?」
外の空気は結構乾いているので、乾燥もスムーズ。
部屋の中で干してあるペーストの方は比較的進みが遅い。
時間差よりも、風のあるなしが原因だろうと天音は分析している。
スピードを早めるために、窓を開けて網戸にしたい。
けれど長時間ともなると身体が冷え切ってしまう。
外の干し野菜の乾燥に目処が付き次第、入れ替えるしかない。
――干飯。
読んで字のごとく、干した飯のことだ。
炊いたコメを乾燥させるだけの簡単な作業。
「出来るだけバラバラにしたほうがいいかな?」
乾燥させるなら、面が広いほうが良い。
天音はアルミシートを押入れから引っ張り出した。
アルコール除菌をしたシートを広げて、炊き終わった米を満遍なく広げていく。
ある程度乾いてきたら裏返してという作業を繰り返した。
四回ほど繰り返してシートに隙間がなくなったので、今日のところは作業を終了。
――栗の下処理。
まずは水に付けて硬い表面の皮をふやかす作業から始まる。
水で丁寧に洗ったあとボウルに新しい水を加えて栗を漬け込む。
叔父からのメモには、「たっぷり時間を掛けた方が良い」と達筆な字で書いてあった。
「念のため、一晩つけておこう」
ホコリ避けに鍋蓋を被せて台所に放置。
――冷蔵・冷凍庫の中の食料。
「魚はひとまとめにっと」
魚は処理の必要がない。
ビニールの保存パックにまとめて入れてそのまま冷凍庫に保管する。
そして肉。こちらは量が少ないので、逆に加工に悩む。
豚バラの薄切り肉は家を出る前に消費するとして、鶏もも肉1枚をどうするか。
「このまま気温が上がらなければまだ保つんだけどなぁ……」
出発の時期が未確定なので悩ましいところだ。
見た限り冷凍状態を保持している様子。溶けたら考えよう。
冷凍のまま持っていくのなら、発泡スチロールをクーラーボックスにしよう。
野菜は流石に入りきらないだろうが、肉と魚+αなら問題なくおさまりそうだ。
長旅になるのか、そうでないのか。
今いちはっきりしない現状なので、たんぱく源はある程度確保しておきたい。
冷凍のまま持っていけるのならそれに越したことはない。
となると、念のため再度雪を冷凍庫内に敷き詰めておくことにする。
風呂場の雪は毎日補充しているため、全く溶けていない。早速冷凍庫に入れていく。
ついでに冷凍野菜の最終確認を行った。
「うう、野菜が少なくなってきた」
元々天音は野菜好きなので肉や魚は少なめだ。
普段は冷凍保存したものと生野菜を組み合わせて使っている。
そして、冷蔵冷凍庫内にはチーズも入っていた。
チーズについてはカビが心配だが、すぐに腐ることはないだろう。
乾物は定期的に佐波先輩が補充してくれている。
新物が出る度に味の確認をしなければいけないので、ついでに社販で買っているようだ。
そのためシンク下には缶詰や乾物がそれなりに入っていた。
使い掛けのものは乾燥剤と一緒に保存パックで密封してある。
粉物については在庫は十分。確か納戸に結構な量があったはず……。
そこまで思考を巡らせて、天音は声を上げた。
「豆!」
――納戸にて。
納戸には様々なものが置いてある。お客様用の布団一式。
使わない電気製品。
押入れに入りきらない佐波先輩のアウトドアグッズ。バイクのタイヤ。
ほか、いろんな佐波先輩の私用物。
そして収穫時期になると送られてくる、ありがたい食料物資もここだ。
米は玄米が6割。水に長時間ふやかさないと硬い炊き上がりになってしまうため、調理に手間が掛かる。
かといって精米も難しかろう。
(やり方はあとで考えるとして)
天音は早速豆を探した。
「あった、えっと……大豆と、小豆かな?」
小豆はともかく、大豆は煮豆にするぐらいだろうか。
カビが生えないように乾燥剤で対処しつつ使っていくことになるだろう。
食料事情については、おおむね問題ないようなので天音はほっと息を吐く。
玄米はそのまま納戸に置いて、保存場所はどうしようかと考える。
湿気がない部屋の方が保存には適している。
そのため本来は納戸のほうが最適だ。
ただ荷造りをそろそろはじめないといけない。
台所に置いておいたほうが何かと便利だろう。
◆◆◆
昼も過ぎて、外を見やると雪が小止みになっていた。
