38話 帰りたい帰れない
38話です。
38話 帰りたい帰れない
天音は、道中ユーウェインと色んな話をした。
主に話していたのはユーウェインの方だった。
ユーウェインは幼い頃、乳母夫妻に育てられた。
トゥレニーの領主ウリエンスは若い頃近隣の農家の視察に赴き、そこでユーウェインの母親と出会った。
流れでお手つきになり、女は妊娠したが、ウリエンスは生まれた赤子の認知をせずに乳母夫妻へと預けた。
女はそのまま実家に捨て置かれ、産後の肥立ちが悪くしばらくしてから亡くなった。
そしてユーウェインが12になり、あと少しで成人となったところで、突然認知を行ったと言う。
乳母夫妻の夫の方はもともとトゥレニーの衛士の任についていたが、山賊討伐の際に片膝を負傷。
片足を切り落とすことになり、衛士を解任された。
職に困っていたところ、ユーウェインの世話を申し付けられたらしい。
「こちらに来るまで、ずっとその御夫妻と暮らされてたんですか?」
「いや。認知されてからは城に無理やり押し込まれた。
戻せと暴れまわったが、叶わなかったな」
そもそも、ユーウェインが認知された理由というのが、西国との国境付近で領地同士の武力衝突が起きそうなため、公都から援軍を求められたのが発端らしい。
面子を考えると血族から一人は赴かなければならない。
しかし、長男は妻帯したばかりで後継生まれていなかった。
次男は近隣領地に修行に出ている。
そうすると、庶子で何の役割も与えられていなかったユーウェインは体のいい生贄だったようだ。
死んでもいい。手柄を立てて戻ってくるのなら御の字。
ウリエンスがユーウェインに対して直接言った言葉だ。
天音はそこまで聞いて、自然、唇を噛み締めた。
愛されて育った実感があるからだろうか。天音にはユーウェインの父親の考えがさっぱりわからない。
(どうして……実の息子なのに)
ユーウェインの語り口は妙にこざっぱりしていて、そのことが逆に寂寥感を誘う。
天音はふとユーウェインの顔を見上げた。もしかすると悲しい顔をしているのでは、と心配になったからだ。
だが天音の予想は大きく外れた。
……ユーウェインは、力強い笑顔を浮かべていた。
「どうした、変な顔をして」
「あの……驚いて。
ユーウェインさんは……悲しかったりしないんですか?」
天音なら、悲しい。きっとショックで恨んでしまうだろう。
そして、確実にいつまでも引きずる。
「そうだな……俺はあの時思う存分怒って暴れたからな」
当時のユーウェインは子供とはいえ大人顔負けの体格で、暴れると兵士たちでさえも手が付けられなかったようだ。
幸い領主への暴行は未遂だったために罪に問われることはなかったが、暴れたあと養父にしこたま殴られて一週間ほど牢
に入れられて、出たと思ったら次は戦場に送られることになったと言う。
「ふざけるな!とも思うが、長じてみると不思議なことに
クソ親父の言い分も一理はあると思える。
あの領地はなまなかなやり方ではおさめられん」
「領地をおさめる……」
天音にとっては雲の上の話だ。まったく実感がわかない。
けれどそう言われると一方的にユーウェインの親を責めるのも躊躇われる。
「四方敵だらけの上に足の引っ張り合いが常に発生するのが当たり前だからな。
身内ですら信じられんのだろう。見習おうとは決して思わないが」
「でも……一方的過ぎます」
親と言うのは、もっと愛情深いものではないのだろうか、とユーウェインに問うと、彼は少し考えてから答えた。
「確かに、養父や養母の育て方を見ていると、
そちらの方が子供にとっては幸せだろうな。
俺は実の親に育てられなんで幸いだった」
思い返してみれば、こうやってゆっくりユーウェインと会話をしたことは今までなかったかもしれない。
どちらかと言うと事務的なやり取りが多く、プライベートの話にまで発展したことは少なかった。
「義両親たちは、良い方だったのですね」
ユーウェインはそう天音が言うと、子供のような笑顔を見せた。
