37話 あの森越えて
37話です。ガンガンイベントが進んで行きます。
37話 あの森越えて
館を訪れたミックたちの表情は、やり遂げた充実感と蓄積された疲労でギラギラしていた。
特にミックの目元にはクマが出来ていて、人相が悪くなっている。
試作品の内容は大小のランドセルにランドセルに取り付けられるポーチ、革製の小物入れ、道具入れなど合計で10点ほど。
縫製も丁寧で好感が持てる。
革製品の縫製には、革紐を使う場合もあるが、基本は蝋引き糸を使うそうだ。
この蝋引き糸の購入には公都及びトゥレニーにある革職人ギルドに在籍していないと大量購入することが出来ない。
ただし手製で作ったり個人間での取引は問題ないようだ。
今回使ったのはもともとトレヴァーとイーニッドが作り貯めをしておいたものだ。
暇なときに内職をして、ギルドに持って行くと安価ではあるが買い取ってくれる仕組みがあるらしい。
(色々とシステムがややこしいんだな……)
開拓村で生活しているため見えにくいが、都や街の商売は初心者には厳しそうだ。
昔ながらの付き合いや微妙な力関係を把握していないと商売をすることは難しい、ということだろう。
そのことを前提にすると、商会で育っているダリウスやジャスティンの存在は、この領地にとってはかなりありがたいのでは、と天音は思った。
天音はダリウスやジャスティンが試作品の確認を行っている姿を興味深げに見遣る。
「それぞれ作るのにかかった時間を教えてください」
「……これだ。木札に書いておいた。
原価表は………おい、トレヴァー」
「はい!こちらになります……」
トレヴァーは緊張気味に震えながら原価が書かれた木札をダリウスに渡した。
ダリウスは目つきを厳しくしてしばし考え込んだあと、頷いた。
「質も申し分ないですし、十分商品として取り扱えそうです。
販売価格に関しては……そうですねぇ。
原価が結構かかってますから、大きいほうのランドセルの販売価格は小金貨2枚程度でしょうか」
いつの間にか名称がランドセルで定着している。
天音は驚いたものの、他にこれといった名称が思いつかないので、特に突っ込むことはしなかった。
それにしても小金貨2枚とは剛毅な値段だ。豚1頭が買えてしまう値段に天音は驚いて目を見開く。
この値段を簡単に支払える層は限られているので、数を絞って生産を行う試みだとダリウスは言う。
真似をされた場合はどうするのか、と天音が問い掛けると、それも折込済らしい。
グリアンクルは上質な皮原料を安定して得られるという強みがある。
公国内にはいくつか森林地帯があるが、皮の品質はグリアンクル程ではないそうだ。
また、一生ものの商品だからこそ、買う人間も少ない。
大きな市場にはなりえないのだ。
更に、小さいランドセルは小金貨1枚。
他の小物類や道具入れについては原価がそれほどかかっていないため、小銀貨1~5枚程度になった。
ダリウスとミックが材料費の決済を行っている間に、天音はそろそろと試作品に近付いて革製品を観察してみる。
素手で触ると皮脂汚れがついてしまうので、この場にいる全員は手袋をはめているので、天音も触っていけないとは言われていない。
が、やはり美しい新品の商品を手に取るのは気が引ける。
ランドセルは取っ手と背負いベルト付きのものに、鍵が付いているタイプだ。
ベルトは天音の提案で金具を取り付けてもらったので長さが調節出来る。
ボックス型になっているので、サイドや下部に付属している金具に引っ掛ければ、ポーチが取り付けられるようになっている。
取り外しも可能だ。そのアイディアは天音が出した。
興味津々で覗き込んでいると、トレヴァーが話しかけて来た。
「いかがでしょう?縫製には自信があるのですが……」
「あ……そうですね。しっかりとした作りで、
私が使ってみたいくらいです」
天音は驚きながらもにこやかに答えた。
アイディアを形に出来る腕があるのは羨ましい、という感情が湧き上がって、ついつい表に出ていたようだ。
トレヴァーは照れくさそうに頬をかきながら天音に礼を言う。
「良かった……自信作だったんです」
(うんうん、作ったものを認めてもらえると嬉しいよね)
そんな風に納得しながら、天音はここぞとばかりにトレヴァーに質問をした。
色合いはベージュのみ。着色はしていないようだ。
こちらでは使っている内に馴染んで出た色合いを大事にする、とトレヴァーが言う。
女性向けの場合は焼きごてで花の模様を付けたり、レースで飾り付けたりして差別化を行うようだ。
ただ、そうすると注文制作になるので、春まで女性用のものを追加で作ってみて、注文を促してみるとのこと。
革製品については天音もアイディアと型紙を提供しただけだが、やはり本職の協力があると進行が早い。
他にも小物の追加制作を行い、合計30点ほどに増やしたあと、春への販売に備えることとなった。
ちなみに、天音も腹巻やネックウォーマーを作って見せてはみたものの、これから春なのに防寒具はなぁ、という反応だった。
来年の秋口に販売する流れになりそうだ。
イーニッドやカーラにも編み方を教えて作り方を覚えてもらおうと天音は考えている。
(たぶん、というか間違いなく私より綺麗で早い……)
天音はスキル差が悲しい……とこっそり独りごちた。
◆◆◆
明日の朝には例のサトウカエデ探索隊が出発する。
作った腹巻やネックウォーマーはもちろん、防寒具についてはバッチリだ。
悩ましいのは調理器具関係だった。
火を起こすのは問題なく出来るようなので今回はカセットガスコンロを持って行かないことにした。
