33話 串焼き三兄弟
33話です。月曜日に投稿予定でしたが、諸事情で先にアップすることにしました。
思っていたよりも短めになってしまいました。スミマセン。
33話 串焼き三兄弟
「方針としては、まず春からの特産品販売で資金を作る。
その資金を使ってトゥレニーで必要物資の買い付けを行い
更に交易や特産品制作に当てる」
混乱している天音の返事を待たず、ユーウェインは一息にそう言い切った。
はっきりとした方針を提示してもらったお陰で鈍い頭の動きが少しスムーズになってきた。
そして、ゆっくりユーウェインの言葉を咀嚼する。
「……ええと、つまり、私に頼みたいことは、
特産品の内容を考えろってことでしょうか?」
ところどころ言葉を選びながらそう尋ねると、ユーウェインは頷いた。
ユーウェインはまだ笑顔を崩してはいない。
簡単そうな内容に思えるが、油断してはならないと言う警戒心が沸き立つ。
ここで流されるがままだと、のちのち後悔しそうだ。
「………いくつか質問させてください」
「ああ、かまわん」
天音は質問の内容を手早く頭の中で組み立てた。
待遇と権利、職人との交渉役について。
それから予算への口出しは可能かどうか。
ある程度質問内容が頭に浮かんだので、天音はよし、と気合を入れた。
「まず、待遇はどのようになるでしょうか?
賃金を頂いて働く、というのであれば
こちらとしてもありがたいのですが」
春からは生活資金を自分で稼がなければならないので、働ける場があるのはありがたい。
元々何か物をつくって売ることを考えていたので、方向性も然程逸脱しないはずだ。
「……当面は侍女として人別帳に記載するつもりだ。
給金については、おってダリウスから説明があるとは思うが
最低、従士並の金額は保証しよう。
また売上次第では歩合で金額を調整するつもりだ」
最低賃金での保証があるのはほっとした。
先日計算した必要な生活費分はどうにか稼げそうだ。
「次に、企画における権利なのですが。
予算案への口出しや特産品提案など
ある程度融通は利かせてもらえるのでしょうか」
「配慮しよう」
天音はほう、と息を付いた。先程から話し続けで少し喉が渇いている。
緊張のせいもあるので早めに話をまとめたいところだ。
続けて職人方との交渉役はと問いかけると、ダリウスだという返答を貰った。
ユーウェインの方も、天音を表に出して交渉させる気はないようだ。
ダリウスの負担がまたぞろ増えそうだが、なるべく手間を掛けさせないように天音のほうでも気を付けようと思う。
「あと……材料についてなのですが、
私の持ち込み分は使わずに、
なるべくこちらのものを使いたいのです。
食材にしろ材料にしろ、目立たない方が良いかと思うので」
品質や素材の違いで確実に差が出るのも問題だ。
特に布などは化学繊維を使っているものがほとんどなので、再現しろと言われても無理だだろう。
ユーウェインは天音の申し出にもっともだと頷いた。
だが、その後に続いた一言に天音は呆れてしまう。
「俺個人に作る食事については、どんどん使ってもらって構わないぞ」
天音は無言でじろりとユーウェインを強く睨みつけたが、ユーウェインは余裕綽々の態度だ。
「……そちらは別途考えておきます」
「うむ」
驚いたことに、ユーウェインは返事は急がない、と言った。
先ほどの断わることを許さない勢いは何処へやら、あっさりと逃げ道を作るユーウェインに天音は内心首を傾げる。
天音が断れないと思っているのか、それともあくまで天音の意思を尊重してくれているのか。
恐らく後者だろうと結論づけて、天音は頷いた。
「さて。これから少し注意事項を話す。
特産品計画とはまた別の話だが、
これを渡しておく」
ユーウェインは机の引き出しから2つの錠前とカギを取り出して天音に渡した。
つるりとした表面に錆は見当たらない。
どうやら新品のようだ。
天音は驚いてユーウェインの顔を見遣る。
「こちらに来てから気になっていたのだが
私物をどうしているのかと思ってな」
ユーウェインに寄ると、天音は警戒心が足りないらしい。
部屋のカギは開けっ放しの上荷物もそのままで隠そうともしていない。
その状態では窃盗被害を受けても文句は言えない、とのこと。
