51話 グリアンクルへようこそふたたび
51話です。今週もよろしくお願いいたします!
51話 グリアンクルへようこそふたたび
佐波先輩をそのままの態勢で問い詰めるつもりの天音は、後ろで待機していたユーウェインにストップを掛けられた。
村の広場では村人たちが集まり始めていて、あまりに目立っていたので場所の移動を促される。
でも、と言いかける天音をユーウェインは無理やり抱え込み、従士たちにミァスと荷物の件を言い付けて館へと戻ることになった。
佐波先輩はと後ろを見やると、ジャスティンが手を貸しているところだった。
案内してくれるようだ。
今日はもう就寝して、メープルシロップの加工については明日以降を予定していた。
薄暗くなっていく村の風景を眺めみながら、天音は佐波先輩への問答を頭の中で整理していく。
そんな天音にユーウェインは呆れ声で話しかけて来た。
「まったく……肝が冷えたわ。
唐突過ぎるぞ、おまえ」
天音が佐波先輩にダイブしたことを言っているのだろうか。
「そーだそーだ!」
後ろで佐波先輩が何か言っているが、無視だ。天音はぶーたれ顔でむっつり黙りこくる。
そんな天音の珍しい態度に驚いたのか、それともいらついたのか。
ユーウェインがおもむろに天音の頬をつねってきた。
「痛ひです……」
「お前、あとで覚えてろよ」
「なんれですか!?」
つねられた頬を摩りながら天音が文句を言った。
だが、ユーウェインは聞く耳持たんといった様子で、フンと鼻を鳴らされる。
そうこうやっている内に館に着いたので、ダリウスにお茶を用意してもらう。
天音たちは執務室へ直行だ。
身体はヘトヘトだったが諸々のことを済ませてしまわなければならない。
「……逃げないでくださいね!」
「わかってるよ~。てか、食料も尽きちゃったし。
これ以上野宿もきついから、大丈夫だって」
「太鼓判を押すところが間違ってると思うんですけど……」
自信満々に胸を張られて、天音は困惑げに眉を寄せた。
佐波先輩はもともと破天荒な人だが、少し様子が変だ。
もうちょっと常識的なタイプだったはずだが、と天音は内心首をかしげる。
「お帰りなさいませ。
……お客様もいらっしゃるのですね。
お部屋はどうされますか?」
「そうだな………」
「あ、もし問題なければ私が使わせて貰っている客室で
一緒に住まわせてもらってもいいでしょうか?
寝台も大きめですし……」
急な訪問で準備も大変だろうと天音が申し出ると、ユーウェインの許可が降りたのでダリウスも頷く。
外では従士たちが夕方だというのに荷運びをしてくれていて、館の中にも声が聞こえてくる。
あとでお礼をしなければ、と思いつつ、話を再開させた。
といってもまずは自己紹介からだ。天音はユーウェイン、ジャスティン、ダリウスに向かって佐波先輩を紹介した。
「ええと。この人は私が以前の住処で同居していた女性です。
学生……って言ってもわからないな……
家族同然だと思ってもらえれば問題ないです」
「はじめましてー。佐波香苗です。
森園がお世話になってます」
ぺこり、と佐波先輩が斜め45℃で頭を下げると、何となく男性三人も同じ動作をした。
そういえば天音が日本式の挨拶をしたことはなかったなと思い出す。
「……サヴァ。グリアンクルへようこそ。歓迎しよう」
そう言ってユーウェインは自己紹介をはじめた。
ジャスティンとダリウスも続けて行ったあと、天音は本題に入ることをユーウェインに伝えて了承をもらった。
「それで……先ほどの話の続きなんですが」
天音は先ほどと比べて随分落ち着いていたが、やはり佐波先輩に対しての険は取れていない。
そのせいでかはわからないが、佐波先輩は椅子に正座をしてピンと背筋を伸ばしている。
登山用ブーツは脱いで下に置いているようだ。
「ああ、うん。2~3週間前にバイクに乗ってたらこっちに来たんだ。
とりあえず人里探そうと思ったんだけど海側の山の方見たら
何か光ってて。とりあえずバイク走らせてそっち向かったわけ」
佐波先輩はかいつまんでここまでの行動の流れを説明してくれる。
天音は会話の中でちょいちょい疑問を挟んでいった。
「部屋に一度戻って、そのあとどこ行ってたんですか?」
「レトルト系の保存食と水は雪溶かして使えるなと思ったら、
止まらなくなっちゃって。山周辺をぐるっと見て回って、
海鳥の巣を見つけたり……あとね、ここから北東方面の山の裾野に洞窟があったんだけど
どうも鮭がいるみたいなんだよね。けど熊の縄張りっぽくて……」
「待ってください。熊!?」
「熊はやばいだろう…………」
「よく逃げ切れましたねぇ……」
「………」
勢いよく話し出した佐波先輩に対して、それぞれ呆れた反応になってしまう。
「いやいや、さすがに熊と直接出会ったりはしてないから。
木にところどころ爪痕があったから、さっさと逃げたよ!
