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グリアンクル開拓記~異世界でものづくりはじめます!~  作者: わっつん
第2章 開拓村でものづくりはじめました
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52話 夜明けに腹の虫

52話です。

52話 夜明けに腹の虫




昨晩寝ている時に開拓村では雪が降っていたようだ。

移動中に降雪がなくて幸いだった。

天音ははあと息を吐いて手のひらを温めながら野外作業をしていた。


夜は明けたばかりだが、従士たちの姿がちらほら見えている。

おそらく夜番と朝番の入れ替わりの時間帯だからだろう。


天音は手元のかごに入れられた食材を沸騰した大鍋に投入していく。

今日は午後から従士と佐波先輩の練習試合が行われる。

ここのところずっと従士たちは働き詰めだったので、せめてものお礼として食事の提供をしようと思いついたのだ。


野外に設置された簡易かまどは従士たちによって作られたものだ。

雪が除外されていて岩で囲いを作り、真ん中は土がむき出しになっている。

かまどはいくつかあってメープルシロップを煮詰めるのに使われる予定だ。


屋根がついているので雨や雪が凌げるのは安心だった。

強風が吹くと倒れそうなくらい粗末なものだが、臨時の工房と思えば問題ない。


次の冬の前には植樹を行うということなので、数年先には作業場の規模は大きくなっていることだろう。

今からユーウェインとダリウスはどこの土地を使うかを話し合っているようだ。


サトウカエデ……こちらではダリアの木と呼んでいるようだが、開拓村周辺にはあまり育っていないようだ。

おそらく寒いほうが育ちやすいのだろう、とみんなで結論を出している。

ツリーハウスの西一帯を植林区域にするようで、いずれメープルシロップも量産していけるといいな、と天音は思っている。



昼食の予定はベーコンと野菜の出汁をしっかり取った山羊乳のスープと、主食に黒パン。

そして何かつまめるものを……と考えて、余っている玄米を使う事にする。


家から持って来た物資の中に乾物もいくつかあるので、玄米と白米ブレンドを炊いたものと乾物でおやきを作ろうと天音は思い立った。

善は急げ、と早速小走りに駆けて行きたかったが、火の番を頼む人間がいない。


キョロキョロとあたりを見回していると、後ろから声を掛けられた。



「何をしている?」


「あ、イヴァン。ちょうど良かった。火元を少し見ていてもらえますか?

