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グリアンクル開拓記~異世界でものづくりはじめます!~  作者: わっつん
第2章 開拓村でものづくりはじめました
55/92

54話 春告げ間近の開拓村

54話です。

54話 春告げ間近の開拓村



ジャスティンは真剣な顔つきでこう言った。



「サヴァさんの武芸を拝見しまして、

 われわれ従士の訓練に参加して貰いたいと考えているのです」


ジャスティンの申し出に天音は首をかしげた。

ならば直接佐波先輩に話を通したほうが良いのではないだろうか。


そんな風に疑問を口に出すと、ジャスティンは少し考えてから答える。



「俺はまだ会って間もないですし

 彼女がどのような人柄かわかりません。

 頼みごとを安易に出来る間柄ではないので

 アマネさんに仲立ちを頼みたいんです」


「それもそうですね……わかりました。

 では、具体的な訓練内容を教えて頂けますか?」


「もちろん」


ジャスティンが言うには、従士たちの対人での戦い方は白兵戦が主で、武器は槍、弓、短剣、棍棒、ナタを使うらしい。

剣は高価なので従士たちは持っていない。

片手には盾を持ってユーウェインを守りつつ、命令あらば敵に接近して攻撃を行う。

石を使うこともあるようだ。つまり、何でもありの戦い方だ。


戦闘の立ち回りはさすがに経験が長いので問題はないが、佐波先輩の戦い方を見て、ジャスティンは対人戦法のひとつとして取り入れられないかと考えたらしい。



「なるほど……」


天音は更に考え込んだ。

従士たちが獣と戦うところは見たことがある。

だが、対人戦闘はまだだった。



「まずは一度佐波先輩に話を通してみます。

 それから、改めてお返事させてください」


「わかりました。よろしくお願いします」


ジャスティンは机の上の試作品をちらりと見て鼻をひくつかせたあと、台所から去っていった。

今回の試作品はまずユーウェインに食べてもらうことになっているので、ジャスティンの様子に天音は苦笑しつつ、後ろ姿を見送る。


佐波先輩の件は夜にでも話を通すつもりだ。


天音はよしと気合を入れて、試作品データのまとめに取り掛かった。




◆◆◆



「色々と作ってみたのですが、やはり甘さは控えめのほうが

 使用量も削減出来ますし、利益も上がると思います」


メープルクッキーもといビスケットと、一口サイズのメープルスコーンを並べて天音は執務室でユーウェインに報告を行った。

そばにはダリウスもいる。ふたりはゆっくりと味を確かめて天音の意見に耳を傾けていた。


スコーンはビスケットよりも柔らかい食感だ。

薄力粉に溶かしたバターとメープルシロップを混ぜ合わせて、牛乳を入れて生地をまとめる。

酵母菌を入れた生地を折りたたむようにこねたあと、一口サイズに型抜きを行って焼き上げた。


どちらもナッツ入りとプレーンタイプを用意したので、合計4種類になる。


ケーク・サレはドラに任せるつもりなので、天音が事前に準備するのはこの4つになる予定だ。

ユーウェインとダリウスは満足そうにうんと頷いたあと、OKを出した。



「量はどのくらい作れますか?」


「原材料の関係でそれぞれ30袋ずつになるかと思います」


「……まあ、そのくらいが限度だろうな。

 袋はどうなっている?」


「革製品が一段落したようなのでイーニッドさんに頼みました」


「予備としてそれとは別に5袋ずつ準備しておいてくれ」


「わかりました」



さくさくと話を進めていく。