義両親たちへの愛情がよくわかる表情だった。
「アマネ、お前のほうはどうなんだ。
俺の話ばかりではつまらん。
そちらも話せ!」
ユーウェインは手綱を引いて急にミァスを方向転換させた。
前を向いていなかったので天音は見ていなかったが、大きな岩があったらしい。
気が付くとあたりは森深く、これから先は迂回を繰り返して目的地に向かうのだと予想された。
「……何を話せば良いんですかっ?」
振動でお尻に衝撃が走る。
危うくバランスを崩しかけたが、ユーウェインが腕を回してくれたお陰で落ちることはなかった。
「何でも良いぞ、時間はたっぷりあるからな!」
◆◆◆
何でも良いと言われて困惑したものの、道中天音は色んなことをユーウェインに話した。
一人っ子で育ったこと。父はお人好しの万年係長だったこと。
母は愛情深く躾を怠らないしっかりとした人だったこと。
両親が事故で亡くなったこと。父方の親戚に遺産について色々と口を出されたこと。
母方の叔母が良くしてくれたこと。
そして、佐波先輩のこと。
最初はポツポツと細切れだったが、そのうち滑らかな口調で天音はするすると話していった。
天音は自分のことを話すよりは、他人の言に耳を傾けるタイプだった。
だが、ユーウェインは思いのほか聞き上手だった。
ユーウェインが絶妙なタイミングで相槌を打ったり、質問を返したりすることで、会話のテンポも良くなって行く。
途中でジャスティンが獲った獲物をカーペンター号に積み込んで報告を行ったりすることもあった。
けれど話が途切れることはなく、天音は喉がからからになるまで自分のことを喋った。
と言っても最後の方は佐波先輩の話がどうしても多くなった。
悲しい話よりは笑い話の方が良いと思って、自然とそちらに天音の意識が傾いたからだ。
「サヴァセンパイとはアマネの同居人のことだったか」
「そうです。今どうしてるのかなぁ……元気にやってそうですけど」
ユーウェインの発音にふふと笑いつつ、天音は佐波先輩の武勇伝を思い出す。
社会人になってから流石に落ち着いたが、大学時代の佐波先輩はかなりフリーダムだった。
学祭で男神輿を武道サークルの後輩に強要させた時は可哀想だと言いながらも爆笑してしまった。
むくつけき男たちが某アイドルグループのコスプレをしてステップを踏みながら神輿を担いでいる映像はかなりシュール
で、家にまだデータが残っているはずだ。
「……大事な存在だったのだな」
何故かユーウェインの声音が沈んでいる様子に天音は首を傾げるが、深刻そうな様子でもないので反応に困ってしまう。
「ユーウェインさん?」
「いや。……会いたいか?」
そう訊かれて、天音は一瞬口ごもった。会いたいかと言われれば、会いたい。
頭に浮かぶその言葉を、はっきりと口にするのは躊躇われた。
「はい。会いたいです」
けれど結局天音は素直に断言した。
ユーウェインに嘘を付きたくない、正直で居たいという気持ちが何故か強くなっていた。
過去の話を聞かされたからだろうか。
それとも、ユーウェインの態度に不思議と誠実さを感じたからだろうか。
理由はいくらでも考えつくが、これだ、というのは見つからない。
天音のきっぱりとした答えにユーウェインはそうかと頷いたきり、そのまま無言になった。
再びユーウェインが口を開いたのは、そろそろ小屋に着くタイミングでのことだった。
従士たちは小屋の近くで野営の準備を行っていた。
木のうろとはどのようなものだろう、と思っていた天音だったが、想像していた以上に大きく広い空間がそこにあった。
自然に形成されたうろを利用して、土を掘って作られたそのスペースは、4~5人はゆうに入れる大きさだった。
このような場所は、近辺では二箇所あるようだ。
ユーウェインも含めて全員が泊まれることを確認した天音はほっと息を吐いた。
天音が小屋で寝泊りすることは伝えられていたが、外の寒さを考えると遠慮する気持ちがあった。