言われてみれば、ここのところ顔を合わせる人間が限定されていたので、警戒心が薄くなっていたかもしれない。
空き箱に蝶番を付けて、持ち込んだものを仕舞うようにというユーウェインの忠告に、天音は素直に頷いた。
「気を遣ってくださってありがとうございます。
代金のほうはどうすれば良いでしょうか?」
ダリウスに渡しておけば良いだろうか、と考えていると、ユーウェインは首を振って受け取りを拒否した。
「食事を作ってくれているからな。
俺からの礼だ」
ぶっきらぼうにそう言われて、天音はきょとんとした。
ユーウェインの後ろで成り行きを見守っていたダリウスの吹き出す声が聞こえる。
「……おい」
「申し訳ありません。
………いえね、女性への贈り物が
錠前とは、と……」
くくっと笑うとダリウスの髭が小刻みに震えた。
ユーウェインは尚更仏頂面になってそっぽを向いてしまう。
「では、ありがたく頂戴しますね。
助かります」
にこやかにそう言うと、ユーウェインは厳かに頷いた。
そのあと、天音は引き続きユーウェインに小言を言われた。
いわく、村人に対して愛想を振り撒きすぎる。
従士に対してもあまり親切にする必要はない。などなど。
愛想を振り撒いていた自覚はなかったので、天音は困惑した。
「ええと……私としては普通にしているつもりなんですけど」
困ったように苦笑すると、ユーウェインは小馬鹿にしたようにため息をつく。
「村人と言っても俺は代官の立場に近い。
異母兄たちの手の者も村には紛れ込んでいる可能性が高い」
従士たちは身元も判明しているため問題ないが、中には口の軽いものもいる。
どこからか情報が漏れるかわからないから注意しろということらしい。
個人情報や機密保持など、天音もそれなりに教育を受けている社会人だ。
だが、天音が気を付けなければと考えていることと、ユーウェインのそれとは大きな開きがあるようだった。
わかったようなわからないような、という微妙な表情を浮かべていることに気が付いたのだろう。
ユーウェインは思い切ったようにこう発言した。
「……あのな?例えばお前の特殊な知識と
持ち込んだ資産などを狙って来る輩がいるとしたらどうだ?」
「え?」
「更には、お前の情報をよそに売りつけて、
攫われでもしたら、その先は無理やり妾にされて監禁、
などと言うこともありうるんだぞ?」
噛み砕くように説明されると、天音の心にも恐怖という感情が少しずつ芽生えていく。
「……気を付けます」
「ぜひそうしてくれ」
そのあと、まだ話が続きそうだったので一旦休憩を取ることになった。
天音は喉を潤しに台所へと赴こうとしたが、ユーウェインは小腹が空いたようで、何か作ってくれと頼まれる。
先日の焼き鳥が気に入ったらしく、あれならそこまで時間はかからないだろうと踏んだ天音はまあいいかと頷いた。
素早く調理したものを執務室へと運ぶ。
ユーウェインに許可を得てダリウスの分も作った天音は、音を立てないように机の上に置いた。
3人ともしばらく舌鼓を打ちながら、会話に戻る。
天音は何となく先ほど聞いたユーウェインの異母兄《あに》たちという単語が気になったので事情を尋ねてみた。
「ユーウェインさんは何人兄弟なんですか?」
考えてみればユーウェインのプライベートの話など聞いたことがない。
独身なのは知っているが、どんな事情があるのだろうか。
何人兄弟かと訊かれて、ユーウェインは指折り数え始める。
「……5……6人か?」
「先日、第二夫人が無事女子を出産なされましたので、7人になりますね」
第二夫人という単語からすると、こちらでは一夫多妻制が当たり前なのだろうか。
天音の質問にはダリウスが答えた。
「王族、貴族に裕福な商家など、お金に余裕があって
女性好きな方たちは何人も召抱えたりなさいますね。
農民や職人の立場ですと、養うのに無理がありますから、少ないかと思います」
なるほど、と天音は頷いた。
「俺は庶子だが、上に兄が二人いる。
違う腹の姉は2人、妹が1人……2人か。
ほとんど顔を合わせたこともないが」
ユーウェインには母が違う兄が2人いて、長男はトゥレニーの時期後継なのだそうだ。
そして、領地を取り上げる、と言っていたのは次兄のことのようだ。
ということは、ユーウェインはトゥレニーの現領主の息子ということになる。