結局雑貨屋に小瓶の在庫がなかったので、メープルシュガー用とお菓子用に布袋を作成することにした。

天音も手伝うが、基本はイーニッドに頼むことになっている。


道中割れる可能性も考えてビスケットは多めに作る予定だ。

スコーンのほうは多少の揺れにも耐えられる、と天音は考えている。


バターの油分が布に染み込んでしまうため、袋詰めは現地で行う。


メイン商品はメープルシュガーだ。メープルシュガー作成は現在従士たちが交代で作業を継続している。

そして食べ方の提案として、ビスケットとメープルスコーンを販売する。


屋台で販売と言われたが、天音は詳細を聞いていなかった。

販売員についてもこちらの常識に慣れていない天音にはそもそも無理なので、采配は全て任せている。


値段は以前打ち合わせた通りお菓子についてはひと袋小銀貨1枚。

原材料と人足代を合わせて大銀貨3枚を越えなかったので、売れれば残りが純利益になる。

売りきればけっこうな儲けが出る予定だが、そこは取らぬ狸の皮算用で、販売してみないとわからない。


販売についてはダリウスとジャスティンに任されているようだが、今回トゥレニーにダリウスは行かない。

開拓村に責任者がいない状況は宜しくないため、ダリウスが領主と従士長の代行をつとめるそうだ。


ほかの同行者はジャスティンと従士たち、そして雑貨屋店主のダン。

ダンはドラの代理として随行する。

また、リッキーも鉄の仕入れがあるのでついてくるようだ。


従士たちは全員付いてくるわけではない。一部は村の防衛に残るようだ。

女性である天音は荷馬車に乗ることになっている。



(あ、そういえば佐波先輩、付いてくるのかな)


出発の時期は伝えていたが、そういえば意向を聞いていなかったと天音ははっとする。

今夜、例の件のついでに確認をしておくことにする。



「それでは、出発まで慌ただしくなるが、よろしく頼む」


「はい」


「あー……、その、あまり無理はせんように」


ゴホンと咳払いをしたのは照れ隠しだろうか。

天音は微笑ましさを押し隠しつつ、素直に頷いておいた。




◆◆◆



「……ということなんですけど、どうですか?」


夕食を終えた天音は、部屋の中で体を拭きながら佐波先輩に問い掛けた。

女同士なので遠慮もなく、佐波先輩も裸になっている。


そろそろ春になる頃合だが、やはり夜の気温は低い。

風邪をひかないようにと手早く清拭を済ませて返事を待ってみるが、佐波先輩はうーんと唸って即答しない。


化粧水を肌にのせて丹念に染みこませていく。

ぱちぱちと軽く頬を叩くと、もっちりとした素肌が手のひらに吸い付くようだ。



「……即答出来ない理由があるんですか?」


「んー。モリゾーの話を色々と聞いたけど、こっちって割と

 殺人に対しての忌避感が薄いよね?」


「あー……なるほど。そうですね。

 佐波先輩が学んでいたのはあくまでスポーツですし」


「そうそう。師匠にも警察のお世話にはなるなって

 口酸っぱく言われているもんだから、こっちで対人戦闘ってなると……」


ふむ、と天音は佐波先輩の言葉に考え込んだ。

実のところ、天音はそのあたりの実感があまりわかない。

ユーウェインたちがこちらの常識を当たり前のように語っているのを見て、そうなのか、と納得した振りをしているだけだ。



「ま、明日そのジャスティン君に話してみるよ!」


「そうですね。同席しますから、直接話してみてください」


そう言って先輩はパジャマ代わりのジャージを着るとあっという間に寝台で寝入ってしまった。

結構疲れているのかもしれないな、と天音は佐波先輩の寝顔を見て少し心配になる。



(殺人か……)


