番外編 開拓村の気になるふたり
100万PV企画短編その②です。
開拓村の気になるふたり
その日ホレスは非番だったのでカーラの家を訪れていた。
厳密には革細工職人のトレヴァーと、お針子のイーニッドの持ち家だ。
空き部屋にカーラが間借りしている形である。
開拓村には休日といっても娯楽がほとんどない。
そのため、休みの日にはこうやって家族や恋人とゆったりした時間を過ごしたりすることが多い。
他には仲間内での酒宴などがあるものの、ホレスはカーラとの語らいを優先している。
ホレスが家を訪ねると、カーラが待ちきれない、といったようすで飛び出てきた。
巨体に飛びついてくるカーラを抱きとめて宥めながら、ホレスは部屋の中のトレヴァーとイーニッドにやあと手を挙げる。
彼ら兄妹には親がいない。そのためふたりきりの家族だ。
どちらかといえばおとなしい気質のイーニッドと朗らかなカーラは正反対に見えてその実相性が良い。
姉妹のような関係性のため、ホレスと彼らも自然に家族に近いような振る舞いになる。
数日後にトゥレニー行きが決まっているホレスは、今日中にカーラに伝えておかなければならないことがあった。
緊張に震えそうになる心を一括して、深く息を吸う。
「今日はお邪魔するよ」
「どうぞどうぞ」
手土産の蜂蜜酒を渡すと、トレヴァーの表情がゆるりとやわらんだ。
彼は甘党なのだ。もともと柔和な顔つきをしているが、さらに笑みくずれている。
カーラはホレスの世話をあれこれと焼きながら、ああでもないこうでもないと話している。
どうやら今日の夕飯について意見を聞きたいようだ。
最近、カーラは天音に料理を学んでいる。
花嫁修業の一環らしいが、ホレスにとっては純粋にありがたい。
やはり嫁にするのならば料理上手な子が良い。
素養はあったものの開拓村で気軽に教えられるような年が近い女性は少なかった。
その点天音は年も近いと思われるので、色々と質問しやすいのだろう。
館で常に接している時間が長いというのも、彼女にとっては都合が良い状況だった。
とはいえカーラの努力なしにはどうとも出来ない分野である。
彼女は日々努力しているし、腕もめきめき上がっている。
問題があるとすれば、ホレスが晩飯に何が良いかと訊かれて食いでのある旨いもの、という答え以外持っていないことだろう。
「だからね、アマネさんがね」
どうやら、ホレスが聞き流しているうちに話が移り変わっていったらしい。
目まぐるしく会話の内容が変化していて、ホレスにはとても追いつけない。
かくも女性という存在は移り気で気ままだ。
しみじみとそのようなことを考えていると、イーニッドが口を挟んできた。
「そういえば、ユーウェイン様とアマネさんはいつ御成婚されるのかしら……」
とくに公言はされていないが、何となく周りの従士たちや関わりのある人間からふたりはそういう風に見られている。
実際に男女の仲なのかはハッキリとしていない。
そもそも寝所は別だそうだが、確認出来るのがダリウスとジャスティンだけだ。
ジャスティンは主のそういった話については固く口を閉ざしていて知りようがないのだ。
立場も微妙なところである。侍女という役柄にしてはユーウェインの身の回りの世話をすることはない。
食事の世話はしているし働きも充分だということは重々承知しているが、やはりユーウェインはそのつもりなのだろうか、という意見が従士たちの中では多数派だ。
ホレスからみるとユーウェインの行動はあからさまだ。
常に目で追っていてスキあらばちょっかいをかけている。
まるで幼い子供のような行動が何とも気恥ずかしい。
「うーん……サヴァさんが来てから何かうやむやになっているような気はする。
アマネさん、なんか鈍そうだし、ユーウェイン様の気持ちに気付いてないんじゃないかなぁ……」
カーラも騒いでいる割にはきちんと関係性を把握しているようだ。
以前ホレスが結婚を保留とした理由に領主がまだ結婚していないから、と言ったことをカーラはかなり気にしている。
ホレスとしては領主のみならず従士長も、というのが大きかったが、まずは上からというのももっともな話だ。
実際ジャスティンは領主が結婚するまではと公言している。
領主が適齢期を過ぎているというのに結婚していない理由はいくつかある。
まず実家による後ろ盾がまったくないことで、貴族間での見合い相手のツテがない。
そして長兄および次兄の実家による妨害で、ただでさえ少ない見合い相手がさらに皆無に近い状態になっている。
最後に残った搾りかすのような相手は、揃いも揃ってワケあり物件だ。
未亡人ならまだ良い方で、尻軽で醜聞持ちの貴族令嬢、持参金のない妾の娘など、しかも階級がのきなみ下と来ている。
そんな理由からユーウェインは未だに独身を貫いている。
天音は平民だと言うが、教養や礼儀もしっかりとしたものだ。
ましてやグリアンクルは辺境の領地。他領との関わりも薄いので、一通りの作法を学べるだけの素養があれば問題ない。
問題があるとすればやはり身分で、そのあたりはダリウスが「どうとでもなる」と以前ボソリと呟いていたので、そうなのだろう。
それはそうと、ホレスが結婚を渋っているのは何も領主の結婚が理由なだけではなかった。
「あれだけわかりやすいのにね……」
「ねー!何かいつもかわされてて、見てて可哀想」
いつの間にかユーウェインが酷い言われようだ。
