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グリアンクル開拓記~異世界でものづくりはじめます!~  作者: わっつん
第2章 開拓村でものづくりはじめました
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48話 イヴァン

48話です。あと2話で50話ですね~。感慨深いです。

48話 イヴァン




今回の旅路も、天音はミァスにユーウェインと同乗している。

はじめこそ緊張していたものの、何度も乗っているせいか力の抜き方がわかってきた。

ミァスのコブは2つあるので、並行になるように分厚い皮製の鞍が掛けられている。

箇所によっては不安定になるので、今まで少々バランスを取るのに苦労していたのだ。


天音の方はそのような状態だが、ユーウェインはと言うとどこかしらイライラしている様子だった。

一緒に乗っていて居心地が悪いというわけではないが、精神的に落ち着かない。


隣を歩いているジャスティンとは普通に談笑しているので、天音としては少し気詰まりだ。



(何だろう、このざわざわ感)


原因はと言えば、ひとつだけ思い浮かぶ。

佐波先輩からの連絡の件だ。

あの日以降、ユーウェインは天音に対してどこかぎこちない態度をとり続けていたように感じられる。



「それじゃ、俺は先行しますので」


「頼む」


軽い打ち合わせを終えて、ジャスティンがあっという間に先に進んで見えなくなった。

ジャスティンを含めた従士たちの体力と脚力には、目を見張るものがある。

天音が感心したように前を見つめていると、ユーウェインが身動ぎをした。



「座り心地は悪くないか」


そう訊かれて、天音は戸惑いながらも特に問題はなかったので頷いた。

違和感の正体は、この優しげな声音にもあった。

一歩引いた態度を取る癖に、ユーウェインの対応はやけに優しい。


イライラしている様子なのに、優しいとはどういうことだろうか、と天音は思う。

緊張感の中にふと労りのこもった態度を見せられると戸惑ってしまうではないか。

どちらが本音なのか、まったくわからない。


天音はつい、じっとユーウェインの顔を見つめた。

相変わらず彫りの深い顔立ちだが、初めて会った頃とは違って髭は丁寧に剃られている。


そういえば、初対面の印象は最悪だった。

無精ひげの男性にいきなり掴みかかられて涙目になっていた自分を思い出すと、少し笑えてしまう。

よくよく考えればユーウェインは偉い立場の人で、天音のような不審者が普通に話せる相手ではないはずなのだが、普段の腹ペコの印象が強すぎて遠慮という感情を忘れてしまっていたようだ。


