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グリアンクル開拓記~異世界でものづくりはじめます!~  作者: わっつん
第2章 開拓村でものづくりはじめました
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39話 うるわしのメープルシロップ

39話です。

39話 うるわしのメープルシロップ




「ユーウェインさん……元の世界に戻る方法を探すの、手伝ってください」


天音は、自然と頭を下げた。

どのような方法かは皆目見当もつかない。

まず何故このような自体になったのかの原因を探さなければならないだろう。


そのことを部外者であるユーウェインに頼むのはいかにも気が引ける行為だった。

だが手が出せないことを他人に委ねるのは決して悪いことではない、と天音は自分に言い聞かせる。


ユーウェインは天音の頼みに、躊躇いなく頷いてくれた。



「手伝ってやろう。……そんな顔をするな」


天音はどんな顔だろうと苦笑する。

心の内を吐露したことで、気持ちの疲弊が表に出たのかもしれない。


(でも、抱え込んでいるよりは良かったかな……)



「一応言っておくが……戻る方法があったとしても調査には時間が掛かるぞ」


「……大丈夫です。元から、覚悟はしています。

 それに開拓村でのお仕事はきちんとしたいですし……」


天音は少々歯切れ悪く答えた。


元の世界での天音の立場はどうなっているだろうか。

叔母の薫子から失踪届は出されているだろうが、戻れたとしても元の職場に復帰するのは難しそうだ。

既にこちらに来て一ヶ月経っている。順当に考えれば、無断欠勤が続いたことによりクビだ。


それでも一度戻って会いたい人たちがいる。

叔母夫妻、いとこ達。将臣とは正直あまりコミュニケーションを取ったことがないので思い入れが少ないものの、血縁者であることにかわりはない。


職場の人たちにも迷惑を掛けたと頭を下げたい。天音のせいではないと断言出来るが、仕事に穴を空けて音信不通になったのは事実だ。


そんなことをつらつらと考えていると、天音の中に少しだけ、こちらの世界に愛着を持っているのではという疑問が浮かんだ。


天音がこちらの世界で生活をし始めてしばらく経つが、実のところ不自由さはどんどん薄れて来ていた。

電気やガスのない生活に最初は戸惑いもしたが、衣食住に不便はない。

ユーウェインたちが待遇に気を使ってくれているお陰だろう。

力仕事を担当して貰えているのも、大きい。


性格的な問題だろうか、家事を苦にするタイプではないので、天音は思いのほかこちらに馴染んでいると言える。



(……一度あっちに戻ったら。こっちに来ることって出来るんだろうか?)


そう考えると途端に寂しい気持ちに襲われて、天音はびっくりした。

家族や友達がいる元の世界に戻るということは、普通に考えればこちらの世界を選ばないということだ。

となると目の前のユーウェインや、ダリウスやジャスティン、カーラにイーニッド……仲良くなって来た彼らと会えなくなってしまう。

ついついじっとユーウェインを見つめていると、訝しげに視線を返された。

天音は慌てて頭を振る。



(まだ戻れるとも限らないわけだし。気が早いよ)