スープ用の片手鍋にお玉は必須として、食材はどうだろうか。
基本的な食事内容はパンとスープ、干し肉とチーズに作り起きのレバーペーストぐらいだ。
(あ、魚持って行こう。あと乾飯も)
最近魚を食べていなかったので、味の変化も欲しい。
外の雪に埋めたままになっている魚を出発前に掘り出しておこう、と心の中にメモをしておいた。
乾飯はこちらに来てからほとんど使っていない。
手元にお金が出来たことで、主食にパンを食べるようになっていたからだ。
台所の竈ではサイズが合わないので手持ちのフライパンや炊飯釜が使えないのが悩ましい。
カセットガスコンロを使えば、と思うが、やはり燃料の関係上焼き物系に使いたいところだ。
(……春になったらレンガ積んで竈作っちゃおうかなぁ……)
火の調節が最初は難しそうだが慣れれば問題なさそうだ。
ピザやグラタン程度なら台所でも十分焼けるが、米を炊くのに適しているとは言えない。
ガスがなくなった時のために、計画だけは立てておこうと心に決める。
服については下着以外は2着分持って行くことにした。
向こうでは洗濯が出来ないので、下着は日数分だ。
リュックは目立つので、天音は外套と同じく革袋も借りて来ていた。
常に持ち歩く用の小さいタイプと、大きな荷物用と2種類だ。
衣服を詰め込んで、洗面用具や歯ブラシなども入れておく。あとお肌の手入れ用に化粧水と乳液。
冬で乾燥しているので、お肌の調子はすこぶる悪い。
今後、化粧品関係は充実させて行きたいところだ。
(ラベンダー精油が欲しい……あれさえあれば………)
ラベンダー精油は湿疹やかゆみ、火傷など肌のケアにすこぶる役に立つ。
そしてもちろん素肌の調子を整えるのにも使えるため、天音としては今後是非とも開発していきたいと思っている。
ただし、作るには専用の……遠心分離機もしくは水蒸気蒸留装置……が必要になる。
蒸留酒を作るための装置を応用出来ないか、などと考えていたが、とりあえず今は調査の準備だ。
天音はふるふると頭を振って、意識を切り替える。
ダリウスに言って倉庫の鍵を貰い、調味料や乾飯と乾燥野菜など必要分を取り出して、荷物の中に詰め込んだ。
ある程度準備が終わったので、あとは留守の間のマイケルさんの世話をどうするかを考えることにした。
壺をほとんど食べられてしまったマイケルさんはしばらく経つとすぐに元気になって来た。
暖炉の傍、あるいは竈の傍で昼間はぬくぬく状態なのが良かったのかもしれない。
このまま状態が良いようなら、春になったら株分けを行って、マイケルさん2号を誕生させるのも手かと天音は思っていた。
今の時期は問題ないが、暖かくなると確実に虫がわく。
ハエを食べてくれるマイケルさんを増やした方が、衛生的にも良いだろうと考えてのことだった。
水が少し足りなくなっていたので、少し足しておく。
世話はカーラかダリウスに頼むことになりそうだ。
◆◆◆
翌朝は晴天で、無事出発の運びとなった。
夜が空けて間もない時間帯だったので、館の人間以外に人はいなかった。
この時期は農作業がないので、村人たちものんびり過ごしている。
従士たちはあくびを堪えつつ、それぞれ荷物を背負っている。
一番背が高くて恰幅が良いのがホレスだろうか。
他にも見知った従士たちの姿がチラホラ見えるが、そう言えばティムを見掛けない。
あとで誰かに訊いてみよう、と思ったところでユーウェインに呼び止められた。
天音はてっきり歩いて行くものと思っていたのだが、ユーウェインは初めからミァスを連れて行く予定だったようだ。
ミァスを連れてユーウェインが天音に近付いて来る。
「お前の足では追いつけんから、乗れ」
「………それもそうですね」
もっともな言い分に天音としても素直に頷くしかない。
そして一人では乗れないので、今回もユーウェインと相乗りをすることになった。
荷物はミァスの横腹に括りつけて出発だ。
今日のスケジュールは、前回とは違って少し迂回したところにある小屋で一泊。
従士たちは木のうろを削った小さな洞窟でそれぞれ一夜を明かすようだ。
防寒のためかなり着膨れているのは、野営に備えるためだろう。
ちなみに、以前天音が作ったカーペンター号が今回も活躍している。
背負うには三段ボックスが少々重いが、ミァスが引きずる分には問題ない。
出発の前に貸してくれと言われて天音が了承したので、現在ミァスがずるずると引いている。
帰りに狩りの獲物を乗せて移動させる、とユーウェインは言っていたが、どれだけ狩るつもりなんだろうか、と天音は首を傾げる。
ユーウェインは従士たちに森を先行させて、危険がないかどうかを確認させている。
と言っても指示はジャスティンが行っているので、ユーウェインはミァスに乗ってのんびり移動しているだけだ。
「………アマネ」
「はい?」
ぼんやりと薄もやがかった木々を見つめていると、ユーウェインが話し掛けて来た。
もしかしてもうお腹が減ったのだろうか。
困ったなぁ、クッキーでも作り置きしておけば良かっただろうかと考えていると、どうやら違うらしい。
あくまで真剣な顔付きで、しかも天音の動向をじっと伺っている様子に、天音は戸惑って瞳を揺らした。
「小屋についたら、話がある」
そう言い切ると、ユーウェインは視線を外した。
天音の返事を期待していないと思えるほど、キッパリとした態度だった。
それでも一応こくりと頷いて返事を返すと、ユーウェインもまた深く頷いた。
38話は6月12日12時に投稿予定です。