 すぐに戻りますから」


「構わないが………」


ユーウェインはちょうど朝の鍛錬を終えたところのようだ。

汗を拭きながら近付いて来たので、天音はちょうど良いとばかりに火の番を頼んで倉庫に向かってひた走る。

すでにダリウスには鍵を借りていたので、手早く材料を手に取った。

確か従士たちは全員帰ってきているわけではなかったはずだが、ユーウェインやダリウス、佐波先輩の分も考えると10人分は必要になりそうだ。


かごがいっぱいになってしまったので一旦ユーウェインのところに戻ってから、次は調理用具を運び出す。

コメを炊くなら羽釜が必要になる。また、水もペットボトルに入れたものを外に持ち出した。



「火の番ありがとうございました」


ユーウェインは火元のそばの岩に座ってくつくつと煮え立つ大鍋をじっと見ていた。

駆けてくる天音の姿を目に止めると、うっすら笑みを浮かべる。



「これは昼飯の分か?」


天音は頷いた。

ユーウェインの朝食分はすでにカーラが台所で準備をしているはずだった。

天音は水で玄米と白米をしっかり洗う。ヌカのくさみを染み込んでしまうと不味くなるので、手早く行う。

3~4回繰り返したあとしばらく水につけておくことにして、具材の準備だ。

給水は玄米単品だと本来なら10時間は必要だが、炊き上がりが多少固くてもおやきで焼き固めてしまうのと、白米も多めに混ぜているので短縮した。


ユーウェインはというと、相変わらず、天音が調理している最中は後ろでじっと作業を見ている。

飽きないのかと問うてみても、問題ないと答えるばかりなので、最近は訊くこともなくなった。

天音としては見られていると気恥ずかしい気持が先立つが、本人が見たいというのだから仕方がない。


海藻系は避けておくとして、カツオ節や小魚などをメインに、白ごまやネギに似た野菜、小粒芋などを刻んで準備する。

これらは炊き込みごはんのようにあらかじめ玄米と一緒に炊く。

また片栗粉を少し水に溶いておいた。これも炊飯前に投入する。


具材の準備が終わったところで早速炊飯だ。

水は念のため多めに入れて、具材その他を投入したあと、ほんの少し醤油を入れる。

ちなみに炊飯は2回行う予定だ。1回だけではおそらく量が足りない。



「あ、イヴァン。ちょっと手伝って欲しいことが」


天音が声を掛けるとユーウェインは立ち上がって近付いてくる。

羽釜は吊るすことが出来ないので、火の調節が難しい。

沸騰するまでは強火、吹きこぼれたら弱火と調節をしなければならないので、時間が来ると石の差込を行わなければならない。

ひとりでやるよりは、どうせユーウェインはこのまま居座る様子なので、手伝ってもらおうと天音は判断した。



「わかった。あとでこれをつけて持ち上げれば良いのだな?」


「はい。火傷しないように気をつけてくださいね」


天音は持ち込みのミトンをユーウェインに渡して注意を促すと、早速かまどに火を付けて羽釜を設置する。

しばらくすると沸騰してきたので、ユーウェインに持ち上げてもらって石場を作ってまたしばらく煮立てる。


この時点で旨みの含まれた香ばしい匂いが漂ってきたので、ユーウェインの腹がぐぅと鳴った。

夜明けから数時間、もう少しすれば朝食の時間だ。

腹が減っても仕方ないとは言え、腹時計の正確さに天音は少し笑ってしまう。



「笑うな……」


ユーウェインは恥ずかしそうに唇を尖らせた。

そう責められても、面白いものは仕方がない。

天音のおかしげな様子に諦めたのか、ユーウェインは話を変えることにしたようだ。



「そういえば、サヴァのことだが。

 良かったのか。うちの従士連中は恰幅も良いし、なかなか強いぞ」


心配ではないのか、とユーウェインは訊いてくる。

昨日の晩、ピリピリと火花を散らしていたとは思えないユーウェインの発言に、天音は首をかしげた。



「確かに、従士さんたちはお強そうですけど……

 私はさほど心配はしていません。

 佐波先輩もけっこう強いですし、試合にも慣れているので。

 試合場のならしは行うのですよね?」


こけた拍子に頭を打つこともありうる話だ。

今回は尻をついたら負け、というルールになるようで、そのため昨日ジャスティンが従士たちに命じて主だった石を取り除くということを言っていた。



「そうだ。万が一があってはいけないからな。

 ……しかしなぁ」


「イヴァンのほうが心配そうですね」


くすりと笑うと、ユーウェインは意外にも素直に頷いた。



「それはそうだ。はかり間違って怪我でもしたら

 おまえが悲しみそうだからな」


天音はきょとんとしたあと、言葉の意味に気がついて少しだけ頬を染めた。

確かに、佐波先輩が怪我をしたら心配で慌ててしまいそうだ。

照れ隠しにこほんと咳を落とす。

 


「……ご心配どうもありがとうございます。

 でも、大丈夫ですよ。たぶん……」


「たぶん?」



「佐波先輩は怪我もなく勝ちます」



天音は断言気味にそう言った。




◆◆◆



炊き上がった味付きの玄米を平べったい形に整える。

フライパンにゴマ油を敷くと独特の香りが鼻腔をくすぐった。

美味しそうな匂いだ。


おやきの生地に片栗粉を少しまぶして、フライパンへと置いていく。

片栗粉をまぶすことで表面をカリッと焼くことが出来る。


油がはじけてジュワァと音が鳴る。お米の焦げる良い匂いがあたりにぶわっと広がった。



「……美味そうだな。これはいかん、いかんぞ」


眉をへの字に曲げてユーウェインが呟く。

ユーウェインはソワソワと落ち着かなさげに歩き回っている。

どうにも我慢が出来ないようだ。

だが、これはあくまで昼食用だ。朝から食べるものではない。

天音は軽く両面を焼いて、出来上がったおやきを皿に並べていく。



「こら、ダメですよ」


手を伸ばして所有権を主張しようとしたユーウェインに天音が待ったをかける。



(まったく、油断も隙もないんだから)