そう自分に言い聞かせながら、天音は服の裾を無意識にぎゅっと摘んだ。



「そしてもう一つ聞いておきたい。

 帰り方が見つからなかった場合のことだ」


「その時は諦めます」


ユーウェインの質問に、天音は今度ははっきりとした口調で答える。

天音にはこちらの知識がまったくないので、探し方すらわからない状態だ。

行動をユーウェインに任せる以上、方法が見つからなかった時にユーウェインを責めるようなことはしたくない。


天音のキッパリとした態度に、ユーウェインは重々しく頷いた。




◆◆◆



今後の方向性が決まったことでホッとしたのか、その後はお互いくだけた口調で雑談へと変わった。


主な話題はサトウカエデに移り、具体的な利用方法をユーウェインに説明することになった。

まだ日が暮れていない状態で野営の準備に入ったので、時間つぶしの意味合いもあった。


「改めて説明させて頂きますね。

 砂糖を使ったお菓子は、ユーウェインさんも何度か

 召し上がられていることと思います。

 今回のサトウカエデというのは、砂糖に似た甘味のある樹液を持っています」


「ふむ。砂糖の代用品となるわけだな」


ここまでは調査を決めた段階で話してあった。



「1本のサトウカエデに付き、最終的にはこれくらいのシロップ……

 液体が採れます」


天音が取り出したのは、1ℓサイズのペットボトルだ。

樹液自体は、これの40倍~80倍程度採取出来るが、加工の段階で水分を飛ばすため、量はかなり目減りする。



「随分と減ってしまうのだな」


「そうなんです。

 だからこそ、群生しているサトウカエデを今回見つけられれば、と考えています」


砂糖や塩、酢などの調味料類は保存食を作る際に必須だと言っても良い。

どの調味料も腐敗から食材を守ってくれる大事な調味料だ。

グリアンクルでは砂糖大根らしき野菜が見当たらなかったので、種を手に入れるまで砂糖が手に入らない。


ダリウスに寄ると、もしかすると種は手に入れられるかもしれないということなので、栽培出来るようになれば良いのだが、と天音は考えている。


それはそうとして、メープルシロップの話だ。

砂糖自体、話を聞いてみると予想通り大変高価で貴重品扱いされている。

塩よりも値段が高いので、購入は諦めているものの、出来る限り早い内に代用品を得たい。


そんな状況の中でメープルシロップは打って付けだった。



「出来れば、村の皆さんに味わって頂きたいのですけど……」


「難しいな。貴重なものなら尚更、商売が軌道に乗るまでは

 箝口令をひいておくつもりだ」


箝口令、と聞いて天音はごくりと唾を飲んだ。

売るだけでもひと財産となれば、色気を出してしまう村民も出てしまう、ということだろう。

村民に犯罪を犯させないためにも、しばらくの間話を伏せておくというのは天音にも納得出来る。


こくりと頷いて、天音は続けた。



「サトウカエデ……他にもシロップが採れる木は結構あるのですが

 ひとまず見つけ次第しるしをつけます。

 革紐を持って来たので、これを太めの枝に取り付けておけば良いでしょうか?」


「そうだな。樹液を採るのはいつぐらいを予定している?」


ユーウェインの質問に天音は少し考えて、答えた。



「冬の盛りを予定しています。

 一番寒い時期に糖度が高まるそうなので。

 問題は入れ物なんですが……」


「……魔竜公の息吹(ファラソラス)の時期だな。わかった。

 入れ物がどうした?」


魔竜公の息吹(ファラソラス)の時期とは、冬至のことだろうか。

あとでゆっくりと聞いてみたいと思いつつ、天音は話を続ける。

サトウカエデが何本見つかるかどうかわからないため、必要数が算出出来ないが、容器をどうしようかと天音は悩んでいた。

館の道具類を見て回ったが、壺だと割れた時が怖い上にシロップを入れると重量が凄そうだ。



「火を入れると容量が減るのだったか。

 ならば機密性も考えて小屋を臨時の作業小屋にすると良い。

 従士の誰かに任せて泊まり込ませる。

 まあ少し人数は必要になるな」


「そうですね。あと今のうちにテディさんにタルの作成を

 お願いしておきたいです。それからリッキーさんにも大鍋を」


「タルは構わんが、幾つになる?大鍋なら館にもいくつか予備がある。

 足りなければ作成を依頼する形で問題ないのではないか?」


「サトウカエデの本数を見て計算します。

 もちろん今回に限って言えば問題ないのですが

 大鍋は今後も使うとなると……でもメープルシロップは冬にしか採れないので

 それを考えたら、そっちの方がいいのかなぁ……」


不思議なもので、いざ帰る方向で心が決まってしまうと、途端にものづくりが楽しくなってくる。