「そうだったんですか」
「まあ、俺は市井育ちだから
どうにも他の兄弟と馬が合わん」
苦々しげに吐き捨てるユーウェインの様子に、天音は少し興味を惹かれて更に質問を重ねた。
「お兄さんたちのお名前も、ユーウェインさんみたいな長い名前なんですか?」
何気なしに聞いてみたその質問への返答は、天音の予想を超えるものだった。
「ユーウェインだ」
「……へ?」
「長男の名前はユーウェイン、次男の名前もユーウェインだ」
一瞬会話の内容が頭に入らずに天音の目は点になる。
ユーウェインは淡々とした表情で串焼きを頬張っている。
既に3本目に入っていて、早く食べないとなくなってしまうな、などと天音は逃避気味に考えた。
「……3人全員一緒なんですか?」
「そうだ、発音はそれぞれ違うが、同じ名前だ。
長男はユーウェイン、次男はオワイン、俺はイヴァンと
トゥレニーに居たころはそう呼ばれていた」
領地が変わったことで呼び分けする必要性がなくなったので、ユーウェインとそのまま呼ばれることになったようだ。
それにしても、名付け親は一体誰なのだろう。
「全てクソ親父の名付けだな」
天音は理解不能とばかりに唇をひくつかせた。そんな天音の同様に気付いているのかいないのか、ユーウェインはそのまま話し続ける。
「いくら男子が育ちにくいとは言え、
後継は《ユーウェインであれば》誰でもいいなどと
まったくふざけた話にも程がある」
「……どういうことですか?」
ようやく正気に戻った天音が問い掛けると、ユーウェインは面白くなさそうに答える。
「俺は13、4の頃から山賊や魔獣の討伐のため
公国全域に赴かされていたが、
得た名声はどうなったと思う?」
理解が追いつかない天音にダリウスが助け舟を出す。
「アマネさん。トゥレニーの領地では、旦那様の
ご活躍で沸き立っておりました。トゥレニーの誉れだと
吟遊詩人に歌われたほどです。それはそうとして、
3人ともユーウェインという名前になりますと、
一般市民にどう受け取られると思いますか?」
天音は少し考え込んだあとゆっくりと答えをはじき出す。
「……顔を知らない人だと、どのユーウェインさんなのかわからないってことですか?」
「その通りです。そして、手柄を上げるに相応しいのはどの方か。
概ね、後継に目が向けられるでしょう」
「………ってことは……」
ユーウェインの活躍をダシにして、次期領主の名声、ひいては自領の名声を上げることを優先している、ということだろうか。
「……そんなの、酷い」
ぽつりと呟くと、ユーウェインは少し驚いたように目を見張った。
「なぜお前が怒る」
愚痴っぽくなっていたのを恥じるようにユーウェインが顔をしかめた。
「そりゃあだって、話を聞いてるだけで酷いですよ。
親の情ってものがないんですかと言いたいです」
領地のためなら子供を使い捨てにするような感覚に天音は拒絶反応を起こしていた。
天音自身が両親に大事にされて育った自覚があるから、尚更だった。
天音の憤慨した様子に、ユーウェインは眩しそうに目を細めてそのまま押し黙った。
奇妙な感情を抱いたようなその様子に、天音が気付くことはなかった。
そして天音があ、と気が付くと串焼きは全て食べられていた。
ダリウスはちゃっかり1本手に入れていたようで、ごちそうさまでした、とにっこり笑った。
◆◆◆
その日の夜、天音はまだ寝付けずにいた。
どうにも怒りが収まらなかったからだ。
(くそう……串焼き三兄弟め……)
串焼きを食べられたことへの怒りとユーウェインの異母兄たちへの感情がないまぜになって、頭の中でごっちゃになっている。
なまじ微睡みかけている分、想像が突飛な方向に行っていることに気が付いていない天音は、脳内で某丸いもの三兄弟にユーウェインの顔をコラージュさせていた。
(串に刺さった長男、長男……)
韻を踏んで替え歌を口ずさむと、凝り固まった怒りの感情もほぐれていくようだ。
天音は満足そうにふふんと微笑んだ。
これはなかなかストレス解消に良いかもしれない。
そんな風にほくそ笑みつつ、ユーウェインの親に感じた怒りのことをすっかり忘れて夜を過ごす天音であった。
34話は今度こそ8日に投稿予定ですが、時間帯を変更させて頂きます。
21時に投稿されますのでご注意ください。




