55話 遠足は帰るまでが遠足です
55話です。
55話 遠足は帰るまでが遠足です
時は2~3日前にさかのぼる。佐波先輩が開拓村に着いて慌てていた頃、客室の暖炉脇に鎮座されているマイケルさんを見て、佐波先輩はこう叫んだ。
「内田くんじゃん!持ってきてくれたんだ、ありがと!」
(うううん????……内田くん??????)
マイケルさんと名付けたのは佐波先輩だったので、天音は聞き慣れぬ呼び方に首をかしげた。
内田くんとは、いったい誰のことだろうか。もしや、天音が知らないだけで佐波先輩の部屋にはふた株のマイケルさんがいて、片方が内田くんということだろうか。
いやいや。天音は頭をふった。
「あの、佐波先輩」
「なにー?」
「内田くんって、誰ですか?」
「これ。ウツボカズラの、内田マイケルくん」
答えはあっさり判明した。どうやらマイケルくんには苗字が存在していたようだ。
なるほどと頷いて、天音は申し訳なさげに佐波先輩に頭を下げた。
「その、ごめんなさい。私の不注意で、マイケルさんのツボが食べられてしまって」
ミァスとマイケルさんはあれ以来接触をさせていない。
持ち込む過程でも危険はたくさんあったので、近づけない方が賢明だという判断を天音はしていた。
「ああ、そういやツボが減ってるね。
でもまあ枯れていないみたいだから大丈夫じゃない?
あったかくなったら増えるでしょ。虫さえいれば栄養は足りるはずだし」
「それなら良いんですけど」
天音は枯れる懸念を心に留めつつ、少し安心したように息を吐いた。
やはりこちらに来てはじめての旅の友。粗末な扱いはしたくない。
と、ほっとしたところで佐波先輩の爆弾発言が飛び出した。
「でも、私も食べてみたかったかなー。ツボ」
「は?何言ってるんですか?」
天音の脳裏にミァスによってムシャモシャアとツボを引きちぎられたあられもないマイケルさんの姿が浮かんだ。
あまりにも可哀想な姿に、天音は思わずぷるぷると肩を震わせる。
「いやこれ食べられるんだって。
ツボ取って、中に米とかいろいろ入れて蒸すの。
ウツボカズラ飯っていう名前で」
「いやいやいや。何言ってるんですかっ!?」
大事なことなので二回言った。天音はきょとんと目を丸くしている佐波先輩に訝しげな瞳をぶつけた。
佐波先輩は食べられるものを食べて何がダメなのー?と天音の挙動不審っぷりに不思議そうに首をかしげている。
「そういう問題じゃありませんよ!」
「えー、でも内田くんを飼い始めたのって、
ツボを食べてみたかったからだし………」
さらなる衝撃的な発言に天音はくらりと倒れそうになるのをかろうじて踏みとどまった。
佐波先輩いわく、マレーシア料理にウツボカズラ飯というのがあるらしい。
モチ米やココナッツミルク、バナナなどを入れてツボごと蒸す料理のようだ。
「……で、それって、誰が作るんですか?」
「そりゃもちろんモリゾー………」
「お断りしますっ!!断固拒否しますっ!!!」
天音は力いっぱい拒絶した。
旅の友のマイケルさんを食べるなんて、そんな可哀想なことは出来ない。
こちらに来る以前なら作っていたかもしれないが、今となっては無理である。
そんな天音の様子に佐波先輩は唇を尖らせて反論した。
「モリゾー、なんかちょっとおかしくなーい?