天音は微妙な心の変化に戸惑いつつも、ユーウェインとの話し合いに集中して行った。


大鍋については原材料の問題があるので、調査を終えてからリッキーに確認を取ることになった。

そもそも初期予算が限られているため、みだりにお金を使うわけには行かない。

最終的にはダリウスの判断になるが、その前にユーウェインに相談をすることで条件を確認して行く。



「メープルシロップを使った特産品はどのようなものを考えている?」


「基本的には保存食に使いたいのですが、シロップ単体の販売や

 お酒に使ったり……用途は色々ありますね」


「値段はダリウス次第ではあるが……ふむ。

 一旦加工して販売するのは何故だ?」


「こちらでは甘味が少ないので使い方も広まっていないですよね。

 加工方法も含めての販売なら更に付加価値も上がるのでは、と思いました。

 最初から全ての方法を開示するのではなくて

 少しずつの方向を考えています」


「なるほど、確かにそちらの方が良さそうだな。

 最初は簡単なものから行くのか?」


「そうです。簡単なものは後から真似をされる確率が高いので

 最初の内に出して稼いでおきたいんです」


そんな風に天音が張り切って熱弁していたところ、扉を叩く音がした。

ジャスティンだった。



「お話が白熱しているところ、失礼致します。

 ユーウェイン様、野営準備が終わりました」


「ご苦労。ちょうど良い、お前にも明日の予定を話しておく」


「はい。……少々手狭ですね」


確かにジャスティンの言う通り、部屋が狭いので向かい側に男2人が座るととても窮屈そうだ。

ユーウェインも心なしか微妙な顔つきをしている。

天音は少しおかしくなって心の中でくすりと笑った。



「明日は朝一番にここから北に真っ直ぐ移動する。

 死の山に一番近い小屋に荷物を降ろしたあと、野営準備。

 その翌日に1日かけて調査を行う。

 アマネ、以前見掛けたというサトウカエデの位置だが」


「はい、覚えています。

 だいたいの場所になりますが……」


「問題ない。ジャスティン、お前は明日の内に

 アマネにサトウカエデの位置を教えてもらって、覚えろ」


「わかりました。ホレスも同じ役割でしょうか?」


「そうだ。周辺警戒組と調査組とに分かれて行動しろ。

 人選は任せる」


周辺警戒組という役割に天音は興味を惹かれて訪ねてみたところ、先日の魔狼騒ぎ以外にも、以前からこの森には魔獣の出現が頻発していたそうだ。

魔狐や、草食動物の内でも繁殖期の角鹿は魔獣化することもあると言う。



「必ず2人か3人で行動しろ。

 ……野盗は流石に出んと思うが、警戒を怠るな」


「大丈夫ですよ、ユーウェイン様じゃありませんから。

 従士たちは己の分というものを弁えております」


「………それではまるで俺が弁えていないようではないか?」


ユーウェインは不服そうに鼻を鳴らした。こういうところは、年若い印象を与える。

こちらの人たちは天音よりも精神年齢が高く見えるので、子供っぽいところを見ると天音は少し安心してしまう。



(……下手すると30歳くらいに思えるもんね)


心の中でユーウェインをおじさん扱いしつつ、天音は2人の会話を聞き入った。



「弁えておられる方が野盗に囲まれて昏倒などされないと思いますが?」


「あれは……」


「そもそも魔力反応があったからと言って、

 ユーウェイン様がいくらお一人でもお強いからと言って

 我々を置いてけぼりにしてミァスと行ってしまうのは軽率過ぎるのでは?」


今明かされた真実、天音が凍死の危機から救ったあの1件がそんな理由で起こっていたとは。

天音は呆れたような視線をユーウェインに向ける。



「それは、まあ……反省はしているぞ」


完全にユーウェインの目が泳いでいる。

おそらく性格上、気になったからとか好奇心でとかそういう動機で突っ走ったのだろう。



「アマネさんも、どうぞこの方が暴走しそうになったら

 止めてくださいね。殴っても良いので」


物騒なことをジャスティンが言い出した。天音は苦笑しながらも深く頷く。

ユーウェインは面白くなさそうにそっぽを向いているが、ジャスティンの言葉を否定することはなかった。



(……不思議だな。何だか居心地が良い)


こちらに来てまだ一ヶ月、それとも既に一ヶ月と言ったほうがいいだろうか。

天音は早くも居心地の良さを感じている自分に驚いていた。

同時に、帰る時に辛いだろう、とも思った。



(今から覚悟しておかないといけないな……)


2人の漫才のような会話に笑い声を漏らしながら、天音は静かに独りごちた。




40話は15日12時に投稿予定です。

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