そのあとは雪原沿いに西に移動して、森に入って探索した」
「……あの、野営とかはどうやって……?」
「え。かまくら作ったり、途中で木のうろ見つけたからその中に入り込んだりしてた。
火はオイル塗料持ってたから、乾いた薪集めて来て、食料は持ち込んだレトルト系を……」
話の流れを整理すると、どうも佐波先輩はこちらに来てから冒険生活を楽しんでいたようだ。
精神性の違いに天音は頭を抱えた。発想が違いすぎて、どこから突っ込んで良いかわからない。
それでも天音は息を整えつつ、静かに指摘した。
「佐波先輩……優先順位、間違ってません?」
「えっ?」
佐波先輩はあっけらかんとした表情で疑問の声を上げた。
「地震や火事、その他災害や事故が起きた場合、どのような取り決めになっていましたっけ?」
「えっと……まず安否を確認して、確認が取れなくても所定の場所に避難活動を行う」
「ですよね。今回、私の方からは佐波先輩の所在がわかっていませんでしたが
佐波先輩は私のノートを持ってましたから、だいたいの位置はわかってましたよね?
………どうして真っ直ぐこちらに来なかったんですか?」
「それは……その、ごめんなさい」
天音が厳しい声で淡々と説明したことで、佐波先輩にも事情が掴めてきたようだ。
佐波先輩に言わせれば、現代生活の閉塞感から解き放たれたことで秘められた欲望が湧き出てきてヒャッハーしてしまった、ということらしいが訳がわからない。
元気ならばそれで良いが、やはり天音としてはまず先に訪ねてきて欲しかった。
「……わかってもらえたならいいんです。
今後はこのような無茶はしないでくださいね」
「………それはちょっと断言出来ないかなぁ……」
この人全然反省していない。天音はついつい佐波先輩に白い目を向けてしまう。
後ろの男性陣はひとまず静観していたが、佐波先輩の勢いに押されてみんな困惑気だ。
天音は深くため息をついた。このようにテンションが上がりまくっている佐波先輩のフォローを今後していかなければならないと思うと、気が重かった。
◆◆◆
その後、台所で天音は軽く夕飯を食べた。ユーウェインはジャスティンと打ち合わせがあるとかで、天音と佐波先輩は先に頂くことになった。
パンとスープとチーズのみだが、夜も遅いので天音にとってはこれくらいの粗食がちょうど良い。
あらかたふたりで食べ終わると、佐波先輩がおもむろに口を開く。
「モリゾー、さっきのイケメンで態度がオッサンみたいな人ってご領主様なんだよね?」
「げほっ」
佐波先輩の発言に驚いて天音は思わずむせてしまった。
言うに事欠いてなんてことを言うのだろう。本人が目の前じゃなくて良かった、と心から安堵する。
「……ユーウェインさんは確かにご領主様ですけど、
年は私たちより下ですよ。それに顔立ちは若いし」
「そうなんだ。若くてイケメンで態度がオッサンなんだね」
「………それ、本人の前ではぜったい言わないであげて……」
ユーウェインは老け顔というわけではない。
老獪な雰囲気が年を上に見せているきらいがある。
実際天音も最初は年上だと思っていたくらいだ。
けれど年齢的にオッサンはあまりにも可哀想な感想ではないだろうか。
そう思ってジト目で佐波先輩を見やると、へらっとした顔で返される。
「ちょっと心配してたけど、問題なさそうだね」
「え?」
天音が気になって聞き返したところで、台所の入口に影が落ちた。
「オッサン顔で悪かったな……」
どんよりとした声で現れたのはユーウェインだった。
天音はあまりのタイミングの悪さにびくりと肩を震わせる。
「ええと……頼りになる風貌と言いますか……」
「フン。気遣いは無用だ。
ところでサヴァ、確認したいことがいくつかある」
拗ねていたかと思えば、実務的な内容に即入るあたり、さすが領主といったところだろうか。
天音は反応を確かめるために横目で佐波先輩の表情を伺う。
佐波先輩はゆるい態度から打って変わって仕事モードに変貌したようだ。
きりっとした表情で受け答えを行う。
「はい」
「森で探索していたそうだが、その際に獣や鳥を狩ったか?」
「いいえ。食料は豊富にありましたので」
「ならば良い。今後のことだが、部屋は天音と同室で構わないな?