内田くんはただのウツボカズラだぞ!」
「内田マイケルなんて名前を付けちゃった佐波先輩に言われたくありません!」
「えー、だってミァスって子に食べられたんだから、美味しそうだと思うじゃーん」
腰に手を当てて、むん、とない胸をはる佐波先輩。
ミァスのみならず、佐波先輩にまで捕食される危険性があるとはつゆほどにも考えていなかった天音は、マイケルさんを抱え込んでじりじりと後ずさった。
マイケルさんを守れるのはどうやら天音だけのようだ。
◆◆◆
天音が特産品制作に忙しくしているあいだ、佐波先輩はジャスティンを連れて愛用のバイク………カスタムスーパーカブ90を取りに森に行くことになった。
今のうちに取りに行かないとトゥレニーへの出発時期に被ってしまう。
という佐波先輩の意見が尊重されることとなった。
「お弁当を所望しまーす!」
佐波先輩の鶴の一言で、天音は早朝から弁当を作ることになっていた。
内容は和風寄りの、日本式のお弁当だ。
おにぎりの具は鮭がいいと言われて、そういえば家に戻った時に使い切ってしまったことを思い出した。
「鮭はないので、作れるとしたら梅干とオカカですね。
あと昆布に……あ、ツナマヨも作れます」
ひいふうみい、と数えながら天音は具材案を伝える。
「ええ~……じゃあ、ぜんぶ」
「ジャスティンさんにもちゃんと分けてあげてくださいね」
「は~い」
ジャスティンには、ツナマヨとオカカがいいだろうか。
ベーコンと干しきのこをバター醤油で炒めて刻んだものを具とするのもいいかもしれない。
他には弁当の定番と言えば鶏の唐揚げ……鶏肉は在庫がないので、別の肉を使う必要がある。
鴨肉で代用することにする。
あとは卵焼きを焼くぐらいで良いだろう。
こちらの卵は日本のものと違ってトウモロコシを餌としていないせいか、黄身の色が薄い。
なので卵焼きもきつね色ではなくて、白っぽい色になる。
今日は佐波先輩は珍しく早起きをして、野外調理をしている天音の後ろで準備運動をしている。
カセットガスは結局春を待たずになくなってしまったので、フライパンを使う時は野外調理がメインになっている。
今回は卵焼きを作るので、スクエア型の卵焼き用フライパンを持って来ていた。
すでに米は炊き終わっておにぎり作成は終了している。ベーコンきのこのバター醤油おにぎりも、完了だ。
そぎ切りにした鴨肉は料理酒に持ち込みのスープの素、塩コショウ、チューブにんにくとしょうがに醤油を入れたものに10分ほど漬け込む。
鴨肉に片栗粉をまんべんなくまぶしたあと、薄めに溶かしたラードをしいた卵焼き用フライパンで、揚げ焼きだ。
傾ければある程度油だまりが出来るので、少量ずつなら揚げることが出来る。
弁当用とユーウェインもどうせ食べたがるだろうから、おおよそ1羽分の肉を使ってからあげを作った。
あとは持ち込んでいたお弁当容器にからあげを詰めて、水筒にお湯を詰める。
味噌と粉末だし、お麩と乾燥野菜をまとめて入れたフタ付きのマグにお湯を注いで現地で簡易味噌汁にしてもらうのだ。
◆◆◆
村の門の前にはすでにジャスティンとユーウェインが待機していた。
ユーウェインはジャスティンに何がしかの注意をしているらしく、ジャスティンはしきりに頷いている。
「おはようございます」
天音が声を掛けるとふたりが振り返った。
佐波先輩の格好は、開拓村に来たときと同じで迷彩服だ。
後ろには小さめのリュックを背負っている。
中身はロープやナイフ、懐中電灯、磁石など、どこへ冒険へ行くのだというような装備だ。
ポシェットには鎮痛剤や簡易シップ、ガーゼに包帯など、怪我への対策も怠っていない。
「まさか本気で行くとは思わなかったが……」
いくら賭けで勝ったとはいえ、ユーウェインはやはり少し心配そうだった。
この時期は獣も餌不足で凶暴になっている。
ひとりがふたりに増えたところで危険なことには変わりがない、ということらしい。