彼らが凍えることなく快適に過ごせるのならそれに越したことはない。
食事はスープにパンと簡素なもので済ますことにした。
どうせならと全員分のスープは天音が作ることにする。
といっても、焼いてほぐした魚の身と乾燥野菜を塩で味付けした手間のかからないものだ。
「んまァい!」
「ありがたい……」
「あったけぇわー」
ジャスティンとホレスは黙々と食べていたが、彼ら以外の従士ははしゃぎまわっていた。
いつもなら干し肉と酢漬けの野菜を煮込んだ塩酢スープとも言うべき微妙な味付けで我慢していたらしい。
干し肉には塩が使われているので、味を整えないのが彼らの中では当たり前のようだった。
カーラが作るときはもう少し手の込んだものを作っているはずだが、男所帯では致し方ない部分だろうか。
薪を囲んで皆思い思いに過ごしている。
今日獲った獲物はウサギに鴨。
天音がスープの準備をしている間に既にさばかれていた。
毛皮には塩が刷り込まれて木桶に入れられている。
肉はそのまま木の皮らしきものに包まれて別の木桶行きだ。
食事の後片付けをしようとおもむろに立ち上がると、天音はユーウェインに呼び止められた。
後片付けは他の従士たちに任せても良いので話があると言われ、そういえば出発の際に小屋で話があると言われたことを
思い出す。
サトウカエデの木のことだろうか、と当たりを付けながら天音はユーウェインの後ろを付いていった。
小屋は本当に小さなもので、大人が2人寝られるくらいのスペースしかない。
この大きさだと天音一人に割り当てられるのも無理はないな、と心の中で頷く。
ロウソクは小屋に常備してあるものを使ったようだ。
既に部屋に明かりが灯されていたので、暗い部屋で戸惑うこともない。
ありがたいことに天音の荷物は既に運び込まれていた。
寝袋で寝ることになるので少々寝苦しいだろうが、湯たんぽも持ち込んでいるので寒さで起きることはないと思いたい。
「まあ、座れ」
切り出した木をそのまま使った椅子に座れと促される。
部屋の端っこにあったそれに天音が座ると、ユーウェインは向かい側にどすりと座った。
「疲れてはいないか?」
ユーウェインの質問に、天音は曖昧な表情を浮かべた。
疲れていると言えば疲れているが、天音は今日ほとんど動いていない。
ずっとミァスに乗りっぱなしだったので、関節が痛い、というのはあるが。
そんな風に言うと、ユーウェインはそうか、と頷いた。
「今日はゆっくりと休むことだ。
まだ先は長いのだから」
「そうさせてもらいます」
天音が同意したところで、早速ユーウェインは本題に入ることにしたようだ。
床の座り心地を確かめつつ、天音にこう告げた。
「確認したいことがある。
アマネ、お前は元の場所に帰りたいか、帰りたくないか、どちらだ?」
質問内容に天音は一瞬言葉に詰まって、目を瞬かせた。
今このタイミングで訊かれるとは思っていなかったので、動揺を隠せず、唇を震わせる。
「……帰りたいかと訊かれれば、帰りたい、です………」
数分ほど経った頃だろうか。天音はだんだんと顔が歪んでいくのを自覚していた。
搾り取るように答えたが、最後の方は声が細くなり、ちゃんとユーウェインに伝えられたかどうかはわからない。
ユーウェインは乱暴に髪をかきあげて、ため息をついた。
「やはりか……」
そういうことは早く言え、と言わんばかりのユーウェインの態度に、動揺した天音は気付かず俯いたままだ。
「なぁ、アマネ。
俺はお前が帰りたいと言うのなら
必ず帰らせてやると保証することは出来ないが
手伝いくらいはしてやれるんだ」
「手伝い……ですか?」
「そうだ。逆に言えば……
お前が意思を持たなければ、何も出来ん」
ユーウェインの言葉には、真摯な響きが含まれていた。
普段の横柄な態度とは異なり、あくまでも優しさからそう言っているのだと、天音にはそう伝わった。
39話は15日12時投稿予定ですが、土日に時間があれば更新するかもしれません。