自宅にある荷物は残念ながら春を越えるまでは待ってもらうことになる」
「問題ありません。ですが、バイクを森に置いてきてしまったので取りに行きたいのです」
佐波先輩は森の中にバイクを隠してきたようだ。
確かにバイクだけは持ち込むと問題がありそうだった。
ユーウェインはバイクという単語がわからないようで、天音に単語の意味を聞いてきた。
「ええと、鉄の乗り物のようなもので……」
「鉄の乗り物?このような小柄な体つきでそのようなものを持てるわけがなかろう。
従士を連れて行くしかあるまい」
どうやら説明が足りないようだ。天音がうーんと考えていたところ、佐波先輩が話の続きを引き取る。
「車輪がついていて私のように小柄な女性でも問題なく移動させることが出来ます。
……ひとりでも持ち運びは可能です。ですので許可さえ頂ければ……」
「ならん。この時期は領主権限で森への侵入を制限している。
そちらが考えている以上に森は危険だ。
どこへ隠したのかはわからんが、取りに行くならしばらく先にしておけ」
佐波先輩は単独行動にこだわっているようだった。
もともと一匹狼でひとりでどこにでも行ってしまうような人だ。
縛りを設けられるのは窮屈なのだろう。
天音ははらはらとふたりの話し合いを見守る。
それに、バイクは雪の中に放置していると不具合を起こしてしまう可能性がある。
こちらの人間には取り扱いが難しそうだ。
事前知識が少なすぎる。
天音はそのことを説明しようとしたが、佐波先輩に遮られた。
「………危険がないと判断してもらうにはどうすれば宜しいでしょうか?」
佐波先輩の瞳がキラリと光った。
(これは……何か企んでるな)
天音はひとまず成り行きを静観することにした。
ユーウェインが簡単に許可を出すとも思えなかったからだ。
「……逆にどうやって危険がないと証明しようと言うのか説明してもらいたい」
「私には武芸の心得があります。更には山での生活に多少は慣れています。
もちろん、知識も豊富に持っているので、だからこそ、二週間あまり森での生活を送れました。
更なる単独行動について懸念を抱かれる必要はありません」
……天音の気のせいだろうか。ふたりの間に火花が散っているような気がする。
佐波先輩が好戦的なのももちろん、ユーウェインの様子も少しおかしいように天音には見えた。
ユーウェインは不機嫌そうに顎に手をやりながら、佐波先輩の様子を胡散臭そうに伺っている。
(……長引きそうだな……)
天音が就寝時間を気にし始めたそんな時、、今度はジャスティンが現れた。
「武芸の心得があるのなら、従士たちの誰かと対戦させますか?
勝てば許可を。負ければ諦めてもらう。
ただし、単独行動はなしで。俺かホレスがついて行く。これでどうです?」
「おい、ジャスティン」
突然のジャスティンの提案にユーウェインは批判めいた声を上げた。
「もう夜も遅いんですよ。ただの確認のはずがどうして話を長引かせてるんです。
サヴァさん。明日で宜しければ、従士長である私が場の提供を承りますが、いかがでしょうか」
「よろしくお願いいたします」
佐波先輩は笑顔で答えた。
どうやら、天音が口を挟む隙もなく、話がまとまってしまったようだ。
52話は30日12時に更新予定です。