馬車の旅は始めてなのでかってがさっぱりわからない。

その上山賊が出たり、殺し合いの可能性があると考えると、頭が混乱してしまいそうだ。


天音は髪に櫛を入れながら物思いに沈む。

佐波先輩が来てから数日、慌ただしくてゆっくりと話す時間が取れていない。

一度腰を落ち着けて話す機会を設けなければ。

そう思いつつ、天音は寝台にするりと潜り込んだ。




◆◆◆



翌朝起きると、雪が溶けかけているのを見た。

そろそろ雪解けがはじまって、春になる。

春になれば畑仕事が待っているので、更に忙しくなりそうだ。


とはいえ先にトゥレニーへの移動が待っている。


そういえば馬車は天音が想像していた以上に乗り心地が悪そうだった。

サスペンションが付いていないのはもちろんのこと、ところどころささくれ立っていたので、現在テディが補修作業をしている。


クッション性がないため振動が身体に直撃することを考えると、毛布などを持ち込んで軽減させる必要がありそうだ。


昨日佐波先輩に付いてくるかどうか訊いてみたところ、是の言葉が返ってきたので、ふたりとも旅中は馬車に乗ることになる。

ちなみに男性たちは全員徒歩だ。御者は従者たちが交代で行う。



「……というわけで、お誘いは嬉しいのですが、

 師匠からも技で殺生をすることはまかり通らんと

 きつく言われておりますので、お断りいたします」


佐波先輩はジャスティンにはっきりと言った。

相変わらず天音は調理をしている。

今日はメープルシロップを少量使ってパンケーキを作る。


いつもの小麦粉と黒麦粉のブレンドに重曹を足して、ふるいにかける。

メープルシロップと溶かしバター、山羊乳を混ぜたものを粉と混ぜ合わせて生地を作ったら、あとはフライパンで焼くだけだ。


現在天音たちは野外に設置されたかまどの近くで従士たちの作業を見守りながら話をしていた。

小腹がすいたという従士たちのためにユーウェインの許可を取ってパンケーキを作ることにしたのだ。



「事情はわかりました。

 ですが、サヴァさんに戦闘を強要するわけではないというのは

 ご理解頂きたいのです」


ジャスティンはあくまで真面目にそう言った。



「それは理解しています。

 けれどひとたび、そういったことに教えたものが使われれば

 私の技は曇ってしまうでしょう。そうなると、とても割り切れない」


佐波先輩もさすがに真剣な顔付きだ。

天音は静かにふたりの話に耳を傾けながら、熱くなったフライパンにバターを落とした。


バターの焼ける音、香ばしい匂い。生地を落とすと、真剣な話し合いを背景に、目の前のフライパンには美味しそうなパンケーキが出来上がっていく。

ふつふつと空いた空気穴があらわれはじめると、天音はフライ返しでパンケーキをひっくり返す。



「では、どうでしょう。

 見たところサヴァさんは、毎朝鍛錬をしていますよね。

 組み合う相手も必要でしょう。

 その相手として、立候補させてもらえませんか?」


「確かに運動の一環として練習はしているけど……」


佐波先輩の口調が崩れてきた。

チラチラと天音の手元に視線を向けているのを感じる。パンケーキが気になっているようだ。



「技は見て盗みます。そうすれば、教わっているわけではなく、

 盗んだ俺に責任が生じます。どうですか?」


「………お腹減った。モリゾー!ちょっと、その匂いは卑怯でしょう!」


話の途中で佐波先輩が叫んだ。

天音はきょとんとした表情を浮かべながら、作業を止めることはない。

そろそろ焼き上がりなので忙しいのだ。


お皿に盛ったあと、熱くなりすぎたフライパンを濡れ布巾の上に落とす。

そうするとジュワァっとフライパンが冷える音がする。



「もう、佐波先輩、うるさいですよ。

 ……で、どうするんです?ジャスティンさんにお返事は?」


「うーん。じゃあ、とりあえず鍛錬には付き合ってもらう方向で。

 あとのことは、お任せします。それでいい?」


結局のところ、鍛錬中を見られることもこれから多々あるだろうし、手合わせする程度なら問題ない。

そう判断したのだろう。佐波先輩はしぶしぶといった様子でそう返事をかえした。



「ありがとうございます。よろしくお願いします」


ジャスティンが珍しく笑顔を浮かべた。

そういえば、ジャスティンがこのような表情を見せるのは今回がはじめてだ。

よほど嬉しかったらしい。にこにこと機嫌が良さそうだ。


背が低いジャスティンには、佐波先輩の技が魅力的にうつったのかもいれない。

そんなことを考えながら、天音はまたフライパンにバターを落とすのだった。


55話は7月3日12時に投稿予定です。


100万PV記念で拍手5種更新いたしましたので、もし宜しければご利用ください。


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