今日の夜あたりには止みそうだ。
――吹雪が止めば外に出られる。
恐ろしいような安心するような。
天音は複雑な気持ちで外を見る。
ベランダに出していた乾燥野菜は、水気も抜けてカチコチになっていた。
そろそろ取り込み時期だろう。天音は早速乾燥野菜の仕分けに入った。
ビニールの保存パックに種類別に入れていく。
念のため、ひと袋に一つずつ乾燥剤も一緒にする。
芋系が随分嵩張っていた印象だが、カラカラに乾くと量も目減りするようで量の割に持ち上げてもそれほど重くない。
ついでに柿の皮も干していたのだが、こちらも十分乾いている。
これはお茶っ葉代わりにならないだろうかと目論んでいるが成功するかどうかは定かでない。
保存用パックがほとんどなくなってしまったのは少し誤算だった。
干飯の入れ物を何か考えなければ。
天音は少し考え込む。
――亡き母は裁縫が趣味だったので実家にあった裁縫用品もゴッソリ持って来ている。
その中に使い掛けの布も結構ある。
天音はあまり裁縫をしないので、持ってきたままになっているのが申し訳ないところだ。
布が足りなければ古いシーツ。
(……うん。何とかなりそう)
物資はそれなりにある。手間隙さえかければ、どうにでもなりそうだ。
◆◆◆
干し野菜用のネットに、先日のさつまいもペーストを入れていった。
そのまま炙って食べられるようにように形は長い棒状。
乾かしたあとはスティックタイプで食べやすい状態になっているはず。
米も表面が乾き始めてきたので、粒状にして乾きやすい状態にしておく。
案外乾かす時間も少なくてすみそうだ。
――晩御飯。
「お腹いっぱい……」
おにぎりとお味噌汁というほんのり味気ない食事。
天音は元々食は細い。それにしても普段だと物足りない量だ。
日中あれやこれやと動いているにも関わらず、徐々に食欲が落ちてきているのを天音は感じていた。
遭難生活ももう三日目。三日も経っていて、誰とも話していない。
以前は仕事もあったし、佐波先輩との共同生活で誰かと顔を合わせない日というのがなかった。
突然このような状況になって、幸い食料の加工というやるべきことがあったため無自覚でいられたが……。
(一人だけ、って……結構寂しいんだな……)
独り言が多いのも、寂しさが原因だろうとふと気付く。
そして気が付いてしまうと途端に言葉が出なくなる。
天音は無言で黙々と後片付けを行った。
気持ちが落ち込んでいても、動くのを止めてしまえばより一層酷くなるに違いない。
唇を引き結んでしばし考え込む。
(まだ大丈夫。食料も充分ある。でもやっぱり早めに、人と会わなきゃ)
片付けも終わって、戸締りのために窓辺に近付くと雪が止んでいた。
時計を見ると20時を過ぎている。実時間も、恐らくそれくらいだろう。
――外へ出よう。
能動的に動いていないと寂しさで病んでしまいそうだ。
昨日までは吹雪が酷かったので周辺の散策すら出来なかった。
雪が止んでいさえすれば地理の確認ぐらいは出来る。
天音はこれでもかというぐらいに厚着をして外に出た。
靴はレインブーツで、やや滑りやすいのが気になるが、遠出するわけではないので十分だろう。
左手にはビニール袋、右手には深型スコップ。
前回と同じようにカートを洞窟に待機させている。
「……さむっ」
鼻の奥がツーンとなる。
寒さには少し慣れてきたが、それでも寒いことに代わりはない。
洞窟のゴツゴツとした岩肌は一層外の寒さを際立たせている。
前回はあまり見ていなかったが、岩肌の一部は水晶のような硬質の素材で形成されているようだった。
(綺麗………)
洞窟の外はしんと静まり返っていた。
風が止んでいることに天音は安堵の息を漏らして、洞窟の外へと足を踏み出した。
天音がいるところは山の中腹にあたり。
デコボコとした雪原の下には更に雪原が広がっている。
その先は森林地帯となっている。
人工物は見当たらない。
雪原、山、森、そして星空だけ。
――え?
首が痛くなるほどぐるりと星空を見渡す。
でも、見知った星座は一つとして見つけられない。
何より、月だ。月が三つに割れている。
(ここは地球じゃない……?)
天音は愕然とした表情でその場に立ち尽くした。