今の状態が本来の距離感なのかもしれない。

そう思うと、心の奥にピリリとした何とも言えない気持ちが芽生える。



「……何を考えている?」


頭の上から話し掛けられて天音はぎょっとした。



「いえ……」


「本当にそうか?サヴァとやらのことを考えていたのではないのか?」


真面目な顔で尋ねられて天音は困惑しつつもはっきりと答えた。



「いいえ。今考えていたのはユーウェインさんのことです」


「………は?」


なぜユーウェインが佐波先輩のことを持ち出したのかは、この際置いておくことにした。



「は?じゃありませんよ。だから、ユーウェインさんのことを考えていたんですって」


「いや、その、そうか……え?」


ユーウェインはキョロキョロとあたりを見回したあと、また天音の顔をまじまじと見た。

信じがたい発言を聞いた、とでも言いたげな表情をしている。



「この間からまた様子がおかしいな、とか。

 よく考えてみればユーウェインさんは偉い立場の人なんだなーとか」


「……脈絡がなさすぎないか?」


「そうですか?」



天音が怒涛のように話し始めてからユーウェインはしばし固まっていたが、話の内容に気が削がれたようで、最終的にピリピリした雰囲気は薄れていた。

ユーウェインの頬はほんのり赤くなっていて、そのことでさらに天音は疑問に駆られたが口には出さない。



「……ですから、その」


だから、何だというのだろうか。天音は自分でも整理しきれない感情を持て余して口篭った。

心の距離が離れてしまうのは物寂しい。

……いずれは日本へ戻ることになったとしてもだ。



「俺は確かに騎士階級の仮領主で、お前の言う偉い立場だ」


いつまで経っても話を再開しない天音に業を煮やして、ユーウェインは続きを引き取ることにしたようだ。



「だが領主という立場を振りかざして、何かを強要しようとも思わん」


「……そこまでは言ってません」


まるでユーウェインが横暴な……食に関しては少々行き過ぎている部分はあるが……領主のように言うので、天音は慌てて否定した。

だがユーウェインは気にする風でもなく天音を手で制して、話を続けた。



「まあ待て。話を最後まで聞いてくれ」


「わかりました」


「お前の気持ちも確認しているし、約束は違えない。その前提で、ひとまず……」


「ひとまず?」


脈絡がない、と言っていたユーウェインが今度は脈絡のない話をはじめてしまった。

気持ち、というのは天音が帰れるのなら帰りたいと言ったことだろうか。

そして約束と言うのは帰るために協力してくれる件だろう、と天音は予想を付ける。



「……ひとまず、俺は俺でしかないから、お前にはイヴァンとして向き合おうと思う」



(………ううん?うううん?????)



天音は眉を寄せてユーウェインの言葉を脳内で一生懸命咀嚼した。

イヴァンというのは確かユーウェインの別読みで、開拓村へ赴く前に呼ばれていた名前のことだったはずだ。

しかしその別読みが今の会話にどのような関係があるのだろうか、と天音は訝しむ。



「イヴァンとして、ですか」


かといって真剣な顔つきのユーウェインに対して、勢いで突っ込むの憚られる。

そんな気持ちから、天音はただおうむ返しに呟いた。

適当に言っているわけではないが、そのように伝わったらどうしようと思いながら。



「そうだ。………というわけで」


「というわけで?」


「2人のときは、イヴァンと呼んでくれ」



(うううううん???????)



「そう呼べば良いんですか?」


「そうだ」


ユーウェインは大仰に頷いた。

そして、チラチラと視線を天音に向けてくる。

どうやら今すぐ呼べということらしい。


天音はポカンと目を見開きながら呟く。



「……イヴァンさん?」


「イヴァン」


さんはいらないようだ。天音は思考停止に陥りかけながら、やっとのことでまた重い唇を開けた。



「イヴァン」


天音がそう呼ぶと同時に、ユーウェインの表情ががらっと変わった。

目尻は下がって柔らかく微笑んでいるユーウェインは、さながら幼いいたずら小僧のようだ。



「それでいい」


ユーウェインはうんうんと満足げな様子で、天音はやはり理由を訊きそびれた。

つまり、なぜイヴァンと呼べと言ったのかを。





◆◆◆



ツリーハウス近くには何時の間にか従士たちの手によって小さな作業場が作られていた。

やはり男手があるのとないのとでは大違いだ。

たっぷりとメープル樹液が注がれている大鍋を苦もなく移動させている。


樹液には木屑も混じっているので、従士たちには煮立てている間にゴミ取りを丁寧に行うように予め申し付けてある。



「お昼ご飯、出来ましたよー」


今回で鶏がらスープは打ち止めだ。

来年はもう少し養鶏や養豚に力を入れると聞いているので、もう少し従士たちの舌と腹を満足させられれば良いのだが、と天音は思う。



山羊乳を持って来ていたので、小麦粉とバターを使ってクリームシチューを作った。

先発隊に持たせていたスープの素は大活躍だったようだが、それはそれとしてもやはり味付けの濃いものは喜ばれた。

主食は黒パンにケーク・サレをひと切れ。そして付け合せにチーズだ。

簡単なものだが、従士たちの表情を見るととても満足げなので、天音としてもほっとする。



「アマネさんはもう食べたんですか?」


ジャスティンが声を掛けてきたので天音ははっとなって振り返った。



「はい、もう頂きました。

 先に食べてしまえと言われたので」


言ったのはユーウェインだ。天音はどちらかと言えば食べるのが遅いので、食べそびれるのではないかと心配されたようだ。

そのように説明すると、ジャスティンはもっともだというように頷いた。



「やつらは遠慮なんてしませんからね。

 いつも取り合いだし、取り分はキッチリしておいた方が良いです。

 アマネさんも上下関係をきちんとしつけないといけませんよ」



(私にあのバイオレンスなしつけ方は難しそうです、ジャスティンさん)