本来ユーウェインの立場ならてごめにするくらいはどうとでもなるはずだが、真偽は本人たち以外誰にもわからない。
ホレスは慌てて止めに入った。
「まあ、まあ。まだ脈がないと決まったわけじゃないし……」
そう言って宥めると、女性ふたりは実に不満気に眉尻を下げた。
そういう問題じゃないらしい。
「こう、もうちょっと直接的な求愛行動を………」
「え、でも、それって無理じゃない……?あのユーウェイン様だよ……?」
さらに酷い言われようになってしまった。ホレスは頭を抱える。
トレヴァーをちらりと見るとそっと目を逸らされてしまう。裏切り者め。
カーラの主張としては、ユーウェインの求愛行動はからめ手が過ぎるということだそうだ。
肩をぐっと抱いてみるとか、抱きしめてみるとか、女性の心を動かす行動を心がけたほうが良いらしい。
イーニッドはというと、言葉でもう少し直接的に頑張ってみるとか、花束を用意してみるとかそういう意見のようだ。
冬に花束は無理だろうと突っ込むと、あくまで例えだと怒られた。
ホレスは天音の性格をよく知らないので保留だ。
とはいえ、気持ちが通じていないのでは、という懸念ももっともなほど、天音の態度はこざっぱりとしたものだ。
恋人特有の甘い雰囲気というものが欠片もない。
信頼関係はきちんと形成されている様子なので、結婚というと違和感は全くないのだが。
告白したほうが早いとも思うものの、どちらにせよ、外野が口を出せる部分ではないような気がする、というのがホレスの結論だった。
「そもそも、ユーウェイン様はまだるっこしい!」
「そうよね。ちょっと女性の扱いがわかってないように見えるわ」
「女に慣れてない感じがする」
「わかる」
それからかしましい女性たちの談話は続いて、夕飯を済ませたあと、ホレスは今日の本題に入った。
胸元にしまった革袋を取り出す。
イーニッドとトレヴァーは気を利かせて台所から戻ってきていない。
カーラに話があると告げると、きょとんとした表情だ。
「まずは、これを受け取って欲しい」
「え………」
革袋から取り出したのは、銀製の髪飾りだった。
この国では結婚を申し込む時に、妻になる女性への贈り物として銀製品を用意することになっている。
二年前は金がなかったので用意出来なかった。
だが、コツコツ貯金したおかげで、この髪飾りと家を建てるぐらいの金額が貯まったのだ。
家の建築費用についても、非番の日を利用して材木屋のテディに話をつけて、木材は自分と仲間内で調達して乾燥管理だけを任せることにした。
そうすれば材料費もだいぶ稼げる。
他にも臨時収入が得られる機会があれば積極的に参加して、カーラが知らないところで結婚のための準備を着々と進めていた。
カーラのほうでも給金を貯めていた様子だが、ホレスにしてみればやはり自分が養いたいという気持が強かったのだ。
「これ……ホレス?」
そういうことなの、とか細い声で尋ねられたので、ホレスは安心させるように大きく頷いた。
「俺の嫁さんになってくれ。ユーウェイン様にはすでに話を通してある。
従士長には祝福の言葉を貰ったよ。
家を建てるのに時間がかかるから、次の秋の収穫後になるけど……」
言い終わる前にカーラが抱き着いてきた。
胸元にカーラの涙で染みが出来ていく。しっとりと濡れてしまったが、ホレスは気にせずカーラを抱き留めた。
カーラは無言で何度も頷いた。感極まって言葉が出てこない様子だ。
「待たせてごめん」
「うん」
「子供はたくさんほしい」
「……うん」
しばらくして泣き止んだカーラがそっと涙を拭った。
手に持っていた髪飾りを愛おしそうに見つめて、そっと緩やかな髪に差し込む。
次に目があったとき、カーラは満面の笑みを浮かべていた。
◆◆◆
台所からこっそりふたりを見守っていたイーニッドは、ほうとため息をついた。
以前からホレスが結婚に乗り気じゃないのかも、と愚痴をきかされていたので、内心心配していたのだ。
今は開拓村に女性が少ないので目移りする心配もないが、街に出る機会もホレスは多い。
「うまくいって良かった」
「そうだな」
兄と短く語り合う。
トレヴァーは無口なほうで、あまり長々と話したりはしない。
イーニッドとふたりのときは余計にそうで、無言で過ごすことも多い。
だが今回は違った。
「………お前もそろそろだぞ」
「わかってる……」
いつまでも兄と一緒に居られるわけではないのは、イーニッドにもよくわかっていた。
父が幼い頃に亡くなり、母も数年後体を壊してそれっきり。
引き取ってくれた革細工職人のおじ夫妻は働ける年齢になると兄妹をこき使った。
開拓村に移住するまでは悲惨な生活だった。
飢えなかっただけましと言うものだが、戻れと言われればぜったいに拒否するだろう。
「兄さん。もうちょっとだけ、待って」
「わかった。だが、俺もいつまでお前を守ってやれるかわからないんだから
自分の居場所は自分で掴み取れ」
イーニッドはこくりと頷いた。胸元でこぶしを握って震えそうになる心を叱咤しながら。
短編のリクエスト×2、ありがとうございました♪
明日はまたグリアンクル本編に戻りますので、よろしくお願いいたします。
また、活動報告で天音さんのレシピ①レバーペーストをまとめてみましたので、もし宜しければご覧になってください。
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