一度食べてしまえば、ユーウェインのことだから止まらなくなるのが目に見えている。

ここは少し辛抱してもらうしかない。



「しかし、このような美味そうな匂いを嗅がされては……」


そう言ってユーウェインはごくりと喉を鳴らした。



「だーめ。我慢してください」


「くそ………」



天音は次々とおやきを焼いていき、ついには完成させた。

ぶつくさと横目でチラチラとおやきを見ながらも、ユーウェインは調理道具の片付けを手伝ってくれる。

スープの方もあとでダリウスが山羊乳を持ってきてくれるはずだ。

完成していないので、きちんと言っておけばつまみ食いをされる心配はさほどないだろう。


あとはおやきをどこへ隠しておくかだ。

天音は頭の中で情報を整理して隠し場所を考える。



「そういえば、サヴァの姿が見えんが」


ユーウェインが疑問を投げかけてきた。



「ああ、佐波先輩は朝は苦手なんです。

 たぶんそろそろ起き出してきますよ」


「呼ばれて飛び出ましたー」


後ろからひょっこりと佐波先輩が現れたので、天音は驚いてきゃっと声を上げた。

朝起きて空腹で天音の姿を探していたところ、匂いにつられてやってきたらしい。

ユーウェインが呆れたように佐波先輩を眺めみている。



「おはよー、モリゾー。私、お腹が減りました」


「おはようございます。もうすぐ朝ごはんなのでもうちょっと待ってください」


「えー……これは?これ食べたい」



ぎゅるるるる……と佐波先輩の腹の音が鳴った。

天音はため息をついて首を振る。



「ダメですよ。これはお昼ご飯用です」


「そうだ。俺が食べられないのだからそちらも我慢することだ」


ユーウェインが参戦してきた。

先ほどまで心配げにしていたのとは打って変わって、また臨戦態勢に戻っている。

空腹がイラつきを助長させているのだろうか。

困ったことだ、と天音は肩をすくめた。




◆◆◆



太陽が中天へと差し掛かった頃、館の裏庭で試合が行われることになった。

雪が綺麗に取り払われて石も取り除かれている。

従士たちの苦労が偲ばれて、天音は心の中で合掌した。



「それでは、試合をはじめる。

 見届け人は領主ユーウェイン、従士長ジャスティンが行う。

 両者ともに、堂々たる戦いを行うことを誓え」


「よろしくお願いします」



審判はジャスティンが行うことになった。

本当は彼が試合相手として名乗りをあげたかったようだが、佐波先輩は体格差がある人の方が望ましいと言ってきかなかった。


そのため対戦相手はホレスになった。従士の中でも一番の巨漢の彼は、今回武器を手にしていない。

それもそのはずだ。彼の身体はそこにあるだけで凶器になる。

太い腕、脚。

一発でも入れば小柄な佐波先輩は吹っ飛んでしまうだろう。

それどころか、彼が全力を出せば死んでもおかしくない。


佐波先輩は柔道着をリュックに入れて持ち込んでいたようだ。

昨日見かけた時にはリュックを持っていなかったが、念のため従士たちに没収されていたらしい。

柔道着を着込んで髪の毛を引き結び、きりっとした表情を浮かべているのを見ると、先ほどのポンコツ具合が嘘のようだ。



「………隙のない構えだな」


ユーウェインが顎に手をやって興味深そうに呟いた。

佐波先輩は左足を前に、手のひらをホレスへと向けている。

天音はお茶をすすりながら試合の開始を待つ。



「本当にいいのか?あの体格差では、いくら武芸の心得があるとはいえ

 勝つことは難しいだろう」


確かに佐波先輩は小柄で決定力にかける。パワー勝負がそもそも出来ない。

けれどそれは誰が相手でも同じだ。男にパワーで勝てる女はそもそもいない。



「大丈夫ですよ。そもそも佐波先輩は自分から勝負を持ちかけたんです。

 ……怪我をしたとしても自業自得です」


天音は少し躊躇ったあとそう言った。




「それに……負ける戦いに力を注ぐような人ではないので」


「は?」



ユーウェインの胡乱げな声をよそに、天音はふふと笑った。




「それでは、試合はじめ!」


ジャスティンの高らかな宣言で、試合ははじまった。





53話は7月1日12時更新予定です。

来月度もよろしくお願いいたします。


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