天音は心の中でこっそり突っ込んだ。

ジャスティンの方も暴力で従えろとは言っていないが、しつけという単語でどうしてもそちらの方向をイメージしてしまう。



「ところで、ジャスティンさんに訊きたいことがあるんですが」


天音は近くにユーウェインの姿が見えないことを確認しつつ、ジャスティンにそう尋ねた。



「はあ、俺で答えられることでしたら」


「ユーウェインさんのことで……

 えっと、何ていうのか……お兄さん方と同じ名前だとは伺っていたんですが

 名前にこだわりはあるのかなーと……」


「いえ、特にそのようなことはないと思います。

 ……まあ、イヴァンと呼ばれていた頃が懐かしいとは

 聞いたことはありますが」


懐かしい。ジャスティンの言葉に天音ははっとした。

なるほど、ユーウェインは昔のことを思い出して、領主としてではなく1人の人間として扱って欲しいとそういうことだろうか。

確かに天音が偉い立場で、と事前に話していたから、話の繋ぎとしてはおかしくない。


例えば、天音の場合で言うと、小さい頃は母親や友達にもあーちゃんと呼ばれていたので、時々そのことが無性に懐かしくなる。

ユーウェインの場合も似たようなものではないか?と考えると、少々しっくりくるような気もする。



「ありがとうございます!疑問が氷解しました」


「いえ。俺よりもダリウスの方が

 うまく答えられたかもしれませんね。

 あちらの方が付き合いは長いものですから」


「そうなんですか」


てっきり幼馴染か何かだと思っていたので、ジャスティンの言葉は意外だった。

天音は興味を惹かれて続けざまに質問する。



「ジャスティンさんはいつごろから

 ユーウェインさんの下で働いているんですか?」


「ええと……13の頃からですね。

 今から8年ほど前になります。

 ユーウェイン様とは2歳差になりますが、当時から体格差があったので

 よくいじめられました」


ひいふう、と指で数えてジャスティンは答える。

ジャスティンが20歳を越えているとは思っていなかったので、天音は驚いて目を見開く。

そしてユーウェインは今も昔もやんちゃなのは変わらないようだ。


嬉々として小さなジャスティンを連れ歩くユーウェインを想像して、こっそりほくそ笑む。



「何だ、誰の話をしている」


談笑しているところへ、ユーウェインが現れた。

従士たちへの指示を終えたらしい。食事もすでに済んでいるようだ。



「あなたの話ですよ。

 昔は随分といじめられたものだとアマネさんにお話していました」


「はあ?俺はいじめた覚えはないぞ。

 むしろ可愛がっていたし」


「……認識の違いがあるようですね?

 今度しっかり話し合いましょうか」


「はん、望むところだ」



目の前で口喧嘩をはじめる2人に、天音は苦笑する。

ユーウェインとジャスティンは性格が真反対なので、時折こうやって衝突してはお互いストレスを発散しているようだ。

遠慮のいらない仲だということだろう。



(イヴァン、か)


楽しそうにじゃれ合っている2人を見ながら、天音は独りごちた。

ユーウェインがそう呼ばれたいのなら、呼び方を変えるぐらいは何でもない。


2人の時と限定したのは、立場があるからだろう。



(…………イヴァン)


なぜか奇妙な心地良さを感じながら、天音は何度も心の中でその感触を確かめた。




◆◆◆



翌日、従士たちに見送られて天音とユーウェイン、そしてミァスは死の山へと向かった。

ジャスティンも今回はお留守番だ。

ユーウェインの帰りを待たずにジャスティンは先に村へと帰る手はずになっている。


ミァスにはお馴染みのカーペンター号が取り付けられている。

今回は衣料品や特産品開発に使えそうなものを重点的に持ち出す予定だ。



「ンェエエエ……」


マイケルさんが居ないので、ミァスの動向を気にする必要がないのが幸いである。

天音はミァスのもこもこした毛をひと撫でしたあと、鞍へ乗り込んだ。

といってもやはり自力で乗り込むのはまだ難しいので、ユーウェイン任せになっている。



「では、行ってくる」


「お気をつけて。あと、頑張ってください」


ジャスティンが凄みのある笑顔でユーウェインに言った。



「……善処する」


どうやらユーウェインには何事か通じた様子だ。

天音は首をかしげつつもジャスティンに会釈をして、前を向く。


さあ、自宅へ。2人と1匹はまだ降り積もる雪の中、ゆっくりと歩み始めた。



49話は25日12時に投稿予定です。


活動報告にて100万PV間近の記念企画をやってますので、もし宜しければご覧になってみてください。


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