天音も、正直なところ佐波先輩の身の安全を考えると、安易にいってらっしゃいとは言いづらい。
が、ジャスティンが同行するというのなら、少しは安全マージンを取ってくれることを期待出来そうだった。
「これ、お弁当です。
ジャスティンさんの分もありますので食べてくださいね」
おにぎりの選別は、ノリがついている方が佐波先輩用だ。
あとの残りはジャスティン向けだということを伝えて手渡す。
「ありがとうございます。いただきます」
「あと……佐波先輩のこと、お願いします」
旅と言えるほど時間がかかる距離ではないようで、佐波先輩たちは半日強もすれば戻ってくる。
天音がそう頼むと、ジャスティンはお任せ下さい、と頷いた。
「モリゾー、モリゾー」
そろそろ出発かというタイミングで、天音は佐波先輩に話しかけられる。
服の裾を引っ張ってくるので、正直迷惑だ。伸びたらどうしてくれよう、そんな風に思って眉をしかめると、佐波先輩は面白そうに耳に口を近付けてくる。
「ね、ね。私がいないあいだ……」
佐波先輩は一言ふたこと言ったあと、天音が返事をする暇もなく、あっという間に立ち去ってしまった。
溶けかけとはいえ雪の中だというのに、よくもまああんなに苦労もなく移動できるものだ。
佐波先輩の運動神経の良さに天音は感心しつつも、言われた言葉が頭にこびりついて、頬を朱に染める。
「どうした」
「……っ!!いえいえ、何でもありません。
それよりも、ユーウェインさんの分もおかずを用意してあるので、
食べてください」
そう一息に告げると、天音はぐるっとまわって館へ戻ろうとして、慌ててこけた。
◆◆◆
「ちょっといいか」
台所で天音が忙しく動き回っていると、ユーウェインから声をかけられた。
佐波先輩たちはまだ帰ってきていない。
帰りはバイクを使うのだろうか?燃料は?と思うが、そういえば燃料の残りがどれくらいあるのかは聞いていなかった。
自宅にたしか予備燃料は置いてあったはずだった。
だがそんなことよりも、天音は少々ユーウェインに対して動揺気味だった。
それもこれも佐波先輩が先ほど余計な一言を天音の耳に入れたせいだ。
そんな風に思いつつ、天音はかろうじて平静を装いながらも返事をする。
「はい、どうしましたか?」
「手を止めさせてすまない。
例の、元の場所に戻る件についてだが」
天音の喉がひゅっとなった。
今、このタイミングで言われるとは思っていなかったので心の準備がまだだった。
「はい……何か進展がありましたか?」
「いや。これといった情報は得ていない。
……が、トゥレニーの街にも魔術に詳しい者がいる。
会うまでに質問内容をまとめておいたほうが良かろう、と思ってな」
そうなんですか、と天音はか細い声で答えた。
閉鎖された冬の開拓村ではろくな情報は見つからなかった。
情報があるとすれば山岳民族では、という意見もあったが、冬に東の山脈まで移動するのは難しい。
トゥレニーから戻ってきてから、どちらにしろ交易で接触があるため、その際にという話になっていた。
天音はユーウェインから元の場所に戻る件で話を持ちかけられたことに、少なからず心を揺らしていた。
元に戻る方法が見つからなかったことにほっとしてさえいるのではないか。
天音は自問自答しつつも心の中で頭を振った。
そうではない。たぶん、今すぐ日本に戻ることになったとしたら、寂しい気持になる、それだけだ。
天音はそう言い聞かせて、気持を切り替えた。
「……わかりました。佐波先輩とはまだじっくりそのあたりの話をしていないので、
情報交換して質問する内容を決めておきます」
とはいえ方向性を変えるつもりはない。
天音がきっぱりとそう言うと、ユーウェインも真面目な表情を浮かべて頷いた。
56話は7月6日12時に投稿予定です。
土日は100万PV記念短編を2本投稿いたします。
予定の方は活動報告でアップしますので、気になる方はチェックしてみてください。